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第六十一話③『掌返し』
しおりを挟む『嶺歌、お身体は問題ありませんの?』
放課後になると、嶺歌は形南に連絡を入れていた。
元々彼女には心配も掛けていた事から近い内にまた連絡をしておこうと思っていたのだ。
すると形南は開口一番にそのような事を尋ねてくる。
嶺歌はこちらを気に掛けてくれているのだと嬉しい気持ちになりながら大丈夫だよと声を返した。
「本当に不思議なんだけどさ、魔法教会がいきなりあたしの失態を不問にしてくれたんだ。だから罰とか一切なくて…ていうか聞いてよ! なんか今後は魔法少女活動に給料が発生するんだって!!」
嶺歌は思わず興奮気味にそう告げると形南は柔らかい声を出して嬉しそうに言葉を返してくれていた。
『それはとても喜ばしい事ですの。ふふ、私も自分の事のように嬉しいわ』
「ありがと! あれなともこれまで通り遊べるからまた時間ある時遊ぼうね」
『勿論ですの! 御免なさい、これからお稽古ですのでまたご連絡致しますの』
「全然いいって! 稽古がんば! じゃあまた!」
そんな会話をして嶺歌は電話を切る。自然と口角が上がっている自分がいた。
魔法協会から送られてきた午後のレポートには、今朝の連絡で嶺歌に予告していた通りの内容が書き記されていた。
魔法協会のレポートは、月に数回だけ通信具からのみアクセス可能な魔法通信サイトで確認ができるようになっている。
魔法協会から一方的に送られてくるメッセージとは違って閲覧は自由だ。
そのため閲覧しなければ重要な内容を見逃してしまう、という事もあるのだが、魔法少女に選ばれる人間は誰もがみな正義感に溢れ、怠惰を知らない者しかいない為そのような事態にはなっていないようだった。嶺歌もその一人である。
つまり、全員しっかりとレポートには目を通すのである。それを分かっているからこそ、魔法協会もあえてメッセージではなくレポートとして公開しているのだろう。
まあ魔法協会のそのような姿勢には些かいやらしさを感じてもいるのだが、そこに頭を働かせても意味がない為、嶺歌も特にその事に考えを巡らせる事はなかった。
『本日正午から魔法少女の給与制度を実施します。魔法少女全員が対象です』
主な内容はこうだった。魔法少女の活動をした者には今後、給料を毎月振り込むという事。金額はどれだけ活動したかで変わってくる事。
これは、これまで無償で働き続けてきた魔法少女にとって、驚き以外の何ものでもないだろう。
きっと全ての魔法少女がそのように感じているはずだ。嶺歌も冗談なのではないかと何度もメッセージを見返していた。
「本当、どうしちゃったんだろ」
そう呟きながら嶺歌は自宅へ戻り始めていた。いつものように自宅のあるマンションに到着し、エントランスを抜けて誰もいない床でコツコツと一人音を響かせる。
すると嶺歌以外の誰かもう一人の靴音が、エントランス内に響いた。
「嶺歌さん」
間違えるはずがない。
この声は、柔らかくも穏やかなこの優しい声色は、嶺歌の想い焦がれる兜悟朗の声だった。
嶺歌は驚き瞬時に彼の声の方へ顔を向ける。するとそこには本当に兜悟朗の姿があった。
「兜悟朗さん?」
「はい。連絡もなく、突然のご訪問申し訳ありません」
兜悟朗はそう言うと綺麗な姿勢で嶺歌に頭を下げる。嶺歌は丁重な彼の姿勢に気持ちが高揚しながら言葉を繰り出した。
「全然、大丈夫ですけどどうかしたんですか?」
嶺歌は僅かに声が上擦ってしまう。唐突な彼の出現に嬉しい思いが溢れてしまいそうだからだ。
まさか今日会えるとは夢にも思っていなかった嶺歌は、目の前に立つ兜悟朗の姿に何度も気持ちが高まってしまう。
彼の澄んだ深緑色の瞳と目が合わさると、心臓が跳ね上がっていた。
兜悟朗は静かに柔らかな笑みを向けると、嶺歌に手を差し伸べ、少し話が出来ないかと提案をしてくる。
断る理由などあるはずもない嶺歌はそのまま鼓動の速まった状態で兜悟朗の手を取り、肩を並べながらマンションのエントランスを出るのであった。
第六十一話『掌返し』終
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