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絆の邂逅編
第三十五話 懐かしの場所
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シレーフォ近郊の森へエアボードで移動する直前、しかし、とネロが声をあげてルーセィオス火山の入り口付近を見渡した。
「不思議なもんだな・・・イフリートの力で、まさか入り口までワープできるとは」
契約を結んだ後、脱出手段がトビの魔法によって通路が破壊されてしまった事で無くなってしまい、どうするべきかユーガ達が途方に暮れていたところをイフリートが入り口付近までワープしてくれたのだった。
「そうだな・・・ローウェズともう一回戦う事にならなくてホント良かったよ」
『精霊』であるイフリートがいる今となってはどうかはわからないが、苦戦する事は間違い無いだろう。そうでなくても、今は時間が限られているのだから、できればローウェズとの戦闘は避けたかったのだが、それを避ける事ができた事にユーガは、良かった、と軽く息を吐いて安堵した。
「では・・・シレーフォ、ですね」
「そうだ」とトビはルインの言葉に頷いて、エアボードに乗り込みながら呟く。「おら、急ぐぞ。時間はねぇんだからな」
ユーガ達は頷いてそれぞれのエアボードに乗り込み、改めてイフリートとの戦いを思い返した。
『・・・イフリート、かなりの力だったね』
リフィアのその言葉に、ユーガ達全員が頷いた。正直、よく勝てたな、とも思う。やはりそれほどに、『精霊』の力というものは強大なものなのだろう。
『・・・次は楽に済めばいいんだがな』
そう気怠げに言ったトビは、紺の前髪の中の右目でちらりと視線をこちらに向けてきた。ーとその直後、ユーガの脳内にイフリートの声が響いてきて、ユーガは僅かに顔を顰めた。脳内に直接話しかけられる気分を感じながらも、ユーガは前に向けていた視線をトビの方へ向けてからスピーカーに向かって口を開く。
(『精霊』は力を示させるために戦いを挑む者がほとんどだろう。・・・そこの『蒼眼』の主が言うような楽はほぼ無いであろうな)
「・・・『精霊』は大体が力を示させるために戦いを挑んでくるから、トビが考えているような楽はできないってさ」
『はー・・・』トビの声がスピーカー越しに、だるいな、と小さく呟くのが聞こえる。『・・・やるしかねぇって事か・・・やれやれだぜ・・・』
それを聞いていたイフリートがユーガの脳内で色々と呟いていて、ユーガは苦笑して、ふとルインの方へ視線を向けた。ルインは呆然とまっすぐ飛んでいて、それは何事かを考えているようでもあり、ユーガはルインに向けてスピーカーに声を送った。
「・・・ルイン?どうした?」
しかし、ルインはもはやそれを聞いておらず、意識を別のところへ向けていた。ーそれは、先程のイフリートの言葉について、である。これから先、迷いの森、シェイド遺跡というところ、と最低でもあと二体の精霊と戦う事になるが、『精霊』と戦うのはもちろんの事、あのローウェズのような魔物と再び戦う事になってしまったらー?
(・・・いえ、変な事を考えてる場合ではありませんか・・・)
ルインは無理やりその思いを抑え込んだが、その思いは次第に大きくなるばかりで、ルインの胸の中には不安と恐怖が渦を巻き始めていた。
ユーガは『そこ』へ足を踏み入れて、感慨深い思いと共に周囲を見渡した。隣にはネロが、後ろには仲間達が立っていて、トビとシノ以外がユーガと同様に辺りを見渡している。ユーガは何歩か前に歩いて行って、ゆっくりと口を開いた。
「・・・俺達の旅は・・・シレーフォと、ここから始まったんだ・・・」
迷いの森ー、そこは、ユーガとネロがトビと出会ってから初めて訪れた場所なのだ。
「・・・まだ数ヶ月とかしか経ってねーのに、何だか懐かしいな」
「そうだな・・・。そういえば、ここでトビが俺の事を助けてくれたんだったよな!」
「・・・何の事だかさっぱりだな」
即座にトビに否定されてしまったが、ネロの言葉通りにユーガにとってもートビにとってもかなり感慨深い感情を抱かせる場所であって、懐かしさすら覚えてしまうこの場所は、ユーガにとっては大切な場所の一つとして記憶されている。
「あの時とはかなり状況が違うよな。あの時はまだ地震の調査って名目だったのによ」
「それが今じゃ世界の危機、か・・・ガイアを出るまではこんな風になるなんて思ってもなかったのにな・・・それに・・・」
ネロとユーガの会話に、トビは軽く嘆息した。この場所でユーガとネロと共に共闘してフォレスワームを倒したあの時と今の心情のこの変化は、恐らく一人では気付けなかった事だ。ユーガ達をただ同行する敵国の人間として、ではなく同じ目的を持った『仲間』として行動している今の方が、断然心が楽なような気もする。今からユーガ達と出会う前の心境に戻りたいか、と聞かれれば癪ではあるが否、だ。
「それに」とトビの思考が終わると同時にユーガの視線がトビに向けられる。「ただ思いを押し付けるだけじゃダメだって事もわかったし・・・だから、やっぱり俺は皆と出会えて良かったって思うよ」
トビはユーガに向けて驚いたような表情を見せた後、はっ、と皮肉を込めてユーガから顔を逸らし、それ以上会話に参加する事なくユーガ達から離れて近くにあった木に手を添える。
「・・・行くぞ。それらしい祭壇はこっちにあったはずだ」
トビはユーガ達を置いて歩き出し、しばらく歩いたところで振り返ってまだ止まっているユーガ達を見て、おい、とぶっきらぼうに言った。
「何やってんだよ。早く行くぞ」
「・・・多分照れ隠しだぜ、あれ」
立ち尽くすユーガの横にネロが立って小声で言って、にやりとした笑みを浮かべる。ユーガは、そうなのかな、と首を傾げてー殺気を感じさせる瞳でネロに向かって銃を構えてこちらに向かってくるトビを見て、顔を引き攣らせた。
「・・・ネロ。魔法で死ぬか銃で死ぬか魔物に喰われて死ぬかどれか選べ」
トビのその言葉に、ユーガとネロは背筋に冷たい汗が流れていく感触に、ぞくり、と鳥肌が立って、ネロは青髪をぶんぶんと揺らして猛烈にーしかしその顔はどこか楽しそうにー首を振ってトビに謝った。
「こんなところに道があったのか・・・」
ユーガは後ろを振り返ったり、周囲を見渡しながらそう呟いた。ああ、とネロも頷いて歩いて来た道をちらりと歩きながら振り向いた。
「この辺りまで俺達、来てないもんな。気付かなくても当然といえば当然ではあるよな」
その道は、以前ユーガ達が元素機械のカケラを拾った場所よりもまだ先へ歩き、獣道を進んだ先にある道であり、元素機械のカケラを拾った後すぐにフォレスワームの事をログシオンに報告しにシレーフォへ戻ってしまったのだから、気付かないのも当然だろう。
「私はこの森には初めて入りましたが・・・ここは風の元素がかなり高い濃度で存在していますね。ここまで濃密な元素がある場所も、もう少ないでしょうね」
