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第二十八話②『ドライブ』
しおりを挟む『嶺歌! 本日の放課後、宜しければお会いできませんかしら?』
テストもいよいよ近くなったある日、試験前に一度だけ会って話をしたいという形南からの嬉しいお誘いで、嶺歌はすぐにそうしようと返事を返していた。
テスト勉強は地道に毎日行っているため今日くらいは良いだろうと思っての事だ。形南に会える嬉しさと同時に兜悟朗にも会える事がとてつもなく嬉しい。
嶺歌は放課後の楽しみを胸にしまいながらその日一日を過ごしていた。
放課後になると早速形南とカフェでデザートを食べ、女子会をしていた。
これはもはや恒例行事になりつつあるが、形南との会話はどんな内容でもいつも楽しく、嶺歌の時間の感覚を短くさせていた。
嶺歌は最近の兜悟朗の苗字を聞いた時の詳細を形南に話していた。
形南にセッティングしてもらった場であったため、その日のうちに彼女に報告をしてはいたのだが、具体的な話が聞きたいのだと形南は前のめりになってこちらに聞いてきていたのだ。
その気持ちがまた嬉しく、嶺歌は照れながらも兜悟朗との一件を形南に報告するのであった。
「まあ! 兜悟朗ってば、嶺歌に興味を持たれて喜んでいたのね!」
「あたしにとってはあの台詞は威力半端なくて、めっちゃ顔赤くなっちゃった」
「ふふふ、お気持ちとっても分かりますの!」
恋バナに花を咲かせながら嶺歌と形南は楽しいひと時を過ごす。
そうして今日はそろそろ切り上げてお互い試験勉強に勤しもうという話になり、一時間程で解散する事になった。
嶺歌はありがたい事に家の前まで送ってもらえる事になり、形南と共にリムジンに乗車する。
嶺歌は兜悟朗との顔合わせに胸を弾ませながら車の中で嬉しさに浸っていた。
「あれなは家で勉強するの?」
そしてリムジンに揺られながら嶺歌はふと思った事を尋ねてみる。彼女の事だから自宅以外の場所で勉強をする事もあるのかもしれない。
そう思っていると形南は笑みをこぼしながら「本日は八時からお稽古がありますので行きつけの場所でお勉強致しますの」と言葉を返してきた。
この後も稽古があるのだと何の不満もなさそうな顔でそう告げる形南を見て嶺歌は素直に感心していた。
(学校の後にまた稽古……凄いな)
純粋に彼女の疲れた様子を見せないその姿勢に敬意を示したくなる。
そんな事を思いながら嶺歌は凄いねと返事を返していると、途端に『ピコンッ』と言う聞き慣れたレインの通知音が、形南のスマホから鳴り出した。
「あら……?」
形南は不思議そうな顔をして「少しお待ちになってね」と嶺歌に告げてからスマホを確認する。
すると途端に形南は「きゃあっ!」と甲高い声を上げ始め、とてつもなく喜びに満ち溢れた表情をしてこちらを見つめてきた。
「どうしたのあれな」
「嶺歌……緊急事態ですの! 平尾様が今から会えないかって……このような事、初めてですの!!」
形南は興奮した様子で顔を赤らめると直ぐに兜悟朗の方に向かって言葉を発し始める。
「兜悟朗! 今すぐに平尾様のご自宅に向かいますの! お稽古までまだお時間はありましてよ!!」
「畏まりましたお嬢様。早急にお向かい致します」
形南の興奮した様子に動じる事なくいつもの丁寧な返しをした兜悟朗は、柔らかな笑みを向けながら形南の命令通りに平尾の自宅へと向かい始める。
嶺歌は形南の即決力に驚きながらも、勉強よりも平尾との時間を迷う事なく優先させる彼女の一貫した姿勢に微笑ましい思いを抱いた。
(平尾君、もしかしてプレゼント渡すのかな)
先日の平尾とのやり取りを思い出し、そんな事を考えていると形南は申し訳なさそうな表情をしてこちらに目を向ける。
「嶺歌、申し訳ありませんの。私が平尾様の元へ参りましたら、直ぐに兜悟朗に貴女をご自宅までお送りさせますわ」
形南は嶺歌の勉強時間が削られてしまう事を謝っているのだろう。しかし嶺歌としてはそれは全く気にならないところであった。
「全然気にしないでよ。元々勉強は今日しなくてもいいようにって考えてたし、あれなの一大イベントがあたしも気になるからね」
そう言って形南にウインクして見せると彼女は嶺歌の名を呼びながらこちらの両手を握ってくる。
「ありがとう御座いますの! 本当に貴女は素敵なお友達ですわ! 感謝しても仕切れないですの!!」
「平尾君との話、後で聞かせてね」
嶺歌がそう笑みを向けると形南は心底嬉しそうに何度も頷いてからリムジンを降車した。
目的地には兜悟朗の見事なハンドル捌きで思っていた以上に早く着いていた。
そのまま兜悟朗が形南をエスコートし、平尾の家である一軒家の前まで到着すると「ここまでで宜しくてよ」と言う形南の一声で兜悟朗はリムジンを発車させた。
平尾の家の前で意気込む様子を見せる形南に目を向けながら嶺歌は再びリムジンに揺られ、形南の姿は次第に見えなくなっていく。
(あれな頑張れ)
そう思い、正面に体を戻すと兜悟朗と二人きりである事を認識した。
まさかこのような形で彼と二人きりになれるとは思いもよらず、リムジンという一般車よりは広いこの空間でも、密室で二人というこの状況は嶺歌の鼓動を加速させていた。
(兜悟朗さんと二人きりだ……)
自然と顔が火照っていくのを感じながら、しかし話す言葉も見つからず嶺歌は窓の外に目を向けた。
窓から反射し僅かに見える兜悟朗の顔にドキドキと胸を高鳴らせながらも嶺歌は平常心を意識する。
そしてふと兜悟朗の運転する車に意識を向けてみた。兜悟朗の運転はいつも丁寧であり、安心してこの身を預ける事が出来る。
嶺歌の母や義父は運転が荒く、彼女らの運転する車に乗りたいと思った事はなかった。
嶺璃もそれは同じのようで、家族で出掛けようという話の時には決まって電車やバスなどで移動する事を提案している。
しかし兜悟朗の運転は本当に静かで優しく、乗り心地はこれ以上ない程に良かった。これは彼を好きになる前から、ずっと感じていたことだ。
(心の優しさが、運転に表れてるのかな)
そんな事を思いながら、改めて兜悟朗の素敵なその姿を嶺歌は見つめた。見つめながらも、長くは見すぎてしまわないよう少ししてからゆっくり目を離すと「嶺歌さん」と彼の声が嶺歌の鼓膜に響く。
驚いてもう一度兜悟朗の方へ目を向けると彼はバックミラー越しに微笑みを浮かべてこんな言葉を口にした。
「お時間が宜しければ少々お付き合いいただけませんか」
「え……?」
「ドライブで御座います」
兜悟朗から予想外のお誘いを受け、嶺歌は途端に嬉しさが込み上げてくる。
断る理由などどこにもなく、二つ返事で頷くと兜悟朗は笑みをこぼしながらありがとう御座いますと口を開いた。
きっと試験勉強の事を気にしてくれたのだろう。しかしこれ以上ないほどの展開を前にしている今、勉強などは二の次であった。
next→第二十八話③(7月18日更新予定です)
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