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絆の邂逅編
第三十八話 仲間達の思い
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~ユーガサイド~
今日一日の猶予を貰ったユーガは、メレドルの街を見渡しながら歩いていた。本当は宿でゆっくり休もうと思っていたのだが、明日に向けてどうにも気持ちが昂ってしまい、とても休んでなどいられずに何も目的を持たずにただメレドルの街を歩く事に決めたのだった。ついに明日、スウォーとの決着を着けるーそう考えると、ぞくりと背筋に鳥肌が立ってしまうが、負けるわけにはいかないのも確かだ。だからこそ、自分達がスウォーを倒さなくてはならない。
「ユーガ!」
ーと、不意に頭の上から名前を呼ばれてユーガは驚いて肩を跳ねさせ、声のした方向へと顔を向けると、そこには青髪がとても目立つ、ユーガにとってはとても見慣れた金色の瞳を持つ彼がーネロが、高台に登ってその頂上からユーガを見下ろしていて、ユーガに向けて手を振っていた。ユーガは大きく手を振りかえし、高台を登るための梯子を登ると、四角形の空間の中心にネロは座っていて、その隣をぽんぽんと叩いてユーガにそこに座るように促した。
「・・・まさかこんな旅になっちまうとはなぁ」
「え?」
ぽつりと呟いたネロの言葉に、ユーガは思わず聞き返した。そのネロの横顔はどこか寂し気な雰囲気があって、いや、と腰に刺さった剣を見つめた。
「世界の危機を救う旅・・・、もしも母上が亡くなってからずっとガイアにいて、お前らとまた再開できてなかったら・・・」
「ネロ・・・」
「もちろん、その時の決断は間違ってなかったって思ってるさ。・・・むしろ、不謹慎だがあの時四大幻将の二人のキアルとフィムがガイアに来てくれて良かった・・・とは思わないが、それが無けりゃ俺はまだ今頃もガイアにいただろうと思ってる」
色々な奇跡が起こって、今自分はここにいる。それはネロ自身も含め、ユーガやトビやルイン、ミナにシノにリフィアもまた、楽しい事、辛い事を乗り越えたからこそ、互いが互いにートビはわからないがー信じ合えているのだろう。
「・・・俺さ」とユーガの声が聞こえてきて、ネロは考えを中断した。「・・・旅に出る前は、自分の事しか考えてなかったんだなって思ってさ・・・」
それは、制下の門にてトビに言われた一言。
『お前の考えやら何やらを押し付けられ、『絆』とかいう物を信じさせられて・・・』
「・・・自覚した時はすげぇ辛くて、目の前が真っ暗になって・・・どうすればいいのか、何もわからなくなったんだ」
今まで信じていた物ー絆が偽りのものだったと知り、ユーガは闇に飲まれたように深く、本当に深く絶望した。大きなショックを受け、前に進めずに歩んでいた足を止めてしまった。だが、それでも。
「けど、今は違う。自分の思いを押し付けるだけじゃなく、ちゃんと他人の思いを理解した上で皆と話す事が、絆を作る第一歩だったんだ。だから、俺も・・・ネロはもちろん、他の皆とも出会えて良かったよ」
ユーガはそう言って、ネロへ笑みを向けた。恐らくこの諦めない性格と仲間を大切に思う気持ちこそが、このちぐはぐだった仲間達を交わらせて、繋ぎ合わせてくれたのだろう。ユーガだけでなく、他の仲間が一人でもいなければきっとー。
「・・・ユーガ」
「ん?」
「・・・明日・・・勝とうぜ、一緒にさ」
「・・・ああ、もちろん。皆もいるから、負けないさ!」
ユーガのその言葉に、ネロはユーガの幼馴染で本当に良かった、と心から思った。どんな事があっても、ユーガはきっとこれからも自身を親友として共にいてくれるだろう。そう思うだけでも、心がとても楽になってくる。
「ありがとな、ユーガ」
「こちらこそだよ。ありがとう、ネロ!」
ユーガとネロは互いに頷き合い、握った拳の裏を合わせた。それは、幼い頃からの二人だけの合図。他の誰もが知る事のない、たった二人だけの秘密である。ーいつまでそうしていただろうか、ネロが不意に立ち上がり、さて、といつものような軽い口調をユーガに向けた。
「俺は宿に行くわ。そろそろ寝ないと、明日の生活に支障が出ちまいそうだしな・・・お前も早く寝ろよ?」
「うん、わかってるよ。おやすみ、ネロ」
「ああ、おやすみ」
ネロは先に梯子を降りていき、まだ夕暮れ時ではあるがその夕焼けを見ながら宿へ向かい、宿に入ろうと扉に手をかけ、その動きを止めて今自分が歩いてきた道を振り返った。
「・・・俺はお前の相棒にはなれなくても・・・幼馴染として、どんな険しい道のりだったとしても・・・俺は最後までお前の背中を守ってやるさ」
ネロはぽつりとそう呟き、視線を扉に戻して、ゆっくりと開けてその宿の中の光へと向かって、足を踏み入れた。
ネロと別れたユーガは、高台から降りたところでばったりとシノと会った。彼女は明日のためにポーションなどを買うためにアイテム屋に行くようで、ユーガは特に理由はないがシノに着いて行った。かなり大きな店内を見渡して、すごいな、と呟く。
「・・・ユーガさん」
「どした?」
「・・・私・・・お母様に認められたんでしょうか」
「・・・え・・・?」
「・・・お母様は、産まれてきてくれてありがとう、と最後に私に言いました。けれどそれは・・・認められた、という事になりますか?」
これまでシノは、ユーガには想像もできないほどの壮絶な過去を抱えてきていた。それでも諦めずにもがき続け、やっと会えた母親ーソニアはまともに話す事もできずに、この世から永遠に去ってしまった。ソニアの思いはわからないが、それでもー。
「うん、もちろん」
「・・・・・・」
「ソニアさんは・・・きっと、心のどこかでシノに対して苦しんでたんじゃないかな。だから、シノにそう言ってくれたんだと思う」
ソニアが実の娘であるシノに行ってきた行為は、とても許される事ではないし、ユーガにとっても仲間を傷付けられた事自体が許す事のできない行為だ。けれど、ソニアは最後はしっかりと母親としてシノを見てくれた。
「もしソニアさんがシノに対して何も思ってなかったなら、俺達が何を言ったって意味なかったんじゃないか、って思うよ。・・・って、勝手な俺の考えだから・・・絶対ではないけどさ」
「・・・いえ。ありがとうございます・・・。・・・あの、ユーガさんはどうして・・・まだ私を仲間だと思うのですか」
「え?そんなの」と、ユーガは当然の事だ、と言うような表情を浮かべて言葉を継ぐ。「当たり前だろ?シノは俺達の事、たくさん助けてくれたじゃん!」
シノはユーガの答えに驚愕の表情を浮かべ、僅かに笑みを浮かべた。これまで信じられるのは数少ない人間のみで、シノ自身も他人と関わろうとはしていなかった。それが変わったか、と言われれば否ではあるが、それでも多少は他人と関わってみてもいいかも、と思ってしまっているのは自分だけの秘密だ。
「・・・あなたと旅して、私も・・・成長できたみたいです」
「そっか?俺もシノと旅ができて良かったよ!」
「・・・改めて。・・・ありがとうございます、ユーガさん」
「こちらこそ、ありがとな!シノ!」
シノはユーガの言葉を聞き遂げてから、頷いてユーガによく見えるようにその顔に笑顔を一瞬だけ浮かべて、すぐに振り返ってユーガから離れていく。ユーガはシノのその背中を見送って、恐らくシノもまた変わってきている、という事に気付いて、少し照れ臭くなって鼻の頭を人差し指の腹で掻いてからユーガは何となく居心地が悪くなってしまい、アイテム屋の扉を開けて外に出た。
~トビサイド~
「・・・・・・」
その頃、トビは宿の部屋に備え付けられていた椅子に座って、本を読んでいた。誰に会うでもなく、今は何となくただ本を読みたかった気分だったのだ。本を半分ほどまで読み終え、一度休憩を入れるか、と思い椅子から立ち上がって、ぐぃー、と背筋を伸ばしーその直後、部屋がノックされた。