ルインの言葉にユーガは首を傾げて、そうなのか?と尋ねた。ユーガには元素を感じ取る方法がわからなかったためあまりわからなかったが、ルインに次いで前を先導して歩いているトビも頷いているところを見ると本当のことなのだろう。
「確かに、なんかふわふわした感覚はあるな・・・前にルインが言ってた、濃密な元素を俺も感じてるのか・・・。あ、そういや今回はあのでかい魔物はいなさそうだな。トビ、どうだ?」
「どうだ、と聞かれてもな」とトビは呆れたような視線をネロに向けて、わずか顔を俯かせた。「知るかよ。俺はルインみてぇな固有能力は持ってねぇし」
「けど、お前『蒼眼』のおかげで耳がいいんだろ?何か聞き取れないのか?」
「・・・聞き取れたらとっくに言ってる。・・・何か聞こえたら報告くらいはしてやるから黙って進め」
「助かるよ」とユーガはトビの言葉に笑顔を向けた。「ありがとう、トビ!」
「・・・一喜一憂するな。うぜぇ」
トビはそう言ったきりユーガ達の方を見ようとしなかったが、やはりトビも出会った頃と比べれば変わってきているな、とネロは思った。口が悪いのは変わっていないが、トビもトビなりに思うところがあったのだろう。そうでなければ、今もこうして一緒に旅はしていない筈なのだから。
「・・・おや?」
と、不意にルインが足元に視線を落として声をあげて座り込んだ。どうしたの、とリフィアがその隣に座り込んで尋ねると、ルインは何かを拾い上げて全員に見えるように手のひらに置いた。ユーガとトビも顔を見合わせてルインの手のひらを覗き込む。
「これは・・・?何かのカケラ・・・ですか?ルインさん・・・」
「・・・ルイン。そのカケラ・・・ちょっとよこせ」
ミナが不思議そうに尋ねたのに対し、トビは何かを閃いたようにルインに向かって告げた。どうぞ、とルインがトビにそれを手渡して、トビは自分の小袋から以前ここに来た時に拾った元素機械のカケラを取り出して、ルインが取っていたカケラとそのカケラを合わせた。ーすると。
「・・・ぴったり」
シノの言葉通り、その二つのカケラはちょうどぴったりに合わさって、それが同一の物であったという事を指し示していた。だけど、とネロがトビの手の上にある二つのカケラを、ひょい、と覗き込んで不思議そうに口を開いた。
「元素機械のカケラだとしてもよ、かなり小さくねーか?そこまで小さい元素機械なんて、あまり見た事ないぜ?」
「・・・だけど、元素機械のカケラなのは間違いないんだろ?なら、他にもあるかもしれないからあったら集めてみようぜ!」
「そうですね」とミナもユーガの言葉に賛同したように頷いて、ネロ同様にトビの手のひらを覗き込んだ。「元素機械のカケラなのですから、全て合体させて直す事ができれば私達の役に立つかもしれませんしね」
わかりました、とルインは頷いてトビにカケラをトビの袋へ入れるように促した。
「すみません、足を止めてしまいました。・・・さぁ、行きましょうか」
「ああ」
ルインの言葉にトビはカケラをしまった小袋をポケットに押し込みながら頷いて、もう一度僅かに生い茂った道へ向かって歩き出した。そのカケラが何かはわからないままだったが、今はまだそれでも構わないだろう。トビはそんな事を考えながら、ふぁ、と小さくあくびをして、眠そうな眼を擦った。
「着いたぞ」
トビがそう言って足を止めた場所は、森の中に鎮座していた、苔に覆われた神殿だった。ユーガはそれを見上げて、これ、と神殿を指差して誰とは言わずに尋ねる。
「この中に・・・『精霊』がいるのか・・・?」
「・・・恐らくだが。以前ここを調べた時には、奥深くに祭壇があったからな」
トビはそう言って神殿の中へ入っていき、ユーガ達もそれに続くと中は真っ暗で、ユーガ達は魔物の気配をすぐに感じ取れるようにできるだけ敏感にして武器を構えた。ーが、トビは近くにあった手頃な棒を拾い上げて、それの先端をルインに突きつけた。ルインは即座に頷いて、火属性の魔法でその木に着火して松明代わりにすると、それは辺りをぼんやりとだが照らし、ユーガも何とか辺りが見える程には明るくなった。
「ユーガさん。あなたの視力で何か見えませんか」
シノにそう尋ねられてユーガは、やってみる、と暗闇の中に眼を凝らした。すると、段々と少しずつ見え始めたが、いつものようにはっきりと見えるわけではなく、うーん、と唸ってシノに視線を戻した。
「・・・うっすら見えるくらいだな・・・ごめんな」
「・・・私の素朴な疑問であったため、謝る必要性はゼロ%。お気になさらないでください」
「あ、ああ・・・ありがとう」
シノは、わかればいい、と言わんばかりに頷いて金色のポニーテールを揺らしてユーガの隣から離れ、ユーガはその背中を見送ってー脳内にイフリートの声が響いてきて、少し顔を顰めた。
(ユーガよ。この先に強大な力を持った何かがいるぞ。気をつけろ)
(何だって・・・⁉︎魔物か⁉︎)
(それはわからぬが・・・とにかく気をつけるがいい。祭壇の近くにいる故、戦闘になればかなり厄介な相手だと思われるぞ)
ユーガは内心イフリートに頷いて、イフリートから声が聞こえなくなった事を確認して仲間達に向き直った。
「皆、この先に何かいるみたいだ。祭壇の前にいるらしい。・・・イフリートが教えてくれた。・・・気をつけよう」
「・・・イフリートが・・・ですか、わかりました。なるほど・・・気をつけましょう、皆さん」
どうやらルインとトビとシノは事前に何かを感じ取っていたらしく、ユーガの言葉を聞いてそれが確信に変わったらしい。リフィアが腰に手を当てて仲間達を一瞥し、気をつけて進もう、と言い、ユーガ達は頷いて松明を持つトビが戦闘に立って神殿の通路の先へ歩き出した。一歩一歩足を踏み出すたびに、歩く音やユーガ達の話し声も反響しているところをみると、どうやらこの辺りには抜け穴などはないらしい。つまりは、一直線に進めば良いだけだ、とネロは頭を掻いて前を歩くユーガの背中を見つめーいきなりその背中が止まり、ネロはいきなり止まる事はできずにユーガの背中に衝突した。
「おわ⁉︎」
「わ、ごめんネロ!大丈夫か⁉︎」
「あ、ああ・・・」
ユーガの手を借りてネロは立ち上がると、さらにユーガの前を歩いていたトビが姿勢を低くして立ち止まっていて、何してんだよ、とネロはトビに尋ねた。
「・・・んなところでかよ」
「え?」
トビのぼそりと呟いたその言葉に仲間達は武器に手をかけーユーガも視力でその姿を捉え、ルインもまた固有能力、『元素感知』でその正体を捉えていて、ユーガは鳥肌を立て、ルインは、ごくり、と唾を飲み込んだ。
「・・・ゆっくり下がれ」
トビは仲間達にそう呟いて、近くにあった木々全てに着火するようにルインに命令し、ルインがそれに従うと、薄暗かった空間に一気に明かりが灯る。すると、嫌でもその姿がはっきりと露わになりー。
「・・・ぎ、ぎ、ぎ・・・」
