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第十一話②『予兆』
しおりを挟む形南との女子会が終了し、嶺歌は再びリムジンに揺られていた。
解散をする前に、一度形南に自宅で見せたいものがあるのだと言われていたのだ。
(見せたいものって何だろう)
そう思いながら嶺歌の気分は高まったまま、あっという間に形南の家である豪邸に到着する。
リムジンを何台重ねても埋まることのなさそうな城とも呼べる豪邸の近くに車が停車するといつものように兜悟朗が形南を車から降ろして次に嶺歌を降ろしてくれる。
彼にエスコートされるのもこれで何回目だろうか。何故か未だに彼の手に自身の手を重ねる事は慣れなかった。
車から降りた嶺歌と形南はそのまま規模の大きい玄関に向かい歩き始めると唐突に形南が「そうだわ!」と両手を『パンッ』と叩き、大きな音を立てる。
「どうしたの?」
嶺歌はすぐに問い掛けると形南は嬉しそうに口元を緩ませながら「門を出たところにも見てほしいものが御座いますの!」と言葉を口にしてきた。
形南はそう告げると兜悟朗に向かって再び口を開く。
「兜悟朗、私は嶺歌と門の外に行きますから貴方は私の部屋から例のものを持ってきて頂戴」
「畏まりました。私が不在の間はもう一人の執事をお付けいたします。少々お待ち下さい」
兜悟朗が一礼をしながらそう告げ、通信機を取り出し内線を送ろうとしているところで形南が「結構ですの」とその行為を止めた。
「門の外とは言ってもすぐそこですの。それに私はまだ嶺歌と二人で話し足りないのですのよ? 気になるのなら貴方が早く戻ればいい事。分かりまして?」
形南はいつものひょうきんな態度とは違い、威厳のある言い回しを彼に向けると兜悟朗は「差し出がましい真似をしてしまい申し訳御座いません。お嬢様」と深く謝罪をし、素早い足取りでその場を立ち去っていった。
「執事さん付けなくてよかったの?」
行き先が門のすぐ先とはいえ、財閥のお嬢様が出歩くのは不用心ではなかろうか。
嶺歌は兜悟朗の心配する気持ちを察したが故にそう尋ねてみたが、形南は柔らかく笑いかけて「ご心配には及びませんの」と口にする。
今の形南は嶺歌に対して先程のような風格のある態度を見せてはいない。使い分けているのだろう。器用な女の子だと感じていると形南は話を切り上げ「ささ、こちらですのよ」とこちらの腕を引いて門の外へと出た。
「門の外に見せたいものってどんなの?」
嶺歌は思考を働かせるものの、形南が何を見せようとしているのか全く見当がつかなかった。門の外に目ぼしいものが見当たらないからだ。
綺麗に整備された花壇はあるが、それは以前訪問した際に形南に直接紹介されていた。
頭に疑問符を浮かべたままの嶺歌を前にして形南はそれを楽しむような笑みを向けると門を支える大きな柱を手の平で指し示す。
形南が示す先には『高円寺院』と写し出された貫禄のある銀色の表札があった。
「かっこいい表札だけど、見せたいものってこれの事?」
率直に尋ねると形南は誇らしげに二度頷き、そうですのと言葉を発する。確かに立派な財閥に相応しい表札ではあるが、嶺歌にはそれを見せようと思う形南の思考が分からず頭を悩ませる。
そう思う理由は、形南が高級な物品を自ら積極的に見せてくる事が今までになかったからだ。
形南は自身の裕福さを自慢するような女の子ではない。それはこの短い期間でも断言できる程に日々彼女との時間を過ごす中で感じ取っていた事だったのだ。
だというのに今の彼女の行動はどう見ても第三者に対して見せびらかしているような、そんな態度である。
嶺歌はこれまでの形南との様子の違いに戸惑っていると彼女は耳を疑う言葉を口にした。形南はいつにも増して口元に手を当てながらふふふと笑いを抑えられない様子だ。
「実は実はこちらの表札、平尾様に選んでいただいたのですの!!!」
