お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

文字の大きさ
上 下
66 / 164

第二十五話③『初恋が来る』

しおりを挟む


 兜悟朗とうごろうの態度が以前より親しみが増したような気がするのは勘違いなどではないだろう。

 彼はあの日確かに嶺歌れかに対して敬意を示し、口付けまで行ったのだ。

「ちょ、ちょっと暑くて。気を遣ってくれてありがとうございます」

 嶺歌はぎこちない口調でそう言うと彼にハンカチを返す。いや、ここは洗って返すのが礼儀だろう。

 嶺歌は洗って返すと言葉を付け加え手元にハンカチを戻し始めるが、兜悟朗はそっと嶺歌の手に持つハンカチを取り、小さく微笑む。

「お気遣い有難う御座います。ですがご心配は要りません。ハンカチは使用するためにあるのですから」

 彼の紳士的な対応に嶺歌は再び顔が赤く染まる。彼は気付いているのだろうか。嶺歌は自身の顔の熱を必死で冷まそうとしていると途端に形南の声が耳に入ってくる。

「嶺歌、おはようございますですの!」

 形南あれなは嬉しそうな顔をしてこちらに駆けてくる。

 彼女は髪の毛をハーフアップにして、後ろを可愛らしいお団子状にしていた。服装も、フェミニンなトップスに丈長のジーンズを履いて動きやすそうだ。

「あれながジーパン!? 珍しいね! でもめっちゃ似合ってる」

 嶺歌は貴重な形南のジーンズ姿に目を見開く。彼女の登場のおかげで兜悟朗への気持ちの高鳴りが落ち着いた事に内心安堵しながらも、形南の服装に気持ちが高鳴っていた。

「うふふ、ありがとうですの。本日は平尾様とのレジャーデート。平尾様の好感度を上げる為に研究しましたの」

 形南がジーンズを履くことは勿論、ズボン類を履いている姿を見た事がなかった。いつも財閥の令嬢らしく上品な膝下のスカートを着用していたからだ。

 しかし今日の形南の姿はいつもの装いとは見間違う程にカジュアルであり、だがそれもまた形南によく似合っていた。

「いいね、平尾君に合わせたんだ」

「あら嶺歌れかってば。その通りなのですの」

 形南あれなは嶺歌の言葉にすぐ肯定してみせるとその後一拍置いてからこんな言葉を口に出す。

「ねえ嶺歌、兜悟朗とうごろうの今日の装いも中々に珍しいでしょう? 本日はアットホームな装いをするように指示をしていましたの」

「……うん。凄く新鮮だと思う」

 言葉をつっかえそうになるのを必死で制御し、普通を装ってそんな返答を口にする。珍しいどころではなく、彼の遊園地に全く違和感のないこのラフな格好は嶺歌の鼓動を速める要因の一つであった。

「お褒めに預かり光栄です。有難う御座います」

 兜悟朗は尚も腰の低い姿勢で嶺歌に柔らかな笑みを向けてくる。

 そんな兜悟朗を前に再び顔が赤くなりそうになる事を覚悟していると、しかし次の彼の言葉で嶺歌はある疑問に直面した。

「本日は御三方のお出掛けに、わたくしをお招き頂き有難う御座います」

(え?)

 嶺歌は耳を疑った。兜悟朗の一人称が『僕』ではなく『わたくし』に戻っているからだ。

 つい先程まで確かに僕と呼称していたのに何故変えたのだろう。偶々や間違えてというのは兜悟朗に限って有り得ないだろう。

 人間はミスをするものではあるが、兜悟朗においては本当にそれが全くない。だからこそ、彼が一人称を変えた理由がよく分からなかった。

(あの時だけ……?)

 それを少し残念だと思う自分がいた。これはダメだ。完全に兜悟朗とうごろうに心を奪われてしまっている。

 そんな事を思いながらも、形南あれな嶺歌れかに微笑みかける兜悟朗から視線をそっと外す。彼への想いを完全に自覚していた今は、平静でいられそうになかった。

「ご、ごめん。遅くなった?」

 すると聞き慣れない声が三人の元へ降り注ぐ。平尾だ。彼は約束の五分前にやってきた。これで全員集合だ。

「平尾様、お早う御座いますですの! 遅くなどありませんの。まだ時間の五分前ですのよ」

「そ、そっか良かった。あ……よ、よろしくお願いします」

 平尾は自身より遥かに長身の兜悟朗を目にするとハッとした様子で小さく会釈をする。

 二人が並んでいるところを見るのは初めてであったが、兜悟朗と平尾がこうして会うのはどうやら初めてではないようだ。きっと嶺歌がいないところで会っていたのだろう。

 兜悟朗はにこやかな笑みを平尾に向けて綺麗な一礼を見せる。

「数日ぶりで御座います平尾様。お先にご挨拶を頂いてしまい申し訳御座いません。また本日もこのように改めてお会い出来ました事、誠に光栄で御座います。本日はどうぞ宜しくお願い致します」

 兜悟朗が丁重にそのような挨拶を彼に向けると、平尾は慣れていないであろうその丁寧な彼の姿勢に戸惑いを見せながら「あ、こ、こちらこそよろしくお願いします」とお辞儀を返していた。

 平尾のお辞儀は辿々しく、しかしそんな挨拶にも兜悟朗はにっこりと笑みを溢している。

(紳士的だ……)

 そんな彼らの様子を見て嶺歌は改めてそう思う。

 しかしいつもと違うのは、そのような感想を抱くと同時に自身の鼓動が速まっている事だ。

 嶺歌は兜悟朗から目が離せず、彼の今日の装いを無意識に確認していた。

 シンプルな白Tシャツの上に生地が涼しげなジャケットを羽織り、落ち着いた色のスラックスを履いて歩きやすそうなスニーカーでしめている。

(うわあ……カッコいい)

 いつもの正装ではなく、ラフな装いをしている兜悟朗のその姿は今の嶺歌には目の保養であった。高級なものであるのかは嶺歌には判別できなかったが、彼の衣服は遊園地というこの場によく似合っている。

 気がつけばTPOを意識された彼のファッションスタイルに釘付けになっている自分がいた。

「それでは早速入場口へ行きましょうですの!」

 形南あれなは興奮した様子で頬を赤らめてそんな言葉を口にする。

 平尾と一緒にいる形南をこうして間近で見るのは何だか新鮮だった。

 嶺歌れかはそうだねと頷きながら無意識に兜悟朗とうごろうを意識している自分を自覚する。とりあえず、今は遊ぶ事に集中だ。

 そのまま四人で入場口まで歩きスタッフにチケットを確認してもらう。チケットは用意のいい兜悟朗があらかじめ人数分を購入してくれていた。

 形南としては嶺歌や平尾の分は奢りたいという思いがあったようだが、今回はこちらの意向を汲んでくれたようで自費で出す事になっている。

 それは嶺歌にとっても嬉しい事で、きっと平尾としても安心しているところであろう。

 以前平尾と話をした事を思い出しながら嶺歌はそんなことを思い、足を進めた。


第二十五話『初恋が来る』終

            next→第二十六話
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

絢と僕の留メ具の掛け違い・・

すんのはじめ
青春
幼馴染のありふれた物語ですが、真っ直ぐな恋です  絢とは小学校3年からの同級生で、席が隣同士が多い。だけど、5年生になると、成績順に席が決まって、彼女とはその時には離れる。頭が悪いわけではないんだが・・。ある日、なんでもっと頑張らないんだと聞いたら、勉強には興味ないって返ってきた。僕は、一緒に勉強するかと言ってしまった。  …

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...