1 / 8
送り狼と猫暖
しおりを挟む
会社の忘年会。
あまり飲まないようにしよう。そう思っていた矢先、良い具合に酔っ払った上司に「お前、付き合い悪ぃな」だなんて煽られ、ついつい飲み過ぎてしまったようだ。多分。
(理性は残っていると思っていたが…)
終電に揺られ、隣には部下の女の子。
呂律の回らない彼女に「送り狼に襲われるのが怖い~家まで連れてって下さい~」だなんて腕にしがみつかれ突き放すこともできず、こうして一緒にいたりする。
(俺が“送り狼”だったらどうする?)
安心されるような男で良かったと思うべきか。
ガタンゴトン…
揺れと共に、隣から仄かに香る香水と酒の余韻、サラサラの髪が触れた。
はぁ…
溜息を吐く。
* * *
夜風に当たり酒も抜けた。
正気に戻り、彼女の家の前に到着。
愕然とした。
(実家暮らしだと思ったが、一人暮らしのアパートだと?)
オートロックもないような古いアパートだった。階段を上るとギシッギシッと壊れそうな音が響く。
「信濃さぁ~ん、鍵これです。開けて下さいよぉ…鍵穴見えないもーん」
もーん、ではない。
会社の上司とはいえ、男に鍵を開けさせるだなんて本気でやめろ。
女としての自覚を持て!
呆れる上に心配が込み上げて来た。
(酒の飲み方も教えなきゃならんのか。俺は親か?)
鍵を差し込むと、何故かスムーズに回らない。開けるには工夫がいるほどの老朽化だった。確かに酔っていたら玄関前で沈没する。
はぁ…
二回目の溜息。
靴を脱ぎ、彼女を抱えながら電気をつける。
「ありがとうございますぅ」
ぐでん…。
彼女はテーブルに突っ伏して、そのまま寝息を立てた。
(マジか)
帰り辛い空気が流れた。
せめて彼女には毛布、テーブルには水でも用意してから帰ろう…。
ベッドを見ると、大量の洋服の下に毛布は埋まっているようだった。キッチンに目を向けると、コップは大量の食器に埋まるシンクの中に。
(女子を疑うレベルだな…)
呆れることに慣れそうだ。
ベッドから毛布を取り出すと「ニャー」と鳴き声がした。
「猫?」驚いて毛布から手を離すと、下から大きな猫がのしのしと出て来る。
ジッと俺を見た。
ズボラな飼い主を考えると、お腹が空いているのかもしれない。
散らかった服を片付けるのは後回しにして、猫の食事とコップを洗うためにキッチンに向かった。
ジャー…
スポンジで泡立てた食器を水で流す横で、猫は“カリカリごはん”を食べている。キャットフードも無造作に置かれていたので探すのは楽だった。
「ふぅ…やっと皿洗い終わったな。コップも猫も大丈夫だ」
俺は何をやっているのだろう?
テーブルに突っ伏し、すやすや眠る彼女を一瞥。
邪魔にならない位置に水の入ったコップを置くと、急激な疲れと眠気を感じた。
「ニャーン」
食事を終えた猫が身体を擦り付けて来た。
軽く頭を撫でてやる。猫は膝に前足を置いて来た。
「甘えたいのか?」足を崩して彼女の横に座ると、猫は股に落ち着き、眠たそうに欠伸をした。
じんわりと温もりが広がる。そして動物の温もりは眠りを誘発した。
いつの間にか眠ってしまった…。
* * *
「な、な、な、なんで信濃さんが?しかも、ベッドから洋服やパンツ、ブ…ブラまで落ちて…!いやぁぁぁぁ」
壮絶な叫びで目を覚ますと、彼女がわなわなと震えながら獣を見るかのような目で俺を見ていた。
(獣はどっちだ!)
理性を倍増しにして叱り倒したのは言うまでもないが、「ニャーン」と俺に対して執拗に甘えて来る猫。そして彼女は明らかに態度を改めていた。
恥ずかしそうに、照れながら、脅す。
「責任とって下さいね!そうしないと、破廉恥なことをしたって、社内に言いふらしますからねっ」
「は?」
「うちの猫を手懐けた責任です。次の休日もうちに来て下さい!ね!」
意味がわからない。
三度目の溜息を吐きそうになったが、それは許されなかった。
「信濃さんのこと、ずっと好きなんです!」
彼女の決死の声と
「ニャー」
猫のひと鳴き。
溜息は絶句に変わったのは言うまでもない。
(二日酔いが抜けたら出直しておいで)
チュンチュン♪
どこかの雀が可愛らしく囀る。取り敢えず、夜が明けた。
-fin-
あまり飲まないようにしよう。そう思っていた矢先、良い具合に酔っ払った上司に「お前、付き合い悪ぃな」だなんて煽られ、ついつい飲み過ぎてしまったようだ。多分。
(理性は残っていると思っていたが…)
終電に揺られ、隣には部下の女の子。
呂律の回らない彼女に「送り狼に襲われるのが怖い~家まで連れてって下さい~」だなんて腕にしがみつかれ突き放すこともできず、こうして一緒にいたりする。
(俺が“送り狼”だったらどうする?)
