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第十九話①『招待されて』
しおりを挟む野薔薇内の話が終わり、また別の話題で談笑を続けていると時間は更にあっという間に過ぎ、外は暗くなり始めていた。
「そろそろですわね」
「はい、お嬢様」
形南は途端に席を立つとそんな言葉を口に出し、それに兜悟朗が同意する。
嶺歌はそろそろ帰るべきかと二人の反応を見て思っていると兜悟朗がこちらの方へ近付いてきた。
「嶺歌さん」
「はい、どうかしましたか?」
嶺歌は不思議な思いで目の前に立つ彼に問いかける。兜悟朗が立って話しているのだから自分も席を立とうかとそんな事を思っていると、兜悟朗は唐突にこちらに手を差し伸べてきた。
「ご不快でなければどうぞこの手をお取り下さい」
「えっ? ああ、はい」
不快などとは微塵も思わない。だが何故という疑問は嶺歌の脳内を駆け巡っていた。唐突にどうしたのだろうか。
彼の手を取り、そのまま席を立つと兜悟朗はその手を離す事なく嶺歌をとある場所まで誘導してくる。
咄嗟に形南の方へ視線を向けると彼女はキラキラと目を瞬かせながらこちらに目線を向けていた。あの興奮ぶりは、いつ見ても彼女の無邪気さを認識させてくれる微笑ましいものであるが、彼女が今何に対して興奮しているのかはよく分からなかった。
「あの、兜悟朗さん。一体どこに行くんですか?」
率直に尋ねてみる。案内場所を知らされていない嶺歌は頭を疑問符で浮かべる事しかできない。
それにそろそろ兜悟朗の手を取ったままのこの状況も気恥ずかしくなってきていた。まるでドレスを身に付けて紳士にエスコートされている気分だ。決して嫌なわけではなかったが、どうにも慣れない。
すると兜悟朗は嶺歌の質問に柔らかい表情を向けてこんな言葉を発してきた。
「本日お会いした際に私からもお礼をと申し上げた事を覚えておられますでしょうか」
(……えーっと)
確かに言っていた。覚えている。だがそれは、あの数々のもてなしがそうではないのか。
嶺歌は頷きはするものの納得がいかない表情で兜悟朗を見返していた。だがそんな嶺歌とは対照的に彼の和やかな笑みは崩れる事がなく、そのまま嶺歌を案内していく。
そうして長い廊下を歩いた末に到着したのはとある扉の前だった。兜悟朗はそこでようやく嶺歌の手を解放すると扉を背にこちらに振り返る。
「私からの御礼はこちらとなります」
そう言って高級そうな扉の取手に手をかけた兜悟朗がドアを開けた瞬間、思わず眩しいと思ってしまうほどの豪華で煌びやかな数々のドレスが嶺歌の目に映り込んできた。
「わあ……」
(すっっっごく綺麗)
一点一点のドレスは多種多様なデザインであり、それでいてとても華やかだ。嶺歌は可愛らしくも女の子らしいドレスが大好きである。思わず辺りを見回し、嶺歌は部屋中に飾られた美しいドレス達に見惚れてしまう。
しかし兜悟朗のにこやかな笑みで我に返った。嶺歌は彼に視線を戻し、説明を求めた。流石にこれがプレゼントと言われてもあまりにも抽象的すぎて分からない。
具体的な詳細を待っていると兜悟朗は尚も微笑みながらこちらの質問に返答してきた。
「はい、ご説明させていただきます。こちらの中から嶺歌さんのお好きなドレスを一着お選び下さい。その後、メイドをお呼びしますので嶺歌さんには少々お支度をして頂く事となります」
「? 支度って何のですか?」
嶺歌がそう尋ねると兜悟朗は一枚の紙をこちらに手渡してくる。それは高級紙で金箔が散りばめられた豪華な招待状だった。
「こちらのパーティーにご招待させて頂きます。参加者は形南お嬢様と嶺歌さんで御座いますゆえ、気を張られる必要は御座いません」
「……ええっ!!?」
パーティー!? と思わず素っ頓狂な声をあげそうになる。しかし他でもない彼が冗談を言うとは到底思えない。兜悟朗の言葉は嘘偽りのないものなのだろう。
けれど突然パーティーと言われても人生で一度も経験のないこのような場に自分が本当に出向くのかという衝撃が強かった。だがしかし――――
(めっちゃ楽しみ!!!!!)
そう、心の中で驚きと同時に同じくらいワクワクしている自分がいた。嶺歌はお城の中で美しいドレスを見に纏い華麗にパーティーに参加する女性像に昔から憧れていたのだ。
子どもながらにこんな未来は夢の世界の話で一生あり得ないものだと理解し、高望みはせず生きてきた。
しかし夢の世界では終わらないのだと今この状況がそう告げてくれている。
あまりの嬉しさに冷静さを忘れ、やや興奮気味に目を輝かせて部屋中を見つめる嶺歌に兜悟朗は再び言葉を掛けてきた。
「今回の御礼は嶺歌さんをパーティーに招待させていただく、というものに成ります。お気に召して頂けたでしょうか」
そう言って胸下に手を当てながら柔らかく微笑む彼に嶺歌は大きく頷いてはい! と答えた。
「こういうのすっごく憧れてたんです! ありがとうございます!」
「それは何よりで御座います」
嶺歌はどのドレスを選ぼうか悩み、あまりにも美しい衣装達に囲まれ、本当にこの一帯のドレスの中から選んでも良いのかとそんな気持ちが芽生えてくる。
しかし嶺歌の心を読み取ったのか、兜悟朗は「ご遠慮は必要ありません。お好きなドレスをお選び下さい」と言葉を付け加えてきていた。だがそこで嶺歌は形南のことを思い浮かべた。
「あのー、あれなは今どこにいるんですか?」
最後に彼女を見たのは一緒に食事を摂っていた大広間の部屋だった。
形南は嶺歌と兜悟朗の二人を見ながらただ嬉しそうな顔をしていたが、嶺歌達についてくる素振りは見えなかった。彼女は彼女で準備をしているのだろうか。
すると兜悟朗は目を細めながら嶺歌の質問に答え始める。
「形南お嬢さまは現在別室にてご準備をされております。嶺歌さんのご準備が整いましたらお会い出来ますのでご安心下さい」
「そうなんですね」
兜悟朗の回答で後程形南と合流出来る事が分かった嶺歌は、しかしもう一つの疑問が生まれていた。
「あの、兜悟朗さんはあれなの専属執事なのにあたしのところにいて大丈夫なんですか?」
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