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第九話①『契約』
しおりを挟む「天使……? 二人共? どういう状況これ?」
衝撃的な状況をうまく飲み込めないみる香は自分が混乱している事を自覚する。
そのまま頭を抱えているとバッド君がみる香に近づき、声を出してくる。
「あはは、みる香ちゃん落ち着いて。ほら、深呼吸してさ」
そう言って呼吸のやり方を見せてくるバッド君にみる香は話す言葉が見つからない。何がどうなっているのか不明であった。
「あ―……やっぱりみる香ちゃんはこういう時上手く飲み込めないみたいだね、どこから説明しようかな」
などと言ってバッド君は考える仕草をし始める。
「あんたに任せてると時間が惜しいのよね、私が説明するわ」
すると突然桃田の声が放たれ、彼女はバッド君を押し退けてみる香に近付いてくる。
桃田がさっぱりとした性格なのは分かっていたが、バッド君に恋する彼女はもう少しか弱い感じだった気がする。
しかし桃田のバッド君に対する態度は明らかに違っていた。
「あのねみる香ちゃん、あなたが気にしてそうだから先に伝えとく。私、こいつの事ぜんっぜん好きじゃないから」
「ええっ!?」
その言葉を聞いて更に驚くみる香は桃田とバッド君の顔を交互に見る。桃田が嘘をついているようには見えないし、バッド君も特に変わった様子は見えない。
バッド君は桃田の言葉に嘆くこともなくあははといつものように笑いながらみる香達の様子を見ていた。
「ああ、あいつにそういう素振りをしてたのは認めるけどね。全部演技だからあなたが遠慮することってもうないのよ? まあだから、一旦落ち着いて話を聞いてもらえる?」
桃田の言葉にみる香は頷いた。よく分からないが、今この場にとどまって悪い状況になることはなさそうだ。
みる香は桃田に誘導されたベンチに腰掛けると目の前にいる三人の天使たちの話を聞くことにしたが、その話を聞く前に桃田からは謝罪をされた。
演技とはいえみる香に対して不安にさせるような言動をとったことを彼女は律儀に謝っていた。
みる香はまだ状況が読み込めずにいたが、彼女の先程とは百八十度違う態度を見て本心であると理解し謝罪を受け入れると、桃田とはバトンタッチをするようでみる香と直接契約関係にあるバッド君が説明を始めた。
「一番重要なことなんだけど、俺とみる香ちゃんの契約は実はまだ仮の状態なんだよね」
「えっ!?」
バッド君が唐突にそんなことをカミングアウトしてくる。みる香は驚きを隠せないが、そのまま彼の言葉を待つことにした。
「天界での規則でね、最初は皆仮の契約から始めるんだよ。それで、仮契約から一ヶ月以内に本格的な契約を結ぶかどうか決める必要があるんだ」
そんなまわりくどい事をする理由としては、天使が協力するその人間がどのような人物であるかを確認し、本当に契約を結ぶ必要があるのかを見極める必要があるからだそうだ。
他にも一ヶ月という期間を設けることで、契約者との相性関係や、契約者にサポートされるだけの価値があるのかを確かめたりといくつか理由があるという。
そして、仮契約であることを契約者に知られてはいけないというのも規則のようで、みる香が何も聞かされていないのはそれが理由だった。
そして見極めの際には自分を含めた天使三人でそれを行う必要があるというのも必須事項のようだ。
これには見極めの儀を行わない天使が現れないようにという理由からで監視目的もあるのだとか。
また、見極めの内容や手段は各自に任されているみたいで、契約者がたとえ悪人であったとしても契約をする天使自身がそれで良いと思えるならそのまま本契約を結んでも良いらしい。
「俺はみる香ちゃんがどういう人間なのかちゃんと確かめておきたくてさ。どんな方法で確かめようか色々考えたけど、今回はちょっと面倒な色恋沙汰に君を巻き込んでみたんだよね。そしたら君の本性も知れると思って」
つまり今までの桃田からバッド君への片想いに見えていた情景は全てみる香を騙すためだけに行われた演技だったというわけだ。
そしてバッド君も桃田から好かれて困っているようにみる香の前で演じて見せる事で、桃田はバッド君が好きだが彼にその気はないという相関図をみる香の頭に植え込んだ。
みる香は気付くこともなくつい先程まで桃田の恋心が本物であると信じ込ませられていたのである。
しかも見極めの儀を行うためならば、契約者の不満が溜まっても許されるらしい。
だからこそ、みる香の不満げな様子を見ても彼は昇格を気にして機嫌をとるような事をしなかったのだ。
バッド君は爽やかな顔でとんでもないことを口にするが、ここで一つ疑問が生まれたみる香は率直に問い掛ける。
「ていうか、本性も何もバッド君……いや天使ってみんな契約者がどこで何をしてるかわかるんだよね? そんな事しなくても本性ぐらい分かりそうだけどここまでする必要あったの?」
そう疑問を口にするとバッド君は「いやいや」と言いながら手を振ってきた。そしてそのまま言葉を続ける。
「流石にそれだけじゃ分からないよ。確かに君の行動自体は把握できるけどさ、君が何を思ってどこまで行動できるのかを知るには今回の作戦が一番良かったんだ。
自分の目的のためなら他者を不幸にできるのか、罪悪感に囚われそうな状況でも目的を優先するのか、自分さえ良ければそれでいい人間なのか、とかね」
それを聞いてみる香は最近のバッド君の行動を思い出しようやく彼の真意を理解した。
彼はデートの際、みる香にわざと接近して桃田にそれを見せつけようとしていたと思い込んでいたが、バッド君がそうする理由は桃田への当てつけなどではなく、そんな状況に陥ったみる香がどのような反応をしてどのような動きを見せるのか観察するためだったのだと。
これではまるで人間観察だ。悪趣味ではないか。
「それってプライバシーの侵害だよ……ね」
みる香は気分が悪くなる。そこまでみる香を把握する必要はあるのだろうか。
人間なのだから知られたくない事はあるし、勝手に詮索されるのは良い気分ではない。いくら協力者とはいえ、全てを曝け出すことなどごめんである。
「あ、気分悪くしちゃった? ごめんね。だけど俺にとっては純粋に気になることだし、君だけじゃなくて今までもそうやって見極めの儀を行ってきたんだよ」
「……サイテーじゃん」
今までということは少なくともみる香含めた八人の人間がこの男にプライバシーを侵害されたわけだ。
「みる香ちゃんにとっては不服だろうけど、まあ天使との契約なんてこんなものだよ。君だってただで友達が作れるなんて美味しい話信じるほど世間知らずでもないでしょ?」
「……」
それはその通りだ。確かに美味しい話には裏があるように、今まで友達のいなかったみる香に簡単に友達ができてデメリットは一つもないだなんて話はないだろう。
必ずどこかに穴はあるはずだ。気分のいいことではないが、自分の目的を最優先するのならこれは受け入れる他なさそうだ。みる香は視線を落とすと「ごめん」と謝罪する。
「ん? なんで謝るの?」
「その通りだと思ったから」
勿論、彼の話に同意はしても心情的には複雑なところがたくさんある。
いくら規則だからといって数週間騙されていたことに関しても思うところはある。彼の性格にもそれはどうなのだろうと思うところだってあるのだ。
しかしこうして協力してもらう以上は多少のリスクを負う必要があるのは最もな意見だ。
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