ユーガとミナとネロは固まってその肩を抱き合い、その姿を見つめた。それはー自分達の体の何倍も大きい蜘蛛で、見た目こそ真っ黒なものの目は真っ赤に染まっていて、三人は耐えきれなくなったように口を大きく開けて叫んだ。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあああ‼︎」
三人の声は神殿内にとても大きく反響し、トビはあまりの不快さに、思わず耳を塞いだ。
それから数分後、荒く息を切らせたユーガとネロとミナがそれぞれの武器を持ったままその場に座り込んでいた。トビも銃をホルダーに収めて思わず驚愕したような視線をユーガ達三人に向け、もはや息絶えて動かない巨大蜘蛛を見つめる。
「・・・やべー時に現れる、火事場の馬鹿力ってやつか・・・やれやれ・・・」
それにしても、ユーガとミナは虫嫌いなのは聞いていたがまさかネロもだったとは。それに、これほどまでに嫌いであった事に、トビは内心鳥肌を立てた。ーと、ユーガが剣を握り直して剣を振りかぶり、倒れて動かない巨大蜘蛛に剣を突き刺した。ネロとミナが、何やってんだ、と驚愕の声をあげたがユーガはそれには構わず、瞳に緋色の輝きを纏わせた。ユーガの固有能力、『緋眼』だ。ユーガはなるべく蜘蛛を視界に入れないように顔をぐっと背け、剣を伝って『緋眼』の力を蜘蛛の体内に流し込んだ。ーすると、蜘蛛は次第に光を放ち始め、その体は元素へと返っていった。それを確認したユーガは剣を一度振って蜘蛛の体液を払い、鞘に剣を収めた。ーどうやら、それ以上蜘蛛の死体と共にいる事が耐えきれなくなったらしい。
「・・・はぁ、疲れた・・・」
どっと体に疲労感が溜まっていたユーガは両手を両膝に置いて長く、本当に長く息を吐いた。
「大丈夫?ユーガ君」
「リフィア・・・ああ、大丈夫・・・ありがとう」
ユーガは口ではそう言ったが、正直言えば全然大丈夫ではない。目の前であのような巨大蜘蛛を目にし、それを倒したから良かったものの虫嫌いなユーガ達にとっては軽いトラウマだ。
(勘弁してくれよ・・・ホント・・・)
ユーガはリフィアの手を借りて何とかその場に立ち、内心でそう祈った。これ以上虫の魔物が出てこようものなら、本当に勘弁してほしいものである。
「・・・皆さん、見てください」
ルインの声に仲間達は通路の先を見て、あ、と声をあげた。
「祭壇だ・・・!」
それは、通路の先にある暗い部屋の中でただそこだけが輝きを放っていて、イフリートやセルシウスの物と似たような形であったためおそらくそれがトビの言っていた祭壇なのだろう、とユーガは理解する。
「という事は、イフリートの言っていたこの先に何かいる、という発言は先程の蜘蛛だったようですね」
「ああ・・・。トビ、祭壇ってあれだろ?」
ユーガはルインの言葉に頷いてから隣に立つトビに尋ねると、ああ、と頷いてトビは祭壇に向かって足を出した。ユーガ達もそれに伴い、祭壇の前まで来るとそこはどこからか風が僅かに吹き込んでいて、ユーガの髪をぱたぱたと揺らしていた。
「・・・おや・・・?」
どうやらルインもそれに気付いたようで、どこから風が吹き込んでいるのかを探すがそれらしい穴は見当たらず、ルインは不思議そうに首を傾げるとー。
「うわっ⁉︎」
突如突風が部屋の中に吹き荒れ、ユーガ達は思わず顔を両腕で覆い隠した。その瞬間、ユーガの中からイフリートが飛び出して行き、シノの体からもセルシウスが出ていくのがユーガには見えた。
『シルフ・・・。貴様、相変わらずの手荒い歓迎だな』
『・・・おや』
と、イフリートの声に少し意外そうに答えたその声の主が祭壇の中心部にふわふわと浮いていたのをトビは見た。ーイフリートとセルシウスも浮いてはいるのだが、それとはどこか違う軽快さすら感じさせる動きで空で一回転し、イフリートとセルシウスを見てどこかその口調を柔らかくした。
『イフリートにセルシウス。これはこれは、お久しぶりですね』
『昔話は追々にするとして・・・シルフ、まずは我等の話を聞いてはもらえぬか』
セルシウスのその言葉に、シルフはイフリートとセルシウスを交互に見て、不意に片手を上げると吹き荒れていた風が止んで、ユーガ達は顔を覆っていた両腕を下ろしてイフリート達の話が終わるのを待った。一通りの説明を終えると、シルフは初めてユーガ達の方へ視線を向けて、ユーガ達一同を一瞥した。ユーガもシルフの姿を初めてしっかりと捉える事ができ、その姿を見て少し驚いた。その姿は少年のような姿をしていて緑色の服に半ズボン、その背中には緑色の羽が生えている、という、羽を隠していれば少年として存在していてもおかしくないほどにその姿は独特であった。
『この『緋眼』の少年の模造品を倒して、世界を守るための旅、ですか』
シルフがユーガの顔をまじまじと見つめて、どこか確かめるような口調でそう言った。ユーガはシルフの顔をしっかりと見つめて頷くと、ルインがユーガの横に立ってシルフをまっすぐな瞳で見つめた。
「シルフ・・・あなたの力を、私達に貸してくれませんか?この世界は、まだ終わらせてはいけないはずです。あなたも、私達と同じように世界を愛している筈・・・その世界を、壊させてはいけないと私は思います」
「ルイン・・・」
ルインの強く、固い意志にユーガは思わずルインに視線を向けた。すごいな、とユーガは内心ルインに尊敬の念を抱いて、シルフに視線を戻した。すると、シルフはユーガ達から一度離れて祭壇の中心へと戻っていき、中心に着くと同時にユーガ達の方を振り向いて、いきなり両手を広げたかと思うと再び周囲には風が吹き荒れ始めた。
『良いでしょう。そこまで言うのであれば、私にその力を見せてみなさい。もしあなた方が私に勝つ事ができたなら、その時はあなた方の力を認めましょう』
「戦闘は」とトビが銃をホルダーから引き抜いて仲間達全員に届く声で言った。「俺とユーガとルインとリフィアでやる!他の三人はこの部屋が崩れ落ちねぇようにしろ!」
どうやらこの部屋はかなり脆くなっているらしく、封印されているとはいえ『精霊』の力をまともに壁に当てれば、恐らくこの部屋ごと崩れ落ちてしまうだろう。シノはトビの言葉に頷いて、残ったネロとミナに頷いて、それぞれが壁に攻撃が当たる事のないように三つに分かれる。
『千切り裂く風よ・・・タービュランス!』
シルフの魔法がユーガ達を襲うが、ユーガ達はそれをばらばらに散って回避し、それぞれの武器を構えてシルフに向かって突進していく。ユーガは剣を振りかぶってシルフに斬りかかるが、シルフはそれをふわりとしたバク宙でかわし、目にも止まらぬ速さでトビの背中に回り込んで魔法を纏った掌底を打ち込んだ。掌底を打ち込まれたトビは吹き飛ばされて地面を転がり、したたかに体を打ちつけた。
「がっ・・・」
「トビ!」
「・・・うるせぇ・・・こっちを気にしてる暇があるならさっさと攻撃しやがれ・・・!」
トビはゆっくりと起き上がりながらそう言い、自分に回復魔法をかけて何とか立ち上がった。それをさりげなくユーガが庇う形で立ち、トビが立ち上がったのを見届けてからその剣に力を込めた。