「・・・誰だよ。どーぞ」
トビは本に栞を挟んで一旦本を閉じ、ぶっきらぼうにそう言うと、扉がゆっくり開いてその向こうからミナが現れ、てめぇか、とトビはミナから視線を逸らして本を手に持った。
「・・・ユーガならいねぇぞ」
「・・・いえ、今日はトビさんとお話がしたくて」
「俺と?」
ミナは立ったまま頷き、トビは舌を打って椅子を差し出して座るように諭した。ミナが恭しく椅子に座ったのを見届けてからトビは背中から壁にもたれかかって腕を組んだ。
「何だよ」
「その・・・トビさんは、スウォーさんを止めたらどうなさるんですか?」
「・・・は?何だそれ」
「・・・スウォーさんを止めれば、私達のこの旅は終わりを迎えてしまいます。その先の事を・・・お聞きしたくて」
ミナのその質問にトビは、はっ、と鼻で笑い、眼を細めて嫌味を含んだ笑みを浮かべた。
「・・・んな事知ってどーすんだよ」
「教えてください。おねがいします」
これまでにないほどの真剣な眼差しで見つめられ、トビは長く息を吐いて、わかったよ、と諦めたように頭を掻いた。
「答えりゃいーんだろ・・・。・・・ま、シレーフォには戻らねぇ」
「・・・戻らないんですか・・・?」
「・・・ああ。・・・あそこにいると、俺は・・・狭い鳥籠の中に閉じ込められてるような感覚がするからな」
「鳥籠・・・?」
「・・・誰も信じてなかった・・・信じようとしてなかったあの頃の自分の戒めを俺は知っている」
という事は、今トビはきっと仲間達の事を信じている、という事だろうか?ミナはそれを聞こうとしてー。
「・・・ああ、信じてるよ。・・・あの馬鹿の事を・・・屈辱的だが、俺はどうやらあいつも・・・てめぇらの事も、信じちまってるらしい」
トビに先回りされて答えられた事と、トビが誰かの事を間違いなく信じているという事に、ミナは驚きと喜びを同時に味わった。だが、トビは今確かにー信じている、と言った。それは恐らく、ユーガの事だけでなく、ミナも含めた仲間達の事だろう。彼もこの旅で、間違いなく変わったのだ。
「・・・ふふ」
「・・・な、何がおかしいんだよ」
「いえ、ですが・・・こうしてトビさんが変わった事を確認してしまって、何だか嬉しいな、と」
「・・・うるせぇ。・・・てめぇはどうすんだよ」
「あ、逃げましたね?」
「・・・てめぇ、マジで撃つぞ」
トビはミナを睨んで呆れたように言ったが、ミナはそれでも笑みを消す事はなかった。よくわからねぇ女だ、と呟いて、トビは気を取り直してもう一度尋ねる。
「で?どうすんだよ」
「・・・そうですね・・・ついさっきまで迷っていましたが、決めました。私は、調査員としての仕事に戻りましょうかね」
「・・・そりゃいーな、頑張れよ」
明らかにそう思ってなどいないトビの言葉に、ミナは頬を膨らませてーすぐに笑みを浮かべて、椅子から立ち上がった。
「ありがとうございました、トビさん」
「・・・さっさと行けよ」
「ふふ、わかりました。それでは、私は部屋で寝ますね。おやすみなさい」
「・・・ちっ・・・。ああ・・・、おやすみ」
トビは恥ずかし気にそう呟いて、早く行け、とミナを部屋から追い出した。先程ミナに言った言葉は嘘ではない。トビにとってはとてつもなく屈辱であった事だが、どうやら馬鹿と一緒にいるうちに自分も馬鹿になってしまったらしいな、と自嘲する。
「・・・くそ、目が覚めちまった」
本を読み終えたら寝ようと思っていたのだが、眠気は完全に覚めてしまい、今から読書をする気にもならず、トビは仕方なく部屋から出て、ルインに渡したい物もあったので、ついでで良いか、と考えて短く嘆息してから、宿の二階にあるルインの部屋へ向かった。
「ルイン、いるか」
トビはルインの部屋の前に立ち、扉をノックしてルインの名を呼んだ。どうぞ、とルインの声が室内から聞こえ、扉を開けるとー。
「いらっしゃぁぁーい!」
そこにはルインだけでなくリフィアも部屋の中にいて、トビが扉を開けた瞬間にリフィアが飛びかかってきて、トビは手で手刀を作ってリフィアの額に思い切りチョップを入れた。
「邪魔だ」
「いったぁーい⁉︎」
「何でてめぇがここにいんだよ。レイに会うんじゃなかったのか」
「もう会ってきたんだよ!」
「へーゴクローサマ。後でおもちゃ買ってやるからなー、ちょっと今ルインに用事があるから」
「ちょっと!アタシを子供扱いしないでよね⁉︎」
「見た目は俺よりも子供だろうが」
「まぁまぁ」と何かを書いていた紙から顔を上げて、ルインはトビとリフィアを宥めた。「それで、トビ・・・どうされたんですか?」
「・・・こいつを渡しにきた」
トビの手には以前森で拾った元素機械のカケラが握られていて、ルインはそれを見て小首を傾げた。
「・・・どうしてこれを私に?そのままトビが持っていては・・・?」
「俺は研究者じゃねぇ。しかも今シノはここにいねぇし、お前に渡すのが一番手っ取り早い」
ルインは困惑しながらも頷いてそのカケラを受け取ってー、おや、とトビに意地の悪い笑みを浮かべた。
「そこまで私の事を信じてくださっているんですか?嬉しいですね」
「悪いかよ」
ーだが、トビのその返答にルインとリフィアは、驚愕の表情を浮かべた。心底心外そうな顔を浮かべられ、トビはルイン達に向かって眉を顰めた。
「・・・何でそんな驚いてんだよ」
「い、いや・・・毒舌の塊みたいなトビ君が・・・」
「そんな言葉を・・・言うとは・・・」
リフィアとルインにそう言われ、トビは、なるほど、と小さく呟いて銃を一丁ずつ二人に向けた。
「決戦前に死にてぇらしいな」
「わー、ごめんごめん!冗談だよ!」
リフィアはトビに向かって全力で謝り、ルインはその後ろで笑みを浮かべながらその光景を見つめた。
「わかりました、お預かりしますよ」
ルインは手に持っていたカケラを自身の小袋の中に入れて、頷いた。それにしても珍しいですね、と内心思った。トビが人に何かを頼み、しかもかなり重要そうな物を預けるとは。
「・・・つーか、リフィア」
突如トビに視線を向けられ、リフィアは目をぱちくりと瞬いて、なに?と尋ねた。トビはリフィアに人差し指を突きつけて、あのなぁ、と呆れたように目を細めた。
「レイとはどうなったんだよ」
「あれ、気にしてくれてるのー?優しいねぇ~♡」
「・・・死にたくなければ早く話せ、リフィア」
「わかりました、はい。・・・えーと、まぁ・・・色々と話してね・・・あの子は別にアタシの事は憎んでなかったみたい」
リフィアの言葉を聞いて、恐らくだがそのレイの言葉は嘘なのだろう、とトビは思った。もし憎んでなければ、四大幻将の地位を捨ててでもリフィアの元へと帰るはずだ。そうしなかったのだから、恐らくこの推測は正しいだろう。しかし、余命を知った上で残りの人生を悔いのないように生きよう、とレイは決めたのではないだろうか?そうなのだとすれば、辻褄は合う。ーだが。
「・・・へぇ。そりゃ良かったな」
あえてそれは口には出さず、トビはひとまず軽くいなしておく。今それを口に出せば、リフィアは何をするかわからない。何より、シノがリフィアには言わないでくれ、と言っていたのだ。それをむやみやたらと破るほど、人間性がイカれてはいない。
「・・・とりあえず、ルイン。そいつは頼むぜ」
トビはカケラが入った小袋を顎で示して、それ以上ルイン達の方へ視線を向けずにルインの部屋から出て、ちっ、と舌を打った。
「・・・日頃の行いか?ったく・・・」
日頃の行いが悪いのは自覚してはいるが、ここまで驚かれるとは、とトビは内心苛立ちと不満を同時に抱えて、もう一度舌を打って部屋に戻ろうと足を踏み出してー。
「あれ?トビ!」
階段の下から、よく聞き慣れた明るい声が聞こえてきて、トビはそちらへ視線を向けると、緋色の瞳をこちらに向けてきている少年ーユーガがいた。どうやら、たった今この宿に入ってきたところだったらしい。
「・・・ちょうどいい。お前に話がある」
「俺に?なに?」
「部屋に来い。先に入ってる」
