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第二十六話①『ダブルデート』
しおりを挟む遊園地に入ってから様々なアトラクションへ乗る事になった。
嶺歌は絶叫系が大の得意だ。何度乗っても飽きないそれは、嶺歌の高揚感を上げ続けてくれる。
形南も絶叫マシンには目がないようで、乗る前も乗った後も終始楽しそうだった。
兜悟朗は得意なのかは定かではないが、流石は執事というところで、表情を崩す事なく涼しげな顔をして乗り物に乗っていた。そして平尾は――――
(辛そうだな)
平尾の顔は生気を失っているかのように次第に青ざめていく。
形南が無理はしないでほしいと言っても平尾は大丈夫だと頑なに乗り物に乗ろうとするのだ。
言葉と表情が噛み合っていないその様子は客観的に見てもそろそろ限界ではないかと感じる事が出来ていた。
「ねえ平尾君、もうやめときなよ」
形南と兜悟朗が飲み物を買いに離脱している際に嶺歌はベンチで座り休憩する平尾にそう言葉をかける。
彼が形南の為に乗り物に付き合いたいという気持ちから無理をしている事は明白であった。
「で、でもさ……あれちゃん喜んでる…………」
平尾は今にも吐きそうな顔をして地面を見つめて顔を俯かせている。嶺歌はそんな彼にコンビニのビニール袋を差し出した。
「今にも吐きそうじゃん、ゲロっちゃった方がいいよ。辛いっしょ」
「あ、ありがと……」
平尾はそう言ってビニール袋を受け取る。しかし吐き出す事はしなかった。形南が戻って来た時の自分の立場を考えているのだろう。
「変な威勢は逆効果だと思うけど」
嶺歌がそうはっきり口にすると平尾は「そ、そうなの?」と不安げな表情を更に不安そうにさせてこちらを見上げた。
嶺歌はそうだよと肯定してから平尾に視線を向ける。
「あれなの為って思ってるだろうけど、本人からしたら罪悪感で一杯になると思う。特にあれなみたいな女の子はね」
「あ……たしかに…………」
平尾は愕然とした様子でしかし嶺歌のその言葉に納得していた。
少し意地悪な事を言ってしまっただろうかと思ってしまう程に彼は落ち込み、その様子を見て嶺歌は何か掛ける言葉はないかと考え始める。
「まだ午前中だよ? いくらでも挽回できるじゃん。だから落ち込むのはなし。落ち込みたいならデート終わってからにしな」
嶺歌はそう言うと急いでこちらに駆けてくる形南と兜悟朗の姿を目にする。そうして平尾に最後に「頑張れ」と告げると彼から離れて形南達の方へ足を向けた。
「平尾様! ご気分はどうですの? 今お水とお薬をお持ちしましたの!」
形南は心底不安げな表情で平尾を見据え、彼の隣にちょこんと座り始める。
平尾は気分が悪いのか、それとも思っていた以上に近くに座ってきた形南に緊張しているのかよく分からない表情をしながら彼女の言葉に応答していた。
「嶺歌さん、平尾様を見て頂き有難うございます」
すると形南と平尾のやり取りを一歩離れたところで見ていた兜悟朗が同じ距離感で見ていた嶺歌にそう言葉を告げる。
嶺歌は兜悟朗のことを意識した途端に胸が騒ぎだし、緊張感が一気に押し寄せてきていた。
「お礼を言うのはあたしもです。あれなと一緒に必要なものを持ってきてもらって、ありがとうございます」
嶺歌はなるべく平静を装いながら彼に言葉を返していく。平尾にとやかく言える立場ではない。
嶺歌も嶺歌で意中の人物には顔が赤らんでしまい、まともに会話ができそうにないと身にしみて感じたからだ。
そんな嶺歌とは対照的に兜悟朗は柔らかな笑みをこちらに向けたままこのような言葉を口にしてきた。
「とんでも御座いません。彼も限界のようですので僕は平尾様の介抱をしてきます」
「え、あ……はいお願いします」
(あれっ!!?)
そこで嶺歌は気が付く。兜悟朗の一人称が再び僕になっていた事に。バッと兜悟朗を見るが彼に特に変化は見られない。
嶺歌はそのまま大きな背中を嶺歌に向けて形南と平尾の元へ向かう兜悟朗を、ただ見つめる。そして次第にもしかしてという気持ちが嶺歌の思考回路を俊足に駆け巡っていた。
嶺歌の心中はこれでもかという程にあらゆる蓋然性を浮かび上げ、そうしてその一つの可能性に胸が高鳴った。
(もしかして……あたしと二人の時だけ?)
兜悟朗が形南の前では『私』と呼ぶ事は間違いがない。彼が一人称を変えていたのは決まって嶺歌と二人きりで会話をしていた時だけだ。
その事実に気が付き嶺歌の鼓動は一層速まっていく。
兜悟朗は手早い手つきで平尾を支えると彼を公衆トイレまで連れて行った。
形南は不安そうに見ていたが、兜悟朗がお任せくださいと笑みをこぼしているのを見て、彼に一任する事を決めたらしい。本当は形南自身が平尾を介抱したかったであろうに。
しかし慣れていない形南が行うよりも迅速に事を成せる兜悟朗に任せる方が平尾にとって一番いい事を形南は理解しているのだ。
そんな事を客観的に捉えながら嶺歌は、平尾の心配よりも自分の胸の高鳴りに気が入っていた事にようやく気が付いていた。
(うわ、それどころじゃないのにあたし最低じゃん)
しかし反省するのは後だ。
今出来る事をしようと思い直すと兜悟朗への感情は一旦排除して心配そうにトイレに消えた二人の姿を遠くから見つめる形南の元へ近付いた。
「あれな、アトラクション酔いだろうからきっとすぐ良くなるよ」
そう言って形南の背中を軽く叩く。
すると形南は今にも泣き出しそうな顔をして嶺歌の名を呼ぶとハンカチを出して泣き出した。
嶺歌は形南の涙する姿を目にしたのは初めてであり、彼女が泣いた事実に驚く。
竜脳寺の件で威厳のある様子を見せ、誰に何を言われても弱味を見せなかったあの形南が、たった一人の好きな男の子の体調不良で涙を流している。
形南の表情は今まで見た事がない程に悲痛な面持ちをしており、嶺歌はそんな形南を前にして彼女がどれほど平尾を想っているのかを改めて認知していた。
「大丈夫。吐き出せば案外スッキリするだろうし」
そう言って彼女を宥める。形南は「そうですわよね」と言葉を返し、しかし未だに涙を流していた。
「平尾君が回復して戻ってきたら何するか決めておこうよ。あいつ、何が好きなの?」
哀しみ続ける彼女を見て、嶺歌は形南の気持ちを少しでも安らげようとそんな話題を出す。
すると形南は直ぐにそうですわねと小さく笑みを溢すと持っていたハンカチで涙をもう一度だけ拭い取り、悲しげな表情を一転させる。
「有難うございますの嶺歌。こうしてはいられませんね、平尾様がお好きだと申していた観覧車にお乗りしましょう!」
「うん、いいね! 乗ろう」
切り替えの早い形南はそう言って両手を可愛らしくグッと握り、ポーズを作り出すと気持ち的にも乗り越えられたのか逞しげな表情へと変化していた。これでもう大丈夫そうだ。
嶺歌はその事に安心しながら、兜悟朗と平尾の帰りを待った。
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