お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

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第六十二話⑤『深夜の乗り込み』

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 現に誇り高い、最強とも呼べていた優秀な魔法を扱える部下達は皆、完膚無きまで返り討ちに遭っている。もう仙堂を守る者は誰一人いない。

 回復魔法以外にもある程度の攻撃魔法が扱える仙堂も、目の前に立ちはだかるこの執事の男には敵わないと、本能で理解していた。現に身体が動かない。男の超越した実力の高さを仙堂はこの身を持って知ってしまったのだ。

 宇島うじま兜悟朗とうごろうという男は――まるで、野生に生息する獣だ。

「……困りましたね……降参です。いいでしょう、和泉いずみ嶺歌れかの処遇はなかった事に」

 そう言って男に白旗をあげるしかもはや選択肢はなかった。

 非常に情けない状況であるが、このまま頑固に意志を固めたところでこの男は引く事がないだろう。

 仙堂に危害を加えないとは言っても、彼は引き上げる気配が全くないのだ。勝ち目のない相手にこれ以上の時間稼ぎをする事は愚かな選択肢に思えた。

 そう考えながら男のいる方へ顔を上げると、彼は自身の左手を丁重に胸元に添えながら「感謝致します」と声を発してきた。そうしてもう一度口を開いてくる。

「もう一つ、取り入れて頂きたい意見が御座います」

「……何でしょう。もうこの際、何でもご意見をお聞きしましょう。負けた身です」

「有難う御座います」

 男は再び手を胸元に当てると綺麗なお辞儀を見せてくる。

 先程まで臨戦態勢であった男は見違う程に丁重な対応を見せると、そのままとある要望を続けてきた。

「魔法少女の活動に、給与制度を導入して頂きたいのです」

「なっ……!!?」

 流石に口を開かずにはいられない。予想外もいいところだ。

 仙堂は今まで考えた事もなかった想定外な制度の提案に大きな声が漏れ出てしまっていた。

「な、何を……そんなもの、不可能に決まっているでしょう!?」

 仙堂がそう言葉を告げると、しかし執事の男は表情を変えることなくこちらを見据えて言葉を続ける。

「不可能ではない筈です。これまで貴方がたが育まれてきた魔法少女達の活動は、彼女らの関与しない裏側で金銭が絡んでいるのでしょう」

「!?」

 なぜそれを知っているのだろうか。これは秘匿中の秘匿事項。この事を知る者はそれこそ本当に数えるほどしかいない。

 魔法の存在は世間的に秘匿事項であるが、政府にはそれらを認識されている。

 魔法協会は、数十年前からその政府と取引を行っていた。それをこの男は何故だか知っている。本当に抜け目のない男だ。

 仙堂は焦燥感に駆られながら彼に言葉を向けようとするが、何を発せればいいのか分からなくなってしまっていた。

 しかしそんな仙堂を無視して男は続けて言葉を繰り出してくる。

「魔法少女の方々には一切として給与の発生が行われていない事は以前から懸念しておりました。単刀直入に申し上げます。今後は魔法少女全ての方に、活動に応じて給与の支払いを徹底していただきたいのです」

「………………」

「魔法少女の方が純粋な正義感から慈善活動を行われている裏側で、あなた方魔法協会はその活動に応じて政府から金銭を受け取っていらっしゃる事は把握しております。金銭を受け取る事自体を悪だとは思いません」

 執事は丁重な言い方でそう物申すとですがと言葉を尚、続けてきた。

「決して少なくない金額を受け取りながらも、活躍を見せている魔法少女の方々には無償のまま活動をさせる意図には、同意致しかねます。彼女らは日々の生活を送りながらも見返りを求めず熱心に活動を続けられているのです。貴方たちの行為は正義感につけ込んだ悪質なものではないでしょうか」

 正論しか口にしない男を前にして仙堂はもう、彼に反論する言葉が出なくなっていた。



 そうして仙堂は執事の言う通り、和泉いずみ嶺歌れかへの罰の撤回と魔法少女への給与制度の導入を行う事を決めていた。

 執事の要望には散々驚かされ、容易に頷けない事柄しかなかったのだが、彼に敵わないと思い知ってからはもはや抵抗することが出来なくなっていた。

 それに魔法少女活動への給与を今まで取り入れなかったのは、こちら側の勝手な都合である事は事実だ。

 この際、給料制度を新たに導入し、魔法少女にはもっと活躍をしてもらう事で政府からの信頼を増幅させる事としよう。そう思い改まっていた。

 彼の意見に同意してからは、直ぐに部下の回復や協会の修繕に時間を費やし、同時に和泉嶺歌へ罰を撤回した事についての連絡も行っていた。そうして気が付けば朝日が登り始めていた。

 そしてようやく今、一息つけたところであった。仙堂は屋上から空を眺め、薄目で赤い日の出を見つめる。

「全く……本当、何者なんだ…」

 手元にあった煙草に火をつけながら一人呟く。

「あの男、確実に生まれるところを間違えているよな……はあ、とんだ男に目をつけられたものだ」

 誰もいない屋上でそうぼやきながら男の顔を思い浮かべ、自身の思い通りに事が運ばなかった要因の人物を、だがしかし仙堂は憎みきれずにいた。

「全く弱点も何もない、大した人だ……」

 仙堂は自身を追い詰めたあの男に感服している自分に気が付いていた。

 不思議な感覚であったが、彼がこちらに対抗してきた事全てが、たった一人で行ったとは思えない程の優れた対応ばかりであり、最終的には純粋にその対応力に感心してしまったのだ。

 それに気付いた仙堂はもう、彼に反発しようとは思わなくなっていた。

 ただただ、自分はあの男に押し負けたのだと、素直に事実を認める。そうして新たな制度が始まる今日この日に、仙堂はある決意を誓っていた。

「今日からまた、新システム導入だ。気合いを入れるかね」

 時刻はそろそろ朝の六時になる。

 一服終えた仙堂は、魔法ですっかり回復した部下の一人に呼び出され、新制度の相談を受けるべく屋上を後にする。

 新たな制度を導入した事で今日からまた――予測不可能な出来事が起こり始めるのだろう。

 そう確信しながらその未来を受け入れ、仙堂は気持ちを切り替えるのであった。
* * *


第六十二話『深夜の乗り込み』終

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