トビはそう言い残して部屋の中へ先に入って行き、その場には宿で働く人々とユーガだけが残った。
「トビ、何の用だろ・・・?部屋、って言ってたっけ?とりあえず行ってみるか・・・」
ユーガはそう呟いて階段を登り、トビのいる部屋のドアノブを握り、小さく息を吐いてドアノブを回して扉を押し開けた。
部屋を開けるとトビはベッドの上で座っていて、ユーガに反対側のベッドに座るように促した。ユーガは頷いてトビとは反対のベッドに座り、話って?と首を傾げた。
「・・・明日、俺達は制上の門へ行ってスウォーを倒す。だが・・・問題点がある」
「問題点?」
「・・・まだ、キアルとフルーヴは生き残ってる。倒す敵は一人じゃねぇ、って事だ」
「・・・そっか・・・」
そう。まだスウォーの味方には、フルーヴとキアルがいる。二人の強さを知っているからこそ、ユーガは頷いてトビを見つめ返した。
「いいか。少しでも気を抜けばこっちが殺されるからな」
「・・・わかった。・・・だけど、負けないさ。俺にはトビや仲間がいるからな!」
「・・・楽観視はいいが・・・死んでも面倒見ねぇぞ」
トビはぶっきらぼうにそう言って、ユーガに冷めた視線を向けた。ユーガは笑顔で頷いて、腰に付いている剣を取り外して鞘から抜き、刀身を眺めた。
「・・・なぁなぁ、トビはスウォーを倒したらどうすんだ?」
「・・・お前ら、何で聞いてくる事同じなんだよ・・・」
つい先程ミナにもその質問をされたばかりなのだ。もう一度答える事など無駄でしかない。やれやれ、とトビは呆れながら首を振って、ユーガに細めた切れ長な瞳を向けた。
「・・・明日にでもミナに聞け。もう一度答えるのはめんどくせぇんだ」
「あ、ああ。わかった」
「・・・それと。気負いしすぎるなよ」
「え・・・」
「スウォーとフルーヴはてめぇに濃密な関係がある人間二人だ。ここでてめぇが気負いすればする程、俺達が危機に晒されることを忘れるな」
「・・・うん、わかった。ありがとう」
ユーガはトビに礼を言って手に持っていた剣をベッドに立てかけるようにして置き、よし、と呟いてベッドに起こしていた上体をベッドへ沈めた。
「俺はそろそろ寝ようかな。明日に備えて、万全の状態で挑みたいから」
「そうしろ。これで寝不足が原因で負けました、とかってなったら冗談になんねーからな」
「分かった。・・・それじゃ、俺は寝るよ。おやすみ」
「・・・ああ」
トビがそう答えると、すぐに隣からユーガの寝息が聞こえてきて、寝るの早すぎだろ、と呆れざまに呟いた。心境の変化はあれど、ユーガに直接それを打ち明ける必要はない。ミナやルインには言っておかないと後々面倒な事になることを知っているため事前に心境の変化を語ったが、ユーガはそういった事を掘り下げてくる事は少ない。
「・・・寝るか」
しばらく考えを巡らせてはいたが、特にする事もしたい事もない。ならば先程自分で言ったように、寝不足が原因で負けるという情けない敗因だけは避けなくてはならない。トビはそう考えながら、ベッドに寝転んで窓の外を眺めた。月明かりが綺麗な夜で、光が窓から差し込んでいる。トビはそれをじっと眺めながら、だんだんと更けていく夜の中で、ゆっくりと目を閉じた。
制上の門。そこは、グリアリーフの最北端に位置する、無尽蔵の元素が生み出される場所だ。ユーガ達はエアボードをでこぼことした地面に着陸させ、制上の門を見上げた。巨大な結晶がどこまでも上に伸びているように屹立していて、ユーガはその圧巻さに思わず声を上げた。
「すげぇ・・・」
「ここの最深部に・・・スウォーさんはいるんですね」
ミナがそう呟き、ええ、とルインは頷いてユーガの横に立った。
「・・・もう、不毛な争いは・・・これで終わりにしたいですね」
「俺達は」とネロがルインの言葉に次いで、口を開いた。「終わらせるためにここに来たんだ。そうだろ、ユーガ、トビ?」
「ああ、もちろん」
「・・・敵はやっぱりかなり多くいるみたいだから、気を付けてね」
リフィアのその忠告に仲間達は頷いて、制上の門の扉を開いた。その中は先程ユーガが見上げていた結晶の中のような空間が広がっていて、どこを見渡しても外の風景が見える、どこか幻想的な空間でもあった。床も見た事のない紋章が彫られていてその通路の壁はなく、少しでも足を踏み外せば命はない、という事を沸々と感じた。しかし、ユーガ達が立っているところからかなり離れたところにある外壁に目をよく凝らしてみると、無数の光が下から上へ上へと登っていくのが見えて、ユーガは、何だあれ、と首を傾げた。
「ここで生み出された元素が・・・大地からの推進力で吹き出されているのでしょう」
とシノが教えてくれて、ユーガは目を見開いた。
「・・・あれが・・・元素・・・?」
「信じられませんが・・・」とミナもまた驚いたようにその光を見つめて、ぽつぽつと言葉を告げた。「何だか綺麗ですね・・・」
そうだな、とネロは頷いてその言葉に同意してミナに笑顔を向けた。きっとこの世界には、まだまだ自分たちの知らない事や信じられない現象などが、たくさんあるのだろう。それを知らずに死んでしまうなど、もったいない事だ。
「・・・スウォー達にも、知ってほしいな。まだまだ世界には・・・スウォーの知らない事がたくさんあるんだって事・・・」
「・・・ユーガ、甘い考えは持つな。これまでのあいつの動きを考えても、お前がスウォーを説得できるとは思えねぇ」
「それでも、一回だけ。一回だけ、キアルも兄貴もスウォーも・・・説得してみよう。できる事を俺達は精一杯やるしかないんだから」
ユーガのそのまっすぐな言葉に、トビはユーガへ向けていた視線を逸らして、僅かに嘆息した。
「・・・ま、好きにしろよ。もしそれで説得できなきゃ・・・わかってるな?」
「・・・うん」
「・・・ならいい」
トビはそう言い放ち、ユーガ達を置いて足音を響かせながら前に続いている通路を進んだ。ユーガ達も顔を見合わせて頷き、トビの後を追っていくと、しばらく進んだところで道は途絶えていて、そこには魔法陣がー以前トビやスウォー達が『転送魔法陣』と呼んでいた物がそこにはあった。
「・・・この先か」
「ああ。行ってみよう」
ユーガは警戒しながらその魔法陣の中へ足を踏み入れて、次第に周囲が光に包まれていくのを感じながら念のため剣に手をかけておいた。次第に光が収まってくると、そこはドーム状になった空間が広がっていて、先程のように外はもう見えず、ただ見覚えのない紋章と上へと登る無数の元素が登っているだけで、先程のような幻想的な空間などではなく、どこか禍々しさを感じる程の空間にユーガはワープしていた。それに続いてトビ、ミナ、ネロ、ルイン、シノ、リフィアもワープしてきて、ユーガ同様に辺りを見渡した。
「ここは・・・?」
「どうやら」と何かに気付いたらしいトビが腕を組んで呟く。「さっきの転送魔法陣は上から下へと下りるための物だったようだな」
それでつい先程までいた空間とは雰囲気も違うのか、とユーガは納得した。
「こうして下に降りてって、最終的にはスウォーの所に着くってわけか・・・なるほどな」
ネロの言葉通り、ユーガ達が今いる空間の先には通路があり、そこにはもう一つ転送魔法陣があった。行ってみましょう、とシノが足を踏み出しかけて、シノの横から飛んできた氷の槍ーそれはおそらく魔法だろうーにシノは後ろに飛んで避け、その槍が飛んできた方へ視線を向けた。
「・・・敵」
即座にユーガ達もそれぞれの武器に手をやり、シノが視線を向けている方向へと体を向けた。シノが睨んでいるところにはかなり太い柱が立っていて、そこから音もなく現れたのはー。
「・・・キアル・・・!」
「・・・スウォー様の元へは・・・行かせるわけにはいきませんね」
「キアル!どうして俺達の前を阻むんだ⁉︎」
「・・・私はこの世界が憎いのですよ・・・。こんなくだらない命さえ受けなければ、生きる苦しみを味わう事などなかったのに・・・」