「烈破、天衝撃!」
剣で思い切り地面を叩きつけて地面を隆起させ、隆起して尖った地面ごと斬りつけるユーガの奥義にシルフは少し怯み、さらにシルフの足元に現れた魔法陣を見てユーガは一度バックステップでその魔法陣の外へ脱出する。
「来たれ流星・・・今ここに訪れよ!メテオストライク!」
ルインの魔法はシルフの上空から魔法で作り出した隕石を落下させた。だが、シルフは軽快な動きでそれをかわして、なるほど、と呟く。
『・・・少し焦りましたが、避けてしまえば問題ありませんね』
そう言い終えて、ルインの表情を見るとーその顔には笑みが浮かんでいて、シルフはその表情を目にして、ぞくり、と寒気を感じた。その方向へ視線を向けると、ユーガとリフィアがルインの魔法で生じた地属性の元素を武器に纏ってシルフに向かって走ってきていて、まずい、と本能的に察知して上空へ逃げようとしてー自分が動けない事に気付き、なに、と自分の体を見渡して、戦慄した。
「属性変化術・・・ソーンバインド・・・。軽快に動けねぇだろ、それならな」
そうトビの声が響き、トビはまだ痛みの引かない体に顔を顰めて魔法を放つために突き出していた右手を下ろした。シルフの体にはいつの間にか地面から伸びた荊が巻き付けられており、それによって行動を制限されていた。それは、自然発生などではなくー。先程吹き飛ばしたトビが、地属性によって魔法を変化させた物だった。
「あんたがルインの魔法をかわした後、余裕ぶっこいてくれたおかげでそいつを張る事ができた。感謝するぜ・・・。ユーガとリフィア・・・後は、やれ!」
「ああ!任せろ!」
「りょーかい!」
ユーガとリフィアはいまだに動けていないシルフの元まで走り、その武器に纏った地属性の元素を一気に解放させた。
「魔王、穿翔破‼︎」
「魔神顎龍陣!」
ユーガは何度かシルフを斬りつけた後、大地を揺るがす程の渾身の力を込めて地面を叩きつけると、ユーガの周囲には無数の隆起した岩が現れ、荊にかかって動けないシルフを襲った。さらにそこへ、リフィアの拳によって地面に叩き落とされたシルフをリフィアの蹴りが襲い、かかと落としを受けると同時にシルフを中心に大地が凹み、リフィアは、ありゃ、と素っ頓狂な声をあげた。
「・・・やりすぎちゃったか。ごめんごめ~ん」
リフィアが軽くシルフに謝ると、シルフはゆっくりと浮かび上がってユーガが隆起させた地面跡と真下にあるリフィアが凹ませた地面を見て、なるほど、と頷いた。
『・・・イフリートとセルシウスが認めるわけですね。これほどの力とは』
シルフは一度そこで言葉を区切り、ユーガに近付いたルインに視線を向けた。
『・・・そこの人間・・・そうか、あなたが『ケインシルヴァの天才魔導士』・・・』
「はい?」
シルフの言葉にルインは首を傾げたが、シルフは首を振ってルインの前に移動してルインに視線を向けた。
『『ケインシルヴァの天才魔導士』・・・。あなたの戦い方は、どこか懐かしみを覚えるものがある。あなたこそが私の器として相応しい人間です』
「ルインの精霊はシルフか・・・なんか似合ってるよな。見た目も何となくシルフに似てる気がするし」
ネロのそんな言葉にルインは、そうですかね、と自分の格好とシルフを見比べたが、すぐに視線をシルフに戻してシルフに向かって頷く。
「・・・わかりました。よろしくお願いします、シルフ。それと、私の事はこれからはルイン、とお呼びください」
『承知しました、我が主ルイン』
シルフはルインに向かって恭しく頭を下げた後、ミナに視線を替えて、すみませんが、と声をかけた。
『封印を解いて頂けますか?』
「・・・はい、わかりました」
ミナはイフリートの時と同様にシルフに手を翳し、シルフの体に現れた幾つもの魔法陣の一つが、ぱきん、と音を立てて割れ、シルフはミナに頭を下げて感謝の言葉を述べた。
『ありがとうございます』
シルフはそういうとルインの方へ近づき、ユーガはそのシルフの体が薄れていくのに気付いた。それは恐らく、ルインの元素と一体化するという事だろう、と今回はわかっていたので何も言わずにただシルフがルインと同化していくのを黙って眺めていた。完全にシルフの姿が消えると同時にユーガは、よし、と呟いて仲間達を一瞥した。
「これで、残る精霊はあと一体か・・・」
「まぁ、『人工精霊』に使われちまった分を補填する精霊だけ考えればな?他にもまだ精霊はいるからな」
ネロのそんなツッコミにユーガは、わかってるよ、と頬を膨らませてネロを肘で軽く小突いた。
「次はメレドル近郊にあるという遺跡、でしたか?」
ルインが誰にとは言わずに尋ねると、はい、とミナが頷いて口を開く。
「そこはまだ調査した事のない土地ですから、注意して行きましょう」
「ミナちゃんも行った事ないのか~・・・ま、何とかなるっしょー!」
リフィアのそんな声にユーガもまた頷いて仲間達を一瞥してー不意に、トビが口に人差し指を当てて、しっ、と言って、ユーガは言葉をつぐんだ。どうしたんだ、とユーガが小声で尋ねると、トビはそれに答えずに一度祭壇のある部屋を出て、来た通路を戻っていく。かなり神殿の入り口に近付いてきたな、とユーガが思ったその時、トビが不意に足を止めて暗闇に目を凝らしていて、そこにはー。
「ひ、人・・・クィーリアの兵士⁉︎」
来る時にはいなかった筈の人ークィーリアの兵士が倒れていて、まだ微かに息をしているようだがユーガの眼から見ても助からないという事は一目瞭然だった。それほどに、兵士は怪我をしていたのだ。
「どうした、何があった」
トビが隣に座り込んで兵士にそう尋ねると、兵士はトビの顔を見た瞬間に、小さくだったが歓喜の声を上げてトビの腕を掴んだ。
「と、トビ様・・・!ご無事で、何よりです・・・!」
「んな御託はいい。早く状況を話せ」
「それが・・・シレーフォが大量の、魔物に・・・襲われて・・・!」
「・・・何?」
「このままでは・・・ログシオン・・・陛下、が危ない・・・。トビ様・・・どうか、ログシオン陛下、を・・・お助けください・・・」
そこまで兵士は言い切ると、掴んでいたトビの腕から、するり、と兵士の腕が滑り落ち、カシャン、と鎧が地面に落ちる音が辺りに響き渡り、ユーガ達は沈黙した。トビは軽く息を吐いて立ち上がり、肩越しにユーガを見つめた。
「・・・ユーガ。シレーフォに行くぞ」
「ああ、もちろんだ・・・!この人の意思を無駄にしないためにも・・・。皆、ちょっと寄り道するけど良いかな・・・?」
仲間達にそう尋ねると仲間達は、当然だ、と言うように頷いた。ありがとう、とユーガは仲間達に礼を言って、よし、と拳を握りしめてもう一度仲間達を一瞥した。
「シレーフォに行こう。何としても、シレーフォの皆を守り抜くんだ!」
ユーガはそう口にして決意を固めると、ルインが何かに気付いたような表情で立ち尽くしていて、どうした?とユーガは尋ねると、ルインは僅かに笑みを浮かべてユーガを見つめ返した。
