上 下
7 / 10

なな

しおりを挟む


 ミシュリーヌが起きた時、外はまだ暗かった。
 用意された客室のベッドで、普段より断然柔らかい布団に包まれて、すっかり熟睡してしまった。
 大きく伸びをしてベッドから降りる。そのまま軽く柔軟をする。
 アンナの言う早い時間が、いまいちピンとこなかったが、よく考えたらいつもの時間に起きても世間でいうところの早起きには分類されるなと思い出した。
 明け切っていないとはいえ、外は次第に白み始めてくる。陽が昇りだすよりも少し早く。いつもの起床時間だった。
 寝巻きのまま、ゆっくりと身体をほぐしていく。
 今日のお茶会用に用意されたドレス一式は、クローゼットにセットされている。
 一人で着られないこともなさそうだけど、メイドさん達の仕事を取りあげるわけにもいない。着付けについても、もう全部任せてしまおう。
 自宅でないだけで、起きてからやるべきことのなんと少ないことか。
 腕、首、腰、脚。一通りほぐし終えて、また大きく伸びをしたところで、コンコン、と控えめなノック音がした。

「どうぞ~」

「おはようございます、もう起きてらしたんですね。すぐに洗顔用のお湯を用意しますね」

「ありがとうございます」

 返事があるとは思ってなかったらしい。メイドさんは顔を覗かせて、すぐにまた廊下に引き返す。
 さほど時間もおかず、ぬるま湯を張った桶を持って戻ってきた。

 邪魔にならないように髪をひとまとめにし、ありがたくお湯を使わせてもらう。
 その間にメイドさんは手早くドレスの用意をしてくれた。

「着替えられたらサンドウィッチをご用意しておりますので、軽くお召し上がりください。何も食べずに出発されますと、馬車酔いしかねませんので」

「それもそうですね。ありがとうございます、いただきますね」

 昨日も一度着ているから、手間取ることもなくすんなりと着替えられる。手袋を付けていないだけで、すっかりお出かけ仕様になった。

 窓からは朝焼けがカーテンを照らしはじめる。

「今日は天気も良さそうで、お茶会日和でなによりです。ミミ様、くれぐれもアンナ様が暴走しないようにだけ見守ってくださいね」

「私がここにお邪魔してる時点ですでに十分暴走してる気がするけど」

「まだ可愛いものじゃないですか、ミミ様がいらっしゃるからってやっとお茶会に参加してくださるんですから。いいんですよ、お屋敷から逃亡されていても行き先としては大抵がミミ様のお宿とわかっていますから、屋敷の者もさほど心配していないんです。行動範囲の狭い猪突猛進はすぐに見つけてくださいますから、ロラン様が」

 兄に暴走妹を任せすぎではないだろうか。
 信頼されている素敵なお兄さん、なんだよね。そういうことなんだよね!
 無理やり納得しようと、にっこり笑顔を貼りつける。

「ミミ~用意できてるかしら~?」

「おはよう、アンナ。すっかり着替えて先にいただいてるわよ」

「おはよう。そうだろうと思って、私の分もこっちに持ってきちゃった」

 軽いノックの後、返事を待たずに顔を出すアンナに、たまごサンドを片手に答える。
 後ろからティーセット揃えたワゴンを運ぶメイドさんに、軽食なのになんて豪華な。と内心驚いたが顔には出さないように気をつけた。

「朝から慌しくて悪いけど、食べたら早々に出ないと。遅刻することはないと思うけど、早すぎることないくらいだろうから。開始時間はいいとしても、距離が微妙なのよね」

 そう言いながら、アンナはティーカップを傾ける。
 急いでいるようでいて、丁寧に食べていく。店で見るのとはまた違った姿に、思わずミシュリーヌの手が止まっていた。

「……なによ、ミミ? どうかしたの?」

「ううん、ちゃんとお嬢様してるアンナを見るのが久しぶりだなぁと思って」

 普段はわりとお転婆なところばかり見ているので、ご令嬢だということを忘れがちだったりする。
 実際、お嬢様業からできる限り逃げ回っているアンナなので、ミシュリーヌの認識も間違いではない。

「さすがに、最低限はね。習慣付けてないと、不意を突かれたときに慌てるのは自分だから。今日はなおのこと気、張らなきゃって思ったら、固くなるのよね」

 ぎこちない? 不自然かな?
 不安そうに尋ねてくるけど、違和感はないので大丈夫だと思う。

 そろそろ出発のお時間ですよ、とメイドさんに声をかけられるまで、大丈夫だいじょうぶ。となだめ続ける時間が過ぎた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

とりあえず、後ろから

ZigZag
恋愛
ほぼ、アレの描写しかないアダルト小説です。お察しください。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

彼女の母は蜜の味

緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

3年振りに帰ってきた地元で幼馴染が女の子とエッチしていた

ねんごろ
恋愛
3年ぶりに帰ってきた地元は、何かが違っていた。 俺が変わったのか…… 地元が変わったのか…… 主人公は倒錯した日常を過ごすことになる。 ※他Web小説サイトで連載していた作品です

処理中です...