キアルの言葉に、ユーガは胸が締め付けられるような感覚と共に、強く自分の着ていた白色のシャツを握りしめた。
「・・・生まれてきて、ずっと苦しんでた・・・?楽しかった事や幸せな思い出は、キアルには無いのか⁉︎」
「ありませんよ、馬鹿馬鹿しい・・・。私が生を実感する時は、この世に生きる人間が全員死に、全てが私と同じ模造品の世界になった時だけですから」
「・・・やっぱり」と、今度はミナが眉を顰めながらキアルに近付いて、何かに気付いたようにそう呟いた。「・・・あなたは・・・模造品なのですね」
ユーガ達はートビとシノ以外はー驚きに目を瞠り、キアルへ驚愕の表情を浮かべた。
「く、模造品⁉︎お前が・・・⁉︎」
キアルは黙ったまま、答えない。答えない、という事は、それが正しい、という事だろう。
「・・・連絡船でお会いした時からおかしいとは思ってたんです。元々キアルさんとは顔見知りだった筈なのに、あなたはまるで・・・初めて私を見たような反応をしてましたから・・・」
メレドルからガイアへ戻る時、確かにユーガ達はキアルに襲われた。キアルを退けた後、ミナがキアルの名を呼んだのもーきっと、それが原因だったのだろう。
「・・・その後も何度かお会いして、あなたは・・・私の知るキアルさんではない、とわかったんです」
「・・・ええ、そうですよ。被験者の私は・・・研究者としてメレドルで働いていたそうです。ですが・・・」
「亡くなったから・・・」とルインは驚きながら、そう呟く。「あなたが・・・製造機械で作られた・・・?」
「・・・ええ、そうですよ。スウォー様は被験者の私の力を必要としていた・・・ただ、その前に死んでしまったので私が作られたんです。・・・おかげでこんな愚かな生を受けてしまった・・・。なら、せめて最後はスウォー様の計画を見届けてやろうと思ったんですよ。それで私が死のうと」
ユーガは胸の痛みに耐えきれず、唇を噛んでその胸の痛みを緩和しようとしたがそれは叶わなかった。彼はーキアルは常に絶望を胸に抱きながら生きてきた。ならば、愚かな生で終わらせず、自分を捨ててでも、スウォーに協力するーそれが、キアルの決めた道だったのだ。
「お前はそんなに人間を・・・憎んでいるのか?」
ネロがそう尋ねるとキアルは、ふっ、と自嘲するような笑みを浮かべてネロの方へ視線を向けた。
「・・・ええ。人間も・・・私自身の事も憎んでいますよ。だからこそ、私はこのまま生きるのではなく、せめて人間が滅ぶ瞬間を見届ける。そのための第一歩として・・・あなた方には、死んでいただきます」
「来ます!」
ルインの声が合図であったかのように、キアルはその手に銃を握りながら襲いかかってきた。その銃口が火を吹き、ユーガは咄嗟に剣を立ててキアルに突っ込んだ。目の前でユーガの剣が弾丸を弾き飛ばし、火花が散っていく。
「・・・くそっ‼︎」
舌を打って飛び退くキアルを走って追いかけて、ユーガは剣を横凪ぎに振るってから剣を突き上げた。
「裂閃、光刃翔‼︎」
突き上げた剣の周りに衝撃波が斜めに走り、キアルの頬と肩を抉ったが、どうやら致命傷とはならなかったらしく、持っていた銃でほぼゼロ距離で撃たれたが、ユーガは咄嗟にしゃがんでそれを避けた。
「はぁぁぁっ‼︎」
ネロがキアルの背後から斬りかかるがそれはキアルの素早い動きにかわされてしまい、キアルの一瞬の隙を見て突っ込んだユーガもまた、軽くいなされて剣先を足で踏みつけられて身動きが取れなくなってしまい、攻撃は意味を為さなかった。ユーガはちらり、とルインに視線を向けるが、こう密着してしまっては手出しができないのか、魔法を唱えようにも唱えられない状況だ。ーだが。
「闇の力よ、縮小せよ・・・シャドウレッグ」
トビは容赦なく魔法をキアルに向かって打つが、キアルは一瞬ユーガの腕を蹴り飛ばしてそれを避け、音もなく地面に着地した。ーその、直後。
「・・・不浄なる守り手の奏・・・」
と、心地よい声と共にユーガ達の体に何かが漲ってくる感覚が身を包み、その声の方向を見るとーミナが、両手を胸に当てて何かを呟いていた。しかもよく見ると、ミナは地面からほんの数センチ程浮いていて、どこか奇妙ですらあった。
「・・・呼び覚ます清浄の調べ・・・」
それは、ただの声ではなくー歌だった。ミナが本当によく透き通る声で、歌を歌っていた。ーと、それを聞いたキアルは何かを思い出したように目を見開きー。そこに、隙が生まれた。ユーガとネロは立ち上がってキアルに向かって駆け出し、キアルに向かってX状に剣を振った。
「・・・さようなら・・・キアルさん・・・」
キアルのその手から銃が音を立ててその場に落ちて、キアルは前のめりに体が倒れていきー地面に、どさり、という音と共に彼は倒れた。
「・・・キアル・・・」
倒れたまま動かないキアルの体を見つめながら、ユーガは剣を鞘に収めた。敵として出会ったキアルは、一体どれほどの絶望と、人間に対する憎悪を胸に抱いていたのだろう?それはきっと、彼にしかわからない感情だ。もしかしたら、スウォーはキアルのその感情すらも自身の計画のために利用したのかもしれない。
「・・・キアルさん・・・」
「・・・顔見知り、だったんだね。ミナちゃんとキアル君は」
リフィアは声のトーンを下げて真面目な表情でそう言い、ミナはそれに対して頷いた。
「・・・ごめんなさい。内緒にしてて・・・」
「まったくだ」トビは舌を打ってミナにそう言い放ち、鋭い視線を向けた。「だったらそうだって言えよ、うぜぇな・・・」
おいおい、とネロはトビの言い方に反対するように口を開いて、頭を掻いた。
「そんな言い方ねぇだろ?」
「あ?仲間だなんだと言っときながら隠し事は許すのか?」
「・・・誰にでも話したくない事はあるだろ?」
ネロのその言葉に、トビは嘆息して頭を掻き、ミナに視線を向けた。
「・・・あーあ・・・悪かったよ。・・・だが、辛気臭ぇ顔してんなよな。そっちもそっちでうぜぇ」
「・・・やれやれ」とそれまで黙っていたルインが口を開き、ゆるゆると首を振った。「・・・いつまで経っても、口は悪いですね」
余計なお世話だ、とトビはルインを睨んでそれ以上の言及を避けさせ、不機嫌そうに先に続く通路に向かって足を踏み出した。
「早くしろよ。時間がねぇんだろ」
ユーガ達は顔を見合わせて苦笑し、トビの後を追って足を踏み出してーその最後尾にいたシノは、倒れているキアルの体を見下ろして、いつも通りの無感情をその顔に浮かべた。
「・・・あなたとは、どこか別の形でお会いしていれば・・・違った結果があったかもしれません・・・ね」
シノはそれだけ呟き、先に歩いているユーガの後を歩いて追った。過去に絶望したシノは、前を向いた。前を向いて歩いたからこそ、今こうしてユーガ達と共に旅を続けている。だが、キアルは絶望してー逆に世界そのものを変えてしまおうと目論んだ。過程が同じーそのベクトルこそ違うものの、絶望した過程が同じでも、向き合うべき物が違えばこんなにも人は道を違えてしまうのだ。シノは軽く嘆息して誰にも知られずにユーガ達の後ろへと追い付き、次に戦うことになるのは・・・恐らく『彼』だろう、と推測を浮かべて、一番前を歩くユーガの背中を見つめた。
今日一日の猶予を貰ったユーガは、メレドルの街を見渡しながら歩いていた。本当は宿でゆっくり休もうと思っていたのだが、明日に向けてどうにも気持ちが昂ってしまい、とても休んでなどいられずに何も目的を持たずにただメレドルの街を歩く事に決めたのだった。ついに明日、スウォーとの決着を着けるーそう考えると、ぞくりと背筋に鳥肌が立ってしまうが、負けるわけにはいかないのも確かだ。だからこそ、自分達がスウォーを倒さなくてはならない。
「ユーガ!」
ーと、不意に頭の上から名前を呼ばれてユーガは驚いて肩を跳ねさせ、声のした方向へと顔を向けると、そこには青髪がとても目立つ、ユーガにとってはとても見慣れた金色の瞳を持つ彼がーネロが、高台に登ってその頂上からユーガを見下ろしていて、ユーガに向けて手を振っていた。ユーガは大きく手を振りかえし、高台を登るための梯子を登ると、四角形の空間の中心にネロは座っていて、その隣をぽんぽんと叩いてユーガにそこに座るように促した。
