あなたが私を手に入れるまで

青猫

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第一章

14*

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 一週間、ある意味強制的に、二人の本懐が先伸ばされるのは決して悪いことではなかった。
 月の障りの一日目と二日目、セリーナは申し訳なくなるほど若い夫から気遣われて過ごした。朝のお茶を夫自らが淹れてベッドまで運んでくれたり、「無理をしないで、身体を冷やさないで」と何度言われたか。三日目以降、さすがに身体を動かさないほうが毒だとセリーナが普段通りの生活に戻っても、レオンはどこか注意深くこちらを観察してきた。
 そして、女の重荷からすっかり解放され、さらに数日経った頃、セリーナは今度は別のことで悩み始めていた。 
「もうアレは終わったので、さあヤりましょう」
 なんて率直に言えるはずがない。
 ここ最近で進歩したことといえば、レオンはすっかり妻と一緒のベッドで寝ることに抵抗がなくなった様子で、時々悩ましい溜息をもらしたり、熱ぽい視線をセリーナに送ったりするようになったこと。だが相変わらず、ベッドの中では手を握り、時々腰に腕を回してくるのが精一杯のようだった。
 
 今日も、レオンは軍の勤めから帰ってくると、セリーナと一緒に夕食をとる。一日の報告をしあって、冬支度の相談をポツポツと交わす。
 スープ皿に視線を落としながらも、セリーナはレオンの視線に感づいていた。冷たい軍人特有の眼差しなのに、セリーナに向けられる時は、どこか慈しむような色が灯る。
——本当に、ただこうして大切にしたいだけ? 私があなたを欲しいように、あなただって私を欲しいと思ってはくれないの?
 そこでパンを千切るセリーナの手が止まった。あっさりと、自分自身が飢えていることを認めてしまった羞恥がこみ上げる。
 ——……だって、優しさだけが溺れるほど与えらるなんて、どうすればいいかわからない。フランクとはある意味、婚姻という男女の契約を交わしたからにはと、対等な関係だったのに。
 レオンにとって結婚とはなんなのだろう。こうして伴侶をただただ大事に養うことだけなのだろうか。
「セリーナ……? どうしましたか?」
 夫の声に、セリーナは面を上げた。
「どうしたんです? 何か、心配事でも……」
 セリーナの表情に苦いものを見出したのだろうか。レオンは躊躇した後に手を伸ばし、セリーナの頬に手を添えた。
「身体の調子が悪いのですか? 最近街では風邪が流行っていて」
 セリーナは強く首を振った。レオンのこの優しさに息が詰まりそうになるし、そう感じてしまう自分が嫌だ。
「身体は、もう普段通りです。私、ただ……」
 それ以上言葉にできない。自分ばかりが、夫婦の営みについて前のめりになって、あくせくしているような気がする。
 みっともない自分をこれ以上晒したくなく、セリーナは唐突に立ち上がった。マナーもなにもなく、食卓の椅子が勢いよく床に擦れ、いやな音が響く。
「ごめんなさい。私、えっと……寝床の準備をしてきます」
 踵を返して部屋から出ようとしたが、腕が強い力で掴まれ、引き止められる。
「セリーナ。俺は、こういう性格だから、そうされると、もうなにもわからなくなってしまう」
 彼の途切れ途切れの言葉は、セリーナの胸を締め付ける。振り返って、泣きそうな表情を見られないように、背の高いレオンの胸板に顔を埋めた。一瞬、彼が息を飲んだ気配が伝わってくるが、すぐに逞しい腕がセリーナを包み込んだ。
 最初は、ほとんど知らない、しかも年下の男と再婚するのだという奇妙な緊張感がある毎日だったが、今はこうして彼からの愛情が心地いい。セリーナは自分の心を確信して、それでも消え入りそうな声で囁いた。
「……私だけなんでしょうか。この先を、待ち望んでいるのは……」
 一瞬の間があった。
 突然、浮遊感とともに力強い腕に抱え上げられ、視界が揺れる。驚いて声をあげる暇もなかった。ダンダンといささか荒っぽい足音を立てて、レオンはセリーナを抱えたまま木造の階段をのぼり、足で寝室のドアを蹴開ける。
 こんな展開は予想していなかったと目を白黒させるが、意外なほど優しくベッドの上に降ろされた。今さら心臓が早鐘を打つ。
「俺、帰ってきて、沐浴したので」
 暗い寝室に、拍子抜けするほど淡々としたレオンの声が響く。そのせいか、彼の言わんとすることを理解するのに時間がかかってしまう。
「あ……えっと、私は夕方に。でも、髪だけ、明日でいいやと思って」
 しどろもどろするセリーナにレオンが覆いかぶさって、髪を結い上げているピンをあっさり引き抜いた。そして毛先に口付けして、鼻を埋める。
「髪、いい匂い」
 なんだか彼の言葉がどんどん削ぎ落とされている気がする。制御を失ったかのように、レオンの手が服の上からセリーナの腰、腕、胸を滑った。
「今夜は、貴女にたくさん、触れたいので」
 まるで「これから作戦を実行します」と無感情に宣言するように、レオンはセリーナに告げた。
「……私も」
 彼の耳元に囁き返す。
 セリーナは分かっていた。彼が長年隠し持った恋を、そう急には、あからさまな行為に変換できないのだということを。だから「触れる」というのは、とてもいい。なにが本懐なのかと考える必要はない。ただ、気持ちのままに、触れればいいのだ。
 彼の手がゆっくり胸紐を緩めていく。セリーナは彼のシャツのボタンを外していった。
 
