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第十九話③『招待されて』
しおりを挟む途端に嶺歌は理解した。身分の違いのせいか否かプレゼントに関する価値観が違いすぎる。大体、自宅の家の鍵を友人に渡すという発想自体、意味不明だ。
形南は天然という訳ではないが、価値観が時々理解できないところがある。
それにクレジットカードのプレゼントもどうしたらそのような発想になるのか見当がつかない。嶺歌が欲を出して高額な買い物ばかりをしたらどうするのだろう。
(まあ高円寺院家の人にとってははした金かもしれないけどそんな人の金で豪遊する友達、あたしは絶対嫌だな)
嶺歌はそう考えていると形南は「そうですのよね」と声を返してきた。
「やはり今回こちらのパーティーご招待案を選んでよかったですの」
そう言って嬉しそうに笑う形南を見て、嶺歌は気が付く。
(でもあれなはあたしを喜ばせたくて色々考えてくれたんだ)
たとえ理解のできない価値観であったとしても嶺歌という友人を思って彼女が試行錯誤してくれた事は事実だ。形南の心遣いは純粋にとても嬉しかった。結果が全てとは言うが、嶺歌は過程も大切にしたい。
「ありがとう。確かに鍵とかクレカとか実際に貰うのは抵抗あるけど、あれながあたしのために考えてくれた気持ちはめちゃくちゃ嬉しいよ」
「嶺歌……なんて心が広いのでしょう」
そう口に出すと形南は再び柔らかく笑い「実はですね」と言葉を続ける。
「今回のパーティー案は兜悟朗の意見ですの」
「兜悟朗さんの?」
嶺歌は彼の名が出て驚く。確かに彼ならこのような発想をしても違和感などないが、それにしても嶺歌の事を熟知しすぎではないだろうか。
「ええ。以前嶺歌が仰っていたでしょう? 煌びやかなドレスを着るのが夢だと」
そう言われ、嶺歌は以前の記憶を思い出す。前に形南とカフェに行った時、何気ない会話でそのような話をしたのだ。
大人になって自分の力で行くという前提の話であったのだが、まさかそれを覚えてくれていたのかと胸が熱くなる。
「兜悟朗に先程のプレゼント候補を考え直した方がいいと言われたので、頭を悩ませていましたの。そうしたら彼がパーティーへのご招待はどうかと提案してくれたのよ。そこで私は嶺歌が前に仰っていた言葉を思い出したのですの」
兜悟朗からプレゼントの内容はパーティーへの招待にしてはどうかと助言を受けた後、形南は嶺歌が憧れていたドレスを本人に選定してもらう事を思い付き、それと結び付けてパーティーに参加してもらうという内容で決定づけたらしい。
「ですから今回は兜悟朗の功績が大きいですわね。嶺歌の好みをきちんと把握しているだなんて流石私の執事ですの」
「あのさ」
そこで嶺歌は言葉を口にする。ずっと気になっていた事だ。
「兜悟朗さんて何者なの? 優秀すぎて驚かない日がないんだよね」
「あら、兜悟朗何かお答えしなさいな」
「えっ」
途端に嶺歌は珍しくも言葉に詰まっている兜悟朗の姿を視界に捉える。
いつの間に戻ってきていたのだろうかという驚きを上回るほどに、嶺歌は自身の発言を撤回したくなった。今の発言を、不覚にも彼に聞かれていたからだ。
「あれっ聞いて……ました!?!?!?」
嶺歌は予想外の展開に慌ててソファから立ち上がった。
しかし兜悟朗は直ぐに笑みをこぼすと嶺歌の問い掛けに小さく頷きながらこちらを優しげな目で見つめてくる。
「嶺歌さん、お褒めのお言葉誠にありがとう御座います。本日は嬉しいお言葉ばかり戴いておりますね」
彼の対応は完璧なほどに大人で紳士だった。一人で混乱していた自分が滑稽に思える。
兜悟朗は驚きこそしていたものの、嶺歌の発言に惑わされる事なく喜びの言葉を口にし、そんな彼の返事に嶺歌は素直に肯定できない自分を反省した。
