上 下
36 / 63

36 愚かな自分 王様視点

しおりを挟む
 昨晩のレティシアは悲しそうだった。
 だからそれ以上聞けなかった。
 僕はレティシアのことは何も知らない。
 ある日叔父上が連れてきた少女。
 叔父上とは特別な関係があるみたいだ。
 叔父上に、聞いてみようかな。
 今日は、レティシアは兄上に会いに行くって言ってたから。
 執務室の自分の机に座り、叔父上の仕事が落ち着くのを待つ。何か察してくれたのか、
「何か話したい事があるようですね?」
 手を止めて聞いてくれた。
「あの…聞いていいのかわからないんだけど、レティシアのこと。」
「どんな事ですか?」
「家族の事とか、領地の事。」
 兄上が王都にいる事は知っているけど、両親のことは聞いた事がない。
「ああ、王様は知っていたほうがいいかも知れませんね。」
 そうして話はじめてくれた。
 両親は大規模な魔物の暴走で亡くなったこと。
 領地は難民と孤児で溢れ、救済院は病人と怪我人がいつ治療して貰えるかわからないまま、毎日誰かが死んでいった。
 そんな環境でレティシアは3歳から見よう見まねで治癒魔法を使い、孤児院を支援し、難民達に仕事を与えるための事業を提案していた。
「言い訳にしかならないが、あの頃は王様だけではなく私も体調が思わしくなく、国の細部までは行政が行き届いておりませんでした。恥ねばならない過去です。」
 ショックで暫く声が出なかった。
 僕は王宮で沢山の使用人や治癒師に囲まれてフカフカの布団に寝かされていた。食べ物も食べたくないと残した。薬も嫌というほど飲まされた。この中の何か一つでも分け与えていたら助かった命があったのではないか?それなのに僕は「死 に た い」などと。
 今ならわかる。
 生きたいと願う命がいくつも奪われた。
「大丈夫ですか?更に酷な事を申し上げますが、それはノースエルデェルだけに限った事ではありません。辺境の村や町では珍しくは無い事です。」
「僕は、どうしたらいい?何ができる?」
 叔父上は首を横にふる。
「今は何も…ただ心に留めておいて下さい。」
「でも、レティシアは助けてるよね。」
「レティシアはレティシアのやり方で助けていますが、王様は王様として違う方法をとらなければなりません。今日明日一人一人を助けるのではなくより多くの民を救う方法が必要なのです。」
 ああ、僕はまた愚かな事を。
 だが、この自己嫌悪をぬぐい去るためには何かせずにはいられない。
「焦る気持ちはわかります。ですが、今はまず生きて下さい。嬉しい事は嬉しい、悲しい事は悲しい、楽しい事、苦しい事、いろいろな事を経験し、民の心に寄り添える王におなりください。」
 僕が本当に最低なのはそんな自分が他人からどう見られていたか心配している事だ、
「レティシアは、僕のこと軽蔑しているんじゃないかな。」
 事実を知って、どんな顔をして会えばいいのだろう。怖い。
「さあ、本当のところはわかりませんが。王様から見てそんな人ですか?」
「違う。どうしてあんなに他人に優しくできるの?」
 見ていてわかる。レティシアは僕だけじゃなく、ちょっとした怪我や疲れている人もすべて癒す。
「優しさは巡りめぐって自分に帰ってくるから。らしいですよ。それは恩を売るという意味ではなく、誰かに優しくしたらその優しくされた人がまた他の人に優しくなれる。そんな事が巡りめぐって自分に帰ってくるらしいですよ。」
「城の中の皆が優しく前より明るくなったのも関係ある?」
