147 / 164
第五十八話③『衣装』
しおりを挟む何度訪れても慣れない大規模な屋敷の中に迎え入れられると、形南の私室へ案内され、嶺歌は早速彼女の前でステッキを手に取り始める。するとそこで形南はこのような言葉を発してきた。
「ねえ嶺歌、貴女が持っているように見えるそちらは、嶺歌にしか見えない代物ですの?」
形南はそう言って嶺歌の手に持つ透明ステッキを手のひらで上品に差してきた。これまでも形南の前では何度かステッキを持った事がある。
しかしそれが第三者には見えないため、何かを持っているような手元しか視認する事はできない。不自然に見えてしまうのは当然の事だった。嶺歌は形南の言葉に頷くと口を開いて透明ステッキの説明をする。
「うん、透明ステッキって言ってあたし以外の人は見えないし触れない。本当はあれなにも見せたいんだけど、その方法がなくてさ」
そう言って苦笑いすると形南はまあ! と両手で口元を覆いながら先程よりも一段階、表情を明るいものへと変える。
「なんて神秘的なのでしょう! ご自分にしか触れられないお品だなんて、気持ちが高鳴ってしまいますの!!」
形南はステッキを視認できない事への悲しさよりも透明ステッキの存在そのものに興奮した様子を見せる。
そんな形南の姿を見て嶺歌は彼女らしいと笑みが溢れた。今度、絵に起こしてどのような形をしているか見せてあげよう。
そう思いながら形南を見ていると子気味のいいノック音が鳴り響き「失礼致します」という言葉と共に兜悟朗が中へ入ってきた。彼の持つトレーには美しい花柄のグラスが二つ乗せられており、飲み物を持ってきてくれている事が分かった。
(兜悟朗さんも見てくれるかな)
嶺歌は兜悟朗の姿を目にして一気に緊張感が襲ってくるのを体感していた。兜悟朗に新しい衣装を見せたいという気持ちはもちろん持っているものの、やはりいざ見せるとなると気恥ずかしい思いが先に出てくる。
嶺歌はテーブルの上に丁重な仕草でグラスを置き始める兜悟朗にありがとうございますと言葉を述べると、彼は和やかに笑みを向けてとんでも御座いませんと声を返してくれた。
(かっこいい……)
何度思ったか分からない兜悟朗への愛を再確認していると形南が「それでは嶺歌」と声を発してきた。
「楽しみで仕方がありませんでしたの。是非、貴女の新しいお衣装、見せて頂戴な」
形南は両手を合わせながら上品にそう告げて、小首をわずかに傾け上目遣いでこちらを見てくる。
彼女の瞳はキラキラと眩い光を映し出し、本心で嶺歌の新衣装を楽しみにしていたのだという思いが身に染みるほど伝わってきていた。
「うん、じゃあ」
嶺歌は照れ臭い思いを抱きながらも、同時に感じている見てほしいという気持ちを前面に出し、手に持ったままの透明ステッキを上に持ち上げくるくると回し始めた。
そうすると嶺歌の全身は変化していき、数秒とたたない内に魔法少女の姿を現す。
そんな嶺歌の新しい装いを間近で目にした形南は感動の余りか目を更に輝かせて自身の両手を絡めると嶺歌に詰め寄ってきた。
「素敵ですの!! なんてお美しいのでしょう……!!! 嶺歌、貴女本当に魔法少女の鑑ですのっ!!!!!!!」
形南は嬉しそうにそう言葉を並べ立てながら嶺歌の両手を掴んできた。物凄い興奮ぶりである。想像以上に良い形南のその反応に嶺歌は嬉しい思いが湧き起こる。
「ありがとあれな。あたしも昨日いいの思いついたなって一人でテンション上がってた」
そう言ってニカッと歯を見せて笑うと、形南も同調するように更に笑みを浮かばせて嬉しそうに微笑む。興奮した様子でも、形南の高貴さは失われていない。本当に形南の上品さは見事なものだ。
「思いついたと仰っているけれど、魔法少女の衣装はどのようにして作られるのですの? 聞いても宜しいかしら」
「勿論。衣装はね……」
嶺歌は形南からの質問を嬉しいと感じながら彼女の疑問に答えていく。魔法少女の衣装は自身で想像したデザインをそのまま具現化するのだと、形南に詳細な説明をした。
形南は瞼を大きく広げたり、口元に手を当てながら嬉しそうに笑ったりと、驚いた表情も時々見せながら話を聞いてくれていた。
衣装に関する説明が終わると形南は口角を上げながら再び口を開き始める。
「素敵な衣装は全て、嶺歌の想像を映し出したものでしたのね。衣装センスも素晴らしいだなんて、本当に嶺歌には感服いたしますの!!」
「ありがと。なんか照れるけど、そう言ってくれると嬉しいよ」
そんな会話をしながら嶺歌は視線だけをチラリと向けて兜悟朗の方を見た。
彼は先程から静かに微笑んでこちらの様子を見守ってくれている。きっと形南の興奮ぶりを妨げないようにと、自ら声を発さないでいるのだろう。そんなところも紳士的で、兜悟朗らしい。
(どう、思ってくれてるかな)
しかし自分から「どうですか?」などと聞く勇気は今の嶺歌にはない。
意識しない相手にならいくらでも尋ねる事が出来るが、兜悟朗にだけはそのような質問を投げかける事が出来そうになかった。意中の相手というのは、本当に不思議なものだ。
「嶺歌さん、とてもお似合いで御座います」
(……えっ!!?!?!??)
だが途端に兜悟朗の声が嶺歌の耳に響いてくる。そして直球的なその言葉に嶺歌の心臓は一気に跳ね上がっていた。
「お嬢様と同じ感想にはなってしまうのですが、麗しくも美しい、素敵なお姿だと感じられます」
「あ、りがとうございます……」
嶺歌は顔を真っ赤に染めると瞬時に顔を下に向けた。自分が顔を俯かせることなんて、本当に数える程しかないだろう。だがこの状況で、顔の熱をどうにかするのにはこれしか思い付かなかったのだ。余りにも嬉しすぎる兜悟朗の言葉は、嶺歌の気持ちをこれでもかという程高まらせ、こちらの嬉しさを促進させてくる。
以前、兜悟朗に魔法少女の姿を褒められた時の事を思い出す。あの時こそ期待せず、彼からお世辞の言葉をもらうのは嫌だと感じていた嶺歌だったが、あの時の嬉しさと今の嬉しさはどうしようもなく、似通っていた。
一つ違うと言うのならば、それは賛美の言葉を向けてくれる相手が『一人の男性』から『大好きな異性』に変わっている点だ。
(麗しいとか美しいって……)
そうだ。もう一つ違うところがあった。彼は今確かに嶺歌のこの姿に、女性に向けられるような言葉を発していた。以前は逞しくも勇ましいという言葉だったのだ。
その違いがどういった意味であるのかは分からなくとも、嬉しいという思いだけは変わらない。
(前より女として見てくれてるって事……?)
両手を覆って首を振り、喜びのあまり叫び出したい思いに駆られる。兜悟朗からの嬉しすぎる賛美の言葉に酔いしれたい心境に襲われながらも嶺歌は平常心を保った。
「魔法少女の新衣装にそんな感想を貰えて、嬉しいです」
照れた頬を隠すことは出来なかったがそれでもいつも通りの嶺歌を演出できたはずだ。
嶺歌はそう言葉を続けると兜悟朗はにこやかに笑みを向けながら、胸元に手を添え再び口を開く。
「はい。貴重なお姿をお嬢様だけでなく、私にもお見せいただき有難う御座います」
(わ、わあ…………)
にこりと笑みを向ける兜悟朗の視線は本当に純真で誠実で紳士的だ。彼の瞳には一点の曇りもなく、本心からそう告げてくれているという事が伝わってくる。
それがまたこれ以上ないほどに嬉しく、嶺歌の平常心は壊れそうになっていた。そんな時だった。
「え……魔法少女?」
(?)
聞き慣れない声が嶺歌の鼓膜を刺激する。
途端に振り返ると、そこには形南の私室の扉前で呆然と立ち尽くしている平尾の姿が、あった――――。
第五十八話『衣装』終
next→第五十九話
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました
Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。
必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。
──目を覚まして気付く。
私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰?
“私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。
こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。
だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。
彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!?
そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる