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第四十九話③『確かめたい令嬢』
しおりを挟むそこまで口にした平尾は形南に視線を向ける。
言葉を一度も詰まらせない平尾の、そのミントグリーンの瞳と目が合った形南はドッと心臓が五月蝿くなるのを確かに感じていた。
「だって俺は……あれちゃんが好きだから」
「平尾……様」
平尾からの告白が、何度夢見た状況よりも喜ばしく感じた形南は嬉しさのあまりか、彼の名以外に出せる言葉を失っていた。
そんな思いで胸が熱くなっていた形南は平尾の続けて放たれる言葉にもう一度目を見開く。
「一目惚れしたんだ……あの日、君が…俺と知り合いたいって言ってくれた日」
(え……?)
それは本当に初めて聞く情報であった。
確かに彼の心が読めるはずもないのだから、平尾がいつ形南に惹かれてくれていたのかを知る術はない。だがまさか他でもない彼が、平尾が、平尾正が――形南と同じ一目惚れをしてくれていたとは夢にも思わなかったのだ。
平尾は形南を正面から見据えると再び愛の言葉を口に出す。
「あれちゃんが好きだよ。可愛くて逞しくて、無邪気な君を見ると凄く幸せになる」
そう言って平尾はもう一度形南に視線を合わせてくる。形南が真っ赤な顔で彼を見つめ返していると、平尾は自身の首筋を触りながら「それと」と口にして先程の話に触れてきた。
呼称の件に関しては、彼が嶺歌に君付けで呼ばれる事が嫌だったからなのだと教えてくれた。
嶺歌は校内でも目立つ存在であり、そんな彼女から自分だけが特別扱いをされていると思われるのは平尾の望むところではなかったのだと。
そしてそのような人物から君付けで呼ばれては自分が目立ってしまう為、彼女には君付けをやめてほしいと夏休みに電話で告げていたらしい。
それを聞いて形南はひどく納得をする。平尾が目立つ事が好きではない男性だという事はこの数ヶ月間でよく理解していたからだ。
「和泉さんにとっての俺も、ただの友達だよ。それは絶対に間違い無いから、心配しないでほしい」
嶺歌が平尾を君付けにしていた理由は分かる。彼女は自分に対して気を遣ってくれていたのだろう。形南の好きな人に対して敬意を示そうと、彼女なりに配慮をしてくれていたのだ。
だからこそ、普段なら必ず呼び捨てで呼称するあの嶺歌が、平尾にだけ君付けをしたのだ。
これまでの付き合いで嶺歌の性格に関してもよく分かっていた形南はそれに気が付けていた。そして嶺歌への信頼が更に高まるのを実感しながら、形南は平尾に向けて言葉を返す。
「そうでしたの……試すような無礼な真似を行ってしまい、申し訳ありません。私は貴方様の本心が知りたかったのです」
「いや全然っ!!! 試されたって言われても俺は全然平気だし……気にしてくれたっていうのが…嬉しいよ。あれちゃん……俺の事、調べてたんだね」
(あ……)
彼のその前者の一言に安心したと同時に後者の言葉で形南は怖くなる。
平尾は形南が自身の事を調べていたのだと知ったらどのような感想を抱くのだろう。
けれど形南がそう思った時だった。
「そこまで俺を視界に入れてくれてたんだって思うと……それも凄く、嬉しい」
「………………え」
思わず令嬢らしからぬ声が漏れ出た。素っ頓狂な声を出した形南は、しかし恥じる暇もなく平尾を凝視する。
自身の顔は言わずもがな真っ赤に染まり上がったままであった。だが僅かな理性で、単刀直入に尋ねる。
「ご不快になられておりませんの?」
怖い思いを抱きながらも、避けるこ事のできない質問を平尾に投げ掛ける。
いくら好きな人と言えど、勝手に調べられる事をよく思わない人間は大半であろうと理解しているからだ。
だが平尾は形南の想定外な事に、全然と声を出すと「ねえあれちゃん」とこちらを見ながら続けて言葉を放ってくる。
意表をつかれた形南とは対照的に、こちらに目線を向けてくる平尾は、やわらかな瞳で形南の名を呼び、言葉を投げかけていた。
その彼の視線はとても穏やかで、僅かに頬を染めた平尾の視線は――温かかった。
いつもと違い、真剣な様子の平尾に形南の心臓は思わずドキッという音と共に大きな高鳴りを始める。
「あれちゃんは俺の事、どう思ってる? 俺は君の事……一人の女の子として、好きだよ」
三度目の好きというその言葉に形南は赤面が止まらなくなっていた。
「私も……」
形南は彼と自分の想いが同じものである事は分かっていた。
分かっていたのに、それを平尾本人から直で聞いていた形南の感情は――言葉にし難い程の幸福感に溢れた感情で満たされる。
ああ、彼が好きだと、これまで溜めてきた想いが一気に溢れ出すかのような感覚であった。
「平尾様をお慕いしておりますの……私も一目惚れですのよ」
「えっ……そう……なのっ!?」
形南の答えが予想外だったのか、平尾は驚いた表情を見せると瞬時に顔を俯かせて首筋を掻き始める。その様子が、愛おしくてたまらない。
形南はそっと平尾の手に自身の手を重ねると、平尾に「ありがとうございますの」と声を加えた。
平尾は冷静さを取り戻したのか、気持ちを切り替えた様子でこちらに向き直り始める。そして形南の手を握り返しながら優しく、しかしはっきりと口を開いた。
「ねえあれちゃん、俺は独占欲が強くて、一度手に入れたら絶対離さないけどそれでもいい?」
優しく握られた手とは反対の右手で平尾は形南の頬にそっと触れてくる。
彼の温もりのあたたかさに気持ちが高揚しながらも形南は平尾のミントグリーンの瞳と目を合わせて「はい」と言葉を返した。独占欲が強いのは形南も同じだ。
「平尾様……大好きです。貴方様にならどれだけ独占されましても、嬉しい感情しかありませんの」
そう告げて彼にやわらかな笑みを向ける。平尾はその回答が嬉しかったのか、表情が緩んだ顔を見せると俺もと言葉を返してくれていた。
しかし一拍の間を置くと、彼は唐突にこのような事を口にしてくる。
「でもやっぱりおかしいよ」
彼の言葉の意味が分からず、形南は赤らめた顔のままどうなさったの? と問いかける。
すると平尾は少しだけチラリとこちらに視線を向けながらこんな言葉を口に出してきた。
「俺はあれちゃんなのに君は様付けだ。下の名前で……呼んでくれないかな? 俺の名前を呼ぶのは……君だけだから」
普段の彼からは予想出来ないような要望を口にした平尾は、気恥ずかしいのか再び顔を俯かせてしまう。
けれど彼のそんな様子にも更に胸が激しく高鳴る形南は、予想外の嬉しい提案に頷き「はいですの……」と小声で肯定の意を表した。
そうして小さく息を吸い込むと、彼の望むその名称を口に出す。
「せ、正様……」
「うん、あれちゃん」
形南が照れながらも彼の名を呼ぶと、平尾は再び嬉しそうに笑みをこぼし、今度はこちらの手を両手で優しく包み込んでくれていた。
温かな体温が手から伝わっていた形南は、世界で一番に愛おしいその男性を真正面から見つめ、両思いになれた幸せを強く実感するのであった。
* * *
第四十九話『確かめたい令嬢』終
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