お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

文字の大きさ
上 下
72 / 164

第二十七話③『報告と苗字』

しおりを挟む


嶺歌れかさん、今晩は。お嬢様からお話があるとお伺いしました。何なりとお申し付けください」

 形南あれながステップを踏みながら嶺歌に手を振ると「すぐに連れてきますの。お待ちになってね」という言葉を残してこちらに深いお辞儀をするエリンナと共に自宅の中へと消えていった。

 嶺歌は言われた通りそのまま高円寺院こうえんじのいん家のただっ広い庭で待つ事になったのだが、しかし数分としない内に自宅の大きな仰々しい扉が開かれると中から兜悟朗とうごろうが姿を現したのだ。

 嶺歌はまさか本当にこの日に会えるとは思いもよらず今日一番のときめきを感じ始める。自分が今、思い焦がれているこの目の前の男性はとても眩しくて、優しくて紳士で……とてつもない程に格好良い。

「あ、りがとうございます。えっとそのですね」

 嶺歌は自身の心臓が早く波打つのを体感しながらも心中で必死に緊張を沈ませようと躍起になっていた。

 しかし兜悟朗に変に思われたくもないため、沈黙にならぬよう並行して言葉を続ける。

「あの、兜悟朗さんの苗字は何て言うんですか?」

 嶺歌は直球勝負で問い掛けた。変に周りくどく聞くのは嶺歌の性に合わない。

 質問の際の声が震えていなかった事に安堵しながら兜悟朗の方を見ると兜悟朗は柔らかな笑みをこちらに溢しながら、嬉しそうに口元を開かせる。

「僕は、宇島うじま兜悟朗と申します」

(宇島……兜悟朗さん)

 心の中で彼のフルネームを復唱した。

 これまで兜悟朗という名前しか知らなかった嶺歌は、ここで初めて宇島兜悟朗というフルネームを知れた事でまた新たに彼に近付けているような、そんな気がしていた。

「本来であればお初にお目にかかった際に名乗るべきで御座いました。大変申し訳御座いません」

 すると兜悟朗とうごろうはそんな言葉を口にして律儀に謝罪をしてくる。謝って欲しいわけではない嶺歌れかは大きく両手を振ってすぐ彼に声を上げた。

「いやタイミングというのがありますし、気にしないで下さい! 教えてくださってありがとうございます」

(宇島兜悟朗さん)

 そう言葉を返しながらも嶺歌は再び彼のフルネームを心の中で呼んでみた。

 目の前にいる兜悟朗の顔とフルネームが一致して、不思議な事にとてつもない幸福感に駆られている自分がいる。

 嶺歌は嬉しさで心が満たされていくのを実感しながら「苗字を聞いて、しっくりきました」と言葉を付け加えてみた。

 すると兜悟朗は再び柔らかげな笑みをこちらに向けてこんな言葉を返してきた。

「嶺歌さんに関心を示していただけました事、嬉しく思います」

「……っ」

 いや、この発言は些か反則ではないだろうか。

 このような台詞を聞いて仕舞えば、嶺歌の心臓はさらに早く波打つ上に嬉しさから顔の染まり具合までピークへ達してしまう。

 真っ赤な表情を兜悟朗に見られるのは未だに恥ずかしいというのにこれでは防ぐ手立てすらもない。嶺歌は混乱しながらも自身の顔の熱を隠すようにそっと頭を俯かせた。

「あ、の。今日はそれだけ聞きたかったんで、もう帰ります」

 嶺歌れかはそう言うと兜悟朗とうごろうに会釈をしてその場を立ち去ろうとする。しかしそこで「嶺歌さん」と呼び止められた。そしてその瞬間に嶺歌は激しく動悸が高まっていた。

「どうかご自宅までお送りさせて下さい。この様な時間帯に貴女を一人でお帰しする事は望んでおりません」

「ありがとうございます」

 兜悟朗のその言葉に嶺歌は嬉しさを噛み締めていた。

 喜びを表にこそ出せなかったが、心の中ではとてつもなく気持ちが高揚していて、当然のように嶺歌を家まで送ると口にしてくれる兜悟朗の事を改めて好きだと感じた。今日は何度も兜悟朗への想いを再認識している気がする。

 そのまま兜悟朗に促されて嶺歌は彼と肩を並べて歩き出す。

 隣に大好きな人がいるという事がまた新鮮で、こうして一緒に歩く事は初めてではないのにとても貴重な事に感じられた。

 兜悟朗は相変わらずこちらが返しやすい話題を物腰柔らかく発してくれており、そんな綺麗な気遣いがまた嶺歌の思いを加速させている。

(兜悟朗さん、どこまで紳士なんだろう)

 そんな事を思いながら穏やかに話し掛けてくれる兜悟朗に視線を合わせていると、送迎の時間はあっという間に過ぎていった。自宅があるマンションに到着した時にはあまりの時間の速さに驚いたくらいだ。

「送って下さってありがとうございます。あれなにも有難うと伝えてもらえますか」

 エントランス前の扉付近で嶺歌が立ち止まりそう言うと、兜悟朗は口元を緩めながら「勿論で御座います」と声を返す。

「それではこれで失礼致します。ごゆっくりお休み下さい」

 そして再び口を開くと彼はそう言葉にしてから丁寧なお辞儀を見せ、綺麗な姿勢のままマンションを後にした。

 彼の背中が見えなくなるまで延々と目を離せずにいた嶺歌は、兜悟朗の逞しくも格好いい後ろ姿に見惚れてしまうのであった。


第二十七話『報告と苗字』終

     next→第二十八話(7月16日更新予定です)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

読書のすすめ

たかまちゆう
青春
図書委員である宮本さんのところへ、ある日クラスメイトの吉見さんが頼み事をしにきた。 学年一の秀才、羽村君に好かれるため、賢くなれそうな本を教えてほしい、と。 苦手なタイプの子だなと思いつつ、吉見さんの熱意に押されて応援し始める宮本さんだったが――。

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない

みずがめ
恋愛
 宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。  葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。  なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。  その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。  そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。  幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。  ……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

僕と言う人間の物語

Rusei
青春
高校生として高校に入学した少年 綾小路由良 彼が入った教室で様々な人に会う これは彼の周りに起きる短い日常の話である

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

処理中です...