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第五十六話②『デート準備のお買い物』
しおりを挟む目星の服を見つけ、試着を繰り返す。
嶺歌だけではなく、一緒に来た三人の友人らも皆それぞれの好みを見つけては試着を繰り返していた。
しかし開店したばかりというのもあり、それなりに混み合っている店内では試着をするのにも時間を要していた。
あっという間に数時間が経ち、嶺歌は時間をかけて悩んだ末に先ほど試着した自分好みのワンピースを一着購入する事に決めていた。
(この服、兜悟朗さん好みだといいな)
ワンピースに目を落としながら嶺歌はそんな事を考える。
本当であれば、兜悟朗本人に直接尋ねて彼好みの服でデートに挑むのが理想だ。
しかしデートに浮かれすぎていたせいか、そのような考えはここに来るまですっかり抜け落ちており、今電話やレインで尋ねるのも彼の生活スタイルを考えると気が引けていた。そして理由はもう一つある。
正直改まって好みを尋ねるのは恥ずかしい気持ちが多分にあったのだ。気が引けていたもう一つの理由はこれだった。
そのような理由から嶺歌は、最終的に把握しきれていない兜悟朗の好みを予想して洋服を選ぶよりは、自分の好きな服で挑むのが一番無難だろうとそう判断していた。
ゆえに今回は自分好みの服でデートに向かおうという結論に至っていたが、今後の事を考えると兜悟朗の好みはきちんと把握しておきたいのも本望だ。
恥ずかしい思いはきっと消えないだろうが、このままずっと彼の好みを知らない状態でいる事は嶺歌の望むところではない。
(恥ずかしいけど……今度、好きな服装聞いてみようかな)
「レカちゃんそれ買うの? めっちゃ似合ってたもんね~!!」
そう思いながら試着したワンピースを手に持ち行列のレジに並んでいると、心乃も二着の服を手に持って、嶺歌の後ろに並んできた。
「うん、ありがと。心乃は二着?」
「そうそう! ほんとはもう一着迷ってたけど、お小遣いピンチだから我慢だよ~ねっ! 次はおそろ買おうね!!」
そう言って心乃は無邪気な笑顔で嶺歌に笑い掛ける。心乃を見ていると嶺璃を思い出すのは、お揃いを作りたがるところが同じだからかもしれない。
そう思い、嶺歌は笑いながら彼女と会話を続けていると、心乃はふいにこのような言葉を口にしてきた。
「ねえレカちゃんが好きな人って、どういう人なの? 聞いてもいい?」
心乃は嶺歌に好きな人が出来た事を知っていたが、兜悟朗に関しての詳しい話をした事はまだなかった。
嶺歌は心乃の問い掛けに頷くと同時に嬉しさが込み上げる。兜悟朗の事を誰かに話せる事がこんなにワクワクするものだとは思わなかった。
「友達の執事って話はしたよね。身長が高くて歳も十一歳上。めっちゃ大人な人だよ」
嶺歌がそう言うと心乃はええ~! と顔を僅かに上気させ新鮮そうに表情を動かす。そして「告白はしないの?」と言葉を続けてきた。
「……したいけど今は待機。確信持てないから動けないんだよね」
「レカちゃんが恋する乙女だ~! いいないいな!! 応援してる!!!」
そう言って心乃は心底楽しそうに嶺歌の話を聞いてくれた。
あっという間に会計は嶺歌の番を迎え、それまで心乃に兜悟朗の格好いいところや好きなところをたくさん話す事が出来ていた。
嶺歌はそれに満足しながら会計を済ませ、兜悟朗への思いの強さを改めて実感するのであった。
一日かけてのショッピングは終わり、嶺歌たちは最寄りの駅で解散をする。
嶺歌は大量の手荷物を両手に持ちながら浮き足だった様子でマンションへと向かう。
今日はとても気分が上がっている。休みの予定だった魔法少女活動もこのまま行ってしまおうか。
そんな事を思いながら足を動かしていると、突然着信が鳴った。誰だろうと嶺歌は通行人の邪魔にならないよう歩道の隅に動いてからスマホを確認する。相手は形南からだった。
「もしもし? どうしたの?」
試験勉強をしているであろう形南にそう言葉を発すると形南からは『嶺歌! どうしましょう!!』という予想外の声が返ってきた。彼女はいつもより狼狽した様子で何やらあった様子だ。
嶺歌は「落ち着いて」と声を掛けてからもう一度言葉を発する。
「何かあった?」
嶺歌が形南を宥めながらそう尋ねると、形南は一呼吸置いてから『実はですね……』と言葉を繰り出す。
『先程まで休息も兼ねて正様とお電話をしていたのですが……何と私の事を『形南ちゃん』とお呼びされましたのっ!!! ねえどうしましょう嶺歌!!! このような興奮、中々収められないわっっ!!!』
形南はきっと電話の先で顔を赤く染めながら嬉しそうに首を振っているのだろう。
そんな光景が瞬時に浮かび上がり、嶺歌は口元が緩んだ。微笑ましいその内容に嶺歌は自然と笑い声を出す。
「めっちゃラブラブじゃん! なんで急に呼び方変える事になったの?」
嶺歌がそう尋ねると形南は嬉しそうな声色で照れ隠しをしながら質問に答え始める。
『ふふっラブラブだなんて……ふふふ。それが何の突拍子もなく突然でしたの! 正様は私の名前を変えて呼ばれた事を特に言及されませんでしたのよ! それがまた嬉しくって……けれどね、最後はまた呼び方が『あれちゃん』に戻っておりましたの。両方を使い分けなさるおつもりなのかしら。ふふっそちらもそちらで嬉しいですわっ!!!』
形南は終始興奮気味にそのような話を繰り出し続ける。
嶺歌も嶺歌でその話を聞く事が楽しく、形南の喜んでいる様子がまた嬉しかった。平尾との関係もとても順調そうで何よりだ。
形南はようやく興奮が収まってきたのか落ち着いた様子に戻ると『そろそろ学習のお時間ですわ。嶺歌、お付き合い下さって有難う御座いますの』と言葉を発して電話を切る。
形南はあと一日試験が残っているためこの後も勉強に励むのだろう。
嶺歌は形南の嬉しい報告が聞けた事に満足しながらマンションのエントランスに入り、エレベーターを待っているとそこでふと、兜悟朗の事を頭に思い浮かべた。
――――――『嶺歌』
(うわ、めちゃいい……)
呼称変更という話題のせいで無意識に兜悟朗が自分の名を呼び捨てにする妄想を浮かべてしまう。
兜悟朗が嶺歌をそのように呼ぶ事は彼の性格からしてないであろうが、それでも想像するだけで胸がときめいてしまっていた。
(兜悟朗さん、会いたい)
嶺歌は紳士的な彼の姿を目に浮かべる。そうしてそのまま彼に思いを馳せるのであった。エレベーターの到着に気付いたのはそれから数分後の事だった。
第五十六話『デート準備のお買い物』終
next→第五十七話
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