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第五十一話①『生い立ちとサプライズ』
しおりを挟む九月も中旬になると嶺歌の学校も学園祭の準備で忙しなくなる。
部活に無所属の嶺歌も学園祭の準備に追われ、最近は兜悟朗と会う時間がなくなっていた。
今朝も実は兜悟朗から時間を作れないかとお誘いを受けていたのだが、今日だけは文化祭の重大な役割を担っていたため嶺歌は泣く泣く彼の誘いを断っていた。
(分かってたことだけど会いたかったな……)
嶺歌のクラスの出し物は縁日だ。嶺歌は装飾担当グループに入り、今日は足りない装飾品の材料を買い足しに近場の文具店へ訪れていた。あまりにもクラス内が慌ただしいため今回は嶺歌一人で購入しに来ている。
(早く学園祭おわんないかな)
学園祭自体は嶺歌も楽しみにしていた。準備の時間も去年はとても楽しく、友人らと最終下校まで自ら残って準備に取り掛かっていた程だ。
だがそれでも兜悟朗との時間を比較してしまうと圧倒的に学園祭よりも彼と過ごせる僅かな数時間が嶺歌には貴重で幸せになっている。自身の優先順位が明確に変わってきているのだ。
嶺歌は重いため息を吐きながら迅速に買い出しを済ませ、店を出る。
そのまま数十メートル歩けば学校に到着するところで、嶺歌のスマホが突然鳴り出した。レインの通知が入ってきたのだ。驚くと同時に胸が一気に高鳴る。相手は兜悟朗だ――。
『嶺歌さんお疲れ様で御座います。宜しければ学園祭の準備が終了されてからご一緒に夕食はいかがでしょうか? 嶺歌さんのご都合とご家族様の許可が下りましたら、是非お誘いしたく思うのですが。お疲れで御座いましたら遠慮なくお断りしていただければと思います』
(まっまじ……っ!!?)
スマホを眺めながら驚愕どころではない驚きを見せた嶺歌は、そのまま一時停止する。
準備があるからと一度断った放課後のお誘いを、彼は改めて時間を絞り、夕飯限定で提案してきてくれたのだ。
兜悟朗からまさかこのような二度目のお誘いを受けられるとは夢にも思わず、またその彼の気遣いに嶺歌は嬉しさのあまりスマホを両手で抱きしめる。嬉しくて兜悟朗の顔がすぐ脳内に浮かび上がってきていた。
「そんなの……絶対、行く…………」
そう一人呟き、嶺歌は身体のバランスを崩しながらもすぐに整え深呼吸をする。
そうして兜悟朗とのトーク画面に視線を戻すと前向きな返事を返すのであった。
最終下校時間の七時になると、これから夕飯を食べに行かないかと友人らに誘われるが、それを断り学校を飛び出る。
そうして校門の少し離れた先で、私服を身に付けた兜悟朗が待っている姿を目に映した。嶺歌はあまりの感動に瞳が揺れ動く。
「と、うごろうさん! お待たせしました!」
嶺歌は切れかけていた息を整えながら彼の元へ駆け寄る。
兜悟朗は柔らかな笑みを向けたまま「お疲れ様で御座います」と労いの言葉をかけてくれた。この一言で嶺歌の疲れは一気に消えていく。
すると兜悟朗はまだ少し息が荒い嶺歌を優しく見つめながらこんな言葉を口にしてきた。
「本日は再度のお誘いにも関わらずお受け下さりありがとう御座います。お受け頂けました事、とても嬉しく思います」
そう言って嶺歌に小さく微笑みかけた。彼のその言葉は紛れもなく兜悟朗の本心だろう。
嶺歌は恥ずかしげもなく繰り出される兜悟朗の発言に、嬉しい気持ちが湧き起こる。はいと小さく声を返すと兜悟朗はそんな嶺歌の視界に手を映して「あちらにどうぞお乗り下さい」と私用車を指し示してきた。
(今日も車で来てくれたんだ……)
兜悟朗が車で迎えに来ない日はないのだが、彼からの迎車が嬉しすぎる嶺歌としてはその一つの事で胸が高鳴る。
そのまま誘導され、彼からのエスコートを受けると嶺歌は兜悟朗と素敵な夕食を食べに現地へ向かうのであった。
兜悟朗とのお出かけ先は、平凡な嶺歌がいつでも気軽に来られるような場所ばかりだ。兜悟朗からの気遣いを感じながらも嶺歌は今日も案内されたパスタ屋で彼と幸せな時間を送り始める。
(兜悟朗さん……今日めっちゃ似合ってる服着てる)
いつも兜悟朗の着る服装が嶺歌の心を弾ませる要因になっている事は否めない。だがそれでも今日の彼の服装はそれらを上回るほどに嶺歌の乙女心をくすぐってきていた。
彼が身につけている紺色のワイシャツは秋であるこの時期によくマッチしており、季節感を感じさせている。そして極め付けは少しだけ袖捲りをしているという所だ。
兜悟朗はこれまで決して肌を無闇に見せるような事をしてこなかった。
海の時でこそ彼の鍛えられた逞しい肉体を目にしてはいたが、あれは事故であり通常のそれとはまた別の話だ。
きっと主人の形南に肌を必要以上に見せぬよう彼なりの意図があったのだろう。
そしてどのような時でも絶対に七分袖以上の短い袖の服を身に付けてこなかった兜悟朗が、今嶺歌の目の前で袖捲りをしている。真夏でも袖捲りなどしていなかった人だ。
これは彼が嶺歌には見せてもいいとそう思ってくれている証なのだろうか。
(いや考えすぎ?)
自問自答をしながらも兜悟朗と対面する形で食事を始める。
嶺歌は丁重な手つきでパスタをフォークに絡める兜悟朗の手元に視線を向けながら、自身もそれを真似るようにしてパスタを器具に絡めていく。
そうして一口頬張るとじんわりと美味しいトマトソースの味が口の中に広がってきた。
しかし嶺歌は兜悟朗との食事に緊張が抜けないせいか、なかなか食事が進まない。
食事のペースは自分で早い方だと自覚しているが、今日に限っては全く早く食べ終えられそうになかった。これまでも彼との食事に緊張はあったがこんな事は初めてだ。
それほど嶺歌の兜悟朗への想いが日に日に増しているという事だった。
next→第五十一話②
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