 肌に吐息が滑る。
 うなじにかかる彼の髪に指を差し込んで、セリーナはキスをねだった。
「……っ、セリーナ」
 もうずっと、こうしてお互いの身体を掌で味わっている。
 セリーナは、男のなめらかな肌に掌を当て、その手触りを堪能する。彫刻作品のような胸から下におりていって、引き締まった見事な腹部にも触れると、彼の割れた肉体が波打った。
 彼の手は時々コントロールを失ったように、セリーナの胸の膨らみを押しつぶし、腰や背中を優しく行き来している。
 彼の臍の下からうっすらと体毛があるのに気がついて、セリーナは人差し指でそれを辿った。
「……ぁ、の。それ以上は……」
 彼の制止を無視して、下着を押し上げている昂ぶりにそっと手を添える。木綿の薄い布には、わずかに濡れたシミがあった。
「あなたも……」
 恥ずかしさを堪えて、セリーナは彼の手を自分の太もも内側へと導いた。
 ベッドの上で二人で上半身だけ裸になり向き合って、こうして恐る恐る触れ合うことを繰り返している。次第に彼の呼吸が浅くなり、肌から発散される熱も温度を上げていた。
 セリーナの太ももに彼の指が食い込み、そして下着越しにそこに触れる。
「……ん」
「脱がしても、いいですか」
「あなたも脱いでくれるなら、ね」
「……」
 暗闇で、彼がゆっくり身体を揺らし、まず全てを脱ぎ去った。そしてセリーナの最後の下着も、何かの儀式のように厳かに足から抜かれる。
 直に彼の熱に触れる。彼の指が、セリーナの秘部を探る。
「……っ」
「……あの、痛かったら、言ってください」
 セリーナは「大丈夫よ」とささやき声で答え、先を促した。
 無意識にだろうか。レオンはセリーナの肩口を甘噛みしてくる。
「少し、ここ、膨らんでる」
「ぁ……」
 忍び寄る甘い感覚に身を任せたくなるが、セリーナは意識して手を動かした。手の中の彼の一部はどんどん硬く大きくなって、時々ビクリと脈打ち蜜を零す。
「貴女の、手……気持ち、いい」
 熱にうかされたように、彼の声は掠れている。セリーナも同じように、感じていることを言おうとしたが、声が詰まった。彼の指がセリーナの蜜口を見つけ、浅く指先が潜りこむ。
「濡れてる」
 低い声が事実を告げただけなのに、背筋に痺れが走る。こちらの方が経験があるのにと、セリーナをやるせない気持ちにさせる。
 ツプと、わずかな水音とともに、彼の骨ばった指がセリーナのナカに侵入してきた。
 二人で同時に息を詰める。
「痛く、ないですか」
 セリーナは首を振って、大丈夫と彼に伝える。すると探るように、もっと深く挿し入れられた。指先がある一点を優しく掠める。
「あ……ん、ぅ」
 セリーナの身の強張りを誤解したのか、彼はすぐに指を引き抜いてしまった。
 わざと焦らしているのではないのだろう。けれどセリーナは、すっかり欲情に染められてしまう。
 彼の額にかかる髪をはらって、顔を覗き込む。普段は意志の強さを滲ませる彼の目は、今はまつ毛を震わせて、瞳が潤んでいた。
 こみ上げる気持ちのままに、セリーナは彼の唇を深く奪った。そして、彼の張り詰めた欲望を、さらに手のひらで上下にさする。
 彼の腰が震え、それはさらに大きく膨らんだ。
「ぁ、ぁ……セリー、ナ」
 手の中に熱が強く押し込まれ、勢いよく白濁の蜜を零す。セリーナの指の間からも噴きこぼれ、熱い体液は胸にもかかった。
 うめき声がかすかに混じった荒い呼吸が、寝室に響く。
「……ぁ、くっ。俺……」
「レオン。大好きよ」
「……っ」
 今夜はこれでいい。以前のぎこちなく拙い触れ合いよりも、ずいぶん進歩した。そう思って、身体の向きを変えようとした時だった。
「きゃっ……?!」
 肩を押され、視界が反転する。シーツの上に押し倒されたのだと気がつくのと、壮絶な色気をまとう彼の眼差しを受け止めたのは同時だった。
「今度は、ちゃんと、します」
「こんど……じゃあ、明日」
「今。これから。もっと貴女に触って、ちゃんと、します」
 また彼の言葉がブツ切りになっていると気がついた。しかもセリーナの経験でいえば、男性が果てればコトは終わるはずなのに、どうして彼の身体の熱は収まっていないのだろうと、疑問が頭をかすめる。
「レオン、あの、待って、もう……。あ、ぁっ」
「教えてください。貴女の、どこに触れればいいのか」
 大きな身体が覆いかぶさってきて、首筋に吸い付かれた。お腹に押し付けられる男の欲望は、まだ熱く硬いままだ。
 セリーナとレオンの夜はさらに長引くことになった。
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