お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

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第十七話②『貫禄のある』

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「この方を罰したいのはわたくしなのですのよ。被害を被ってもいないのによくもまあここまで責め立てることができますのね」
わたくしの立場も、考えて下さいます?」

 形南あれなの存在感が今この場の全てを乗っ取っている。

 彼女は嶺歌れかに普段見せる天真爛漫で無邪気なお嬢様ではなく冷徹で冷静、そしてまさに人の上に立つ貫禄のある女性である事を今この場で見せしめていた。

「異論がある方はどうぞ。わたくしそのような意見もきちんとお聞きしましてよ。高円寺院こうえんじのいん形南を敵に回したいのならですけれど、ね? いいですのよ? さあ、どなたがわたくしに反論なさるのかしら?」

 しかし彼女のその言葉に手を挙げるものは誰一人としていない。それもそうだ。

 竜脳寺りゅうのうじはこの学園内では誰に対しても猫を被り、危害など加える事などなかったのだ。形南のような被害者はこの場にいる訳がない。

 ゆえに異論を唱えられる者など、この場にいないのだ。シンと静まったグラウンド内で時間が経過すると形南は再び言葉を発した。

「いらっしゃらないのなら、お静かに願いますの。邪魔でたまりません」

 形南の声は思わず跪いてしまいそうなほどの圧を感じた。いや、言葉だけではなく存在全てがそれらを感知させている。

 彼女がいかに高貴な人物であるかをこの時嶺歌はこれまで以上にそう感じ取っていた。

 竜脳寺を囲う野次馬が消えた状態で、形南は彼に向き直る。しかし跪き、顔を俯かせたままの彼は形南の方をまだ見ない。

 すると形南の方から竜脳寺に向けて言葉を発し始めた。

外理がいすけ様。声は聞こえていますか?」

 その形南の言葉でハッとしたのか竜脳寺は瞬時に顔を上げた。彼の表情は衰弱してはいるものの、形南を見つめる瞳に僅かな光を見い出しているようだ。

 竜脳寺は「形南……」と掠れた声で呟くと瞬時に体勢を変えて形南の前で跪いた。

「形南……本当に………申し訳ありませんでした」

 竜脳寺は嶺歌も驚くほどに丁寧な謝罪を向ける。あんなに傲慢だった竜脳寺が地面に頭が当たってしまう程深い謝罪をしており、土下座という行動の見本を見ているかのようだった。

「本当にそう思われていらっしゃるのでしょうか」

 すると形南あれなは目の前で跪く彼を見下ろしながらそう言葉を告げる。

「都合が良すぎではありませんこと? 貴方は今回、このような醜態に見舞われなければわたくしに謝罪などする事はなかったと思うのですの」

 それは至極真っ当な意見だ。今日の一件がなければ竜脳寺りゅうのうじは高飛車のまま、形南を捨てた事を反省する事などなかっただろう。

 形南は直接的にその事を指摘すると竜脳寺は青ざめている顔を更に青ざめさせ、言葉を続ける。

「……それは、本当に……自分でもそう思う」

「そうですわよね」

「だけど、こうせずにはいられない……分かるだろ?」

わたくしに同意を求めてどうするのです。厚かましいですのよ、元コン野郎」

「も、モトコンヤロウ? なんだそれは…?」

「元婚約者野郎の略語ですの。貴方の事ですのよ?」

 形南は受け売りの名称を彼に向けて放つと、そのままにこりと笑みを溢す。

「元コン野郎様。わたくし貴方に言いたい事がありましたの」

 形南はそう言うと自身の前で跪く竜脳寺の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。

 そうしてそっと竜脳寺の頬に彼女の華奢な手を添える。その彼女の美しい仕草に竜脳寺は目を見開き、彼女をただただ見上げていた。

「形南……」

 竜脳寺がそのまま形南の名を呼ぶと、彼女は唐突にこう告げた。

「覚悟なさいまし」

「?」

『バチーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!』

「!?!?!?」

 途端に辺りが騒然となる。今、形南は竜脳寺の頬に強烈なビンタを食らわしたのだ。その音はとてつもないほどに大きく、そして見た目が小柄で華奢なお嬢様の手から発せられた音だとは思えない威力と迫力があった。

「嘘でもいいから心から申し訳ないと、そう仰れば宜しいのに。本当、馬鹿正直なお方」

 形南にビンタされた竜脳寺はあまりの勢いに地面に尻をついてジンジンと痛むであろう自分の頬に手を当てている。そんな彼の頬からは、出血も見られていた。

「あら、血が出てしまいましたの? 加減もせずに御免なさいな」
「ですがこのくらい、いいですわよね」
「五体満足で、骨が折れたわけでもない。ちょっと血が出たくらい、何の問題もありませんわよね?」
「貴方の事、大嫌いなんですの。もう二度と、わたくしの前に現れないでくださいな」