「・・・まさかこんな旅になっちまうとはなぁ」
「え?」
ぽつりと呟いたネロの言葉に、ユーガは思わず聞き返した。そのネロの横顔はどこか寂し気な雰囲気があって、いや、と腰に刺さった剣を見つめた。
「世界の危機を救う旅・・・、もしも母上が亡くなってからずっとガイアにいて、お前らとまた再開できてなかったら・・・」
「ネロ・・・」
「もちろん、その時の決断は間違ってなかったって思ってるさ。・・・むしろ、不謹慎だがあの時四大幻将の二人のキアルとフィムがガイアに来てくれて良かった・・・とは思わないが、それが無けりゃ俺はまだ今頃もガイアにいただろうと思ってる」
色々な奇跡が起こって、今自分はここにいる。それはネロ自身も含め、ユーガやトビやルイン、ミナにシノにリフィアもまた、楽しい事、辛い事を乗り越えたからこそ、互いが互いにートビはわからないがー信じ合えているのだろう。
「・・・俺さ」とユーガの声が聞こえてきて、ネロは考えを中断した。「・・・旅に出る前は、自分の事しか考えてなかったんだなって思ってさ・・・」
それは、制下の門にてトビに言われた一言。
『お前の考えやら何やらを押し付けられ、『絆』とかいう物を信じさせられて・・・』
「・・・自覚した時はすげぇ辛くて、目の前が真っ暗になって・・・どうすればいいのか、何もわからなくなったんだ」
今まで信じていた物ー絆が偽りのものだったと知り、ユーガは闇に飲まれたように深く、本当に深く絶望した。大きなショックを受け、前に進めずに歩んでいた足を止めてしまった。だが、それでも。
「けど、今は違う。自分の思いを押し付けるだけじゃなく、ちゃんと他人の思いを理解した上で皆と話す事が、絆を作る第一歩だったんだ。だから、俺も・・・ネロはもちろん、他の皆とも出会えて良かったよ」
ユーガはそう言って、ネロへ笑みを向けた。恐らくこの諦めない性格と仲間を大切に思う気持ちこそが、このちぐはぐだった仲間達を交わらせて、繋ぎ合わせてくれたのだろう。ユーガだけでなく、他の仲間が一人でもいなければきっとー。
「・・・ユーガ」
「ん?」
「・・・明日・・・勝とうぜ、一緒にさ」
「・・・ああ、もちろん。皆もいるから、負けないさ!」
ユーガのその言葉に、ネロはユーガの幼馴染で本当に良かった、と心から思った。どんな事があっても、ユーガはきっとこれからも自身を親友として共にいてくれるだろう。そう思うだけでも、心がとても楽になってくる。
「ありがとな、ユーガ」
「こちらこそだよ。ありがとう、ネロ!」
ユーガとネロは互いに頷き合い、握った拳の裏を合わせた。それは、幼い頃からの二人だけの合図。他の誰もが知る事のない、たった二人だけの秘密である。ーいつまでそうしていただろうか、ネロが不意に立ち上がり、さて、といつものような軽い口調をユーガに向けた。
「俺は宿に行くわ。そろそろ寝ないと、明日の生活に支障が出ちまいそうだしな・・・お前も早く寝ろよ?」
「うん、わかってるよ。おやすみ、ネロ」
「ああ、おやすみ」
ネロは先に梯子を降りていき、まだ夕暮れ時ではあるがその夕焼けを見ながら宿へ向かい、宿に入ろうと扉に手をかけ、その動きを止めて今自分が歩いてきた道を振り返った。
「・・・俺はお前の相棒にはなれなくても・・・幼馴染として、どんな険しい道のりだったとしても・・・俺は最後までお前の背中を守ってやるさ」
ネロはぽつりとそう呟き、視線を扉に戻して、ゆっくりと開けてその宿の中の光へと向かって、足を踏み入れた。
ネロと別れたユーガは、高台から降りたところでばったりとシノと会った。彼女は明日のためにポーションなどを買うためにアイテム屋に行くようで、ユーガは特に理由はないがシノに着いて行った。かなり大きな店内を見渡して、すごいな、と呟く。
「・・・ユーガさん」
「どした?」
「・・・私・・・お母様に認められたんでしょうか」
「・・・え・・・?」
「・・・お母様は、産まれてきてくれてありがとう、と最後に私に言いました。けれどそれは・・・認められた、という事になりますか?」
これまでシノは、ユーガには想像もできないほどの壮絶な過去を抱えてきていた。それでも諦めずにもがき続け、やっと会えた母親ーソニアはまともに話す事もできずに、この世から永遠に去ってしまった。ソニアの思いはわからないが、それでもー。
「うん、もちろん」
「・・・・・・」
「ソニアさんは・・・きっと、心のどこかでシノに対して苦しんでたんじゃないかな。だから、シノにそう言ってくれたんだと思う」
ソニアが実の娘であるシノに行ってきた行為は、とても許される事ではないし、ユーガにとっても仲間を傷付けられた事自体が許す事のできない行為だ。けれど、ソニアは最後はしっかりと母親としてシノを見てくれた。
「もしソニアさんがシノに対して何も思ってなかったなら、俺達が何を言ったって意味なかったんじゃないか、って思うよ。・・・って、勝手な俺の考えだから・・・絶対ではないけどさ」
「・・・いえ。ありがとうございます・・・。・・・あの、ユーガさんはどうして・・・まだ私を仲間だと思うのですか」
「え?そんなの」と、ユーガは当然の事だ、と言うような表情を浮かべて言葉を継ぐ。「当たり前だろ?シノは俺達の事、たくさん助けてくれたじゃん!」
シノはユーガの答えに驚愕の表情を浮かべ、僅かに笑みを浮かべた。これまで信じられるのは数少ない人間のみで、シノ自身も他人と関わろうとはしていなかった。それが変わったか、と言われれば否ではあるが、それでも多少は他人と関わってみてもいいかも、と思ってしまっているのは自分だけの秘密だ。
「・・・あなたと旅して、私も・・・成長できたみたいです」
「そっか?俺もシノと旅ができて良かったよ!」
「・・・改めて。・・・ありがとうございます、ユーガさん」
「こちらこそ、ありがとな!シノ!」
シノはユーガの言葉を聞き遂げてから、頷いてユーガによく見えるようにその顔に笑顔を一瞬だけ浮かべて、すぐに振り返ってユーガから離れていく。ユーガはシノのその背中を見送って、恐らくシノもまた変わってきている、という事に気付いて、少し照れ臭くなって鼻の頭を人差し指の腹で掻いてからユーガは何となく居心地が悪くなってしまい、アイテム屋の扉を開けて外に出た。
~トビサイド~
「・・・・・・」
その頃、トビは宿の部屋に備え付けられていた椅子に座って、本を読んでいた。誰に会うでもなく、今は何となくただ本を読みたかった気分だったのだ。本を半分ほどまで読み終え、一度休憩を入れるか、と思い椅子から立ち上がって、ぐぃー、と背筋を伸ばしーその直後、部屋がノックされた。
「・・・誰だよ。どーぞ」
トビは本に栞を挟んで一旦本を閉じ、ぶっきらぼうにそう言うと、扉がゆっくり開いてその向こうからミナが現れ、てめぇか、とトビはミナから視線を逸らして本を手に持った。
「・・・ユーガならいねぇぞ」
「・・・いえ、今日はトビさんとお話がしたくて」
「俺と?」
ミナは立ったまま頷き、トビは舌を打って椅子を差し出して座るように諭した。ミナが恭しく椅子に座ったのを見届けてからトビは背中から壁にもたれかかって腕を組んだ。
「何だよ」
「その・・・トビさんは、スウォーさんを止めたらどうなさるんですか?」
「・・・は?何だそれ」
「・・・スウォーさんを止めれば、私達のこの旅は終わりを迎えてしまいます。その先の事を・・・お聞きしたくて」
ミナのその質問にトビは、はっ、と鼻で笑い、眼を細めて嫌味を含んだ笑みを浮かべた。
「・・・んな事知ってどーすんだよ」
「教えてください。おねがいします」
これまでにないほどの真剣な眼差しで見つめられ、トビは長く息を吐いて、わかったよ、と諦めたように頭を掻いた。
「答えりゃいーんだろ・・・。・・・ま、シレーフォには戻らねぇ」
