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第十話②『告白とライバル』
しおりを挟むどうやら形南が平尾とまだ知り合う前、彼に恋人がいたら大変だと心配した形南は事前に平尾の交友関係を調べるよう兜悟朗に命令を下したようだ。
その際に判明したのは、恋人はいないものの彼に好意を寄せている存在――つまりライバルがいる事が判明したのだ。
幸いだったのは平尾との関わりはほぼなく、彼女の一方的な片思いだという事も分かったようだが、常に警戒をしていたのだと言う。
そして今日、平尾に告白をするという話が一部の女子生徒達から浮上したのだ。兜悟朗はすぐに形南に報告をし、形南はその告白を目視してくるようにと口にしたようだった。
邪魔をするのではなく、ただ隠れて見たそのままの光景を報告しなさいと命令した形南の台詞を兜悟朗づてに聞いた嶺歌は彼女らしいと素直に思った。本当であれば邪魔をしたくて堪らない状況だろうに。ライバルであろうと決して邪魔はしない。その点が形南の品格の高さを強調していた。
(うーん……でも……)
情報がダダ漏れではなかろうか。あまりにも学校の情報が筒抜けすぎる。自分が告白する事を他者に知られていたらと思うと恥ずかしいどころの話ではない。
いや、しかしそれが兜悟朗が如何に万能で完璧な執事であるかの証明となっているのだろう。
この学校のセキュリティはそこまで馬鹿ではない。魔法少女でもある嶺歌は自身の通う学校のセキュリティ状態も入学する前に確認済みである為その点においては断言できるのだ。しかしそれを上回るほどに兜悟朗が有能すぎるのだ。
本当に人間なのだろうかと疑ってしまいたくなるほどの完璧具合に嶺歌は思わず彼を見上げた。だがそこで嶺歌は思い出す。今、自分は兜悟朗と著しく距離が近いのだという事を――――。
(う、うわあ……………)
そこで初めて嶺歌は己の置かれている状況を本当の意味で理解し、自身の身体中の熱が一気に膨れ上がるのを感じた。今間違いようもなく自分は顔が赤くなっている。
ドッドッと五月蝿く高鳴る心臓は、兜悟朗に聞かれてしまったらどうしようという不安を起こさせる程に上昇し、嶺歌は顔を俯かせる事しか出来なかった。平尾と女子学生が取り込み中の今、離脱をする事は無理な話だった。
するとそんな嶺歌の様子に気が付いたのか、兜悟朗はそっと掴んでいた嶺歌の肩に置かれた手を離して小声で再び謝罪の言葉を口にした。彼の声は酷く申し訳なさそうだ。この状況は兜悟朗自身も本意ではないのだろう。
嶺歌はコクリと小さく頷くと彼はそのまま言葉を続ける。
「貴女様にこのような羞恥、本当に申し訳御座いません。ですがご心配には及びません。形南お嬢様にお誓いして貴女様に決してこれ以上の無礼は働きません。ですからどうか、もう暫くの間ご辛抱頂ければと思います」
自分は今どれほど顔を赤く染めているだろうか。彼の一言一句紳士的な言葉に嶺歌はただただ頷く事しか出来なかった。
平尾と女子学生の関係を見届けなければと思っていたのに、今の自分はそれどころではなくなっている。この紳士な執事に身体を預けながら自分の赤面がこれ以上彼に露見しないようにと祈るほかなかったのだ。
平尾は女子学生の告白に余程動揺したのか暫く沈黙したままだった。そして暫くの時間が経過するとようやく口を開き「ごめん」という言葉を告げる。
女子学生はその返答に涙を流しながら「分かりました」と言葉を残し、小さな背中を彼に向けるとそのまま立ち去っていく。平尾は彼女を呼び止める事も声をかける事もせずただその場で暫く立ったままだった。
(早く戻ってくれないかな……)
嶺歌としては一刻も早い平尾の離脱を望んでいた。彼がこの場を離れなければ兜悟朗との距離感が近いままだからだ。
その場で立ちすくんでいる彼の姿に視線を送りながら心の中で早く立ち去ってくれと念じる。だが平尾は未だにその場にたたずみ、特に何かをするでもなく裏庭で時を過ごしていた。
(この状況……なんとかしたいのに)
嶺歌の赤面は未だに消える事はなく、兜悟朗に背中を預けたままの自身の鼓動も一向に止みそうにない。
「…………」
暫くの時間が過ぎてからようやく平尾は裏庭を後にした。
裏庭の扉を閉める音を聞いてようやく兜悟朗から素早く離れる。離れたにも関わらずまだ心臓は五月蝿いままだ。どうしたものだろうか。
「数々のご無礼、謹んでお詫び致します。何かご要望がありましたら何なりとお申し付け下さい」
すると兜悟朗は改まった様子でこちらに非礼を詫び始める。深々と下げられた頭は思わず見惚れてしまう程の綺麗な角度となり、彼の誠実さが伝わってきた。
しかしその堅実な姿勢に嶺歌は慌てて彼に言葉を返す。
「いやいやっ! あたしの方こそすみません! あの場ではどうしようもなかったし、謝る必要は全然ないです!」
兜悟朗はすぐには顔を上げなかったが、嶺歌の再三の言葉でようやく姿勢を元に戻すと最後にもう一度丁寧なお辞儀をしてからその場を立ち去っていった。恐らくこの後形南に報告をしにいくのだろう。
嶺歌は彼が離脱してから自分もようやく教室へと戻る。それにしても濃厚な休み時間であった。告白されたところを兜悟朗に見られたところまではまだいい。
だがその後、彼に引き寄せられた自身の顔、身体全てが嶺歌の動悸を速める要因になっていたのは言うまでもあるまい。
恋仲でもない異性とあのように近い距離でいる事はそうそうない事だろう。しかし複雑な思いはあるものの、嶺歌の中で何度も感じていた事があった。
(最後まで紳士的だったな)
兜悟朗から一切の下心を感じなかったのは事実だ。流石にあのように近い距離で暫くの時間を過ごしてしまえば、嶺歌のように意識はしてしまうものだろう。
だが彼からは下心どころか、そのような意識をした様子も全く感じられなかったのだ。あの時の兜悟朗はただただ平尾の告白現場にだけ注意を向けていた。
そして同時にさりげない嶺歌への配慮も感じられていた。言葉にされずともそう感じる事が出来るほどに彼は誠実であったのだ。
彼のそんな姿勢を思い出し、嶺歌は改めて兜悟朗という有能な執事の篤実さを認識していた。
(それにしても……)
嶺歌は自然と形南の顔を頭に浮かべる。そして今日自身が目にした出来事を思い返す。
「あれな、良かったね」
小さく呟いた。これは紛れもない自分の本心である。形南の意中の相手である平尾は告白を断っていた為、恋人という存在は出来ていない。
ゆえに今後の形南と彼の関係に影響はないだろう。もう少しすれば兜悟朗からの報告を聞いて安堵するに違いない。
そう考え嶺歌はまるで自分の事のように形南にとっての嬉しさを噛み締めるのであった。
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