何故だろうか。兜悟朗の前ではいつも異性に普段向ける態度を取る事ができない。顔を赤くすることも、褒め言葉を聞かれてこちらが恥ずかしくなるのも、手を取られて気恥ずかしくなるのも兜悟朗が初めてだ。
(ちょっと頭を冷やしたい)
嶺歌は綺麗な一礼をする兜悟朗に顔を上げてくださいと慌てて声を発すると今度は形南に向けて言葉をかけた。
「ねえ、今だけちょっとエスコートなしとかできる?」
「あら?」
兜悟朗には申し訳ないが、今は自分が平静でいられそうにない。
ゆえに少しだけ彼と距離を置きたかった。そういった意図で彼女に尋ねてみたのだが形南は予想外なことに別の意見を口にしてくる。
「それでしたら他の執事に交代しましょうか?」
(え)
それは嶺歌の頭になかった。確かに今嶺歌が遠ざけたいのは執事というエスコートの相手ではなく、兜悟朗という一人の人間だ。形南の提案は決して悪いものではない。
だが不思議なことにその提案に頷きたいとは思えない自分がいた。
そしてそこで兜悟朗が口にしていた言葉も同時に思い出す。
――――――『もし貴女様がお気に召される執事がおりましたら、何なりとお申し付け下さい。直ぐにその者と交代いたします』
(それはなんかやだ)
「ううん、エスコートは兜悟朗さんのままで大丈夫! 今だけ、十分でいいからちょっとタンマ」
嶺歌は大きく首を振ると形南に自身の要望を伝える。しかし嶺歌の心理が分かるはずもない形南は不思議そうな顔をしながらも再び言葉を返す。
「? 遠慮は不要ですのよ、やはり他の執事を……」
「まったまった!!! 違くて!! 兜悟朗さんが嫌とかそういうのじゃなくて、ていうかエスコートは兜悟朗さんがいいんだけど! ちょっと数分だけ頭冷やす時間がほしくて!!」
嶺歌の声は柄にもなく上擦り、そのまま言い訳がましくも小っ恥ずかしい台詞を早口に並べ立てると、シンとその場が一瞬静まる。ああ、もうこれはまずい。
「えーっと、他の執事さんは呼ばなくて大丈夫で。つまり……」
(兜悟朗さんがいいんだ、あたし)
言い訳のような言葉を口走りながら嶺歌は心の中でそれを自覚する。
しかしまるで告白のような気恥ずかしい台詞を吐いて羞恥心に駆られるくらいなら、大人しく形南の意見に同調していればよかったのにと思われるかもしれない。
それに嶺歌自身もこんな恥ずかしい思いをしてまで、自分は兜悟朗をエスコートの相手にしたいのかと我ながら驚いた。だがどうしても彼以外の男性に連れ添ってほしいと思えない。
これは思っていた以上に兜悟朗のことを自分が信頼しており、実家の安心感のようなものを感じているという事なのだろうか。
(いやとりま、どちらにしても今は離脱したい!)
兎にも角にも今のこの状況の空気感に耐えかねた嶺歌は即座に「ごめんっちょっとトイレ!!!」と口に出すと迅速にその場を後にする。こんなに恥ずかしい思いをしたのはいつぶりだろうか。
嶺歌は顔の熱がまるで湯気のように上昇していくのを体感しながら、一目散にトイレへ駆け込むのであった。
「嶺歌、なんて純粋なお方なのかしら」
取り残されたお嬢様と執事は、慌ただしく消えていく本日の主役の後ろ姿をただただ見送る。そんな最中で、形南はこんな言葉を口にした。
「私が思っていた以上に兜悟朗が嶺歌に気に入られているようで嬉しいですの。あんなに必死になってまで貴方のエスコートを望むなんて、可愛らしいお方ですわ」
「ねえ兜悟朗、貴方もそう思うでしょう?」
形南のその意見に執事はただ思うがままの言葉を紡ぎ出す。
「お嬢様の仰る通りで御座います。私も…………年甲斐もなく喜んでいる自分がおります」
本人には知られる事のない、主従の会話が交わされていた。
第十九話『招待されて』終
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