「ユーガ、シルフが私達を森の入り口まで送ってくれるそうですよ」
「ルーセィオス火山の時と同じように送ってくれるって事だな。わかった、よろしく頼むよ、シルフ」
ユーガがそう呟くと、ユーガ達は光に包まれていき、それはルーセィオス火山でイフリートが入り口まで送ってくれた時と同様の現象で、ユーガは少し安心した。光に包まれたユーガ達は眩しさに目を瞑り、瞼の裏で光が弱まっていくのを感じてゆっくりと目を開くと、そこは森の入り口であって、良かった、とユーガは軽く安堵した。
「・・・不思議なものですね」
と、いきなりルインが森を見返してそう呟き、仲間達の視線がルインの背中に集まった。
「こういった何も無いような場所に聖霊の祭壇があったり・・・私は旅に出る前は、こういった事を調べようともしてませんでしたから・・・旅に出始めたのはつい最近の事なのに、以前の私は・・・なぜ両親が亡くなったのか・・・それだけに目を取られてしまっていた、愚か者だったのですね」
「ルイン・・・」
「けれど・・・今は違う。あなた方との旅で、私も少しは変わる事ができたようです」
レイフォルスから追放され、もう二度と入る事はないと思っていたレイフォルスに入る事ができたのは、紛れもなくユーガ達のおかげだ。一度追放されたからといって、自分で自分の居場所の一つを失いかけてしまっていた。それを、ユーガ達が救ってくれた。
「ま、俺はお前がレイフォルスに入っても良いって許可出た時、ちっとイラついたけどな」
ルインの思考をトビの声が区切り、今度は仲間達の視線がトビに移る。
「あいつらはユーガ達の話を聞いて街長の野郎に反感の声を上げた。そいつは、元からルインの味方だった、って奴らっつってたよな。・・・俺はそれが気に食わねぇ。言いたい事があるならはっきりと言い切りゃいい。ユーガが何かを言う前にレイフォルスのルインの味方とかいう奴らが行動を起こしてりゃ、あんな面倒事にはならなかったからな」
「トビ、それは・・・」
「俺から見れば、それは後出しの意見にすぎねぇ。少なからずとも立場が危うくなったからといってすぐに強い方に着く、都合の良い奴らもレイフォルスにはいるだろうしな」
「・・・・・・」
黙り込んでトビの意見を聞いていたルインは、確かに、と頷いてトビを見つめた。
「しかし・・・恐らく、何か思うところがあって、レイフォルスの皆さんは街長に対してあんな風に言ってくださったんだと思いますから・・・少なからずとも、私だけでなくレイフォルスの皆さんも変わっているのでは無いでしょうか、ね」
「・・・確かに、そういう考え方もあり、か」
「俺は」とユーガもトビとルインの会話に混ざり、出しゃばったかな、と思いつつも森を見つめて口を開いた。「どっちの意見もありだと思う。けど、レイフォルスの皆が変わってくれるなら・・・俺は嬉しいかな。ルインがもっとレイフォルスの皆に認められたら、仲間としてすげぇ嬉しいからさ」
ユーガは鼻の頭を掻いて仲間達の方へ視線を戻し、それに、と言葉を続ける。
「ルインは今も昔も愚か者なんかじゃないよ。ルインは今も昔も、俺達の大切な仲間だからさ・・・。だから、これからもよろしくな、ルイン!」
眩しいほどのそのユーガの言葉に、ルインは思わず目頭が熱くなってしまい、思わず空を見上げた。自分がどんな変わり者であったとしても、どんな事があったとしてもユーガ達は仲間でいてくれる。間違った道へ進むならそれを止めてくれて、辛い時はどんな時でも側にいてくれる。ユーガとはー自分の仲間達というのは、そういう人間達なのだ。
(・・・お母様、お父様・・・私は、とても優しい仲間達と出会えましたよ)
ルインは空に今は亡き両親の姿を見たような気がして、心の中でそう小さく呟いた。少しの間そうした後、ルインは視線を下げてユーガ達を見つめて何かを思い出したように頭を軽く下げた。
「シレーフォに向かうのでしたね。一刻を争う事態なのに、足を止めてしまって申し訳ありませんでした。・・・急ぎましょう」
ルインの言葉に仲間達は頷き、外に置いてあるエアボードに向かって勢いよく走り出した。どうかシレーフォの皆が無事でありますように、と祈りながら、ユーガはエアボードに乗り込んで空高く舞い上がり、レバーを傾けて全速力でシレーフォへと向かった。
「不思議なもんだな・・・イフリートの力で、まさか入り口までワープできるとは」
契約を結んだ後、脱出手段がトビの魔法によって通路が破壊されてしまった事で無くなってしまい、どうするべきかユーガ達が途方に暮れていたところをイフリートが入り口付近までワープしてくれたのだった。
「そうだな・・・ローウェズともう一回戦う事にならなくてホント良かったよ」
『精霊』であるイフリートがいる今となってはどうかはわからないが、苦戦する事は間違い無いだろう。そうでなくても、今は時間が限られているのだから、できればローウェズとの戦闘は避けたかったのだが、それを避ける事ができた事にユーガは、良かった、と軽く息を吐いて安堵した。
「では・・・シレーフォ、ですね」
「そうだ」とトビはルインの言葉に頷いて、エアボードに乗り込みながら呟く。「おら、急ぐぞ。時間はねぇんだからな」
ユーガ達は頷いてそれぞれのエアボードに乗り込み、改めてイフリートとの戦いを思い返した。
『・・・イフリート、かなりの力だったね』
リフィアのその言葉に、ユーガ達全員が頷いた。正直、よく勝てたな、とも思う。やはりそれほどに、『精霊』の力というものは強大なものなのだろう。
『・・・次は楽に済めばいいんだがな』
そう気怠げに言ったトビは、紺の前髪の中の右目でちらりと視線をこちらに向けてきた。ーとその直後、ユーガの脳内にイフリートの声が響いてきて、ユーガは僅かに顔を顰めた。脳内に直接話しかけられる気分を感じながらも、ユーガは前に向けていた視線をトビの方へ向けてからスピーカーに向かって口を開く。
(『精霊』は力を示させるために戦いを挑む者がほとんどだろう。・・・そこの『蒼眼』の主が言うような楽はほぼ無いであろうな)
「・・・『精霊』は大体が力を示させるために戦いを挑んでくるから、トビが考えているような楽はできないってさ」
『はー・・・』トビの声がスピーカー越しに、だるいな、と小さく呟くのが聞こえる。『・・・やるしかねぇって事か・・・やれやれだぜ・・・』
それを聞いていたイフリートがユーガの脳内で色々と呟いていて、ユーガは苦笑して、ふとルインの方へ視線を向けた。ルインは呆然とまっすぐ飛んでいて、それは何事かを考えているようでもあり、ユーガはルインに向けてスピーカーに声を送った。
「・・・ルイン?どうした?」
しかし、ルインはもはやそれを聞いておらず、意識を別のところへ向けていた。ーそれは、先程のイフリートの言葉について、である。これから先、迷いの森、シェイド遺跡というところ、と最低でもあと二体の精霊と戦う事になるが、『精霊』と戦うのはもちろんの事、あのローウェズのような魔物と再び戦う事になってしまったらー?
