88 / 164
第三十三話⑤『家庭』
しおりを挟むその一言で嶺歌は顔を上げる。
兜悟朗の柔らかな顔は嶺歌が思っていた通りに、優しげで温かく、今すぐに自分の全てを包み込んでくれるようなそんな雰囲気を出してくれている。兜悟朗はそのまま優しく微笑むと嶺歌を見据えたまま言葉を続けた。
「嶺歌さん。貴女は、強くも逞しくて正義感に溢れた素敵な女性です」
そうしてそっと嶺歌の手を自身の手で持ち上げ、あたたかな体温が嶺歌の右手から伝わり始める。
「貴女がこれまで魔法少女の活動を続け、ご家族を思い遣って日々の暮らしをお送りになられている事を、僕は存じております。嶺歌さんが毎日を楽しく過ごされていられる事は、紛れもなく嶺歌さん自身がご自分を大切にして生きていらっしゃるからなのだと、恐縮ながらも僕はそう分析しております」
嶺歌の手を握った優しい大きなその手は、ゆっくりと兜悟朗の方に近付いていき、やがて彼の顔の前まで持ち上げられる。
「僕はそのような貴女の姿を、以前から尊敬し続けております」
「その認識はこの先も変わることがありません。この場で今、お誓い致します」
そこまで口にした兜悟朗は壊れ物を触るかのような優しい手つきで、嶺歌の右手の甲に口付けを落とした。
あの時の口付けとはまた違った、だけどどちらも甲乙つけ難い程、慈愛で満ちているものである事だけは確かだ。
嶺歌は兜悟朗の美しい所作の口付けを静かに受け入れると兜悟朗は伏せていた目をゆっくりと開けながらこちらに目線を送った。
「嶺歌さんはどうか、これまで通りご自分に誇りをお持ち下さい。貴女様の自身に満ち溢れたお姿が、僕はとても好きです」
(……っえ!?)
途端に好きというその単語に嶺歌は過敏に反応する。
分かっている。彼の意味がそうでない事など。
だが初めて放たれた彼からのはっきりとしたその好意的な台詞に、嶺歌の心は掻き乱された。これはとんでもなく――嬉しいどころの話ではない。
「嶺歌!」
すると扉がバンッと大きく放たれ、息を切らせた様子の形南が部屋に入ってきた。
彼女は涙目になりながら嶺歌の方へと駆け寄ってくる。そうして嶺歌に抱きついてきた。
「嶺歌! 本当に何とお詫びしたらいいのか……!! 申し訳ありませんの! 私の人を見る目が培われていないばかりに……」
形南はどうやら子春の事を聞いてここまで急いで来てくれたようだ。
彼女はゼエゼエと息を切らしながらも嶺歌に言の葉を紡いでいた。
嶺歌はそんな形南の様子に口元を緩めながら大丈夫だよと声を返し、身体を震わせたままの形南の背中を優しく撫でる。
「兜悟朗さんがガツンと言ってくれたからあたしは平気。あははっ息切らしすぎだって!」
嶺歌がそう言って笑みを投げると形南はそんな嶺歌を見上げて小さくよかったですのと声を返す。本当に相当焦っていたようだ。
「エリンナにお聞きしましたの。私が席を外したせいね」
しょんぼりとした様子で形南はそう嘆き、しかし嶺歌は全くそうは思わなかった。
「いや、どの道二人きりを見計らって言われてたと思うからあれなのせいなんかじゃないって。ほんと気にしないでよ」
そう言って兜悟朗の方を見る。
彼は嶺歌の視線に気が付くと温かな笑みをこちらに向けてから「形南お嬢様」と声を掛け始める。
「嶺歌さんの性格はご存知で御座いましょう。彼女はとてもお強いお方。この後は形南お嬢様と楽しいひと時を送られる事を望んでいらっしゃると思います」
彼はそのような上手い言葉で形南の気分の低下を止めに入った。
切り替えの早い形南はその一言でパッと目の表情を変えると「そうですわね!」と大きく声を張り上げる。
「嶺歌! 謝罪を含めて今夜はパーティーですの!」
「ええっ!? でも今日は稽古があるんじゃ?」
「そのようなもの、キャンセルですわ! 問題ありませんのっ! ご友人を優先せずしてどうしましょう!!!」
どうやら形南は本気のようで目を強く光らせると早速準備に取り掛かるようにと兜悟朗と形南の後ろからやって来ていたエリンナに指示を出し始める。
そんな形南の様子を見て嶺歌は呆然とするものの、彼女の気持ちが素直に嬉しく思えた。
あのような事があっても嶺歌の気分はもう十分に癒えていた。それは他でもなく、兜悟朗と形南の嶺歌を慮る思いが驚くほどに大きいものであるのだと理解できたからだった――。
第三十三話『家庭』終
next→第三十四話(8月6日更新予定です)
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
サンスポット【完結】
中畑 道
青春
校内一静で暗い場所に部室を構える竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部。入学以来詳しい理由を聞かされることなく下校時刻まで部室で過ごすことを義務付けられた唯一の部員入間川息吹は、日課の筋トレ後ただ静かに時間が過ぎるのを待つ生活を一年以上続けていた。
そんな誰も寄り付かない部室を訪れた女生徒北条志摩子。彼女との出会いが切っ掛けで入間川は気付かされる。
この部の意義、自分が居る理由、そして、何をすべきかを。
※この物語は、全四章で構成されています。
しゅうきゅうみっか!-女子サッカー部の高校生監督 片桐修人の苦難-
橋暮 梵人
青春
幼少の頃から日本サッカー界の至宝と言われ、各年代別日本代表のエースとして活躍し続けてきた片桐修人(かたぎり しゅうと)。
順風満帆だった彼の人生は高校一年の時、とある試合で大きく変わってしまう。
悪質なファウルでの大怪我によりピッチ上で輝くことが出来なくなった天才は、サッカー漬けだった日々と決別し人並みの青春を送ることに全力を注ぐようになる。
高校サッカーの強豪校から普通の私立高校に転入した片桐は、サッカーとは無縁の新しい高校生活に思いを馳せる。
しかしそんな片桐の前に、弱小女子サッカー部のキャプテン、鞍月光華(くらつき みつか)が現れる。
「どう、うちのサッカー部の監督、やってみない?」
これは高校生監督、片桐修人と弱小女子サッカー部の奮闘の記録である。
大好きな志麻くんに嫌われるための7日間
真霜ナオ
青春
琴葉ノ学園の学園祭では、『後夜祭で告白すると幸せになれる』というジンクスがあった。
高校最後の学園祭を終えた嶋 千綿(しま ちわた)は、親友の計らいで片想い相手の藤岡志麻(ふじおか しま)と二人きりになる。
後夜祭の時間になり、志麻から告白をされた千綿。
その直後、偶発的な事故によって志麻が目の前で死亡してしまう。
その姿を見た千綿は、ただこう思った。
――……ああ、"またか"。
※ホラー作品に比べてまろやかにしているつもりですが、一部に多少の残酷描写が含まれます。
クリスマスに奇跡は、もう起こらない
東郷しのぶ
青春
杏は、一八歳の少女。ずっと一人で生きてきた。
クリスマスの一週間前、杏は教会で不思議な少女に出会う。
天使と聖母――二人の少女が織りなす、クリスマス・ストーリーです。
草ww破滅部活動日記!
koll.
青春
千葉県にある谷武高校の部活。草ww破滅部。そのメンバーによる、草wwを滅するためにつくった、部活。そして、そのメンバーのゆるい、そして、時には友情、恋愛。草ww破滅部が贈る日常友情部活活動日記である!
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる