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第六十二話①『深夜の乗り込み』
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「本当に、参るなあ」
魔法協会を取り仕切る最高責任者――仙堂は顔を天に動かし空を仰いだ。
屋上で一服をと外に出てはみたものの、大して気分は良くならなかった。全ては深夜の一件が原因である。
「無礼を承知で参りました。単刀直入に申し上げます。和泉嶺歌様の罰則を不問にしていただきたいのです」
突然現れたその男には見覚えがあった。いや、忘れる筈もない。彼はとても印象に残るお客様の一人だったからだ。
半年程前、まだ若いにも関わらず、気品と美しさを持ち合わせたご令嬢と共にやってきた長身の執事。それが彼だった。魔法少女の存在を明かせたのは、彼らが目を見張るほどの大金を持ち出してきたからだ。
魔法少女である和泉嶺歌を見つけ出し、接触を図ったのは彼ら自身の力である。仙堂が口添えをした訳ではない。
だが彼らが和泉嶺歌と知り合いになっていた事は知っていた。
彼女らが魔法少女の姿をして行う事柄はこちらで全て管理しているからだ。魔法の力があるからこそ出来る所業である。
しかし特に問題もないためその事を認識しながらも言及する事はなかった。
多額の賄賂を受け取ったのだから言及できる筈もない。仙堂は、彼らが知り合った事に関して黙認をしていた。
執事の男にはこの先会う事はないだろうと思っていた。もう魔法協会に用などあるはずもない。
だがその確信めいた推測はこの時点で見事に塵となる。仙堂は魔法協会に再び現れた男に視線を向けながら声を発した。
「そのお言葉に素直に頷く事は致しかねます」
そう言って仙堂は男を見据える。一度取引を交わした男であっても特別扱いはしない。それが仙堂の流儀だ。
しかしこちらのその発言に男はすぐ言葉を返してきた。
「失礼では御座いますが、貴方様はご自分で下した今回の処遇を理解しておられますか? あまりにも理不尽な対応で、まだ十代のお若い方を追い込まれている。魔法少女と言えど彼女は一人の人間です。何故無茶振りな罰則をお与えになるのです」
男の口調は丁寧な言葉遣いであったものの、砕けた様子と棘が見え隠れしていた。
初対面の時はもっと気持ちに余裕のある、いや、余裕しかない程穏やかな青年に見えていたのだが、今回の男は隠しきれていない敵意が垣間見えていた。
「特別扱いをするわけにはいかないのですよ。和泉嶺歌はそれ相応の罰を犯しました。ですので罰則を不問にする事は我々には出来かねます。間違いを犯したら罪を償う。常識でしょう?」
仙堂はあくまでも冷静に、椅子に腰掛けたまま正面に立つ男にそう言葉を告げる。
薄く微笑みながら涼しげな様子で彼を見返すと、男の深緑色の視線と目が合った。強い、熱意のこもったその視線に一瞬だけ、怯んだ自分がいたのを取り繕う。
「宇島さん、と言いましたね? 貴方のご意見は分かりましたが従う事は不可能です。どうかお引き取り置きを」
「仙堂邑楽さん、あまりにも可笑しいとお気づきでは無いのですか? 通常、魔法少女の姿を見られた際にはあなた方のお力で記憶の消去が行われる筈。それを、たまたま効かなかったというだけで嶺歌さんの責任に転換される事を、貴方は恥ずかしいと思われないのですか」
彼の言っている事は正論だ。そして見事に図星をつかれている。
今回の件は前代未聞の例外的な事故だった。まさか魔法の消去が効かない体質の人間がいるとは思いもしなかったのだ。
魔法は絶対的。その概念を覆らされた魔法協会は、事態の収束に和泉嶺歌の犠牲を下した。処罰という対象に仕立て上げることで。
この先三ヶ月間、毎日魔法少女活動を三十件行うという内容がどれほど残酷な処罰かは分かっている。
分かっているからこそ下した罰なのだ。きっと和泉嶺歌は一ヶ月としない内に疲れ込み、魔法少女として活動できなくなるだろう。それを見越しての決断だった。
魔法少女としての資格を剥奪するという罰が出来たのならそれが一番賢明であっただろう。
しかし魔法少女に選出された彼女らを、一度魔法少女になった者らを、今更一般人に戻す事は魔法協会のルールで許されてはいなかった。勿論彼女らの意思で活動を辞めたいと自己判断する事も出来ない。
それは一度開花させた魔法を、無に戻す事は出来ないからだ。
だが今回の件を見過ごす事もできなかった。
賄賂を渡してきた令嬢とその執事の存在は認めても、何もしていない、ただ偶然知ってしまっただけの人物がこの先も魔法少女の存在を認知している事態は魔法協会として黙っているわけにはいかない。
―――――彼女の知り合いなのだから、彼女の責任でいいだろう。意図せずかどうかは重要ではないからね。結果が全てなんだ。
自分の判断に疑いを持つこともなくそう結論を出した。和泉嶺歌には少々酷であるが、彼女には魔法少女としての意識をより一層高めてもらい、反省させようと考えたのだ。
和泉嶺歌は通常の魔法少女よりも交友関係が広い。
それを改めて自覚させ、今後の行動をもっと慎重になるよう誘導させるための罰則だった。
とはいえ、こちらの横暴的なものが絡んでいる事は自分でも理解していた。
本当は和泉嶺歌に罪はない。彼女が如何に責任感の強い人間であるのか、仙堂は魔女と共に彼女を魔法少女に選んだ時から既に分析している。
事実は、記憶消去が行えなかった魔法協会の責任だ。魔法の力が及ばなかったこちら側に問題がある事は最初から分かっている。
だがそれを押し付けるようにして和泉嶺歌に罰を与えているのだ。
(これは仕方のない事なんだ)
仙堂に罪悪感は一切ない。自分でも非情だと自負している程には、魔法少女等に情を持ってはいなかった。全ては手駒なのだ。
だからこそ自身の思い通りに動いてくれない異例が出れば、こちらはそれ相応の対応をしなくてはならない。
罰を伝えた和泉嶺歌も、動揺はしていたようだが決して逆らう事はしなかった。だからこの件はこれで終わりの筈だった。だが――――――
目の前に立つ長身の男は、未だに仙堂に視線を向けながら敵意を露わにしている。彼の視線は正直、魔法が使える仙堂でも耐え難いほどの鋭さが放たれていた。
男の問い掛けに沈黙を返していた仙堂は、それでも男から視線を逸らさずようやく口を開き始める。決して暑い空間でもないのに、わずかな汗が自身の首元を流れていった。
「恥ずかしいとは思いません。これも役目なのです。誰かが彼女を罰さなければ組織の体制が締まらないでしょう」
仙堂がそう言葉を放つとしかし執事の男は声のボリュームを先程より一段階上げ、言葉を続けてきた。
「罰さなければと、まるで嶺歌さんが罪を犯したかのようにお話しされておりますが、決して嶺歌さんの所為などではありません。あなた方のフォローが行き届かないだけの理由で、彼女を悪かったように仕立て上げるのは見過ごせません」
next→第六十二話②
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