(・・・いえ、変な事を考えてる場合ではありませんか・・・)
ルインは無理やりその思いを抑え込んだが、その思いは次第に大きくなるばかりで、ルインの胸の中には不安と恐怖が渦を巻き始めていた。
ユーガは『そこ』へ足を踏み入れて、感慨深い思いと共に周囲を見渡した。隣にはネロが、後ろには仲間達が立っていて、トビとシノ以外がユーガと同様に辺りを見渡している。ユーガは何歩か前に歩いて行って、ゆっくりと口を開いた。
「・・・俺達の旅は・・・シレーフォと、ここから始まったんだ・・・」
迷いの森ー、そこは、ユーガとネロがトビと出会ってから初めて訪れた場所なのだ。
「・・・まだ数ヶ月とかしか経ってねーのに、何だか懐かしいな」
「そうだな・・・。そういえば、ここでトビが俺の事を助けてくれたんだったよな!」
「・・・何の事だかさっぱりだな」
即座にトビに否定されてしまったが、ネロの言葉通りにユーガにとってもートビにとってもかなり感慨深い感情を抱かせる場所であって、懐かしさすら覚えてしまうこの場所は、ユーガにとっては大切な場所の一つとして記憶されている。
「あの時とはかなり状況が違うよな。あの時はまだ地震の調査って名目だったのによ」
「それが今じゃ世界の危機、か・・・ガイアを出るまではこんな風になるなんて思ってもなかったのにな・・・それに・・・」
ネロとユーガの会話に、トビは軽く嘆息した。この場所でユーガとネロと共に共闘してフォレスワームを倒したあの時と今の心情のこの変化は、恐らく一人では気付けなかった事だ。ユーガ達をただ同行する敵国の人間として、ではなく同じ目的を持った『仲間』として行動している今の方が、断然心が楽なような気もする。今からユーガ達と出会う前の心境に戻りたいか、と聞かれれば癪ではあるが否、だ。
「それに」とトビの思考が終わると同時にユーガの視線がトビに向けられる。「ただ思いを押し付けるだけじゃダメだって事もわかったし・・・だから、やっぱり俺は皆と出会えて良かったって思うよ」
トビはユーガに向けて驚いたような表情を見せた後、はっ、と皮肉を込めてユーガから顔を逸らし、それ以上会話に参加する事なくユーガ達から離れて近くにあった木に手を添える。
「・・・行くぞ。それらしい祭壇はこっちにあったはずだ」
トビはユーガ達を置いて歩き出し、しばらく歩いたところで振り返ってまだ止まっているユーガ達を見て、おい、とぶっきらぼうに言った。
「何やってんだよ。早く行くぞ」
「・・・多分照れ隠しだぜ、あれ」
立ち尽くすユーガの横にネロが立って小声で言って、にやりとした笑みを浮かべる。ユーガは、そうなのかな、と首を傾げてー殺気を感じさせる瞳でネロに向かって銃を構えてこちらに向かってくるトビを見て、顔を引き攣らせた。
「・・・ネロ。魔法で死ぬか銃で死ぬか魔物に喰われて死ぬかどれか選べ」
トビのその言葉に、ユーガとネロは背筋に冷たい汗が流れていく感触に、ぞくり、と鳥肌が立って、ネロは青髪をぶんぶんと揺らして猛烈にーしかしその顔はどこか楽しそうにー首を振ってトビに謝った。
「こんなところに道があったのか・・・」
ユーガは後ろを振り返ったり、周囲を見渡しながらそう呟いた。ああ、とネロも頷いて歩いて来た道をちらりと歩きながら振り向いた。
「この辺りまで俺達、来てないもんな。気付かなくても当然といえば当然ではあるよな」
その道は、以前ユーガ達が元素機械のカケラを拾った場所よりもまだ先へ歩き、獣道を進んだ先にある道であり、元素機械のカケラを拾った後すぐにフォレスワームの事をログシオンに報告しにシレーフォへ戻ってしまったのだから、気付かないのも当然だろう。
「私はこの森には初めて入りましたが・・・ここは風の元素がかなり高い濃度で存在していますね。ここまで濃密な元素がある場所も、もう少ないでしょうね」
ルインの言葉にユーガは首を傾げて、そうなのか?と尋ねた。ユーガには元素を感じ取る方法がわからなかったためあまりわからなかったが、ルインに次いで前を先導して歩いているトビも頷いているところを見ると本当のことなのだろう。
「確かに、なんかふわふわした感覚はあるな・・・前にルインが言ってた、濃密な元素を俺も感じてるのか・・・。あ、そういや今回はあのでかい魔物はいなさそうだな。トビ、どうだ?」
「どうだ、と聞かれてもな」とトビは呆れたような視線をネロに向けて、わずか顔を俯かせた。「知るかよ。俺はルインみてぇな固有能力は持ってねぇし」
「けど、お前『蒼眼』のおかげで耳がいいんだろ?何か聞き取れないのか?」
「・・・聞き取れたらとっくに言ってる。・・・何か聞こえたら報告くらいはしてやるから黙って進め」
「助かるよ」とユーガはトビの言葉に笑顔を向けた。「ありがとう、トビ!」
「・・・一喜一憂するな。うぜぇ」
トビはそう言ったきりユーガ達の方を見ようとしなかったが、やはりトビも出会った頃と比べれば変わってきているな、とネロは思った。口が悪いのは変わっていないが、トビもトビなりに思うところがあったのだろう。そうでなければ、今もこうして一緒に旅はしていない筈なのだから。
「・・・おや?」
と、不意にルインが足元に視線を落として声をあげて座り込んだ。どうしたの、とリフィアがその隣に座り込んで尋ねると、ルインは何かを拾い上げて全員に見えるように手のひらに置いた。ユーガとトビも顔を見合わせてルインの手のひらを覗き込む。
「これは・・・?何かのカケラ・・・ですか?ルインさん・・・」
「・・・ルイン。そのカケラ・・・ちょっとよこせ」
ミナが不思議そうに尋ねたのに対し、トビは何かを閃いたようにルインに向かって告げた。どうぞ、とルインがトビにそれを手渡して、トビは自分の小袋から以前ここに来た時に拾った元素機械のカケラを取り出して、ルインが取っていたカケラとそのカケラを合わせた。ーすると。
「・・・ぴったり」
シノの言葉通り、その二つのカケラはちょうどぴったりに合わさって、それが同一の物であったという事を指し示していた。だけど、とネロがトビの手の上にある二つのカケラを、ひょい、と覗き込んで不思議そうに口を開いた。
「元素機械のカケラだとしてもよ、かなり小さくねーか?そこまで小さい元素機械なんて、あまり見た事ないぜ?」
「・・・だけど、元素機械のカケラなのは間違いないんだろ?なら、他にもあるかもしれないからあったら集めてみようぜ!」
「そうですね」とミナもユーガの言葉に賛同したように頷いて、ネロ同様にトビの手のひらを覗き込んだ。「元素機械のカケラなのですから、全て合体させて直す事ができれば私達の役に立つかもしれませんしね」
わかりました、とルインは頷いてトビにカケラをトビの袋へ入れるように促した。
「すみません、足を止めてしまいました。・・・さぁ、行きましょうか」
「ああ」
ルインの言葉にトビはカケラをしまった小袋をポケットに押し込みながら頷いて、もう一度僅かに生い茂った道へ向かって歩き出した。そのカケラが何かはわからないままだったが、今はまだそれでも構わないだろう。トビはそんな事を考えながら、ふぁ、と小さくあくびをして、眠そうな眼を擦った。
「着いたぞ」
トビがそう言って足を止めた場所は、森の中に鎮座していた、苔に覆われた神殿だった。ユーガはそれを見上げて、これ、と神殿を指差して誰とは言わずに尋ねる。
「この中に・・・『精霊』がいるのか・・・?」
「・・・恐らくだが。以前ここを調べた時には、奥深くに祭壇があったからな」
トビはそう言って神殿の中へ入っていき、ユーガ達もそれに続くと中は真っ暗で、ユーガ達は魔物の気配をすぐに感じ取れるようにできるだけ敏感にして武器を構えた。ーが、トビは近くにあった手頃な棒を拾い上げて、それの先端をルインに突きつけた。ルインは即座に頷いて、火属性の魔法でその木に着火して松明代わりにすると、それは辺りをぼんやりとだが照らし、ユーガも何とか辺りが見える程には明るくなった。
「ユーガさん。あなたの視力で何か見えませんか」
シノにそう尋ねられてユーガは、やってみる、と暗闇の中に眼を凝らした。すると、段々と少しずつ見え始めたが、いつものようにはっきりと見えるわけではなく、うーん、と唸ってシノに視線を戻した。
「・・・うっすら見えるくらいだな・・・ごめんな」
「・・・私の素朴な疑問であったため、謝る必要性はゼロ%。お気になさらないでください」
「あ、ああ・・・ありがとう」
シノは、わかればいい、と言わんばかりに頷いて金色のポニーテールを揺らしてユーガの隣から離れ、ユーガはその背中を見送ってー脳内にイフリートの声が響いてきて、少し顔を顰めた。
(ユーガよ。この先に強大な力を持った何かがいるぞ。気をつけろ)
(何だって・・・⁉︎魔物か⁉︎)
(それはわからぬが・・・とにかく気をつけるがいい。祭壇の近くにいる故、戦闘になればかなり厄介な相手だと思われるぞ)
ユーガは内心イフリートに頷いて、イフリートから声が聞こえなくなった事を確認して仲間達に向き直った。
「皆、この先に何かいるみたいだ。祭壇の前にいるらしい。・・・イフリートが教えてくれた。・・・気をつけよう」
「・・・イフリートが・・・ですか、わかりました。なるほど・・・気をつけましょう、皆さん」
どうやらルインとトビとシノは事前に何かを感じ取っていたらしく、ユーガの言葉を聞いてそれが確信に変わったらしい。リフィアが腰に手を当てて仲間達を一瞥し、気をつけて進もう、と言い、ユーガ達は頷いて松明を持つトビが戦闘に立って神殿の通路の先へ歩き出した。一歩一歩足を踏み出すたびに、歩く音やユーガ達の話し声も反響しているところをみると、どうやらこの辺りには抜け穴などはないらしい。つまりは、一直線に進めば良いだけだ、とネロは頭を掻いて前を歩くユーガの背中を見つめーいきなりその背中が止まり、ネロはいきなり止まる事はできずにユーガの背中に衝突した。
「おわ⁉︎」
「わ、ごめんネロ!大丈夫か⁉︎」
「あ、ああ・・・」
ユーガの手を借りてネロは立ち上がると、さらにユーガの前を歩いていたトビが姿勢を低くして立ち止まっていて、何してんだよ、とネロはトビに尋ねた。
「・・・んなところでかよ」
「え?」
トビのぼそりと呟いたその言葉に仲間達は武器に手をかけーユーガも視力でその姿を捉え、ルインもまた固有能力、『元素感知』でその正体を捉えていて、ユーガは鳥肌を立て、ルインは、ごくり、と唾を飲み込んだ。
「・・・ゆっくり下がれ」
トビは仲間達にそう呟いて、近くにあった木々全てに着火するようにルインに命令し、ルインがそれに従うと、薄暗かった空間に一気に明かりが灯る。すると、嫌でもその姿がはっきりと露わになりー。
「・・・ぎ、ぎ、ぎ・・・」
ユーガとミナとネロは固まってその肩を抱き合い、その姿を見つめた。それはー自分達の体の何倍も大きい蜘蛛で、見た目こそ真っ黒なものの目は真っ赤に染まっていて、三人は耐えきれなくなったように口を大きく開けて叫んだ。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあああ‼︎」
三人の声は神殿内にとても大きく反響し、トビはあまりの不快さに、思わず耳を塞いだ。
それから数分後、荒く息を切らせたユーガとネロとミナがそれぞれの武器を持ったままその場に座り込んでいた。トビも銃をホルダーに収めて思わず驚愕したような視線をユーガ達三人に向け、もはや息絶えて動かない巨大蜘蛛を見つめる。
「・・・やべー時に現れる、火事場の馬鹿力ってやつか・・・やれやれ・・・」
それにしても、ユーガとミナは虫嫌いなのは聞いていたがまさかネロもだったとは。それに、これほどまでに嫌いであった事に、トビは内心鳥肌を立てた。ーと、ユーガが剣を握り直して剣を振りかぶり、倒れて動かない巨大蜘蛛に剣を突き刺した。ネロとミナが、何やってんだ、と驚愕の声をあげたがユーガはそれには構わず、瞳に緋色の輝きを纏わせた。ユーガの固有能力、『緋眼』だ。ユーガはなるべく蜘蛛を視界に入れないように顔をぐっと背け、剣を伝って『緋眼』の力を蜘蛛の体内に流し込んだ。ーすると、蜘蛛は次第に光を放ち始め、その体は元素へと返っていった。それを確認したユーガは剣を一度振って蜘蛛の体液を払い、鞘に剣を収めた。ーどうやら、それ以上蜘蛛の死体と共にいる事が耐えきれなくなったらしい。
「・・・はぁ、疲れた・・・」
どっと体に疲労感が溜まっていたユーガは両手を両膝に置いて長く、本当に長く息を吐いた。
「大丈夫?ユーガ君」
「リフィア・・・ああ、大丈夫・・・ありがとう」
ユーガは口ではそう言ったが、正直言えば全然大丈夫ではない。目の前であのような巨大蜘蛛を目にし、それを倒したから良かったものの虫嫌いなユーガ達にとっては軽いトラウマだ。
(勘弁してくれよ・・・ホント・・・)
ユーガはリフィアの手を借りて何とかその場に立ち、内心でそう祈った。これ以上虫の魔物が出てこようものなら、本当に勘弁してほしいものである。
「・・・皆さん、見てください」
ルインの声に仲間達は通路の先を見て、あ、と声をあげた。
「祭壇だ・・・!」
それは、通路の先にある暗い部屋の中でただそこだけが輝きを放っていて、イフリートやセルシウスの物と似たような形であったためおそらくそれがトビの言っていた祭壇なのだろう、とユーガは理解する。
「という事は、イフリートの言っていたこの先に何かいる、という発言は先程の蜘蛛だったようですね」
「ああ・・・。トビ、祭壇ってあれだろ?」
ユーガはルインの言葉に頷いてから隣に立つトビに尋ねると、ああ、と頷いてトビは祭壇に向かって足を出した。ユーガ達もそれに伴い、祭壇の前まで来るとそこはどこからか風が僅かに吹き込んでいて、ユーガの髪をぱたぱたと揺らしていた。