「そうかもしれませんね。」
「レティシアはすごいね。」
「そうですよ。」
 何故か叔父上が自慢気だ。
「叔父上はレティシアと特別に仲がいいよね?」
「はい、特別に大切な方です。」
 何?特別って。なんでそんな嬉しそうな顔をするの?まさか、
「あの…叔父上とレティシアでは年が離れすぎではないですか?」
「えっ?ああ、そういう意味では。」
 否定するかと思えば、ニヤリと笑い、
「…そんなことはないんじゃないかな。モントリオール公爵と私の姉は38も年の差がありますよ。」
「公爵夫妻は特別なケースじゃないですか、それにお互い成人しているのと未成年とでは!…何ニヤニヤしているんですか?」
 僕の反応を楽しんでいるみたいだ。
「レティシアがお好きですか?」
「ぼ、僕には婚約者がいます。からかわないで下さい。」
「正確には仮婚約です。」
 この国の法では双方が16歳以上にならないと婚約式は行えない。神殿で婚約式を執り行えばよっぽどの理由が無い限り解消はできない。どちらの有責か書類に記され神官の立ち会いの元、破棄される。そのため破棄されたほうはとても辛い立場になる。
 だが、お互いが幼いうちに家同士で婚約し、後々問題がおこる場合もある。そんな時、簡単に手続きでき、傷もつかないように子供同士の婚約は仮婚約とするのだ。
 実は婚約については気になって調べたのだ。
 自分の事なのに自分が知らないうちに決められた婚約だから。
「今から大事な事を話ます。」
 急に真面目な顔をする。
「レティシアは特別です。あの力は決して他国に奪われてはなりません。国として保護しなければならない力です。辺境の男爵家ではきっと彼女は守れない。今のところは私が後ろ楯ということで牽制する事にしていますが、それでは弱い。いずれは私の養女にし、王族に近い家門に嫁がせたいと思っております。」
 レティシアの結婚?なんだか胸がざわつく。
「レティシアにはその話は?」
「いいえ。彼女はまだ自分がそれほど特別だとは思っておりません。それに、私はできることなら彼女から自由を奪いたくありません。ですが、もし彼女を守る事をできる者が見つからない時はどうか王様の側妃として迎える心構えをしておいて下さい。」
「そんな、レティシアは側妃になど…あっ。」
 そうだった、叔父上の母君も側妃であったのに。
「申し訳ございません。」
「いいえ。おわかりのように王の側妃とはいえ正妃とは比べ物にならないほど地位は低い。子供達は王家であるカールセルを名乗れますが側妃は王家の籍には入れません。
 かといって、ロズウェル侯爵令嬢とは婚約を継続させなければなりません。理由はおわかりですね。」
「ああ。」
 ロズウェル侯爵はカールセル王国の過半数の貴族を掌握している。
 大半は中級や下級貴族であるが。
 それに対し、王族派は上級貴族が多いが圧倒的に数で負けている。
 貴族派が王家に入る事で両派の軋轢を緩和させるためにだ。 
「王様もレティシアもロズウェル侯爵令嬢もまだ子供です。これから先考えも状況も変わってくるでしょう。ですが、レティシアを守ることだけは忘れないで下さい。」
 忘れない。だがどうやって?
 こんな弱くて愚かな自分に何ができる?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生しようとしたら魔族に邪魔されて加護が受けられませんでした。おかげで魔力がありません。

