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第十一話①『予兆』
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あの時感じたのはただ驚きと衝撃のみだ。彼の事は好きでもなかったが、未来の伴侶として共に生涯を歩むのだと信じて疑わなかった。
それゆえに裏切りと呼ぶ以外に言葉が見つからないあの光景は自分にとって残念でならなかった。彼自身には勿論、彼を唆したであろう彼女に対してもそれは同じ思いである。
未練などない。記憶を抹消して今すぐにでも忘れたいのだ。しかし問題は――――
「アレが通りがかるのは、我慢なりませんの」
二度と見たくもない顔が、毎日のように現れる。悪夢のようでこれは現実だ。形南はそれが酷く苦痛でならなかった。
* * *
『嶺歌、本日は御校までお迎えにあがりますの』
今朝方この文章に可愛らしい絵文字を添えて送られてきたメッセージだ。形南らしい絵文字が嶺歌の口元を自然と緩ませてくる。
結局週末の土日は形南の都合が合わず、平日の放課後に彼女と会う事になった。
嶺歌自身は魔法少女活動も順調である事から特に不都合はなく、そのまま本日の放課後に彼女と合流してお茶をする予定となっている。
今回は嶺歌おすすめの喫茶店でのんびり女子会をする予定だ。自分のお気に入りのお店を友達の形南と行ける事が嶺歌にとって嬉しく、放課後に向けて気分は高まっていた。
放課後になると掃除当番である嶺歌は掃除を手早く済ませ、急いで校舎を出る。すれ違う多くの生徒に声を掛けられ言葉を返しながらも嶺歌の頭の中は放課後の約束で埋まっていた。
下駄箱で靴を履き替え、そのまま校舎付近に停車する黒いリムジンに足を向けると嶺歌が到着するよりも先にリムジンの扉が開かれ兜悟朗が嶺歌の前に現れる。
彼は一礼をしてからリムジンの扉を開けると嶺歌は礼を告げながらその車の中へと入っていった。形南は約束がある時はいつも兜悟朗の運転する車で嶺歌を迎えに来てくれる。
お迎えというこの状況に慣れない心境は未だに持っており、こそばゆい思いは健在していた。
迎えは大丈夫だといつも告げているのだが、形南はこれが一番早く合流できるからと毎度こうして迎えに来てくれていた。
反論の言葉が見つからないため彼女の意見に賛成しているが、有難いという気持ちは回数を重ねるごとに大きくなり、嶺歌はどこかで形南に日頃のお礼をしようと考えるようになっていた。
(あれなが喜びそうなものって何だろう)
形南とは知り合ってからそれなりに濃い付き合いをしてはいるものの、いまだに彼女の好みまでは把握できずにいる。
強いていうなら、平尾のような男がタイプという事くらいだ。お返しの参考には全くならない情報である。
だがそれでも嶺歌は気分が高まっていた。好みは分からずとも彼女に渡すお返しを考える事自体が、楽しいと感じられたからだ。
(今月中には渡したいな)
今は六月に入ったばかりである。来月になると定期テストでプレゼント選びに時間が費やせないだろう。
嶺歌はそんな事を考えているといつの間にか目的地の喫茶店に到着し、二人で店員に案内された座席へと腰を掛ける。
形南は笑顔を絶やさず楽しげにメニューを眺め、しかし何の料理が良いのか迷っている様子だった。
嶺歌はおすすめのメニューをいくつか提案し、形南はその内の一つであるいちごパフェを注文した。嶺歌はパンケーキを選出する。
注文が終わると思っていた以上に早くデザートが到着し、そのまま二人で目の前に置かれたデザートを嗜む。デザートを頬張りながら嶺歌は思考していた。
先程、喫茶店の中に入る際に兜悟朗が店員に何かを話している光景が目に映っていた。
恐らく彼が形南の身分を店員に告げ、丁重にもてなす様に一言添えたのかもしれない。
そう考えられる根拠はこの行きつけの喫茶店で五分もしないうちに料理が運ばれてくる事は初めてだったからだ。
「それで、平尾君とはあれから何か話したりした?」
嶺歌は頭の中を本来の目的である話題に変換させるとそのまま美味しそうにいちごクリームを口に入れる形南に問い掛ける。
その質問に形南は目線だけをこちらに向けてにっこりと笑みを見せた。
いや、先程から彼女の表情には笑顔しかないのだが、今日一番の微笑みをこちらに向けるといちごクリームの咀嚼を終えた口元に手を添えながら言葉を発してきた。
「ええ、レインでやり取りをしましたの」
そう口にして嬉しそうに笑う。余程嬉しかったのだろう形南の笑顔を正面から見た嶺歌は良かったと相槌を打つと、形南は平尾とどのような内容のやり取りを行ったのか事細かく教えてくれた。
平尾が告白を受けた日の放課後、形南が無難な内容のメッセージを彼に送信したらしい。
それは彼が受けた告白に関しての記憶を少しでも薄めたかったからだそうだが、平尾は形南に唐突に『どうしよう、初めて女の子に告白されちゃって』と送り返してきたと言う。
経験の浅い彼には告白はあまりにも衝撃的だったのだろう。
その返信を見た形南は自身はその事を知らない体を装い、彼の悩みを静かに聞く聞き役として徹していたようだ。
平尾は告白を断った事も形南に話していたようで、しかし断った事に関して後悔はないのだとも言っていたらしい。この台詞は形南にとって嬉しい以外の何ものでもないだろう。
形南は頬を普段より赤らめながらスマホを取り出してその画面に目を落とす。
「ふふ、見てくださいな。平尾様、意外と絵文字を使われないのですのよ」
そう言って嶺歌にレインのトーク画面を見せてきた。そこには形南と平尾のやり取りが記録された画面で埋まっており、嶺歌はそのままざっくりと二人のやり取りに目を向ける。
形南の言う通り、絵文字や顔文字が豊富な形南とは反対に平尾からのメッセージにはほとんど文字の装飾が見当たらなかった。
形南はそんなところも意外性があって好きなのだと口にする。そうして自身の頬に手を添えながらこんな言葉を口にした。
「平尾様といつかお電話をしたいと思っているのですけれど、タイミングに迷いますわ」
「電話? いきなりかけちゃえば?」
「まあ! 大胆ですの!」
嶺歌の言葉に形南は思いも寄らなかったと言わんばかりの表情を見せるとスマホをじっと見つめ、「ご迷惑じゃないかしら」と口を零す。そんな様子の彼女は誰がどう見ても恋する一人の女の子だ。
形南は暫く悩んだ末、やはり今日は止めておくとスマホをそっと閉まっていた。
そんな微笑ましい彼女の様子を見ながら、嶺歌は楽しい時を過ごすのであった。
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