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第十五話『詮索と答え』
しおりを挟む六月に入るとみる香は衣替えしたばかりの制服を頭から被り身支度を済ませる。
長袖よりも半袖の方が好きなみる香は気候が暖かくなっていくことに喜びを感じながら朝の時間を過ごす。
朝食を済ませ、行ってきますと言いながら自宅を出ると何度か経験した事のある光景が目の前に再現されていた。そう、バッド君である。
「おはよ~みる香ちゃん」
「バッド君、来るのはいいけど事前に教えようって思うことはないの……?」
みる香はそんな言葉を並べながらバッド君の隣で歩き始める。
「みる香ちゃんは意外ときっちり派だよね~アポなしが嫌なら今後はそうするよ」
バッド君は相変わらず爽やかな顔をして涼しげにそう言うと早速「それでさ」と本題に入ってくる。バッド君が目的もなしにみる香の家に来ることは一度もなかった。今回は一体どのような内容なのだろうか。
みる香は彼が何を言うのか聞き入る体勢になっていると、バッド君は口を開いた。
「て、いうのは冗談。今日は別に何もないんだ」
「え?」
バッド君はそう言うと両手を上げて何の話もない事をアピールしてくる。では何故みる香の自宅まで来たのだろうか。
「今日はね、そういう気分だったんだ」
笑いながら答えるバッド君を見上げると彼も衣替えをした事が分かる。いつもは学ランだったのに、変な気分だ。
みる香は自分の足元に目を向けるとこれはチャンスなのかもしれないと思い至る。あの事をそろそろ聞くべきではないのか――。
「じゃあ私が聞きたいこと聞いてもいい?」
みる香はバッド君を見ずにそう尋ねると彼は特に時間を置く事もなくすぐに笑顔を向けて「うん、いいよ」と了承した。これでもうみる香も引くに引けない状況だ。
小さく深呼吸してからみる香は口を開く。
いつもならすぐに質問を投げかけられるのに、この件に関してだけは、そう軽々しく口にすることは出来なかった。
「バッド君、私にまだ話してないことある?」
ようやくずっと心の奥底に引っかかっていた事を口に出す。
安心したような、不安なような、怖いようなそんな様々な感情がみる香の心を覆い尽くす。彼が何を隠しているのかは分からない。
だがそれは、いつかは聞かなければならない。そんな気がしていた。
「うーん……俺の記憶ではみる香ちゃんに伝えてないことはないと思うなあ」
すると緊張で心臓が鳴り響いていたみる香とは対照的に呑気な声でそう返すバッド君の声が耳に響く。
「……」
その彼の様子に、追い討ちをかけたい気持ちもあったが、これ以上その話題を考えたくない自分もいた。
みる香はバッド君の言葉をそのまま受け止め、詮索するのはこれきりにしようと決める。たとえ彼がはぐらかしていたとしても。
「分かった! 詮索してごめんね、でも聞いといて良かった」
みる香はそのままバッド君の隣で足を動かしていると「そういえばこの間教えてくれた数学、ようやく理解できたよ~」と話の話題を変える。
バッド君も特に蒸し返すことはせず、そのままみる香の話題に相槌を打ってきた。二人はいつものように並んだ状態で足を進め、学校へと向かう。
天気はいつもより晴れ晴れとした快晴で、みる香とバッド君に振りかかる日差しはまるで自然のスポットライトのように二人の姿を照らしていた。
「みる香ちゃん、今日の放課後はどうする?」
バッド君は休み時間になるとみる香の席まで足を運び、問いかけてくる。勉強会のことを聞いているのだろう。
檸檬とお喋りをしていたみる香はバッド君を見上げて言葉を返す。
「今日は檸檬ちゃんが部活休みだから、寄り道しようと思って。明日どうかな?」
「うん、明日で大丈夫だよ。君たちホント、仲良くなったよね」
そう言って笑うバッド君の表情は本当に嬉しそうだ。まあ昇格に大きく影響があるのだからそれも当たり前なのかもしれない。
