お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

文字の大きさ
上 下
96 / 164

第三十七話①『返り討ち』

しおりを挟む


 夏祭りはあの後気まずそうな古町と別れ、古味梨こみりら三人と合流した嶺歌れか嶺璃れりは大きく打ち上げられた花火を最後まで見届けて楽しい一日を終えていた。

 色々とあったが、古町の事は心配していなかった。

 彼は明るく元気な男だ。数人の女子生徒から密かにモテているのを嶺歌は知っている。きっといい人に出会えるだろう。

 その後も夏休みを充実に過ごし、友人と遊びに出掛けることもあれば魔法少女の活動に励む事もあり、またその合間で宿題を着実に進めてもいた。



 その日は特に何もない一日で、コンビニまでアイスを買いに出た帰りの事だった。

 嶺歌れかはいつものようにマンションのエントランスに入り、自宅のある五階へ移動しようとする。しかしそこで嶺歌は見た事のある人物に遭遇した。

「お久しぶりで御座います」

 そこにいたのは、試用期間を設け、形南の専属メイドの候補者として働いていた村国子春こはるだった。

 嶺歌は彼女の鋭い視線にそのまま目線を返す。何故という疑問は湧かなかった。

 彼女はあの日、嶺歌の事を調べていたとそう口にしていた。であれば嶺歌の自宅を知っていても何ら不思議ではない。

 それにクビになった彼女が逆恨みで嶺歌の元へ訪れるという状況も可能性として考えていない訳ではなかった。

「何の用ですか」

 嶺歌は対面する子春に向かって声を出す。

 子春は以前のような洗練された美しい動作を見せる事は一切なく、腕を自身の前で組みながらこちらを睨みつけていた。敵意が丸出しである。

「性懲りも無く宇島うじま先輩にまとわりついているようですね」

 子春はそう言って嶺歌に一歩近づいた。

「宇島先輩に近付かないで」

 彼女は以前にも兜悟朗とうごろうの事をよく口に出していた。

 あの時は怒りで他の事に意識が回らなかったが、今ならその意味がよく分かる。

 子春も兜悟朗を一人の男性として好いているのだろう。恋心が行き過ぎると彼女のように他者への危害も厭わない性格となる者も中には存在するようだ。

 嶺歌は理解に苦しんだ。振り向いてもらえない事を他人の所為にしないでほしい。

「あなたにそれを言う権利ないですよね」

 嶺歌ははっきりそう告げると、子春は再び嶺歌を睨みつけてきた。

 しかし彼女の鋭い目つきも嶺歌にとっては恐怖の対象にならない。魔法少女の活動でこのような事案には慣れている。

 嶺歌は再び口を開いて子春を見据えた。

「あたしはあたしがやりたいと思った事をこれからもします。他人の文句とか知らないです」

「生意気な……!」

 子春はそう言って手を振り上げる。しかし自前の反射神経で嶺歌れかがそれを避けると彼女は心底悔しそうな目線で声を荒げ始めた。

「あんたなんかが釣り合う相手じゃないのよ!!! 宇島うじま先輩は学生の時から完璧で優秀で!!! 雲の上のような存在の人なのっ!!! あんたみたいな凡人が! 宇島先輩に見初められるとでも思ってんじゃないわよ!!!!!」

「でもそれをあなたに言われる筋合いもないですよね?」

 取り乱す子春とは対照的に嶺歌は淡々と声を上げる。彼女の動物のような甲高い声は、ただただ耳障りなだけだ。

 嶺歌は小さくため息を吐くと声の調子を維持したまま子春に言葉を投げた。

「成人済みの大人が何であたしにそんな吠えてくるのか分からないんですけど、今後もあたしの前に現れるつもりならこっちにも考えがあるんで覚悟して下さいね」

 子春がストーカーのように待ち伏せをしていた事はまだいい。

 問題なのは今後、彼女が嶺歌の家族にも迷惑を掛けるかもしれないという点だ。自分一人で片付くものならともかく、誰かを巻き込む事だけは回避しなければならない。

(あれなと兜悟朗さんにも黙ってよう)

 きっと二人の事だからこの件を知ってしまえば、物凄く謝罪をしてから大規模なお詫びをしてくる事だろう。

 そう考えると二人のそっくりな温かい性格に笑みが溢れるのだが、今はそのような状況ではない。

 嶺歌は思考を切り替えると子春の横を通り過ぎてエレベーターのボタンを押す。

「あたし自分の身は自分で守れますから、変なことは考えないで下さいね」

 そう言って子春から視線を外すと嶺歌は到着したエレベーターに乗り込んだ。

 子春は黙ったままこちらに強い視線だけを向けて、それ以上追いかけてくる事も言葉を発してくる事もなかった。

(めんどいけど自衛だし、やっとくか)

 そのまま自宅に戻った嶺歌れかは宿題に手をつけようと思っていた計画を急遽変更した。

 自室に入り、魔法少女の姿に変身するとそのまま窓から飛び出して、まだいるであろう子春の姿を探す。念のため自分の姿が透明になる魔法をかけておいた。

(いたいた)

 子春はノロノロとした足取りで嶺歌の住むマンションを出ているところだった。

 表情は暗く、以前高円寺院こうえんじのいん家に一時いっときでも勤めていたメイドにはとても見えない。彼女の所作や佇まいは本当に綺麗であっただけに、今回のような事態になったことは少し複雑だ。

(でもそれを許せるほどあたしも悪には優しくないし)

 嶺歌は自身の中で決意を固めると子春の尾行を開始した。

 彼女が今どこで暮らし何をして生活を養っているのか、そして彼女の本音は何なのかなど必要な情報を徹底的に調べ上げていく。

 今回は子春が二度と嶺歌に害を与えないよう弱点を探し出し、無力化することが目的だ。

 きっとまだ子春は嶺歌への執念を諦めていない。また何か仕掛けてくるだろう。

 それが何かは分からないが、彼女の精神状態を考えると思い立ってすぐに行動に出てくる可能性も否めない。

 用心をするに越した事はないと、嶺歌はその日一日をかけて子春の尾行と観察を続けるのであった。


next→第三十七話②
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ずっと君を想ってる~未来の君へ~

犬飼るか
青春
「三年後の夏─。気持ちが変わらなかったら会いに来て。」高校の卒業式。これが最後と、好きだと伝えようとした〈俺─喜多見和人〉に〈君─美由紀〉が言った言葉。 そして君は一通の手紙を渡した。 時間は遡り─過去へ─そして時は流れ─。三年後─。 俺は今から美由紀に会いに行く。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

放課後はネットで待ち合わせ

星名柚花(恋愛小説大賞参加中)
青春
【カクヨム×魔法のiらんどコンテスト特別賞受賞作】 高校入学を控えた前日、山科萌はいつものメンバーとオンラインゲームで遊んでいた。 何気なく「明日入学式だ」と言ったことから、ゲーム友達「ルビー」も同じ高校に通うことが判明。 翌日、萌はルビーと出会う。 女性アバターを使っていたルビーの正体は、ゲーム好きな美少年だった。 彼から女子避けのために「彼女のふりをしてほしい」と頼まれた萌。 初めはただのフリだったけれど、だんだん彼のことが気になるようになり…?

高嶺に吹く波風

ニゲル
ファンタジー
2021年日本。異形の怪物イクテュスが現れ人々の生活が脅かされていた。しかしそんな怪物に立ち向かう勇敢な少女達が居た。 キュアヒーロー。唐突に現れ華麗にイクテュスを倒していく美麗なヒーロー。彼女達はスマホ等の電子機器にどうやってか配信動画を発生させて人々から希望と期待の眼差しを与えられていた。 日本のある街で中学校に通うどこにでもいる女の子である天空寺高嶺。彼女には一つ重大な秘密があった。それは彼女自身がキュアヒーローだということだ。 青髪の水を操るヒーロー、キュアウォーター。それが彼女の別の名前だ。 正義感が強い彼女は配信を通じて人々に希望を与えていき、先輩ヒーローや新たになった人達とも交友を深めて未来を築いていく。 人間とイクテュスと妖精の宇宙人。様々な思惑が交差しながらも高嶺は大好きな彼女と共に今を生きていく。 過去も未来もないこの今の世界を。 ギャグありシリアスあり百合要素ありのドタバタの魔法少女達の物語の開幕!!

お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜
キャラ文芸
✨ 第6回comicoお題チャレンジ『空』受賞作 阿須加家のお嬢様である結月は、親に虐げられていた。裕福でありながら自由はなく、まるで人形のように生きる日々… だが、そんな結月の元に、新しく執事がやってくる。背が高く整った顔立ちをした彼は、まさに非の打ち所のない完璧な執事。 だが、その執事の正体は、なんと結月の『恋人』だった。レオが執事になって戻ってきたのは、結月を救うため。だけど、そんなレオの記憶を、結月は全て失っていた。 これは、記憶をなくしたお嬢様と、恋人に忘れられてしまった執事が、二度目の恋を始める話。 「お嬢様、私を愛してください」 「……え?」 好きだとバレたら即刻解雇の屋敷の中、レオの愛は、再び、結月に届くのか? 一度結ばれたはずの二人が、今度は立場を変えて恋をする。溺愛執事×箱入りお嬢様の甘く切ない純愛ストーリー。 ✣✣✣ カクヨムにて完結済みです。 この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。 ※第6回comicoお題チャレンジ『空』の受賞作ですが、著作などの権利は全て戻ってきております。

【ショートショート】ほのぼの・ほっこり系

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半〜5分ほど、黙読だと1分〜3分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

処理中です...