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第十四話①『独りよがり』
しおりを挟む復讐という言葉に善意的なものは存在しない。それがたとえ報復であったとしてもそれを行う事はこちらに被害を浴びせた者と行なっている事が同じである。それはよく理解していた。
だがそれを分かった上でも嶺歌に迷いはなかった。
形南に宣言した通り、彼女の無念を晴らそうと復讐を計画する事は嶺歌にとってごく自然の感情で、そう思うのは形南が自身にとって思っていた以上に大きな存在になっていたからである。
形南の友達として、彼らの行動は見過ごせない事だった。
当時の出来事のみで終わった問題であれば、復讐を行おうとは思わなかっただろう。
だが現に今も形南への被害は続いている。形南を裏切った立場の人間が、どうして今も尚彼女を苦しめられるのだろう。それを考えると理解に苦しんだ。
形南と別れてから嶺歌は今後の計画を練っていた。どのような復讐を果たせば形南の無念を晴らす事ができるだろうかとそんな事ばかりを考える。
(一年も前だってあれなは言ってたけど)
時間が経っているからと、許せない事はある。相手には形南に対する罪悪感を全く感じられなかった。
だからこそ、嶺歌はどのような形であれ必ずあの男に形南の前で膝をつかせ謝罪をさせたいと思っている。自分が悪かったと必ず後悔させてやるのだ。
「おねえちゃん、そんなところで何してるの?」
嶺歌が早速復讐の具体的な計画を練ろうと思考を巡らせ始めた時だった。嶺璃が不思議そうな顔をしてこちらを見上げている。台所で何もせず立っていた嶺歌を妙に思ったのだろう。
嶺歌は苦笑いを溢しながら「何でもないよ」と言葉を返し、彼女の目線に身体を合わせるとそっと妹の頭に手を置いた。
そのままよしよしと何度か頭を撫でていると「変なれかちゃん」と声を返される。
そんな嶺璃を何とか誤魔化しやり過ごすと思考を復讐から本日の夕飯に切り替える。
(まずは夕飯の事からだな)
今日は両親の帰りが遅くなるからと嶺璃の面倒を頼まれていたのだ。
母と義父は久しぶりのデートを楽しむようで今朝方いつになく上機嫌で支度をしていたのを思い出す。
そんな両親の微笑ましい光景に自然と口元が緩むのを感じながら嶺璃に質問を投げかけた。
「嶺璃、夕飯何食べたい?」
「あれがいい! れかちゃんの特製オムレツ!」
「オムレツね、いいよ。一緒に作る?」
「いいのっ!? やりたいっ!」
そんな会話をしてから嶺歌は妹と二人で料理をした。何度か一緒に作ったことのあるオムレツを二人で笑いながら作っていく。
復讐の件はこれを終えてから考えようと、嶺歌は一旦料理に頭を集中させた。
(よくよく考えたら……)
夕飯を食べ終え、二人分の食器を洗っている際中だった。嶺歌は致命的な点に今更ながら気が付く。
それは、当事者でもない自分が復讐を果たす事自体に問題があるのではないかという事だった。
いや、問題がありすぎる。何故先程までそこに気が付かなかったのだろうと己を省みるほどだ。
(出しゃばりすぎかな)
形南が復讐をしない理由はそれとなく分かった。恐らく財閥としての誇りがあるのだろう。
復讐という汚れた行いをしてしまえば、高円寺院家の評判は変わってしまうかもしれないのだ。
復讐を果たす事が良い行いだと思う者がいたとしても、満場一致でそれを肯定してくれるほど世の中は甘くはない。
必ず印象を悪くする者もいるはずだ。むしろ否定的に捉える者が多くを占めるだろう。
そしてそれが以前から反論の眼差しで高円寺院家を見ていた者であれば尚更であろう事は明白であった。
だからこそ高円寺院家と無関係である嶺歌が復讐を行う事は問題がないと判断していた。
高円寺院家の者が嶺歌に依頼をしたという邪な噂さえ出回らなければ、高円寺院家の体裁は守られる。自分だけが復讐者になる事には何も問題がなかった。
そういった思いから嶺歌は復讐を決意していたのだが、形南にとって復讐が本望ではない場合の事を全く想定していなかった。
(うわ、迷惑だったらどうしよう)
そこまで考えが行き着くと嶺歌は洗いかけの食器をシンクに置き、溜め息を吐く。
この復讐心が独りよがりのもので、形南としてはありがた迷惑な場合、とてつもなく申し訳ない事を口走ってしまったという事になる。しかしこれは本人に直接尋ねてみるしかないだろう。
中断していた食器洗いを再開すると嶺歌はそのまま家事を済ませ、早々に眠りにつく事にした。もう遅い時間だったため連絡は明日の朝にしようと決めたからだ。
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