「・・・戻らないんですか・・・?」
「・・・ああ。・・・あそこにいると、俺は・・・狭い鳥籠の中に閉じ込められてるような感覚がするからな」
「鳥籠・・・?」
「・・・誰も信じてなかった・・・信じようとしてなかったあの頃の自分の戒めを俺は知っている」
という事は、今トビはきっと仲間達の事を信じている、という事だろうか?ミナはそれを聞こうとしてー。
「・・・ああ、信じてるよ。・・・あの馬鹿の事を・・・屈辱的だが、俺はどうやらあいつも・・・てめぇらの事も、信じちまってるらしい」
トビに先回りされて答えられた事と、トビが誰かの事を間違いなく信じているという事に、ミナは驚きと喜びを同時に味わった。だが、トビは今確かにー信じている、と言った。それは恐らく、ユーガの事だけでなく、ミナも含めた仲間達の事だろう。彼もこの旅で、間違いなく変わったのだ。
「・・・ふふ」
「・・・な、何がおかしいんだよ」
「いえ、ですが・・・こうしてトビさんが変わった事を確認してしまって、何だか嬉しいな、と」
「・・・うるせぇ。・・・てめぇはどうすんだよ」
「あ、逃げましたね?」
「・・・てめぇ、マジで撃つぞ」
トビはミナを睨んで呆れたように言ったが、ミナはそれでも笑みを消す事はなかった。よくわからねぇ女だ、と呟いて、トビは気を取り直してもう一度尋ねる。
「で?どうすんだよ」
「・・・そうですね・・・ついさっきまで迷っていましたが、決めました。私は、調査員としての仕事に戻りましょうかね」
「・・・そりゃいーな、頑張れよ」
明らかにそう思ってなどいないトビの言葉に、ミナは頬を膨らませてーすぐに笑みを浮かべて、椅子から立ち上がった。
「ありがとうございました、トビさん」
「・・・さっさと行けよ」
「ふふ、わかりました。それでは、私は部屋で寝ますね。おやすみなさい」
「・・・ちっ・・・。ああ・・・、おやすみ」
トビは恥ずかし気にそう呟いて、早く行け、とミナを部屋から追い出した。先程ミナに言った言葉は嘘ではない。トビにとってはとてつもなく屈辱であった事だが、どうやら馬鹿と一緒にいるうちに自分も馬鹿になってしまったらしいな、と自嘲する。
「・・・くそ、目が覚めちまった」
本を読み終えたら寝ようと思っていたのだが、眠気は完全に覚めてしまい、今から読書をする気にもならず、トビは仕方なく部屋から出て、ルインに渡したい物もあったので、ついでで良いか、と考えて短く嘆息してから、宿の二階にあるルインの部屋へ向かった。
「ルイン、いるか」
トビはルインの部屋の前に立ち、扉をノックしてルインの名を呼んだ。どうぞ、とルインの声が室内から聞こえ、扉を開けるとー。
「いらっしゃぁぁーい!」
そこにはルインだけでなくリフィアも部屋の中にいて、トビが扉を開けた瞬間にリフィアが飛びかかってきて、トビは手で手刀を作ってリフィアの額に思い切りチョップを入れた。
「邪魔だ」
「いったぁーい⁉︎」
「何でてめぇがここにいんだよ。レイに会うんじゃなかったのか」
「もう会ってきたんだよ!」
「へーゴクローサマ。後でおもちゃ買ってやるからなー、ちょっと今ルインに用事があるから」
「ちょっと!アタシを子供扱いしないでよね⁉︎」
「見た目は俺よりも子供だろうが」
「まぁまぁ」と何かを書いていた紙から顔を上げて、ルインはトビとリフィアを宥めた。「それで、トビ・・・どうされたんですか?」
「・・・こいつを渡しにきた」
トビの手には以前森で拾った元素機械のカケラが握られていて、ルインはそれを見て小首を傾げた。
「・・・どうしてこれを私に?そのままトビが持っていては・・・?」
「俺は研究者じゃねぇ。しかも今シノはここにいねぇし、お前に渡すのが一番手っ取り早い」
ルインは困惑しながらも頷いてそのカケラを受け取ってー、おや、とトビに意地の悪い笑みを浮かべた。
「そこまで私の事を信じてくださっているんですか?嬉しいですね」
「悪いかよ」
ーだが、トビのその返答にルインとリフィアは、驚愕の表情を浮かべた。心底心外そうな顔を浮かべられ、トビはルイン達に向かって眉を顰めた。
「・・・何でそんな驚いてんだよ」
「い、いや・・・毒舌の塊みたいなトビ君が・・・」
「そんな言葉を・・・言うとは・・・」
リフィアとルインにそう言われ、トビは、なるほど、と小さく呟いて銃を一丁ずつ二人に向けた。
「決戦前に死にてぇらしいな」
「わー、ごめんごめん!冗談だよ!」
リフィアはトビに向かって全力で謝り、ルインはその後ろで笑みを浮かべながらその光景を見つめた。
「わかりました、お預かりしますよ」
ルインは手に持っていたカケラを自身の小袋の中に入れて、頷いた。それにしても珍しいですね、と内心思った。トビが人に何かを頼み、しかもかなり重要そうな物を預けるとは。
「・・・つーか、リフィア」
突如トビに視線を向けられ、リフィアは目をぱちくりと瞬いて、なに?と尋ねた。トビはリフィアに人差し指を突きつけて、あのなぁ、と呆れたように目を細めた。
「レイとはどうなったんだよ」
「あれ、気にしてくれてるのー?優しいねぇ~♡」
「・・・死にたくなければ早く話せ、リフィア」
「わかりました、はい。・・・えーと、まぁ・・・色々と話してね・・・あの子は別にアタシの事は憎んでなかったみたい」
リフィアの言葉を聞いて、恐らくだがそのレイの言葉は嘘なのだろう、とトビは思った。もし憎んでなければ、四大幻将の地位を捨ててでもリフィアの元へと帰るはずだ。そうしなかったのだから、恐らくこの推測は正しいだろう。しかし、余命を知った上で残りの人生を悔いのないように生きよう、とレイは決めたのではないだろうか?そうなのだとすれば、辻褄は合う。ーだが。
「・・・へぇ。そりゃ良かったな」
あえてそれは口には出さず、トビはひとまず軽くいなしておく。今それを口に出せば、リフィアは何をするかわからない。何より、シノがリフィアには言わないでくれ、と言っていたのだ。それをむやみやたらと破るほど、人間性がイカれてはいない。
「・・・とりあえず、ルイン。そいつは頼むぜ」
トビはカケラが入った小袋を顎で示して、それ以上ルイン達の方へ視線を向けずにルインの部屋から出て、ちっ、と舌を打った。
「・・・日頃の行いか?ったく・・・」
日頃の行いが悪いのは自覚してはいるが、ここまで驚かれるとは、とトビは内心苛立ちと不満を同時に抱えて、もう一度舌を打って部屋に戻ろうと足を踏み出してー。
「あれ?トビ!」
階段の下から、よく聞き慣れた明るい声が聞こえてきて、トビはそちらへ視線を向けると、緋色の瞳をこちらに向けてきている少年ーユーガがいた。どうやら、たった今この宿に入ってきたところだったらしい。
「・・・ちょうどいい。お前に話がある」
「俺に?なに?」
「部屋に来い。先に入ってる」
トビはそう言い残して部屋の中へ先に入って行き、その場には宿で働く人々とユーガだけが残った。
「トビ、何の用だろ・・・?部屋、って言ってたっけ?とりあえず行ってみるか・・・」
ユーガはそう呟いて階段を登り、トビのいる部屋のドアノブを握り、小さく息を吐いてドアノブを回して扉を押し開けた。
部屋を開けるとトビはベッドの上で座っていて、ユーガに反対側のベッドに座るように促した。ユーガは頷いてトビとは反対のベッドに座り、話って?と首を傾げた。
「・・・明日、俺達は制上の門へ行ってスウォーを倒す。だが・・・問題点がある」
「問題点?」
「・・・まだ、キアルとフルーヴは生き残ってる。倒す敵は一人じゃねぇ、って事だ」
「・・・そっか・・・」
そう。まだスウォーの味方には、フルーヴとキアルがいる。二人の強さを知っているからこそ、ユーガは頷いてトビを見つめ返した。
「いいか。少しでも気を抜けばこっちが殺されるからな」
「・・・わかった。・・・だけど、負けないさ。俺にはトビや仲間がいるからな!」
「・・・楽観視はいいが・・・死んでも面倒見ねぇぞ」