安心されるような男で良かったと思うべきか。
ガタンゴトン…
揺れと共に、隣から仄かに香る香水と酒の余韻、サラサラの髪が触れた。
はぁ…
溜息を吐く。
* * *
夜風に当たり酒も抜けた。
正気に戻り、彼女の家の前に到着。
愕然とした。
(実家暮らしだと思ったが、一人暮らしのアパートだと?)
オートロックもないような古いアパートだった。階段を上るとギシッギシッと壊れそうな音が響く。
「信濃さぁ~ん、鍵これです。開けて下さいよぉ…鍵穴見えないもーん」
もーん、ではない。
会社の上司とはいえ、男に鍵を開けさせるだなんて本気でやめろ。
女としての自覚を持て!
呆れる上に心配が込み上げて来た。
(酒の飲み方も教えなきゃならんのか。俺は親か?)
鍵を差し込むと、何故かスムーズに回らない。開けるには工夫がいるほどの老朽化だった。確かに酔っていたら玄関前で沈没する。
はぁ…
二回目の溜息。
靴を脱ぎ、彼女を抱えながら電気をつける。
「ありがとうございますぅ」
ぐでん…。
彼女はテーブルに突っ伏して、そのまま寝息を立てた。
(マジか)
帰り辛い空気が流れた。
せめて彼女には毛布、テーブルには水でも用意してから帰ろう…。
ベッドを見ると、大量の洋服の下に毛布は埋まっているようだった。キッチンに目を向けると、コップは大量の食器に埋まるシンクの中に。
(女子を疑うレベルだな…)
呆れることに慣れそうだ。
ベッドから毛布を取り出すと「ニャー」と鳴き声がした。
「猫?」驚いて毛布から手を離すと、下から大きな猫がのしのしと出て来る。
ジッと俺を見た。
ズボラな飼い主を考えると、お腹が空いているのかもしれない。
散らかった服を片付けるのは後回しにして、猫の食事とコップを洗うためにキッチンに向かった。
ジャー…
スポンジで泡立てた食器を水で流す横で、猫は“カリカリごはん”を食べている。キャットフードも無造作に置かれていたので探すのは楽だった。
「ふぅ…やっと皿洗い終わったな。コップも猫も大丈夫だ」
俺は何をやっているのだろう?
テーブルに突っ伏し、すやすや眠る彼女を一瞥。
邪魔にならない位置に水の入ったコップを置くと、急激な疲れと眠気を感じた。
「ニャーン」
食事を終えた猫が身体を擦り付けて来た。
軽く頭を撫でてやる。猫は膝に前足を置いて来た。
「甘えたいのか?」足を崩して彼女の横に座ると、猫は股に落ち着き、眠たそうに欠伸をした。
じんわりと温もりが広がる。そして動物の温もりは眠りを誘発した。
いつの間にか眠ってしまった…。
* * *
「な、な、な、なんで信濃さんが?しかも、ベッドから洋服やパンツ、ブ…ブラまで落ちて…!いやぁぁぁぁ」
壮絶な叫びで目を覚ますと、彼女がわなわなと震えながら獣を見るかのような目で俺を見ていた。
(獣はどっちだ!)
理性を倍増しにして叱り倒したのは言うまでもないが、「ニャーン」と俺に対して執拗に甘えて来る猫。そして彼女は明らかに態度を改めていた。
恥ずかしそうに、照れながら、脅す。
「責任とって下さいね!そうしないと、破廉恥なことをしたって、社内に言いふらしますからねっ」
「は?」
「うちの猫を手懐けた責任です。次の休日もうちに来て下さい!ね!」
意味がわからない。
三度目の溜息を吐きそうになったが、それは許されなかった。
「信濃さんのこと、ずっと好きなんです!」
彼女の決死の声と
「ニャー」
猫のひと鳴き。
溜息は絶句に変わったのは言うまでもない。
(二日酔いが抜けたら出直しておいで)
チュンチュン♪
どこかの雀が可愛らしく囀る。取り敢えず、夜が明けた。
-fin-
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
【R18】かわいいペットの躾け方。
春宮ともみ
恋愛
ドS ✕ ドM・主従関係カップルの夜事情。
彼氏兼ご主人様の命令を破った彼女がお仕置きに玩具で弄ばれ、ご褒美を貰うまでのお話。
***
※タグを必ずご確認ください
※作者が読みたいだけの性癖を詰め込んだ書きなぐり短編です
※表紙はpixabay様よりお借りしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる