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第三十六話②『夏祭りに』
しおりを挟む(兜悟朗さんに褒められたかったな)
嶺歌は古町の褒め言葉を無意識に兜悟朗に置き換え、しかしそれが現実ではない事に小さくため息をつく。
だがそこで脳内はまた別の事に意識が向き始めた。そういえば形南も祭りに来る予定はあるのだろうか。
「れかちゃん、ヨーヨー釣したい! ねえいい? だめ?」
すると嶺歌の浴衣の裾を引っ張って嶺璃がそうお願いをしてきた。
嶺歌はすぐに笑顔を作りながらいいよと声を出すと未だ会話を続けている古味梨達に目を向けて声を上げる。
「こみ達、悪いけど嶺璃とヨーヨー釣り行ってくるからちょい抜けるわ。後で合流しよ」
「まじ? 俺もヨーヨー釣りしたいから一緒いい?」
すると予想外に古町の方からそう言葉を掛けられた。
特段断る理由もないため嶺璃の許可を取るとそのまま三人でヨーヨー釣りのある屋台へ歩き出す。古味梨たちはまた後でねーと明るい調子で快く送り出してくれていた。
「和泉の妹いくつ?」
「小六で今年十二だよ!」
「おー結構とし離れてんのな」
古町は嶺歌と古町に挟まれるちんまりとした嶺璃に話しかけると、嶺璃も素直な様子で彼の質問に答える。そうして嶺璃は古町にとんでもない言葉を放ち始めた。
「れかちゃんの彼氏候補になる?」
「ええっ!?」
古町は驚いたのかその一言で嶺璃を凝視する。
「おーい嶺璃、そういうの止めなって」
途端に嶺歌は嶺璃の頭をコツンと優しく叩く。嶺璃は「ごめんなさいお姉ちゃん」と言いながら嶺歌を見上げていた。
嶺璃は会う男皆にこのような発言をするのだから困ったものである。恋人持ちの男だったらどうするのだ。
嶺歌は呆れながらも嶺璃の素直に反省する姿勢を目にして今度は優しく彼女の頭を撫でてやる。
「もうそういうの聞くのなしね。できる?」
嶺歌が少し前屈みになり、嶺璃の視線に自身の目を合わせると嶺璃は眉根を下げて反省した様子を見せながらうんと声を漏らした。よし、これでもういいだろう。
「うん。じゃ、気を取り直して行こっか」
そう言って嶺歌は嶺璃の手を再び握って歩き出す。古町もそのまま着いてきており「仲いいんだなー!」と声を掛けてきた。
嶺璃との仲の良さを自分でもよく理解していた嶺歌は、それを肯定しながらある事を思いつき「おっそうだ、写真撮ってよ」と彼にスマホを渡す。
せっかく嶺璃と祭りに来たのだ。嶺璃との記念写真くらいは撮っておきたい。
「おーいいぜ」
古町は嶺歌達と共に人混みの邪魔にならなさそうな端の方まで足を運ぶと、そのままスマホのシャッター音を鳴らして写真撮影を始めた。
そうして嶺歌にいい感じに撮れたぞーと笑顔を向けると途端に「ん?」と不思議そうな声を出す。
そんな彼の様子を見て嶺歌は何だと尋ねると、古町は嶺歌にスマホを見せながらこんな言葉を口に出した。
「いや……すまん、写真確認する時少しフォルダ見えたんだけど、この男誰?」
古町がそう言って指してきたのは写真に映った兜悟朗だ。これは前回の二人きりデートの際に嶺歌が偶然シャッターを押してしまい撮れた奇跡の一枚だった。写真には横顔の見える兜悟朗が一人で写っている。
消した方がいいのだろうが、偶然にも撮れた兜悟朗のこの写真を嶺歌は毎日大切に見返していた。
我ながら思うところはあるが、恋をしてしまっている以上このくらいは許してほしいものだ。
嶺歌は顔が熱くなるのを感じながら古町に返してとスマホの返却を催促した。
「え、何その反応」
古町は敏感にも嶺歌の態度に気が付きこちらをまじまじと見てくる。
放っておいて欲しいのだが、嶺璃もいる手前みっともない姿を見せたくはない。
「関係ないでしょ。ほら早く行こうよ」
そう言って話を逸らすが、嶺歌の顔の熱は治まりそうになかった。
しかし嶺璃が途端に駆け出し、ヨーヨー釣りの方へと走っていく。
嶺璃はヨーヨー釣りに意識が向いているのか大はしゃぎの様子で、そんな嶺璃と手を繋いでいる嶺歌も彼女につられ自然と走っていた。
後ろから古町が着いてくる気配を感じながらも嶺歌はとりあえず話を逸らせたことに安堵し、自身の顔の熱を抑える事に集中していた。
「和泉さ、好きな人いる?」
嶺璃がヨーヨーを見事釣りあげ、満足した様子でトイレに行っている間、一時的に二人きりになった古町にそんな質問を投げかけられる。
嶺歌はまたその話題かと再び顔が赤くならないよう注意を払いながら何で? と言葉を返した。
「いや、何となくなー?」
そう言ってこめかみを掻き出す古町を無視して嶺歌はうちわを取り出し小さく仰ぐ。
先程街中で配られていたうちわだが、少し仰ぐだけで涼しい風が舞い込んできていた。
人の熱気と相まって気温も高い事から嶺歌は汗をかいており、涼しげなこの風は暑さを多少和らげてくれている。
きっと嶺璃も暑いだろう。戻ってきたらタオルで汗を拭ってやろうと思いながら視線を感じて古町の方を見ると、彼はぎこちない様子でこちらに目を向けていた。この空気を、嶺歌は知っている。
「俺、和泉が好きなんだよな」
「…………」
「俺と付き合ってくんね?」
「ごめん」
古町の告白は何となく予想ができた。
そうなのではないかと思ったのは先ほど浴衣姿を可愛いと褒められた時なのだが、まさかこの場で告白をされるとは思っていなかった。
嶺歌は彼に変な期待を持たせないようすぐに謝罪をすると続けて次の言葉を繰り出す。
「好きな人いる。あたしも片想いなの。だから無理。ごめん」
「そうかあ……」
古町はそれ以上何も言う事はなかった。嶺歌は彼からの好意を嬉しいとは思えない。だがそれと同時に自分に彼を重ねてもいた。
兜悟朗に告白をして振られたらきっと嶺歌は、古町のようにただそうですかと声を返す事しかできないだろう。
そう思うと古町の勇気を出して告白をしてくれたこの行為が、未来の自分になるのだろうかとそう考えてしまう。
嶺歌は兜悟朗との進展を望んではいるが、告白をまだ考えてはいない。
少なくとも彼からの可能性を見出せるまでは、怖くて動けそうになかった。
(振られちゃったら気軽に会えない)
そう思う自分がいて、勇気を振り絞って告白してくれたであろう古町に気遣いをする事もできぬまま、嶺歌は自分勝手だと理解しながらも尚、兜悟朗の事を考えずにはいられなかった。
第三十六話『夏祭りに』終
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