トビはぶっきらぼうにそう言って、ユーガに冷めた視線を向けた。ユーガは笑顔で頷いて、腰に付いている剣を取り外して鞘から抜き、刀身を眺めた。
「・・・なぁなぁ、トビはスウォーを倒したらどうすんだ?」
「・・・お前ら、何で聞いてくる事同じなんだよ・・・」
つい先程ミナにもその質問をされたばかりなのだ。もう一度答える事など無駄でしかない。やれやれ、とトビは呆れながら首を振って、ユーガに細めた切れ長な瞳を向けた。
「・・・明日にでもミナに聞け。もう一度答えるのはめんどくせぇんだ」
「あ、ああ。わかった」
「・・・それと。気負いしすぎるなよ」
「え・・・」
「スウォーとフルーヴはてめぇに濃密な関係がある人間二人だ。ここでてめぇが気負いすればする程、俺達が危機に晒されることを忘れるな」
「・・・うん、わかった。ありがとう」
ユーガはトビに礼を言って手に持っていた剣をベッドに立てかけるようにして置き、よし、と呟いてベッドに起こしていた上体をベッドへ沈めた。
「俺はそろそろ寝ようかな。明日に備えて、万全の状態で挑みたいから」
「そうしろ。これで寝不足が原因で負けました、とかってなったら冗談になんねーからな」
「分かった。・・・それじゃ、俺は寝るよ。おやすみ」
「・・・ああ」
トビがそう答えると、すぐに隣からユーガの寝息が聞こえてきて、寝るの早すぎだろ、と呆れざまに呟いた。心境の変化はあれど、ユーガに直接それを打ち明ける必要はない。ミナやルインには言っておかないと後々面倒な事になることを知っているため事前に心境の変化を語ったが、ユーガはそういった事を掘り下げてくる事は少ない。
「・・・寝るか」
しばらく考えを巡らせてはいたが、特にする事もしたい事もない。ならば先程自分で言ったように、寝不足が原因で負けるという情けない敗因だけは避けなくてはならない。トビはそう考えながら、ベッドに寝転んで窓の外を眺めた。月明かりが綺麗な夜で、光が窓から差し込んでいる。トビはそれをじっと眺めながら、だんだんと更けていく夜の中で、ゆっくりと目を閉じた。
制上の門。そこは、グリアリーフの最北端に位置する、無尽蔵の元素が生み出される場所だ。ユーガ達はエアボードをでこぼことした地面に着陸させ、制上の門を見上げた。巨大な結晶がどこまでも上に伸びているように屹立していて、ユーガはその圧巻さに思わず声を上げた。
「すげぇ・・・」
「ここの最深部に・・・スウォーさんはいるんですね」
ミナがそう呟き、ええ、とルインは頷いてユーガの横に立った。
「・・・もう、不毛な争いは・・・これで終わりにしたいですね」
「俺達は」とネロがルインの言葉に次いで、口を開いた。「終わらせるためにここに来たんだ。そうだろ、ユーガ、トビ?」
「ああ、もちろん」
「・・・敵はやっぱりかなり多くいるみたいだから、気を付けてね」
リフィアのその忠告に仲間達は頷いて、制上の門の扉を開いた。その中は先程ユーガが見上げていた結晶の中のような空間が広がっていて、どこを見渡しても外の風景が見える、どこか幻想的な空間でもあった。床も見た事のない紋章が彫られていてその通路の壁はなく、少しでも足を踏み外せば命はない、という事を沸々と感じた。しかし、ユーガ達が立っているところからかなり離れたところにある外壁に目をよく凝らしてみると、無数の光が下から上へ上へと登っていくのが見えて、ユーガは、何だあれ、と首を傾げた。
「ここで生み出された元素が・・・大地からの推進力で吹き出されているのでしょう」
とシノが教えてくれて、ユーガは目を見開いた。
「・・・あれが・・・元素・・・?」
「信じられませんが・・・」とミナもまた驚いたようにその光を見つめて、ぽつぽつと言葉を告げた。「何だか綺麗ですね・・・」
そうだな、とネロは頷いてその言葉に同意してミナに笑顔を向けた。きっとこの世界には、まだまだ自分たちの知らない事や信じられない現象などが、たくさんあるのだろう。それを知らずに死んでしまうなど、もったいない事だ。
「・・・スウォー達にも、知ってほしいな。まだまだ世界には・・・スウォーの知らない事がたくさんあるんだって事・・・」
「・・・ユーガ、甘い考えは持つな。これまでのあいつの動きを考えても、お前がスウォーを説得できるとは思えねぇ」
「それでも、一回だけ。一回だけ、キアルも兄貴もスウォーも・・・説得してみよう。できる事を俺達は精一杯やるしかないんだから」
ユーガのそのまっすぐな言葉に、トビはユーガへ向けていた視線を逸らして、僅かに嘆息した。
「・・・ま、好きにしろよ。もしそれで説得できなきゃ・・・わかってるな?」
「・・・うん」
「・・・ならいい」
トビはそう言い放ち、ユーガ達を置いて足音を響かせながら前に続いている通路を進んだ。ユーガ達も顔を見合わせて頷き、トビの後を追っていくと、しばらく進んだところで道は途絶えていて、そこには魔法陣がー以前トビやスウォー達が『転送魔法陣』と呼んでいた物がそこにはあった。
「・・・この先か」
「ああ。行ってみよう」
ユーガは警戒しながらその魔法陣の中へ足を踏み入れて、次第に周囲が光に包まれていくのを感じながら念のため剣に手をかけておいた。次第に光が収まってくると、そこはドーム状になった空間が広がっていて、先程のように外はもう見えず、ただ見覚えのない紋章と上へと登る無数の元素が登っているだけで、先程のような幻想的な空間などではなく、どこか禍々しさを感じる程の空間にユーガはワープしていた。それに続いてトビ、ミナ、ネロ、ルイン、シノ、リフィアもワープしてきて、ユーガ同様に辺りを見渡した。
「ここは・・・?」
「どうやら」と何かに気付いたらしいトビが腕を組んで呟く。「さっきの転送魔法陣は上から下へと下りるための物だったようだな」
それでつい先程までいた空間とは雰囲気も違うのか、とユーガは納得した。
「こうして下に降りてって、最終的にはスウォーの所に着くってわけか・・・なるほどな」
ネロの言葉通り、ユーガ達が今いる空間の先には通路があり、そこにはもう一つ転送魔法陣があった。行ってみましょう、とシノが足を踏み出しかけて、シノの横から飛んできた氷の槍ーそれはおそらく魔法だろうーにシノは後ろに飛んで避け、その槍が飛んできた方へ視線を向けた。
「・・・敵」
即座にユーガ達もそれぞれの武器に手をやり、シノが視線を向けている方向へと体を向けた。シノが睨んでいるところにはかなり太い柱が立っていて、そこから音もなく現れたのはー。
「・・・キアル・・・!」
「・・・スウォー様の元へは・・・行かせるわけにはいきませんね」
「キアル!どうして俺達の前を阻むんだ⁉︎」
「・・・私はこの世界が憎いのですよ・・・。こんなくだらない命さえ受けなければ、生きる苦しみを味わう事などなかったのに・・・」
キアルの言葉に、ユーガは胸が締め付けられるような感覚と共に、強く自分の着ていた白色のシャツを握りしめた。
「・・・生まれてきて、ずっと苦しんでた・・・?楽しかった事や幸せな思い出は、キアルには無いのか⁉︎」
「ありませんよ、馬鹿馬鹿しい・・・。私が生を実感する時は、この世に生きる人間が全員死に、全てが私と同じ模造品の世界になった時だけですから」
「・・・やっぱり」と、今度はミナが眉を顰めながらキアルに近付いて、何かに気付いたようにそう呟いた。「・・・あなたは・・・模造品なのですね」
ユーガ達はートビとシノ以外はー驚きに目を瞠り、キアルへ驚愕の表情を浮かべた。
「く、模造品⁉︎お前が・・・⁉︎」
キアルは黙ったまま、答えない。答えない、という事は、それが正しい、という事だろう。
「・・・連絡船でお会いした時からおかしいとは思ってたんです。元々キアルさんとは顔見知りだった筈なのに、あなたはまるで・・・初めて私を見たような反応をしてましたから・・・」
メレドルからガイアへ戻る時、確かにユーガ達はキアルに襲われた。キアルを退けた後、ミナがキアルの名を呼んだのもーきっと、それが原因だったのだろう。