「…………え?」
「うふふですのうふふ……ああもう、顔の緩みが止まりませんわ! もう! 兜悟朗はまだかしら!」
呆気に取られる嶺歌を他所に一人で盛り上がる形南は顔をりんごのように真っ赤に染め上げながら両手を自身の頬に押し当て首を左右に振り始める。どうやら口に出した途端に彼女のスイッチが入ってしまったようだ。
興奮した様子で首を振り続ける形南に嶺歌は思わずストップをかけた。
「ちょっと待って、選んでもらったってどゆこと!? 話が分かんないんだけど……」
平尾に一体どのような経緯で表札を選んでもらったのだろう。それにそんな簡単に高円寺院家の象徴とも言える表札を一般人の平尾の意見で変えられるものなのだろうか。何から何まで嶺歌には疑問しか思い浮かばなかった。
すると形南は赤らめたままの顔をこちらに向けながら成り行きを話し始める。
どうやら平尾には仮定の話として、もしも自分がどこかのお坊ちゃんだとして、自身で表札を選べるとするのならどのデザインを選ぶのかと質問をしただけのようだ。
そして平尾の好みを把握した形南は彼が選んだ表札を購入して差し替えた。
平尾には自宅の表札を差し替えるという話は一言も告げていないらしい。何も知らない平尾は随分頭を悩ませてから今目の前に見えるこの銀色の表札を選んだそうだ。
つまり、平尾の好みを形南が勝手に自宅の表札に反映させたという至ってシンプルな話であった。
「『俺は銀色が一番格好いいと思うから』ですって!!! 私もその言葉をお聞きした時から銀色を見ると胸が躍りますの」
「…………」
平尾は今回関係するところではない。ただ聞かれるがままに自分の好みを答えただけだ。問題は形南である。これは流石に……
(ドン引きなんだけど……)
友人の斬新な行動力に嶺歌は苦い顔をしながらも正直な意見はそっと心の中に抑え込んだ。
彼女本人にこれを告げるのは無礼な上に、傷つけてしまうかもしれないからだ。彼女の行動に理解を示すことは出来ないが、この理解不能な行動も形南の個性なのだろう。
形南のしている事は少々度を越しているような気もするが、決して他人に迷惑を掛けている訳ではない。
嶺歌は価値観は人それぞれであると、そう結論づける事にした。
しかし形南がいかに平尾に熱を上げているのかが今回の件で分かった気がする。盲目的とも言える彼女の行動は、しかし本人にとってとても楽しそうだ。
だが平尾がこれを知ったらどうなってしまうのかを考えるとこの事は彼に知られないようにするのが賢明だろう。
嶺歌は伏せた目を元に戻すと熱い眼差しで銀色の表札を眺め続ける形南に目を向けた。
「良かったねあれな」
「ええですの! ねえ嶺歌も素敵なデザインだと思うでしょう!?」
「んー……良いとは思うけどごめん、あたしはどっちかっていうと金色派だから」
「あら、正直ですのね! けどそれはそれで嬉しいですの! 兜悟朗も金色が好きなのよ」
「え、そうなんだ?」
形南の行動力に引いてしまった事は正直に話せなかったが、それでも彼女の言葉に嘘の感想を口にしたくはなかった。
だがそんな嶺歌の返答にも形南は嬉しそうに顔を上気させ、終始楽しそうに話しかけてくる。
しかしこれで形南の不可思議な行動に納得が出来た。形南らしくない自慢げなあの態度は、想い人である平尾の選んだ表札であるからこそのものだったのだ。
それを知っていれば誰よりも平尾に夢中な形南らしい態度であると呑み込むことが出来る。
嶺歌は心底嬉しそうに笑みをこぼし続ける形南を見て、心が温かくなるのを感じる。その時だった。
「形南、こんな時間にいるとは思わなかったぞ?」
「外理様、嫌なお方に会ってしまいましたね」
「!?」
そこには嶺歌の見た事がない二人の男女が、立っていた。
第十一話②『予兆』終
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