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第四十五話②『御礼』
しおりを挟む医者から問題ないだろうと診断を受けた嶺歌は、しかし念の為また数日後に検査を受けるようにと言われ、その日の診断は終わりとなっていた。
後遺症が残らなかったのは本当に幸いだ。兜悟朗が素早く助けてくれたおかげで今の嶺歌がいる。
そう思うと、大好きな人が命の恩人でもある事に感慨深いものを感じていた。
「嶺歌さん、何も支障がないようで安心致しました」
診察の間もずっと側についてくれていた兜悟朗はそう言って柔らかな笑みを向けてくる。彼が本気で安心してくれているのだとそう感じて嶺歌は再び胸の奥が熱くなった。
「本当に兜悟朗さんのおかげです。何かお礼をさせて下さい」
嶺歌は昨日言いそびれてしまっていた話題を口にする。
嶺歌の両親も命の恩人である兜悟朗に何かお礼をしようと色々考えてくれているのだが、それとはまた別に嶺歌自身からも兜悟朗にお礼をしたかった。
すると兜悟朗は優しくこちらを見返しながらこう口を開く。
「お気遣いいただき有難う御座います。それでしたらおひとつ、お願いをしても宜しいでしょうか」
「勿論です! どんな事ですか?」
嶺歌はすぐにそう答えてみせると兜悟朗は嶺歌の瞳にしっかりと自身の瞳を合わせてくる。
その視線に嶺歌の鼓動は一気に速まるのだが、彼が何を言おうとしているのか聞き逃さないようにと頭を集中させた。
「形南お嬢様とのお約束がなくとも、僕が個人的に嶺歌さんにお会いする事をお許しいただけないでしょうか」
(……え)
それは目を見開くどころの言葉ではなかった。
彼のその台詞は、まるで嶺歌に会いたいと言ってくれているようなものだ。
嶺歌は心臓が更に五月蝿くなるのを体感しながら兜悟朗の嬉しいその言葉に、これ以上ない程の喜びを覚える。断る理由が嶺歌にある筈がなかった。
「ぜ、んぜんです! 問題ないです!」
思わず声が上ずる。しかしそれでも意思表示がきちんとできた事に安堵していると兜悟朗は嬉しそうに口元を緩めながら「有難う御座います」と綺麗な一礼を見せてきた。
その一挙一動に嶺歌の心は何度も激しい脈を波打ち、彼が形南とは無関係に嶺歌に会いたがってくれているという事実を何度も頭の中で噛み締めていた。
「でも…それだけだとお礼にならないと思うんで……何か他にもないですか?」
嶺歌が兜悟朗に会うという事自体が、嶺歌にとっての褒美のようなものだ。兜悟朗へのお礼とはまた違う気がする。
そう思った嶺歌は改めて彼にそう問い掛けるが、兜悟朗はゆっくりと首を振ってくる。
「そちらが僕にとってのこれ以上ない御礼となります。ですからご心配には及びません」
兜悟朗はそう言って嶺歌に微笑みを向けると今度はこのような言葉を口にする。
「宜しければこの後庭園に行かれませんか? 形南お嬢様からもご提案頂いているのです」
「あれなからですか?」
「左様で御座います。お嬢様は本日お稽古で席を外されていらっしゃいますが、お手間をかけさせてこちらに来られたのですから嶺歌さんにも高円寺院家を堪能して頂きたいと、そう申されていました」
どうやらこの広い高円寺院家には大きな庭園があるようだ。以前形南が今度共に行こうと話してくれていたのを思い出す。
そして同時にその兜悟朗の言葉で嶺歌は形南がそう言っている様子を思い浮かべてみた。確かに形南であればそう言いそうだ。
彼女らしいその発言に嶺歌は思わず笑みが溢れていた。
「ふはっあれならしいですね」
そう言って口元を押さえて笑うと兜悟朗はそんな嶺歌に視線を向けながらただただ温かい笑みを向けてくれていた。
嶺歌はそんな空気がとても心地良く、この温かな時間に暫し浸るのであった。
兜悟朗との庭園散策は終始とても優しくて温かな時間だった。彼は常に嶺歌の手を取り、エスコートをしてくれていた。
そんな嶺歌も兜悟朗から差し出された手に自分の手をそっと委ねて長い時間、そうして歩いていた。
通常の手繋ぎとはまた違い、社交ダンスをするかのような手の繋ぎ方はいつもリムジンに乗り降りする際に兜悟朗がしてくれているものと同じであったが、このように長い時間を繋いでいるという行為はとても貴重な経験であった。
綺麗に整備された花園が見え、そこでおもてなしもされた。
花園の中には美しい庭園ならではのガーデニングテーブルと椅子が二人分用意されており、形南の専属メイドであるエリンナが紅茶とクッキーをそのテーブルの上に用意してくれていた。それを兜悟朗と二人で席に座り、美味しく味わった。
いつもは形南と嶺歌が席について食べる様子を遠くから彼が見守ってくれているのだが、今回はそうではなく他でもない兜悟朗が嶺歌の真向かいの席に座って一緒に食事をしてくれている。
これまでになかった事が目の前に起こっている状況がまた嬉しかった。
嶺歌と兜悟朗は他愛もない会話をして、一度も会話が途切れることはなかった。兜悟朗といると落ち着くせいだろうか、何故か会話の疲れは一切感じられなかったのだ。
第四十五話『御礼』終
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