お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

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第五十九話①『魔法少女の失態』

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(え? どうしてここに?)

 平尾が目の前で立ち尽くしている姿に、嶺歌れかは驚きつつも瞬時に状況の整理を始める。

 平尾が形南あれなと約束を交わしている時間は九時の筈だ。今の時間はまだ八時前である。つまり彼がここに現れるはずがない。だがそう思っていたのが油断だった。

せい様……」

 形南も予想外なのか目を見開きながら平尾をただただ見つめている。するとものの数秒で動き出したのは兜悟朗とうごろうだった。

「平尾様。大変申し訳御座いません。少々わたくしと屋外へお付き合い頂けませんでしょうか」

「えっ? ああ……えと、」

 チラリとこちらに視線を向けてくる平尾に嶺歌は視線を返す。早く行ってくれという意味で見返していると、平尾は兜悟朗に言われるがままに「あ、あれちゃんまた後で」と言葉を残して大人しく部屋を後にした。

 兜悟朗の瞬時の対応力には本当にあっぱれである。

(とりあえず……)

 兜悟朗と平尾が部屋から出て行った事で残されたのは嶺歌と形南の二人だけだ。すると形南は嶺歌にこのような言葉を発してくる。

「嶺歌、御免なさい。正様には自由に高円寺院こうえんじのいん家を出入りできるようお屋敷全ての者に命令を出しておりますの。ですから、正様が従者と共にお部屋に向かわれる事はなく、お部屋のノックも正様だけは必要がありませんでしたの」

 どうやら形南と正式に付き合い出してからの平尾は、高円寺院家に自由に出入りできる権利を得て、屋敷内に入っても本人が望まない限りは従者のお付きを不要とし、完全に一人で動き回れるようになっているようだ。

 平尾なら一人であっても邪な考えを働かないという、絶大的な信頼を彼に持っているからなのだろう。

 だからこそ、普段は形南の部屋に入る際に必ずノックをするという礼儀も、平尾はしていなかった。

 形南は平尾であればノックすらも必要がないと許可をしていたのだ。それには嶺歌も納得していた。おそらく平尾は最初戸惑っていただろうが、形南がそうしてほしいのだと、後押しをした事が想像できるからだ。

 だがしかし、今回に限ってはそれが裏目に出てしまっていた。

 ノック音がなかった嶺歌れか兜悟朗とうごろうからの嬉しい言葉だけに頭が持っていかれ、完全に第三者からの介入を意識していなかった。

 そのため平尾の接近にも気が付かず、魔法少女の姿を見られる羽目になってしまったのだ。これは痛い失態である。

 しかしと、嶺歌は深呼吸して心を落ち着かせる。

 そう、何も問題はない。兜悟朗の早い対応のおかげで、平尾は嶺歌の前から姿を消してくれた。嶺歌の姿をとらえなくなった時点で平尾の記憶消去は正常に行われているだろう。

 ゆえに今頃魔法少女の記憶は彼の脳内から消えているはずだ。

(見られたのは焦ったけど、記憶消去があって良かった)

 記憶が消される仕組みに心底感謝しながら嶺歌は小さくため息をついた。そして心配そうな顔でこちらに目線を向ける形南あれなに明るい調子で声を発する。

「あれな、大丈夫だよ。平尾があたしの前からいなくなった事で、あいつが見たさっきの記憶は消えるから」

 そう言って形南の背中を軽く二回叩く。形南はそうですわよねと小さく声を漏らしながら、それでもこちらに対して申し訳ないと思っているのか眉根が下がったままだ。

せい様はきっと少しでも早くお会いになろうとサプライズで来てくださったのですわ。わたくしそのような事にも気が付かず……」

「もう少ししたら戻ってくる筈だしゆっくりデート楽しみなよ。平尾はそんなの気にしないって」

 形南あれなは平尾が自分の為を思って早く来てくれた事を嬉しく思いながらもこのような形で追い返してしまった事、そして意図せず嶺歌れかの魔法少女姿を晒してしまった事を嘆いているのだろう。

 今彼女の心境はとても複雑なはずだ。二つの事が一辺に起こったせいで形南のいつもの覇気は無くなっている。

「大丈夫だって。あたしも不注意で悪いし、平尾だってあれなの態度に不満を持つ訳ないから。あいつはあれなに一途でしょ?」

 嶺歌はそう声を掛け、形南の気持ちを和らげようとしていると、部屋のノック音と共に声が聞こえてくる。兜悟朗とうごろうが戻ってきたのだ。数分経ったからと戻ってきたのだろう。

 嶺歌は急いで自身の魔法を解き、人間の姿に戻ると挨拶をしてからそのまま帰ろうと気持ちを切り替える。形南の凹み具合はまだ直っていなかったが、この後平尾に会えばきっとすぐ良くなるはずだ。

 そう思っていたのだがガチャリと丁寧に開かれた扉の向こう側で、いつもは見せない困惑顔の兜悟朗と、平尾が現れる。平尾はともかく、兜悟朗の表情には何だか違和感があった。一体どうしたのだろうか。

「あの」

 嶺歌が兜悟朗にその表情の意味を尋ねようと口を開きかけたところで、平尾がほぼ同時に嶺歌に声を発した。その台詞は――――嶺歌の目を見開かせた。

「和泉さん、魔法少女だったんだね。お、驚いた」

「……………は?」


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