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第十六話①『露見』
しおりを挟む竜脳寺の表情は一気に血の気を失くし、そのまま新聞に目を凝らす。
その様子を静観していた嶺歌は彼がようやく顔を上げたところで解説をしてやる事にした。
「それ、号外の新聞。あんたの特集を新聞部の部長に頼んだら引き受けてくれたよ」
嶺歌が竜脳寺に手渡したのは『竜脳寺の意外な一面』と書かれた竜脳寺に焦点を当てた号外新聞だ。
新聞の制作には約一週間かかる。嶺歌は竜脳寺の観察を一週間ほど行い、それで得た情報を新聞部に持ち込み、交渉していた。
はじめは他校の生徒であり、身元の不明な嶺歌の事を怪しんでいた新聞部であったが、嶺歌が一週間で集めた竜脳寺の行いが決定的に分かる証拠を目にするとこちらに絶大な信用を寄せてくれたのだ。
だがいくら新聞部とはいえ、人の失態を取り上げるような記事作成はそう簡単に引き受けてはくれないだろう。それに記事の的となるのはあの竜脳寺だ。
彼はこの学園内での信頼も厚く、そして彼のこれまでの行いは誰が見ても優秀だった。猫被りぷりも大したものでこれまで誰にも露見する事がなかった程だ。
『興味深い情報だけど、これを学園に広めるのは良心が痛むな。君はこれをどうして流したいと思うんだい?』
交渉していた際、新聞部の部長に率直に尋ねられた。嶺歌はただ友人を傷付けた報いを与えたいとそう答える。
『本人の復讐でもないのにどうしてそこまでするのだろう。確かにこの記事を発行すれば彼は報いを受ける事になるだろうね。だけどここまでする必要はあるのだろうか』
新聞部の部長は簡単には頭を頷かせてはくれなかった。
自分自身ではなく、所詮は他人である者の為だけになぜそこまで真剣になれるのか理解できないようだった。
しかし彼のこの疑問は嶺歌にも理解できる。ただ言えるのは、そう思えるのは自分が和泉嶺歌という人間だからだ。
もはやそれ以外に理由はない。悪は悪。全ての悪を成敗できるとは思っていないが、自分の目の前にある悪を野放しにしておく事だけは嶺歌の信念が許さない。
ましてや大切な友人に関わる事なのだ。竜脳寺に復讐をする事は、誰に言われようと止める事は出来ない。
(だから魔法少女になれたんだし、これがあたしなんだよね)
嶺歌は目の前の新聞部部長に証拠の写真を突きつけ、言葉を放った。
『想像して下さい。自分の大切な人がこんな仕打ちを受けていたら黙っていますか?』
それは竜脳寺が婚約者を裏切って他の女性と密室で抱き合う証拠写真だった。本当は生々しい現物を見せたくはなかったのだが、万が一のために持ってきていた。
そしてその写真を目にした部長は顔を顰め、小さく唸る。
『……実を言うとこの学園の印象が悪くなる事を危惧していたんだ。すまない。だが確かに君の言う通りだね。このような事が出来てしまう人物を、このままにしておくのは学園の恥だろう』
彼は学園の印象を気にしていたのだと今の言葉で納得がいく。所詮は他人の事情だ。
学園内でこのような模範的でない生徒がいたと判明した時の事を考えると安易に記事に出来ないのは嶺歌も理解していた。
しかし今の嶺歌の言葉は効果があったようで、彼はこちらに向ける目つきを変えると嶺歌の提示した内容の記事を作成してくれる事に同意してくれた。
『竜脳寺外理、不貞を働き高円寺院家である婚約者を裏切っていた。』
記事の見出しにはこう書くようお願いしていた。そして部長はそれを了承してくれていた。
この記事を見出しに大きく書くことで一気に記事への興味が駆り立てられる事だろう。
記事の詳細には彼に伝えた通りの竜脳寺の裏切りに関する詳細を事細かく書いてもらっている。
そしてもう一つお願いしていた事は、この記事作成に高円寺院家の者は一切無関係であるという事を強調しておくようにと伝えていた事だ。口を酸っぱくして何度も念押しをしておいた。
高円寺院家が関わっていると分かれば、世間の目は竜脳寺への信頼の喪失と共に、高円寺院家の評価も下がってしまうだろう。
たった一つの浮気如きで、仕返しをしようだなんて懐が狭いと思う輩も少なからず存在する事を嶺歌は知っているからだ。
それを懸念して嶺歌はこのような頼みをしていた。
「なんだァこれ……どういう事だ?」
竜脳寺は自身の記事がこのような形で取り上げられている事に未だ動揺している様子だった。
先程までの威勢はなくなり、青白い顔色で記事に目を通している。
「だからあんたがやった事実をそのまま記事にしてもらっただけ」
「今更否定なんてしないよね?」
嶺歌は淡々と彼を見据えそう言葉を放つ。
竜脳寺は立ちすくんだまま反応を示さない。いや、動揺していて記事を読むのに手一杯なのだろう。構わず言葉を続けた。
「自分が犯した罪なのに何青ざめてんだか」
その言葉が癪に触ったのか竜脳寺は先程の威勢を取り戻すと「てめえ…」という言葉と共に物凄い目つきでこちらを睨みつけてきた。
鋭い視線は、嶺歌に的を絞るが、こちらもそれだけで気圧されるほど弱くはない。
嶺歌は敵意を剥き出しにした竜脳寺をそのまま睨み返すと再び口を開いた。
「あれなに謝罪する気になった?」
「するわけねえだろが、俺様がなんであの女にしなきゃならねえんだ」
「うわ、最低。罪悪感すらホントにないんだ」
「あるわけねえだろ。あの女が俺に不釣り合いだっただけだ!」
「じゃあ野薔薇内蘭乃はあんたに釣り合ってると思って乗り換えたわけ?」
嶺歌のその問いかけに竜脳寺は心底おかしそうに子気味の悪い笑みを溢すと「んなわけねえだろ」とドスの効いた声を上げる。
「あいつは利用価値が高いから使ってやってるだけだ。俺様に相応しいのは、あんな女どもじゃねえ」
(胸糞)
竜脳寺は調子を取り戻したのかペラペラと言葉を放ってくる。だが彼の発言が増えれば増えるほど、嶺歌の怒りは湧き上がっていた。
今すぐにでも彼を殴り飛ばしてしまいたいが、それをするのは嶺歌の役目ではない。自分はあくまで友人を苔にしたこの男を罰する舞台を用意する存在だ。
ゆえに嶺歌が竜脳寺に加えるのは暴力ではなく、精神的な攻撃であった。
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