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9 呪われた勇者

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 あたしの治癒能力はかなり有名になってしまったらしい。
 遠くの町からも聖女やら天使などと大げさな噂を聞き付けてやってくる人もいる。
 人気の秘密はタダだからなのに。
 治療は救済院のみで行い、治療費は受け取らずに余裕のある人には救済院と孤児院に寄付をお願いしている。貴族なんかはかなりの額をくれる。
 そんな噂を聞いて今日は特別な患者が来ている。
 特別な患者は症状も特別で他の人に迷惑がかかるから町外れのテントで待つという。
 特別な患者はレオンハルト・サザール・タッナーカ公爵様。魔王を倒した勇者で、前国王様の弟君。魔王討伐の報奨で公爵位と新しい家名をいただいたんだって。
 このような貴賓が町に来ることはないからさすがに今日はお祖父様とお兄様が同行してくれた。
 テントの前には紋章入りの見たこともないすごい馬車が止まっている。
 紋章は勇者の象徴である剣とドラゴン。その回りを鎖?で囲んでいる。鎖?かな?漢字の田中って字が列なっているように見える。
 テントの前まで行くと立派な服をきた従者の人が、
「恐れ入りますがこちらからはレティシア様お一人でお願いいたします。」
「お待ち下さい。」
 祖父が静止する。
「勇者様のお身体はどなたにも治せなかったとお聞きしております。私の孫娘などには到底無理かと存じます。」
 祖父の心配は、治せなかった時にあたしが罰を受けるのではないかということ。
「ご心配なく。もし、何も変わらなくともお嬢様はそのままお帰りになっていただけます。」
 従者に促されて、テントに入る。
 中は薄暗く良く見えない。日光がお身体に障るらしい。
 それにしてもなんという匂いだ、何かが腐っているような悪臭だ。
 だがそれよりさっきから気になっている『田中』だ。レオンハルト・サザール・タッナーカ…ハルト・タッナーカ…タナカハルト?
[田中 遥斗君!]
 思わず日本語読みで口にしてしまった。
 ここの言葉はおなじ読みでも英語に近い感じ、日本語とは発音が異なる。
[…はいっ!]
 日本語だ!小学生だった遥斗、あたしの孫が元気良く右手を上げて返事をする姿が記憶の中によみがえる。
[遥斗、ほんとに遥斗なの?]
[ばーちゃん、俺だよ!やっと会えた!]
 薄暗いテントの中駆け寄る。
[ちょっと待って!]
 間近で止められる。
[俺ちょっと今ひどい状態で、ばーちゃんびっくりするからさ…]
 かすかな光をたよりに孫の姿を見ると、全身に包帯を巻いている。その包帯も所々血や膿が滲んで悪臭を放っているのだ。
[どうしてこんな…ひどい。]
[魔王の呪いでね。もう、駄目かと思ってたけど最後にばーちゃんに会えてよかった。]
[駄目なわけないだろう。かわいそうに、守ってあげられなくてごめんよ、ばーちゃんが治してあげるから!全部きれいに治してあげるからっ!]
 思い切り抱きしめた。
 あのクソ管理人め、遥斗を守れるようにしろって言ったのにこんな目に遇わせやがって!
 絶対治すっっ!
 辺りが眩い光に包まれ、あたしは意識を失った。

 気がついたのはあたしの部屋だった。
 孫の遥斗に会えたのは夢だったのか。
 ところで、
「どちら様ですか?」
 ベッドの横には見たこともない綺麗な人が。
 青みがかった銀髪、片方の目に眼帯をしてはいるが金色の瞳、二十代後半くらいだろうかすっきりと通った鼻筋に薄い唇。
「ひどいな、感動の再会を果たしたのに。」
 優しく微笑み抱きしめられた。
 ちょっと待って!お兄様やお祖父様でイケメン耐性はついてるはずだけどあくまでも家族だから!
「…もしかして、ハルトなの?」
「うん、三日前までは半分腐ってたからわかんなかっただろうけど今の俺、結構いけてるだろ?」
 三日も寝てたのか。
「びっくりだよ、こんなに綺麗になっちゃって。」
「俺だってびっくりだよ、ばーちゃんこんなに可愛くなっちゃって!」
 二人で笑いあった。
「ごめんよ、左目は治せなかったみたいだね。」
「腐って落ちちゃったからね、欠損したのは無理なんだよ。ばーちゃんのせいじゃないよ。でもさ、これもかっこいいと思わない?」
 ポーズをとってみせる。ああ…中2的なあれか。
「他の家族の人達はずっと寝てなかったから今は休んでもらっているんだ。呼んでくる?」
「その前に打ち合わせしておかないと。」
 あたしは前世の記憶があることは家族には話してないこと、混乱しないように二人は初対面ということにした。
 ハルトは冒険者時代の仲間数人には前世の記憶があると話してあるとのこと。
 そして若く見えるけど38歳なんだと。
「なんで魔王討伐にいっしょに行けなかったんだろう?こんなに遅れて生まれてくるなんて。」
「俺はこれでよかったと思うよ。だってばーちゃんがいっしょだときっと甘えてしまっていたから。魔王もばーちゃんに倒してもらってたかも。一人だったから俺は強くなれた。」
 きっと多くのことを経験したんだろうね。子供の成長には手を貸さないことも大切なのかもね。
 その後家族とカシム先生が部屋に来てくれた。
 お祖父様とお兄様は泣いて大変だった。
 カシム先生によるとあたしは魔力切れで倒れたらしい。
「レティシアさんとご家族に改めて礼を言おう、この度の魔王の呪い解除、誠に感謝する。」
 キリッとした騎士流のお辞儀、まったくホレボレするよ。
「それと共にこの辺境の地を治めてくれていたことにも礼を言う。本来ならばこの地を襲った災害を未然に防ぐ事もできたはずなのに我々は自分達の事情で国の政を怠ってしまっていた。亡くなった者達にはなんとわびてよいものか…。」
「それは誰にも、どうしようもなかった事です。」
 お祖父様が目を伏せる。我が家も大切な家族四人を亡くしている。
「リノス家にはその後の復興支援や難民の救済にも尽力いただいたそうだな。礼を言う。」
 ハルトはあたしが寝ている間、町を視察していたらしい。
「王都に戻り次第爵位に付けるようとりはかろう。そなた等はそれに値する働きをしている。それで正式に領主としてこの地を治めて欲しいのだが頼めるだろうか?」
 やった、領主の問題は解決した。
「もったいない事です、ありがとうございます。助かりました、しかしロズウェル侯爵は納得して下さるでしょうか?」
 侯爵に釘さしといて、ってことだな。お祖父様。
「大丈夫だ、私が健在となればもうあやつの好きにはさせない。」
 この領地のことだけではなくロズウェル侯爵は政に関しても主導権を握っていた。
 侯爵は幼い国王の母君である皇太后の兄、つまり王様の伯父にあたる。
 ハルトは前国王の遺言で摂政として王様を支えてきたがここ数年は体が思うようにならず、侯爵の横暴を許すことになっていた。
「できればしばらくここに留まり、親交を深めたいところだが私にはやらねばならない事が山積している。すぐに王都に戻らねばならない。その前に少しレティシアさんと二人でお話させてもらいたいのだが、よろしいですか?」
 みんな頷き、部屋から出て行った。
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