 形南はそう言うと竜脳寺にハンカチを投げ出した。それで血を拭けと言っているのだろう。

 竜脳寺は形南のハンカチを受け取るとすぐにもう一度言葉を発する。

「わ、悪かった形南……や、約束する……もう二度と、お前の前には現れない」

 竜脳寺はそう言ってもう一度頭を下げた。ボロボロになった彼はそれでも尚土下座を続け、そのまましばらくその状態で謝罪が行われていた。

「こちらにいらしてる皆様にお願いがありますの」

 数分の時間が経過し、静まった空間で一人、形南あれなは口を開いた。

「今後一切、竜脳寺りゅうのうじ外理がいすけに無礼な真似を働かないでくださいな。先程のように彼に暴言を吐いたりなどもっての外ですの。ですが勘違いなさらないでね? これは謝罪を受けた者として行う当然の義務ですの。この人に情は一切残っておりませんわ」

 形南は威厳のある表情を向けて周囲一帯を制圧するかのようにそう唱えるとそのまま言葉を続けた。

「万が一、彼に危害を加える者がいると判明した暁には……高円寺院家が黙っておりませんの」

 有無も言わせぬ鋭い視線で、形南は淡々と口にした。財閥のトップに立つに相応しいその態度は、嶺歌れか兜悟朗とうごろう以外のこの場の人間を恐怖で支配している。

「お返事がありませんが、よろしくて?」

 シンと静まった空間に形南が物を申すと、瞬時に「はい!」「わかりました!」「絶対約束お守りします!」などという生徒たちの声が一斉に湧き上がる。

 形南を敵に回すととんでもないことになるという事を彼らはこの場を持って理解したのだ。

 そんな形南達の姿をぼやけた目で見つめながら嶺歌は思う。

(あれならしいな)

 形南が竜脳寺を庇っている訳ではない事は理解していた。ただ彼女は、嶺歌と思考が似ている。

 そう、一度反省したものを尚も痛めつけることを良しとしないそういうお嬢様なのだ。嶺歌はそれが分かり、嬉しい気持ちと同時にとても彼女らしく、人の上に立つお嬢様として模範的な姿であると純粋にそう思った。

(あーでも悔しいな)

 本来は自分が全てを行い、彼女には影から復讐を見てもらう算段だったのだ。形南の登場で、高円寺院家の名誉に関しては一度問題が起きてしまうだろうう。

 そうならないためにも一人で完遂したかったのに、自分が不甲斐ない。実力不足だ。

 しかし今回このように魔力切れを起こしてしまったのは自分がいつも以上の魔力を消耗していたからなのは否めない。

 普段なら計算できていたはずの魔力消費量も、今回できなかったのは形南の復讐に集中しすぎてしまったからだった。

(まあこんなに魔法使うなんてなかったしな)

 竜脳寺りゅうのうじを反省させるために使用した魔法はいくつかある。

 まず竜脳寺が嶺歌れかに危害を加えようとした際に対処できるよう予め魔法少女の姿になっている必要があった。しかし魔法少女の姿を不特定多数の人間に見せるわけにはいかない。

 そのため魔法少女の姿を人間の姿に見えるよう魔法をかけていた。それが一つ目の魔法だ。しかしこの魔法は魔力を多分に消耗するため、普段使おうとは思えない魔法だった。

 そして次に竜脳寺を反省させるために考えた校内放送と奇妙な歌詞を使った音楽の幻聴だ。

 それから極め付きは竜脳寺自身にかけていた中庭グラウンドの人物を嶺歌以外は全て見えなくする魔法である。

 そして最後にモニターに映した竜脳寺の過去の鮮明な映像。あれらは過去を探る魔法とそれを肉眼で見えるよう映し出す高度な魔法であり、多くの集中力と魔力を消費する。

 それに前提として嶺歌は復讐を始める直前まで透明になる魔法も使用していたのだ。

 それらを全て使ったのだから、このように体に力が入らなくとも不思議な話ではなかった。しかし嶺歌は形南あれなの今の姿を見て、後悔は一切していなかった。

(あれなが復讐できてよかった)

 彼女の今後は心配でもあるが、それでもこうして彼女自身の手で復讐が成し遂げられた事は友人として喜ぶところだろう。

 そう思った瞬間、嶺歌は瞼が急激に下がるのを実感する。そうして形南の行方を見届けられた事に安心したせいかそのまま自身に迫る睡魔を受け入れていた。



「嶺歌さん」

 嶺歌の意識が完全に途切れた時、兜悟朗とうごろうは柔らかな声で言葉を溢していた。

「貴女は本当に正義を捨てないお方なのですね」

 そう告げて、兜悟朗の膝で眠りにつく嶺歌を優しく見つめる。

「貴女様を心から敬服いたします」

 彼はそう確かに口にした。



第十七話『貫禄のある』終

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