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第六十二話③『深夜の乗り込み』
しおりを挟む事態が収まるのにそう時間はかからなかった。
破壊された建物から放たれる多くの埃と瓦礫で視界が悪くなってはいたが、どのような状況になっているのかは一目瞭然であった。
仙堂は――――ただ絶望していた。
(人間……なのか?)
仙堂が誇り高く側に置き続けた優秀な魔法使いの部下達は見事に全員床に伏せ、微動だに出来ない状態となっていた。
対峙していた執事の男は傷一つなく綺麗な身体のままその場で立っている。つまり、状況はこちら側の敗北を意味していた。
仙堂はつい先程の出来事を鮮明に思い返す。
魔力に恵まれ、優れた魔法を使いこなす仙堂の部下達は、合図と同時にすぐに男を無力化しようとあらゆる手段を使い魔法を放っていた。
だがそれを、この男は華麗に避け、一度も喰らう事なく交わし続けるとそのまま敵対する相手全てに見えない速さの攻撃を放ち、鎮圧させていたのだ。
それはものの数秒の出来事であり、本当に一瞬で終わったものだった。
有り得ない。魔法使いと人間だ。
いくら優れた身体能力を持っているからといって、ただの人間が人地を超えた力を持つ魔法使いに勝てる訳がない。これは何かの間違いだ。
そう思いながらもしかし頭の中では理解している。全力で立ち向かった部下達を鎮圧させる力をこの男は持ち得ているのだと。これは偶然でも何でもない、この執事の、紛れもなく強い圧倒的な力なのだと。
「あ、……んたは一体…………」
仙堂は床に伏せ、動けずにいる部下達を見ながら男に問い掛けていた。声は震え、酷く恐怖心に駆られている自分を客観的に捉える。
すると男はこちらの震えた問いかけに口を開いた。
「私は高円寺院家の執事……ですがそれとは別に、和泉嶺歌様をお守りする一人の人間でも有ります」
男はそう言葉を溢すと仙堂を見据える。男の身体には傷一つ見当たらなかった。
部下が全霊をかけて襲撃したはずのこの執事は、全くダメージを負ってはいなかったのだ。
「嶺歌さんを粗末に扱う方は申し訳ありませんが制圧させていただきます。如何様な方でもお相手致します。次は仙堂さん、貴方でしょうか」
そう告げてからこちらに近付いてくるその男に、仙堂は血の気が引いていた。そうしてまだ僅かに開く口で何とか声を発する。
「こ、こんなことをして、一体どうしようと言うんだ……我々を制したところで、和泉嶺歌の処遇を変える事は……」
「御言葉ですが」
すると仙堂の言いかけた言葉に覆い被せるようにして男が声を出してきた。仙堂は無意識に生唾を呑み込む。
「私の目的は変わりありません。嶺歌さんへの罰を覆して下さるまではこの場から立ち去る事は御座いません」
そう言って手袋についた埃を振り払う。彼は一切疲労した様子を見せてはいなかった。
「ま、魔法協会が全滅したらどうするつもりなんだ……? 君が起こしたこの状況を理解しているのか? 部下達は皆君にやられ、このままだと協会は機能しなくなる。それは、和泉嶺歌の活動も妨害するということになるんだぞ。協会が慈善事業で動いている事は賢明な君なら理解しているだろう?」
今回の和泉嶺歌への処遇は、確かに正義的ではない判断だ。
だがしかし、魔法協会自体が慈善事業を目的として活動している事は嘘偽りのない真実だった。魔法を人々の平穏の為にと、この協会を動かしているのは仙堂としても誇りに思うところであった。
ゆえに魔法協会を壊滅させてしまえば、誇り高い慈善活動を行い続けている魔法少女達の幸福をこの男が奪う事になる。
和泉嶺歌を大切に思っている男がそんな選択をしてもいいのかと、そのような疑問も持ち合わせていた仙堂は男に問い掛けていた。
すると男は仙堂の質問に悩む事なくすぐ口を開き始めた。
「はい、存じております。魔法協会自体を悪だとは、認識しておりません」
「わ、分かっていて尚、私が言うことを聞かないから協会を壊滅させるつもりなのか?」
今のこの状況からすると、和泉嶺歌の処罰を断固として覆さない仙堂を前にして、男は魔法協会を殲滅させるつもりなのだとしか考えられなかった。
壊滅させれば、文字通り魔法協会がなくなる事を意味する為、和泉嶺歌の罰はそもそもなかった事になる。この執事はそれを狙っているのではなかろうか。
仙堂がそう思った理由は、襲ってくる相手を躊躇いなく返り討ちに遭わせ、抜かりなく全員を気絶させた彼の迷いのない行動力や、男から発せられる野生の猛獣のような強い威圧感が原因となっていた。
それにこの男は部下を殲滅させた今でも、こちらに敵意を向けているのだ。このまま魔法協会を乗っ取るのか、はたまた壊滅させる腹積りなのかとそんな不安を覚えてしまう程に。
そのような考えが浮かび、先程から恐怖心を抑えられていない仙堂が声を出すと、男はまたもやすぐに言葉を口にする。
しかしそこで男が口に出した言葉は、仙堂の問いに対する回答ではなかった。
「魔法協会の方々は多種多様な魔法をお持ちなのですね」
(……?)
仙堂が頭に疑問符を浮かべていると執事の男は構わず続けてくる。
「攻撃に特化した特殊な魔法、近距離を得意とした威力型の魔法、遠距離から放つ事の出来る高度な魔法……多くの魔法が存在する事実には私も少々戸惑いました」
話が逸れている。この男が一体何を言わんとしているのか分からずにいると、男はこちらに視線を戻してもう一度口を開く。
「この世の全ての人々に、あらゆる個性が存在する様に、魔法にも得手不得手というものが存在するのでしょう」
男はそこまで口を開き続けると、また一歩こちらに近付いてきた。
「中には回復に長けた魔法をお使いになられるお方もいらっしゃる筈です。仙堂さん、私は貴方が回復魔法をお持ちであると推測致しました」
「…………」
仙堂はその台詞を聞いて初めて彼の言おうとしている事が理解できていた。つまりこの男は――――
「回復魔法をご使用になられれば、今床に伏せられている職員の方々もすぐに回復なさる事でしょう」
男はそこまで言葉を続けると、その時点で初めて仙堂の憶測を否定してきた。
next→第六十二話④
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