けれど、自分の幸せをこうして一緒に喜んでくれるバッド君はみる香の中で嬉しい存在だった。
「あ、聞いてよ半藤~今度森村ちゃんとね、メイドコスするんだ!プリ撮るの」
「へえ、女の子って感じでいいね。撮ったら見せてよ」
「バッド君、面白がってるから嫌だ……」
「ええ~いいじゃん森村ちゃん! 出し惜しみは勿体無いって!」
「檸檬ちゃん~~」
何の恥ずかしげもなくそう言う檸檬に抗議の声を上げるとみる香を撮影するようなポーズをとって檸檬は楽しそうに笑い出す。
みる香もつられて笑っているとバッド君も混ざりいつの間にか三人で笑っていた。
(楽しいな)
みる香は今の居心地の良さをよく噛み締めていた。青春とはまさに、この瞬間のことであるのだろう。
バッド君にまだ話されていない事があるのは確信していた。だが、もう詮索はしないと決めている。
桃田に聞こうとするのもみる香の選択肢にはなかった。―――――――詮索をしない一番の理由はバッド君を、困らせてしまうのが嫌だったからだ。
* * *
「誤魔化したっていつか言わなきゃいけないのはあんたがよく分かってるでしょ」
放課後になると、C組の教室内で一人居残る半藤の背後から同期の桃田が近付いてくる。半藤は桃田の目を逸らすことはせず「そうだね」とその意見を肯定した。
「じゃあなんで言わないのよ」
桃田は腕を組みながらまるで尋問するように問い詰めてくる。これは彼女の性質なだけで決して相手を追い詰めるつもりではないことを半藤は知っていた。
「なんかさ、あの子といると思っちゃうんだよね。言いたくないなって」
半藤は正直な意見を言葉にする。桃田には隠したところでバレるだろう。半藤はそのまま言葉を続ける。
「最後には言わなきゃいけないのは勿論わかってるよ。だけどもう少し、俺の言いたくない理由が明確になるまでは目を瞑っててくれないかな? 桃ちゃん♡」
「そう呼んでいいのはみる香ちゃんだけなの。気持ちが悪いから二度と言わないで」
はっきりと憎悪の込められたその桃田の言葉に半藤は涼しげな顔で「分かったよ、ごめんごめん」と謝罪する。
桃田は半藤の願いに返事はせず、一つの疑問をぶつけてきた。
「……みる香ちゃんて今までの子達と何ら変わりないわよね?」
桃田が指している人物は、これまで半藤がサポートしてきた七人の人間の事である。半藤はその言葉に頷きながら言葉を返す。
「うん、そうだね。俺の好みではないし、特別可愛いわけでも何かが優れているわけでもないね」
そう言うと鋭い憎しみの込められた視線が半藤の身体中に突き刺さってくる。
半藤は笑いながら「あはは、何で君が怒るのさ?」と尋ねると「ムカつくからに決まってるでしょ?」と冷徹な言葉が即答で返ってきた。
「俺の知らない間に絆が深まってない? 君たち」
「話を逸らさないで。時間が惜しいのよ」
半藤の軽口に桃田は無視を決め込み、そのまま次の質問を投げてくる。
「あんたはみる香ちゃんの事をそう言うけど、それはそう思いたいだけでしょ?」
意味深な言葉を放つ桃田はそのまま半藤に視線を向けて再び口を開く。
「みる香ちゃんに他の子達とは違う何かを感じているんじゃないの? あんたが言いたくないと思うのはそのせいからでしょ」
まるで決めつけたかのようなその言い方にしかし半藤は否定の言葉が出せなかった。それは事実だからだ。
「それはそうだろうね、理由は分からないけどさ。だけどもし……明日急にみる香ちゃんが契約を破棄したいって言ってきたら嫌だなって感じるんだと思うよ。昇格に響くからじゃなくて、個人的に、嫌なんだ」
そこまで白状すると半藤はそのまま真後ろにある教室の壁に背中を預けると桃田から視線を外した。
「それだけだよ」
静かな教室で半藤の声だけが響き渡っていた。
* * *
第十五話『詮索と答え』終
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