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第二十一話①『夏休みの約束』
しおりを挟む夏休みが始まり、みる香は貴重な長期休みの楽しさを噛み締めていた。
檸檬とは水着を買いに大型ショッピングセンターへ足を運び、そのついでに映画やゲームセンター、ウィンドウショッピングを楽しんだ。
海は八月に行く予定で、その日の計画も練りながら一日を満喫した。
そして別日に星蘭子と莉唯からもお誘いを受けていたみる香と檸檬は星蘭子の自宅まで遊びに行き、一日中映画鑑賞やお喋りをして過ごした。
四人でするお喋りは話題が尽きず、ずっと笑いっぱなしであった。
みる香の夏休みは前の自分では考えられない程に順調で好調だった。
(ほんと、夢みたいだなあ)
そんな事を考えながら自宅のソファで仰向けに寝転がるみる香は天井を見つめながら明日のことを考える。明日はバッド君との約束の日だった。
夏休みに入ってすぐバッド君から日時決めの連絡がきていた。
どこに遊びに行くのか悩んでいたのだが、バッド君の無難な提案でみる香達は動物園に行くことが決まった。
動物にはそれなりに関心のあったみる香にとって動物園という場所は良案だった。
しかしうまく言いくるめられてはいたものの、バッド君と二人で出かけること自体には、未だ考えるところはある。
バッド君のことは友達だ。けれども、彼に対する自分の気持ちは全てが友達という気持ちで満たされているのかと問われると素直に頷けない。
決して後ろ向きな感情でないのは確かだが、友達だけではないこの感情が、今回の遊びを躊躇う原因になっているのは間違いなかった。
「でも行くって言ったし……」
そう独り言を言ってからみる香は立ち上がり、自分の部屋へと戻っていった。
翌日を迎え、早朝に目覚めたみる香は顔を洗い、歯ブラシをして支度を始める。
今日は動物園だから服装はラフな格好にしようと考えながら朝食を摂る。
服装は白の無地ティシャツからキナリのシアーシャツを羽織り、ストレートジーンズを合わせる格好で決定した。
髪型は二つに結び、日焼け防止に黒色のキャップを被る。靴は歩きやすいようにスニーカースタイルだ。
支度を終えたみる香は時計を確認すると約束までは時間があった。
のんびり向かうのも悪くないだろうとそのまま靴を履き、自宅を出ようとすると突如頭の中に声が聞こえてくる。バッド君のテレパシーだ。
『おはよ~みる香ちゃん、今日は自宅まで迎えに行くから家で待っててね』
『え、それはいいけど……』
『じゃあ着いたらまた連絡するよ。レインでね』
そんなテレパシーを送り残してバッド君からの通信は終了した。
みる香は不思議に思う。待ち合わせ場所に行く方がお互いにとって楽なのではないかと。
(バッド君の考えはわからない事だらけだし気にしても仕方ないか……)
そう考え大人しく自宅で待機することにした。
「じゃあ早速行こうか」
到着したというレインの通知が届き、玄関を開けると爽やかな笑顔でバッド君が門の前に立っている。
みる香は玄関の鍵を閉めながら「おはよう」と挨拶をすると彼の方からもおはようという挨拶が返ってきた。
「今日も暑いねえ」
バッド君はそんな言葉を口にしながら足を動かす。
みる香も彼に並びながら「アイス持ってきたよ」とバッド君の目の前にアイスを差し出した。気温の暑さを考えて家の冷蔵庫から持ち出していた。
「いいの? ありがとう、じゃあ遠慮なくいただくね」
「うん、家から持ってきたから私が買ったやつじゃないけど」
そんな他愛もないことを話しながら二人は駅のホームに到着し、目的地である動物園まで足を運んだ。
動物園に来るのは約十年ぶりだった。
友達が去年までいなかったみる香は家族と来た記憶しかなかった。それも何年も前の話だ。
「入場券は買ってあるんだ」
「え」
バッド君は鞄から二枚の入場券を取り出した。みる香は準備の良さに驚きを隠せない。
バッド君はそのまま入場口に行き、みる香を手招きしてこっちへ来るよう促してくる。
無言で彼の元へ駆け寄り一緒に入場口で係員に券を確認されると動物園の中へと足を踏み入れた。
「バッド君、これ」
「ん?」
みる香は鞄から財布を取り出し、入場券の金額分をバッド君へ差し出す。忘れないうちに早く渡しておこうという考えからだった。
しかしバッド君は涼しげな顔で笑いながら「いらないよ大丈夫」とみる香の差し出した手を戻してくる。だが、そんなわけにはいかない。
「駄目だって! 私こういうのちゃんとしておきたいんだよ、誕生日でもないのに友達にお金を出してもらうなんて嫌だし」
そう言ってバッド君にお金を押し付けるが彼は中々受け取ってくれない様子だ。
みる香はバッド君を凝視しながら彼の元へ近寄るとバッド君の鞄に手を伸ばして無理やり現金を入れ始める。
「あ、みる香ちゃんそれはずるいなあ~」
しかしバッド君は驚いた様子も見せず笑いながらそんな事を言ってみる香の両の手首を掴んできた。
みる香の手から既に現金は離れていたが、きっと直ぐに戻されてしまいそうだ。
「今回は俺が誘ったんだしいいんだよ、みる香ちゃんがそれでも嫌だって言うならそうだねえ……うん、デザートでも奢ってよ」
「……そんなのでいいならいいけど」
みる香は諦めた。バッド君はきっと何度お金を渡しても拒んでくるだろう。
みる香の思っていた通り、バッド君はこちらの手首を離すと直ぐに自身の鞄から無造作に入れられた現金を取り出し、みる香の目の前にそっと返却してきた。相変わらず爽やかな笑顔を向けてみる香を見つめてくる。
返却された現金をゆっくり財布の中にしまうと考え方を変える事にした。ここはお言葉に甘えることにしよう。
「ありがとう、デザートは食べたいものがあったらすぐに言ってね」
「うん、見つけたら言うよ。じゃあ行こうか、どこから見たい?」
そう聞いてきたバッド君に園内のマップを手渡され、みる香はうーんと悩む。正直、動物園に来たのなら全部見て回りたい気持ちである。
みる香はマップを鞄の中に入れると「順番に回ってもいい?」とバッド君に尋ね、爽やかに頷く彼の同意を確認してから足を動かし始めた。
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