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31 ローズマリー・ロズウェル侯爵夫人
しおりを挟むまったく気にいりませんわ。
わたくしが作り上げてきた美しく華やかな社交界に異物が紛れ込むなんて。
「イザベラ様、あのドレスはどこの仕立て屋の物ですの?」
イザベラはダナー子爵夫人。彼女は社交界の情報はすべて把握している。わたくしの右腕とも言えるとても役に立つ派閥のメンバーですわ。
役に立つとはいえ、ダナー子爵家は薄汚い鼠、何処にでも入り込んで聞き耳を立てている王家の手先。わたくしは情報だけいただいてこちらの弱味は決して見せませんわ。おあいにく様。
「マダム・シャシャ・シャルタンですわ。なんでも、エレオノーラ・モントリオール公爵夫人が後ろ楯となって新しく立ち上げた仕立て屋らしいですわね。」
なんですって?エレオノーラ様が?なんて忌々しいのかしら。あの女とは昔から反りが会わないのよね。
わたくしより5歳年上のあの女は十代の頃から王妃がいないこの国で宮中行事や社交界を仕切っていて、いつも皆から羨望の眼差しを浴びていたわ。
わたくしは皆が羨ましがるブロンドにアメジストの瞳。豊満な胸に括れたウエスト。男達の視線はわたくしだけに釘付け、のはずですのに。
あの女が現れると男達だけではなく会場のすべての視線が集中する。
伯爵令嬢のわたくしと違い、ただ王族だというだけで。
レオンハルト様と同じ青みがかったプラチナの髪に濃紺の瞳。見た目と同じで冷たい性格のくせに王族だから誰にも嫌われない。凛として気品があるとか言われていたわ。
だからわたくし、あの女の秘密を皆に教えましたの。もちろんわたくしが流した噂だとはバレないようにね。
あの女は女として欠陥品でしたのよ。子供が出来ない体だなんて。
たちまち男達の熱っぽい視線は蔑みに、同性からは哀れみの目で見られるようになりましたわ。
結婚相手も公爵とはいえ自分の父親より年上のしかも後妻だなんて、なんてお気の毒なんでしょう。笑いがとまりませんでしたわ。
その後、わたくしは伝統も財産もあるロズウェル侯爵家に嫁ぎ、夫を通じて後宮に圧力をかけて社交界では王族よりもわたくしの勢力が勝るようになったわ。
それはとても簡単な事でしたわ。アメリア王妃(現王太后)は夫の妹といっても養女で夫の姉であるクロッカス夫人の操り人形。
王妃としての役目を果たす事もできぬ役立たず。
そんな王妃の仕事を代行していたのがエレオノーラ様だったのですが、それも「王妃をないがしろにしている。」とか「いつまで王女のつもりだ。」とか「モントリオール家は王家を乗っ取るつもりか。」なんて噂を 誰 か が 流したんですの。
そのうち王様も亡くなって王権は益々弱まり、夫の貴族派が幅を利かせ、社交界ではわたくしがトップに君臨することに。
なのに、近ごろ何かがおかしいわ。
夫の事業がおもわしくないような…大きな失敗や負債があるというわけではないのだけれど。
魔王が倒されたことにより、武器の売り上げがだいぶ減ったみたい。
領地でのシルク織物の生産が減り、仕立て屋はリノス領から仕入れることが増えたようだ。値段は少し高いが質が良いらしい。
農業は機械化が進み領民達は楽にはなったけれど収益が増える事は無かった。
後宮ではクロッカス夫人が追放されたし。
「ところでエレオノーラ様をエスコートされてきた方はどなた?見かけない方よね。」
ハチミツのような金髪に碧眼のとろけるような甘いマスクの男性。あんな美形、一度見たら忘れるはずないもの。新しい愛人かしら?
モントリオール公爵はお年のためここ数年社交界には出席されていない。それをいいことに若い男をとっかえひっかえはべらしている。
と、誰 か が、噂を流しているの。
「あの方がマダム・シャシャ・シャルタンのオーナーで、ユーリシャス・リノス男爵令息ですわ。つい最近彼のお祖父様が男爵位を賜ったので社交界は始めてかも。」
また、リノス男爵家。偶然かしら。新興貴族に何ができるとも思わないけれど。
「そういえば、王城に聖女と呼ばれている令嬢がいるのですがご存知?」
「わたくしの娘のグロリアでしょう?」
今さらそんな事。
「いいえ、 今 度 は本物の聖女だって騒がれておりましてよ。リノス男爵令嬢ですわ。クロッカス夫人を断罪したのも彼女らしいですわね。」
なんですって?本物って。わたくしの娘は偽物だとでも?
リノス男爵家、早めに潰しておいたほうが良さそうね。弱味はないかしら?
「ねえ、イザベラ。リノス男爵家って何だか怪しくない?こんな短期間でのしあがってくるなんて。」
「いいえ、男爵は近ごろの貴族には珍しいほどの人格者で孫のユーリシャス様はやり手の商人ですがやましい事はなさっておりません。妹の聖女と呼ばれるレティシア様も献身的に王様を治療なさっております。」
何よ、何だかいやにリノス家の肩を持つような言い方ね。
「で、でも…ほら、エレオノーラ様とユーリシャス様ってやっぱり…。」
女ってこういう話しにするの好きだから乗ってくるわよね。
「…相変わらず下衆な発想ですわね。」
な、何でそんな冷めた目で見下すの?わたくしは侯爵夫人なのよ。
「何か勘違いなさっているようですが、ダナー子爵家は王家に仕えておりますのよ。わたくし、面白おかしい事は大好きですからローズマリー様とご懇意にしておりましたけど、王家の不利益になるような事はいたしませんの。」
「ふん、偉そうに!鼠の分際で!」
「ほほほ、鼠は沈む船からいち早く降りますのよ。ごめんあそばせ。ほほほっ。」
そう言って嘲るように笑って席を立った。
どういう事?わたくしが沈む船だとでも言うの?
それに、なぜあの方まで王族派の輪の中にいらっしゃるの?
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