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第二話②『協力者』
しおりを挟む「みる香ちゃん」
休み時間になると楽しげな笑い声が行き交う教室から逃げるように廊下へと出たみる香は自身の名を呼ぶ声で振り返る。みる香を呼ぶのはバッド君だ。
「どうしたの? 俺も今朝見てたけど何も障害はなかったように見えたよ」
バッド君のいう事は最もだ。みる香だってあの場が絶好のチャンスだった事は重々承知している。問題はみる香にあるのだから。
「ごめん……私、ただのコミュ障じゃないんだ」
みる香はバッド君の足元に目を向けたまま自身の一番の障害である事情を話した。昨日も今朝もバッド君に話さなかった――いや、話せなかったのはそんな自分に嫌悪感を持っているからだった。
みる香はバッド君に事情を話し終えると涙が出そうになった。昨日今日と僅かでも期待した自分が馬鹿だった。もはや友達作りは諦める他ないと腹を括ろうとする。しかしそんなみる香の気持ちとは反対にバッド君は予想外の言葉を口にした。
「そういう事か……なるほどね、よく分かったよ。うん、じゃあまた別の作戦を試してみよっか」
「え?」
みる香はあっさりとそう返すバッド君を口を開けたまま見つめてしまう。驚いたりしないのだろうか。
「大丈夫だよ、一度交わした契約は破棄しないから」
バッド君はそう言って契約の続行を宣言する。バッド君は面倒見が良すぎではないだろうか。彼のその言葉でみる香は咄嗟に声を出していた。
「……バッド君て…」
しかしそう言いかけるとバッド君は自身の口元に人差し指を当てて誤解しないでねとみる香の言葉を遮った。
「俺は天使だけど善人じゃないよ。単に契約の破棄がリスク高いだけでさ。みる香ちゃんに同情とか全然してないから気にしないでよ」
そう口にしたバッド君はいつものように優しい笑みでみる香を見ている。みる香は彼が契約続行の意を示した事に感謝しつつも、それとは別に同時に感じた本音が思わず口に出た。
「バッド君て……なんかあんまり性格良くない?」
「そ。早めに気付いてくれて良かったよ。勘違いされちゃっても困るしさ」
みる香の馬鹿正直な意見にバッド君は気分を害するどころか嬉しそうに笑ってそう言うとそのまま言葉を続ける。
「みる香ちゃんには何がなんでも友達作ってもらわないとね。俺の昇格に関わるからさ」
そう言ってバッド君はみる香に背中を見せて立ち去ろうとする。
「次の休み時間までに策を考えておくから、またここに来てね」
バッド君はそれだけ言うとそのまま教室へ入っていった。バッド君の性格は段々と理解してきたが、彼がみる香の目的に協力的なのは間違いないだろう。彼の性格がどうあれみる香に友達が出来るならそれ以上に嬉しい事はない。そして彼の態度にみる香は確信するところがあった。
(バッド君は、私が友達作るのを不可能だと思ってない……)
友達作りはどうせ無理だろうと思う自分もいたが、みる香の簡単には解消できない障害を聞いても全く諦める姿勢を見せないバッド君にみる香は背中を押された気がした。
(もう少しだけ頑張ってみようかな)
みる香はそう思い直すと自身の教室へと戻り、次の休み時間を待つことにした。
「口に出すのが無理なら、文字のやりとりをしてみたら?」
休み時間、すぐに教室を出て先程の廊下まで移動すると、みる香とバッド君は早速作戦会議を始める。そしてバッド君の新たな提案でみる香は再びやる気が向上していた。
「文字のやりとり……それは試した事ない! でも、話したこともない子といきなり文字のやりとりって変に思われないかな?」
「そこはほら、授業中にやってみれば何もおかしくないよね」
みる香の疑問にバッド君は迷うことなくそう返してくる。授業中にそのような行動をとるのは生徒として模範的ではないが、みる香にとって一番重要なのは友達作りなのだ。そんな事を気にしている場合ではなかった。
「次の授業……やってみる。早速準備してくるよ!」
みる香はそう言って意気込むとバッド君はにこやかに頑張れと本日二回目のエールを送ってくれた。
今度こそ、友達が出来る気がする。みる香はそんな期待を胸に教室へ駆け込むと使えそうなメモ用紙を取り出し文面を考え始めた。
結論を言うと中々に好感触であった。みる香の左側に座る夕日は、突然のみる香からの手紙を黙って受け取ると数分してから新しいメモ用紙で返事を返してくれた。みる香は肝心な最初の文言をどうするかで頭を悩ませたが、悩んだ末に無難な内容の手紙を渡す事にした。
『数学苦手なんだけど夕日さんは得意ですか?』
『それなりに。敬語やめない?』
何の変哲もない内容しかやりとりをしていないが、彼女とはその後も何通か手紙交換を繰り返した。みる香はそれだけでも満足だった。ずっとずっと憧れていた手紙交換を十六年という年月を経て、ようやく行う事ができたのだ。
とてつもない悦びに満ちたみる香は真っ先にバッド君の顔が頭に浮かんだ。彼には感謝をしないといけない。目的のためとはいえ、みる香の願望を叶えてくれたのだ。
みる香は休み時間になるとすぐにバッド君の席へ行こうとしたが、彼の姿は教室にはなかった。
(トイレでも行ってるのかな)
みる香は廊下に出て飲み物でも買おうと自動販売機のある中庭へ足を運ぶと、そこには探していたバッド君の姿と一人の女子学生の姿があった。聞くつもりも話の内容に興味も全くなかったのだが、そんなみる香の意志とは別に中庭の入り口付近まで二人の会話は聞こえてくる。
「半藤君のこと、好きです……去年からいいなって思ってて……彼女にしてほしいです」
「ごめんね、気持ちは凄く嬉しいんだけど君とは付き合えない」
そんなやりとりをした後バッド君は申し訳なさそうにその場を立ち去ろうとする。みる香は隠れようとしたが、ついていないことに隠れるような場所はなく、そのままみる香のいる出入り口付近でバッド君に見つかる羽目になった。まだ中庭に女子学生がいることからみる香は無言で扉を開けるとバッド君も苦笑いしたまま無言で扉を通過する。
そして扉から離れた旧校舎の廊下へ足を運ぶとようやく二人は声を発し始めた。
「盗み聞きするつもりはなかったんだ……ごめんね」
みる香は謝罪した。人様の告白現場を盗み見るのはあまり良いことではないだろう。しかも実らなかった方の告白現場であるため振られてしまった女子学生にも申し訳ない気持ちが生まれる。
「いや、全然いいよ。それよりみる香ちゃん良かったね。上手くいったみたいじゃん」
バッド君はすぐに話を切り替えるといつものように涼しげな笑みでそんな事を口に出してきた。
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