お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

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第九話①『お世辞だとしても』

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「平尾様と素敵な出逢いを果たせた時、貴女の魔法少女姿をお目にした事がありましたけれど、あの時本当はもっとよく見せていただきたかったのですのよ」

 そう言われ、以前の事を思い出す。確かにあの時は形南あれなも平尾との出逢いに浸っており、他に時間を費やしている余裕はなさそうだった。

 今、この部屋には形南と執事である兜悟朗とうごろうしかいない。魔法少女に変身する事に問題はなさそうだった。

 嶺歌れかは多少の恥ずかしさを持ちながらも彼女が見たがっているならと魔法少女の姿になる事を決める。

 しかし理由はこれだけではない。自分自身も気に入っているこの姿を誰かに見せる為に変身するのはいつもとは違って何だか新鮮で嬉しかったからだ。

 嶺歌は目を輝かせ続ける形南に頷き了承してみせると彼女は途端に喜びの笑みを向け、自身の両手を上品に合わせる。

 嶺歌はそんな彼女の仕草に和やかな思いを抱きながら自身の変身に欠かせない魔法の透明ステッキを手に取り出した。

 これは名前の通り透明になっており、持ち主である嶺歌以外には目視する事ができない。

 せっかくなので形南に見せたかったのが本音だが、その方法がないためステッキの説明は割愛する事にした。

 そのままステッキをくるくると回しながらいつもの様に人間の姿から魔法少女の姿へと変身を遂げる。

 いつもと違うのは、目の前にそれを見ている人物がいるという事だ。

(なんか、照れるな)

 そんな事を頭の隅で考えながらも無事に変身を終えると先程とは全く異なる嶺歌のその姿に形南は大歓声を上げ、随分興奮した様子でこちらに駆け寄ってくる。

「素敵ですの! わたくし感動いたしました!! 今のが変身というものなのですね!!! キラキラと光られて、あっという間に嶺歌の姿が変わりましたの! でもわたくし、変身の瞬間も捉えましたのよ!」

 興奮状態の形南はこれまでも何度か目にしてはいたが、今回の彼女は今までのとは比較にならない程の興奮ぶりである。

 嶺歌はそんな彼女の反応が嬉しく、形南の次々と放たれる感激の言葉に声を返していた。

 形南あれなの反応は随分と長く続いていたが、途中で嶺歌れかそばで静かに主人を見守っている兜悟朗とうごろうの姿が気になった。

 魔法少女の姿に興味をあらわにする形南とは対照的に彼はただの付き人であり魔法少女になど無関心であろう。

 そんな人物の前でこうして魔法少女の姿を堂々と見せてしまっている事実に嶺歌は今更ながら気が付く。

 主人を護衛する執事であるのだから仕方のない話ではあるのだが、少し複雑な思いも生まれていた。

「とてもお似合いで貴女に相応しい装いですわ! ねえ兜悟朗、貴方も何か言いなさいな」

 形南は賛美の言葉を告げると唐突に思いもよらぬ発言を兜悟朗へと向け始める。その言葉で嶺歌は途端に面食らってしまった。

 形南の褒め言葉は嬉しいが、兜悟朗の意見を聞くのは何だか気が乗らなかったからだ。その理由は明白である。

(お世辞なんて嬉しくないし……あれなだけに見せられたら良かったな)

 嶺歌はお世辞が嫌いだ。本当に思ってもいない事をわざわざ口に出す意味が理解できないからである。

 形南に促された兜悟朗がどのような台詞を口にするかはそれとなく予想ができていた。

 そんな事を思っていると兜悟朗は主人の命令通りにこちらに目を向け、口を開き始める。しかしそれは嶺歌の考えていた言葉ではなかった。

「実のところ、わたくしは和泉様のそちらのお姿を拝見するのは平尾様の件が初めてでは御座いません。何度かお見かけしております」

「えっ?」

 彼の初めの言葉に意表をつかれる。形南にも兜悟朗にもこの姿を見せたのは平尾の時と今との二回のはずだ。

 しかしそこで以前の話を思い出す。そうだ。

 嶺歌に出会う前に自分の事を調査したと形南が言っていた。その際に彼はこの嶺歌の姿を何度か見かけていたのかもしれない。

(それはそれでなんか恥ずいな……)

 そう思い再び顔がほのかに赤くなるのも束の間、兜悟朗はそのまま言葉を紡ぎ出す。

「その際に何度も思っておりました。和泉様のそのお姿は逞しく勇ましい、とても魅力的で御座います」

「…………」

(えっ!!!??)

 驚いた。彼の予想外の出だしの言葉よりも自身の目が大きく見開かれたのを実感する。

 嶺歌れかはてっきり可愛い、美しい、綺麗などと女性によく向けられる言葉をお世辞で言われるものだと思い込んでいた。

 嶺歌はお世辞は嫌いだが、褒め言葉でそれらを使われる事は好きだった。だが彼が今口にしたのはどちらかと言うと男性に向けられそうなそんな言葉回しだ。

(なのに……)

 不思議な話である。それだと言うのに嶺歌の心には不快な感情が全く湧き上がっていなかった。それどころか、たとえこれがお世辞であったとしても嬉しいと思う自分がいる。

 兜悟朗とうごろうの一つ一つの言葉には敬意が示されており、それらを感じ取れていたからだ。

 彼の態度や言葉遣い、全てに敬服が込められているのが伝わってくる。

 だからこれらが社交辞令であったとしても、気分を害する事など有り得ない。

 先程までお世辞は嫌だと思っていた嶺歌がそう思ってしまう程の言葉の力を、彼は持っていた。

「あ、ありがとうございます……」

 柄にもなく顔を赤らめ照れてしまう嶺歌は自身の体温が上がっている事に気が付いた。

 羞恥心のせいなのか、顔を上げられずに俯いているとそんな様子を「あらあら」と形南あれなに指摘される。

「嶺歌ってば照れてしまわれたのね。兜悟朗の言葉は真っ直ぐで偽りのないものですの。無理もありませんね」

 そう言ってくすくすと笑う形南と黙って静かに微笑む兜悟朗を横目に嶺歌は自分の顔の熱が冷めるのをじっと待っていた。「少し待ってください」と言葉を口に出しながら。



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