「・・・その後も何度かお会いして、あなたは・・・私の知るキアルさんではない、とわかったんです」
「・・・ええ、そうですよ。被験者の私は・・・研究者としてメレドルで働いていたそうです。ですが・・・」
「亡くなったから・・・」とルインは驚きながら、そう呟く。「あなたが・・・製造機械で作られた・・・?」
「・・・ええ、そうですよ。スウォー様は被験者の私の力を必要としていた・・・ただ、その前に死んでしまったので私が作られたんです。・・・おかげでこんな愚かな生を受けてしまった・・・。なら、せめて最後はスウォー様の計画を見届けてやろうと思ったんですよ。それで私が死のうと」
ユーガは胸の痛みに耐えきれず、唇を噛んでその胸の痛みを緩和しようとしたがそれは叶わなかった。彼はーキアルは常に絶望を胸に抱きながら生きてきた。ならば、愚かな生で終わらせず、自分を捨ててでも、スウォーに協力するーそれが、キアルの決めた道だったのだ。
「お前はそんなに人間を・・・憎んでいるのか?」
ネロがそう尋ねるとキアルは、ふっ、と自嘲するような笑みを浮かべてネロの方へ視線を向けた。
「・・・ええ。人間も・・・私自身の事も憎んでいますよ。だからこそ、私はこのまま生きるのではなく、せめて人間が滅ぶ瞬間を見届ける。そのための第一歩として・・・あなた方には、死んでいただきます」
「来ます!」
ルインの声が合図であったかのように、キアルはその手に銃を握りながら襲いかかってきた。その銃口が火を吹き、ユーガは咄嗟に剣を立ててキアルに突っ込んだ。目の前でユーガの剣が弾丸を弾き飛ばし、火花が散っていく。
「・・・くそっ‼︎」
舌を打って飛び退くキアルを走って追いかけて、ユーガは剣を横凪ぎに振るってから剣を突き上げた。
「裂閃、光刃翔‼︎」
突き上げた剣の周りに衝撃波が斜めに走り、キアルの頬と肩を抉ったが、どうやら致命傷とはならなかったらしく、持っていた銃でほぼゼロ距離で撃たれたが、ユーガは咄嗟にしゃがんでそれを避けた。
「はぁぁぁっ‼︎」
ネロがキアルの背後から斬りかかるがそれはキアルの素早い動きにかわされてしまい、キアルの一瞬の隙を見て突っ込んだユーガもまた、軽くいなされて剣先を足で踏みつけられて身動きが取れなくなってしまい、攻撃は意味を為さなかった。ユーガはちらり、とルインに視線を向けるが、こう密着してしまっては手出しができないのか、魔法を唱えようにも唱えられない状況だ。ーだが。
「闇の力よ、縮小せよ・・・シャドウレッグ」
トビは容赦なく魔法をキアルに向かって打つが、キアルは一瞬ユーガの腕を蹴り飛ばしてそれを避け、音もなく地面に着地した。ーその、直後。
「・・・不浄なる守り手の奏・・・」
と、心地よい声と共にユーガ達の体に何かが漲ってくる感覚が身を包み、その声の方向を見るとーミナが、両手を胸に当てて何かを呟いていた。しかもよく見ると、ミナは地面からほんの数センチ程浮いていて、どこか奇妙ですらあった。
「・・・呼び覚ます清浄の調べ・・・」
それは、ただの声ではなくー歌だった。ミナが本当によく透き通る声で、歌を歌っていた。ーと、それを聞いたキアルは何かを思い出したように目を見開きー。そこに、隙が生まれた。ユーガとネロは立ち上がってキアルに向かって駆け出し、キアルに向かってX状に剣を振った。
「・・・さようなら・・・キアルさん・・・」
キアルのその手から銃が音を立ててその場に落ちて、キアルは前のめりに体が倒れていきー地面に、どさり、という音と共に彼は倒れた。
「・・・キアル・・・」
倒れたまま動かないキアルの体を見つめながら、ユーガは剣を鞘に収めた。敵として出会ったキアルは、一体どれほどの絶望と、人間に対する憎悪を胸に抱いていたのだろう?それはきっと、彼にしかわからない感情だ。もしかしたら、スウォーはキアルのその感情すらも自身の計画のために利用したのかもしれない。
「・・・キアルさん・・・」
「・・・顔見知り、だったんだね。ミナちゃんとキアル君は」
リフィアは声のトーンを下げて真面目な表情でそう言い、ミナはそれに対して頷いた。
「・・・ごめんなさい。内緒にしてて・・・」
「まったくだ」トビは舌を打ってミナにそう言い放ち、鋭い視線を向けた。「だったらそうだって言えよ、うぜぇな・・・」
おいおい、とネロはトビの言い方に反対するように口を開いて、頭を掻いた。
「そんな言い方ねぇだろ?」
「あ?仲間だなんだと言っときながら隠し事は許すのか?」
「・・・誰にでも話したくない事はあるだろ?」
ネロのその言葉に、トビは嘆息して頭を掻き、ミナに視線を向けた。
「・・・あーあ・・・悪かったよ。・・・だが、辛気臭ぇ顔してんなよな。そっちもそっちでうぜぇ」
「・・・やれやれ」とそれまで黙っていたルインが口を開き、ゆるゆると首を振った。「・・・いつまで経っても、口は悪いですね」
余計なお世話だ、とトビはルインを睨んでそれ以上の言及を避けさせ、不機嫌そうに先に続く通路に向かって足を踏み出した。
「早くしろよ。時間がねぇんだろ」
ユーガ達は顔を見合わせて苦笑し、トビの後を追って足を踏み出してーその最後尾にいたシノは、倒れているキアルの体を見下ろして、いつも通りの無感情をその顔に浮かべた。
「・・・あなたとは、どこか別の形でお会いしていれば・・・違った結果があったかもしれません・・・ね」
シノはそれだけ呟き、先に歩いているユーガの後を歩いて追った。過去に絶望したシノは、前を向いた。前を向いて歩いたからこそ、今こうしてユーガ達と共に旅を続けている。だが、キアルは絶望してー逆に世界そのものを変えてしまおうと目論んだ。過程が同じーそのベクトルこそ違うものの、絶望した過程が同じでも、向き合うべき物が違えばこんなにも人は道を違えてしまうのだ。シノは軽く嘆息して誰にも知られずにユーガ達の後ろへと追い付き、次に戦うことになるのは・・・恐らく『彼』だろう、と推測を浮かべて、一番前を歩くユーガの背中を見つめた。
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気がついたらよくわからない所でよくわからない死を司る神と対面した須木透(スキトオル)。
1人目は美味しいとの話につられて、ある世界の初転生者となることに。
転生先で期待して初期ステータスを確認すると0!
かと思いきや、よく見ると下が開いていたΩ(オメガ)だった。
Ωといえば、なんか強そうな気がする!
この世界での冒険の幕が開いた。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

アンリレインの存在証明
黒文鳥
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かつて「怪異」と呼ばれた現象が解明され対処法が確立して百二十年。
その対処を目的とする組織に所属する研究員であるレン。
発動すれば『必ず』自身を守る能力を持つ彼は、とある事情から大変難ありの少女アルエットの相方として仕事を任されることとなる。
知識0の勉強嫌い挙句常識欠如した美少女改め猛犬アルエットと、そんな彼女に懐かれてしまったレン。
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「それでも私は、レンがいればそれで良い」
これは奇跡のような矛盾で手を繋ぐことになった二人の、存在証明の物語。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
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クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

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