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   アーサー視点

 妹のバネッサが、サミュエルの妹の見舞いに行って帰ってくると、目が見えるようになっていた。
 冗談みたいな話だった。
 そんな簡単に治せるものでは無かったはずだ。
 魔力の多い治癒師によって長時間かけてゆっくりと治療しなければならないと聞かされていた。
 恥ずかしながら私達兄妹にはそんな金は無かった。
 10年前、両親は何者かによって殺され、家は焼かれた。
 政務官だった父は清貧をもっとうとし、財産はあまり持ってはいなかった。
 世渡りはあまり上手では無かったのだろう。
 だれかに恨みをかっていたらしい。
 それからは叔父夫婦の家に世話になっている。
 叔父夫婦もあまり裕福とはいえない。
 俺は運良く皇太子の護衛になれた。
 王様が父の事を覚えていて下さって推挙していただけたからだ。
 学園に通いながらも給金を貰えるようになった。
 もう少しまとまった金が用意できたら家も買えるだろう。
 妹のバネッサはなぜかエドウィン殿下に気に入られたようだ。メガネを外したら意外と美人だったからか?
 しかし殿下には婚約者がいらっしゃる。
 立場をわきまえて節度あるお付き合いをするようたしなめた。
 王族が複数の女性と付き合う事自体は珍しくもない。身分に問題さえなければ側妃として迎え入れられる。
 バネッサさえそれでよいのならば、我が家としては問題ない。むしろ没落した伯爵家としてはありがたい事だ。
 午後の茶会でサミュエルの妹、サラが一人になったのを見計らって声をかけた。お礼が言いたかった。
 お礼だけではない。
 以前からサラの事は知っていた。
 エドウィン殿下やサミュエル達と集まっている所を木陰から伺っていたから。
 隠れているつもりなのだろうけど、こちらからは丸わかりでそのかわいらしい姿に皆で癒されていた。
 彼女に恋をしては身の程知らずだろうか。
 侯爵家の令嬢とはいえ平民の後妻の連れ子だ。
 だがサミュエルは溺愛している。
 気持ち悪いくらい。
 話かけていたら早速牽制されてしまった。
 サラ自身はまんざらでもない様子だったのに。
 ここは引かずにまた誘ってみよう。
 ダンスに誘えば案の定踊ってくれた。
 いつもよりめかし込んだかいがあった。
 やはりかわいらしい。
 淡い色のドレスがよく似合う。
 俺がこんなに見つめている事など気にもとめず、サラの目は右に左に何かを追っている。
 バネッサ?
 のわけはないか。
 エドウィン殿下を見ているのか。
 俺の事などまるで眼中に無いのか。
 その事を指摘すれば、
「な、な、な、何?なんの事?」
「その…お慕いしているので…。」
「言わないで!絶対!誰にもっ!バネッサにも!」
「しかし、そんな…君はバネッサの恩人じゃないか?そんな恩知らずな事。」
「そんな事バネッサは知らないわ。
 いいこと!あなたに出来る事ならなんでもするって言ったわよね?絶対よ、絶対バネッサに言っちゃダメなんだからね!
 言ったらもう、もう、えーと…もーっ、兄様にこらしめてもらうんだから!」
 顔を真っ赤にして言うに事かいてサミュエルにこらしめてもらうだと。
 吹き出しそうになるのをこらえるのが大変だった。
 なんてかわいらしい娘なのだろう。
 これはサミュエルが溺愛するのも仕方がない。
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