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第十話③『告白とライバル』
しおりを挟む翌朝、兜悟朗がお詫びと称して菓子折りを届けにきた。嶺歌は必要ないと告げたのだが、彼はあの場で謝罪するだけでは自分を許せなかったようだ。
兜悟朗はそれだけを渡すとそのまま丁重な一礼を残して嶺歌の自宅を後にした。
呼び止める雰囲気でもなかったため、彼の背中を静かに見送り菓子折りを自宅に持ち入れると母に興奮した様子でこの菓子折りはどうしたのだと問い詰められた。
そんな予感はしていたのだが、兜悟朗が持ってきた菓子折りはただの菓子折りではなく、高級店の、しかも数量限定のとてつもなく貴重な品らしい。これには彼の本気度が伝わってくる。
しかも母がそれを知っていなければ嶺歌はこの菓子折りの価値を少しお高い美味しいお菓子としか認識できなかったであろう。お詫びの品にどれだけの価値があるのか告げる事もなくただ物だけを渡して立ち去っていった彼の事を考えると如何に兜悟朗という人物が出来た人間であるのかを思い知らされる。
(謙虚な方だな)
嶺歌はそう思いながら無意識に彼の柔らかな笑顔を思い浮かべた。
「れかちゃん、これ食べていい?」
そんな事を考えていると不意に嶺歌の妹――和泉嶺璃がこちらを覗き込む形で問い掛けてくる。嶺璃は分かりやすくソワソワした様子で目の前にある高級菓子折りを今すぐ食べたくて仕方がないといった具合だ。
その様子を見て思わず笑みが溢れ、そのままいいよと言葉を返す。どちらにせよ一人で食べるのは勿体無い。高級菓子など早々食べられるものではないのだ。これは兜悟朗の謝罪として受け取り、有り難く食べる事にしよう。
そう思った嶺歌は母と義父と嶺璃の四人で菓子折りの封を開け、仲良くいただくのであった。
『嶺歌、聞きましたのよ。先日は兜悟朗がごめんなさいですの。ご不快な気分にはなっていなくて?』
放課後、唐突な形南からの着信で複数の友達と出かけていた嶺歌はその場で彼女らに断りを入れてから形南の電話に出ていた。形南は昨日の出来事を兜悟朗本人から聞いたようだった。
(兜悟朗さん、あれなに報告したんだ。菓子折りも貰っちゃったんだし言わなくても全然良かったのに)
主人である形南に報告をすればお咎めを受ける事になるであろう先日の出来事を兜悟朗は生真面目にも告げたのだ。律儀な方だと思う。嶺歌は沈黙を与えないようにすぐに言葉を発する。
「うん全然。朝、菓子折りまで持ってきてくれたし気にしてないよ。兜悟朗さんに伝えておいてくれる? もう昨日の事は忘れて下さいって」
嶺歌は思った事をそのまま電話の相手に伝えると、形南は安心したような声色でありがとうですのと言葉を返した。自分の執事の失態に罪悪感を抱いていたようだが、前回の件は事故だ。それに嶺歌自身も決して不快な思いは抱かなかった。
(あまりにも紳士だったから……)
嶺歌に向ける彼の行動全てに気遣いを感じられたのが安心できる要因だった。彼を責める気も償ってもらう気も全くない。
「そうだ。平尾君の件も聞いたんだよね? 良かったね!」
嶺歌はせっかくの機会なので素直な感想を告げる事にした。平尾が女の子からの告白を断った件は、形南にとって朗報だろう。
すると予想通り形南の嬉しそうな声が電話口から聞こえてくる。
『ええ、ええ。本当に嬉しかったのですの! 嶺歌に近々会ってお話ししたいわ』
「うん、週末は空いてるから詳しい予定分かったらレインしてよ」
形南は休日も稽古が入っているようで、丸一日をのんびりと過ごせる時間は早々ないようだ。嶺歌と初めて出かけた日も彼女は早朝から稽古をしていたと言っていた。平日は学校があるというのに休日も時間に縛られるというのは、大変な生活であろう。
しかし形南は一度も小言を嶺歌に漏らしたことがなかった。そんな形南の姿勢は友人として尊敬できる魅力の一つだと心から思う。
形南が分かりましたのと返事をしてから嶺歌もまたねと告げて電話を切る。長話をしたいところでもあるが、今は友達を長く待たせる訳にはいかない。嶺歌はスマホをリュックにしまい、盛り上がっている友人達の会話に再び参加した。
第十話『告白とライバル』終
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