ライゼノ
ファンタジー
事故により死んだ俺は女神に転生の話を持ちかけられる。女神の加護により高い身体能力と魔力を得られるはずであったが、魔族の襲撃により加護を受けることなく転生してしまう。転生をした俺は後に気づく。魔力が使えて当たり前の世界で、俺は魔力を全く持たずに生まれてしまったことを。魔法に満ち溢れた世界で、魔力を持たない俺はこの世界で生き残ることはできるのか。どのように他者に負けぬ『強さ』を手に入れるのか。 師弟編の感想頂けると凄く嬉しいです! 最新話は小説家になろうにて公開しております。 https://ncode.syosetu.com/n2519ft/ よろしければこちらも見ていただけると非常に嬉しいです! 応援よろしくお願いします!

おいでませ異世界!アラフォーのオッサンが異世界の主神の気まぐれで異世界へ。

ゴンべえ
ファンタジー
独身生活を謳歌していた井手口孝介は異世界の主神リュシーファの出来心で個人的に恥ずかしい死を遂げた。 全面的な非を認めて謝罪するリュシーファによって異世界転生したエルロンド(井手口孝介)は伯爵家の五男として生まれ変わる。 もちろん負い目を感じるリュシーファに様々な要求を通した上で。 貴族に転生した井手口孝介はエルロンドとして新たな人生を歩み、現代の知識を用いて異世界に様々な改革をもたらす!かもしれない。 思いつきで適当に書いてます。 不定期更新です。

元聖女だけど婚約破棄に国外追放までされたのに何故か前より充実した暮らしが待ってた。

sirokin
ファンタジー
浄化の聖女と謳われた少女、アルルメイヤ・サリエルは魔王討伐を果たしたにも拘わらず、婚約破棄、挙げ句は国外追放を言い渡されてしまう。 そうして未開の森へと流された彼女に待っていたのは、かつて敵対していた魔物たちとの悠々自適な暮らしだった。 魔王討伐の道中、様々な文化に触れ培われた知識を活かし、衣食住の追求をしていく。 彼女の魔術は優しさを抱けば治癒、慈しみを抱けば浄化、憎しみを抱けば消滅の効果を持ち、更には標的となった者の邪悪な意思が強ければ強いほど高い殺傷能力を示す。 人類の脅威にはなり得ないと信じられていた彼女は、実は魔王よりも恐れるべき存在だったのだ。 しかしそれでもなお民衆は彼女を崇拝し続ける。 圧倒的な無自覚カリスマ、豊富な知識、数多の実践経験。 彼女と敵対した国は次々と勝手に破滅していった。

【完結】五度の人生を不幸な出来事で幕を閉じた転生少女は、六度目の転生で幸せを掴みたい!

アノマロカリス
ファンタジー
「ノワール・エルティナス! 貴様とは婚約破棄だ!」 ノワール・エルティナス伯爵令嬢は、アクード・ベリヤル第三王子に婚約破棄を言い渡される。 理由を聞いたら、真実の相手は私では無く妹のメルティだという。 すると、アクードの背後からメルティが現れて、アクードに肩を抱かれてメルティが不敵な笑みを浮かべた。 「お姉様ったら可哀想! まぁ、お姉様より私の方が王子に相応しいという事よ!」 ノワールは、アクードの婚約者に相応しくする為に、様々な事を犠牲にして尽くしたというのに、こんな形で裏切られるとは思っていなくて、ショックで立ち崩れていた。 その時、頭の中にビジョンが浮かんできた。 最初の人生では、日本という国で淵東 黒樹(えんどう くろき)という女子高生で、ゲームやアニメ、ファンタジー小説好きなオタクだったが、学校の帰り道にトラックに刎ねられて死んだ人生。 2度目の人生は、異世界に転生して日本の知識を駆使して…魔女となって魔法や薬学を発展させたが、最後は魔女狩りによって命を落とした。 3度目の人生は、王国に使える女騎士だった。 幾度も国を救い、活躍をして行ったが…最後は王族によって魔物侵攻の盾に使われて死亡した。 4度目の人生は、聖女として国を守る為に活動したが… 魔王の供物として生贄にされて命を落とした。 5度目の人生は、城で王族に使えるメイドだった。 炊事・洗濯などを完璧にこなして様々な能力を駆使して、更には貴族の妻に抜擢されそうになったのだが…同期のメイドの嫉妬により捏造の罪をなすりつけられて処刑された。 そして6度目の現在、全ての前世での記憶が甦り… 「そうですか、では婚約破棄を快く受け入れます!」 そう言って、ノワールは城から出て行った。 5度による浮いた話もなく死んでしまった人生… 6度目には絶対に幸せになってみせる! そう誓って、家に帰ったのだが…? 一応恋愛として話を完結する予定ですが… 作品の内容が、思いっ切りファンタジー路線に行ってしまったので、ジャンルを恋愛からファンタジーに変更します。 今回はHOTランキングは最高9位でした。 皆様、有り難う御座います!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

処理中です...