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    エドウィン視点

 バネッサは趣味の話だけではなく、僕の悩みや相談にも乗ってくれる。
 差別問題の事も意見を聞いてみた。
 すると翌日、何冊かの書物を持ってきてくれた。
 どれも見たことの無い著者のものだった。
 ハロルド・トスカリナ?
「このトスカリナとは君の血縁者なのか?」
「はい、亡くなった私の父です。」
 確か10年ほど前に火事で亡くなったと聞いている。
「あまり人気のある本ではなかったのか、父が亡くなった後は見かける事がなくなってしまいました。
 けれど今の殿下のお悩みのヒントにはなるかと思いましてお持ちいたしました。」
 内容は貴族の義務や責任についてだ。
 他国のノブレスオブリージュを参考にしたものもある。
 『位高ければ徳高きを要す』
 この国の貴族にはこの『徳』というのが足りない気がする。
 けど『徳』ってなんだ?
 具体的にはよくわからない。
 けどなんとなく、なんとなくだがブランシェール侯爵のような人にはあるような気がする。
 もちろん父上にもあるだろうけど。
 また別の本には『人権』についても書かれていた。
 亡くなられたトスカリナ伯は法のもとの平等も訴えていたようだな。現在も建前上は平等となっているが貴族は優遇されて庶民には厳しいのが当たり前だ。
「バネッサ、僕には君の父君の書物はとても優れているように思える。なぜ、世間から消えてしまったのだろう?」
「それは…おそらく一部の貴族には都合が悪いからでございましょう。」
 確かに。
 庶民を虐げ、搾取する事ばかり優先する貴族にとっては耳の痛い忠告ばかりの本だ。
 後で調べてみたらトスカリナ伯が亡くなられた後にこれらの本は悪書として廃棄されたらしい。
 バネッサが持ってきたのは彼女が現在世話になっている叔父の家に保管されていたものだという。
 そして書きかけの原稿も。
「私は父の意思を継いでこれを書き上げてみたいと思っておりますの。」
「それはいいね。」
 明確な目標のあるバネッサは素敵だと感じた。
 また議会が再開されたが宰相は相変わらず奴隷制度の廃止だけを訴える。
「僕も僕なりに考えてみたが奴隷制度の廃止だけでは根本的な事は何も変わらない。皆の意識を変えないと駄目だと思うのだ。」
「ハッ、お若い殿下に何がわかるのです?意見なさる前にこの国の伝統やしきたりを学んでいただきたく存じます。」
 こんなふうに頭から否定されてしまう。
 トスカリナ伯の残した本を再販してみるのはどうだろうか。
 こんな僕でもこれまでの常識を改めようと思えた本だ。頑なな貴族達の気持ちにも何らかの影響を与えてくれるのではないだろうか。
 思ったとおり本は貴族達の意識に少しずつ変化を与えた。
 いや、少し違うな。
 善良な貴族達の多くは基から『徳』を備えていたのだろう。
 
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