不遇王子は、何故かラスボス達に溺愛される。

神島 すけあ

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第五章 変わる関係

90 『俺』と『私』

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さて…と僕は少し考える。
ここは、僕より『俺』の出番だろう。

「少し…落ち着いてくれるかな?君は…ここで終わりだと思って焦って話そうとしているのだろうけれど…そのままだと逆効果だよ。まずは…確認させてほしい。君は……そうだな……お嬢さんなのかな?」

リノは目を丸くする。

「え?まさか…貴方、昔の…ここに生まれる前の記憶をもってる人?本当にそうなの?」

この世界には、「お嬢さん」はいないから確認にはちょうどいいだろう。
やはり…と、『俺』は思う。

「まぁ…一応、ただ結構記憶は消えている。『俺』の名前もいや…他の人の名前とか細かいところはもう覚えていない。『俺』には妹がいてね。その妹がよく人の家でやってたゲームの話がこの世界によく似てることくらいかな。あとは、仕事が忙しくて…後輩の後始末に奔走されて、疲れて帰宅途中にトラックに引かれたくらいか?」

リノは、いや…彼女はそうと頷いた。

「『私』も同じよ。名前は失ったわ。『私』には両親と苦労させ続けた兄がいたの。兄は、学生時代からバイトばっかり。父親は一回仕事辞めてから、しばらく職につかなかったわ。つけなかったって言うけど…なら父親がバイトでもしながら職を探しても良かったのではないかしら。なのに家でゴロゴロしてたわ。母はあまり働くのには向かない人だったからパートに出てもすぐにやめてしまっていた。だから、貯金と兄のバイト代で暮らしていたの。兄は大学もあきらめて…働きながら専門学校に行ってはいたけど…正社員になって…兄が独り立ちするってことになってから、ようやく父親の職が決まって…『私』は兄と父の大学に仕事が安定したから、家も安定して…大学に行けたけど…兄に申し訳なかった。何もできなかった。子供だった『私』が悲しかったわ。」

彼女はため息をつく。

「兄にね…手料理食べさせたくて料理教室通ってたの。母のこと不器用って笑ってたけど結局『私』も駄目だったみたいでうまく行かなくて…料理教室の帰りに兄の家に行ってゲームしてたの。いつかうまく出来たら食べさせようと思って…不自然に思われたくないし…。同級生にはずっとお兄ちゃんと結婚でもする気って言われてた。」

懐かしいわと彼女は笑う。

「でも…そっか…知っていたのね…なら…忠告は必要なかったわね。ねぇ…貴方が今まで、エスター王子のルートに固定していたの?」

『俺』は肩をすくめる。

「あーそうだな……他の死に方がきつくてね。一回で懲りた。」

彼女は、少し考えてから少し楽し気に目を細めた。

「そうなの?…そうね…確かに冒険者に殺されるのは痛そうね…あれはひどいわ…でも…陛下とジークハルトと少しでも一緒に居られるもう一つの死に方の方が孤独に死ぬよりましのようにも思うけど?」

『俺』はため息をつく。

「ノーコメントだ。…聞いていいか?君はどうしてここに来たか覚えているか?」

くすくすと彼女は笑う。
あのゲームを知っているのだから、陛下とジークハルトに抱かれてしまうのも知っているだろう。
『俺』の中の記憶は少し遠くなってそれこそ画面を見ているかのような感覚になっているが、それでも思い出すと顔を手で覆ってのたうち回りたい衝動に駆られるというのに。

とにかく…俺以外のはっきりとした別世界の記憶を持つ人だ。
リオンは微妙な感じなのでここでは保留。
とにかく、すこしでも情報が欲しい。

『俺』は事故で死んでここに生まれ変わったのだと思っている。
とはいえ、ゲームの世界という感覚はある。
ゲームの世界に生まれ変わるというのは変な話ではないだろうか。
意識だけゲームの世界に入り込んでいるとか…。

「たぶんだけど事故死だと思う。曖昧なんだけど。兄が亡くなって、『私』はしばらくして…結婚して…結構幸せに暮らしていたわ…でも…どこかからの帰りに…そう…事故にあったの。それで気が付いたら…リノとして生まれ変わっていたわ。たぶんだけど…貴方より後に死んだのね。『私』は、エスター様のルートを繰り返しているのしか知らないの。」

『俺』はふむと首をかしげる。

「なぁ…どうしてジークハルトを狙ったんだ?」

彼女は、肩をすくめた。

「これでもエスター王子の従者だからね。あの方を守りたかったんだ。教会の動きが今回はおかしく感じる。エスター王子を教会から逃がしたかった。そこそこ強くなっているし隣の国に追放されたとしても今のあの方なら…リオン様と試練を乗り越えれると思ったんだ。」

『俺』は眉を寄せる。

「貴方は知っているかどうかはわからないけれど…この世界が繰り返している物証があるみたいね。教会はこの世界が繰り返しているのを知っている。リオン様が試練を超えたら…教会がこの世界を支配できると思っているの。さりげなく陛下に教えてあげてくれない?」

彼女は、首をかしげて笑った。
『俺』はその彼女の笑みに見覚えがある。
懐かしいの笑みに目を細める。

「君の…亡くなったお兄さんにはマンションのローンが残っていなかった?映画鑑賞用に買った大きなテレビを…平日には妹にゲームで占拠されて…数値計算させられては来るなって怒ってたと思うんだけど。」

彼女は目を大きく見開くと泣きそうな顔をした。

「はは…何…それ…し…知らないわ…でも…ローンは……私が終わらせたわ…だって、そのあと私がそこに住んだんだもの。ふふ…もっとはやく…わかっていたら…エスター王子を何が何でも止めてたのに…ひどいわね。本当に…『私』って駄目ね…両親を悪く言ってたけど…私だってバイトすればよかったのに…結局お兄ちゃんを…苦しめてたのは一緒なのに…甘えて…馬鹿なことばっかりして…ここでも暴走して…」

彼女は顔を上げた。

「ねぇ…ラスティ様にとってジークハルトってどんな人?」

『俺』は肩をすくめる。

「言っただろう?弟みたいだって。」

彼女は首を傾げた。

「兄ではないの?」

『俺』は頷く。

「ラスティの年なら兄だけどな…かっとなったら本音が出るようだ。『俺』の年を考えてくれ。」

彼女は苦笑する。

「そっか…ジークハルトに謝っておいて…『私』は会えないから…。心から謝罪していたって…ごめんなさい。」

『俺』は頷く。
彼女は…いや…リノは、このまま処刑か…運が良くて国外追放だろう。





「直接謝ればいいと思うよ?」




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