「・・・おや・・・?」
どうやらルインもそれに気付いたようで、どこから風が吹き込んでいるのかを探すがそれらしい穴は見当たらず、ルインは不思議そうに首を傾げるとー。
「うわっ⁉︎」
突如突風が部屋の中に吹き荒れ、ユーガ達は思わず顔を両腕で覆い隠した。その瞬間、ユーガの中からイフリートが飛び出して行き、シノの体からもセルシウスが出ていくのがユーガには見えた。
『シルフ・・・。貴様、相変わらずの手荒い歓迎だな』
『・・・おや』
と、イフリートの声に少し意外そうに答えたその声の主が祭壇の中心部にふわふわと浮いていたのをトビは見た。ーイフリートとセルシウスも浮いてはいるのだが、それとはどこか違う軽快さすら感じさせる動きで空で一回転し、イフリートとセルシウスを見てどこかその口調を柔らかくした。
『イフリートにセルシウス。これはこれは、お久しぶりですね』
『昔話は追々にするとして・・・シルフ、まずは我等の話を聞いてはもらえぬか』
セルシウスのその言葉に、シルフはイフリートとセルシウスを交互に見て、不意に片手を上げると吹き荒れていた風が止んで、ユーガ達は顔を覆っていた両腕を下ろしてイフリート達の話が終わるのを待った。一通りの説明を終えると、シルフは初めてユーガ達の方へ視線を向けて、ユーガ達一同を一瞥した。ユーガもシルフの姿を初めてしっかりと捉える事ができ、その姿を見て少し驚いた。その姿は少年のような姿をしていて緑色の服に半ズボン、その背中には緑色の羽が生えている、という、羽を隠していれば少年として存在していてもおかしくないほどにその姿は独特であった。
『この『緋眼』の少年の模造品を倒して、世界を守るための旅、ですか』
シルフがユーガの顔をまじまじと見つめて、どこか確かめるような口調でそう言った。ユーガはシルフの顔をしっかりと見つめて頷くと、ルインがユーガの横に立ってシルフをまっすぐな瞳で見つめた。
「シルフ・・・あなたの力を、私達に貸してくれませんか?この世界は、まだ終わらせてはいけないはずです。あなたも、私達と同じように世界を愛している筈・・・その世界を、壊させてはいけないと私は思います」
「ルイン・・・」
ルインの強く、固い意志にユーガは思わずルインに視線を向けた。すごいな、とユーガは内心ルインに尊敬の念を抱いて、シルフに視線を戻した。すると、シルフはユーガ達から一度離れて祭壇の中心へと戻っていき、中心に着くと同時にユーガ達の方を振り向いて、いきなり両手を広げたかと思うと再び周囲には風が吹き荒れ始めた。
『良いでしょう。そこまで言うのであれば、私にその力を見せてみなさい。もしあなた方が私に勝つ事ができたなら、その時はあなた方の力を認めましょう』
「戦闘は」とトビが銃をホルダーから引き抜いて仲間達全員に届く声で言った。「俺とユーガとルインとリフィアでやる!他の三人はこの部屋が崩れ落ちねぇようにしろ!」
どうやらこの部屋はかなり脆くなっているらしく、封印されているとはいえ『精霊』の力をまともに壁に当てれば、恐らくこの部屋ごと崩れ落ちてしまうだろう。シノはトビの言葉に頷いて、残ったネロとミナに頷いて、それぞれが壁に攻撃が当たる事のないように三つに分かれる。
『千切り裂く風よ・・・タービュランス!』
シルフの魔法がユーガ達を襲うが、ユーガ達はそれをばらばらに散って回避し、それぞれの武器を構えてシルフに向かって突進していく。ユーガは剣を振りかぶってシルフに斬りかかるが、シルフはそれをふわりとしたバク宙でかわし、目にも止まらぬ速さでトビの背中に回り込んで魔法を纏った掌底を打ち込んだ。掌底を打ち込まれたトビは吹き飛ばされて地面を転がり、したたかに体を打ちつけた。
「がっ・・・」
「トビ!」
「・・・うるせぇ・・・こっちを気にしてる暇があるならさっさと攻撃しやがれ・・・!」
トビはゆっくりと起き上がりながらそう言い、自分に回復魔法をかけて何とか立ち上がった。それをさりげなくユーガが庇う形で立ち、トビが立ち上がったのを見届けてからその剣に力を込めた。
「烈破、天衝撃!」
剣で思い切り地面を叩きつけて地面を隆起させ、隆起して尖った地面ごと斬りつけるユーガの奥義にシルフは少し怯み、さらにシルフの足元に現れた魔法陣を見てユーガは一度バックステップでその魔法陣の外へ脱出する。
「来たれ流星・・・今ここに訪れよ!メテオストライク!」
ルインの魔法はシルフの上空から魔法で作り出した隕石を落下させた。だが、シルフは軽快な動きでそれをかわして、なるほど、と呟く。
『・・・少し焦りましたが、避けてしまえば問題ありませんね』
そう言い終えて、ルインの表情を見るとーその顔には笑みが浮かんでいて、シルフはその表情を目にして、ぞくり、と寒気を感じた。その方向へ視線を向けると、ユーガとリフィアがルインの魔法で生じた地属性の元素を武器に纏ってシルフに向かって走ってきていて、まずい、と本能的に察知して上空へ逃げようとしてー自分が動けない事に気付き、なに、と自分の体を見渡して、戦慄した。
「属性変化術・・・ソーンバインド・・・。軽快に動けねぇだろ、それならな」
そうトビの声が響き、トビはまだ痛みの引かない体に顔を顰めて魔法を放つために突き出していた右手を下ろした。シルフの体にはいつの間にか地面から伸びた荊が巻き付けられており、それによって行動を制限されていた。それは、自然発生などではなくー。先程吹き飛ばしたトビが、地属性によって魔法を変化させた物だった。
「あんたがルインの魔法をかわした後、余裕ぶっこいてくれたおかげでそいつを張る事ができた。感謝するぜ・・・。ユーガとリフィア・・・後は、やれ!」
「ああ!任せろ!」
「りょーかい!」
ユーガとリフィアはいまだに動けていないシルフの元まで走り、その武器に纏った地属性の元素を一気に解放させた。
「魔王、穿翔破‼︎」
「魔神顎龍陣!」
ユーガは何度かシルフを斬りつけた後、大地を揺るがす程の渾身の力を込めて地面を叩きつけると、ユーガの周囲には無数の隆起した岩が現れ、荊にかかって動けないシルフを襲った。さらにそこへ、リフィアの拳によって地面に叩き落とされたシルフをリフィアの蹴りが襲い、かかと落としを受けると同時にシルフを中心に大地が凹み、リフィアは、ありゃ、と素っ頓狂な声をあげた。
「・・・やりすぎちゃったか。ごめんごめ~ん」
リフィアが軽くシルフに謝ると、シルフはゆっくりと浮かび上がってユーガが隆起させた地面跡と真下にあるリフィアが凹ませた地面を見て、なるほど、と頷いた。
『・・・イフリートとセルシウスが認めるわけですね。これほどの力とは』
シルフは一度そこで言葉を区切り、ユーガに近付いたルインに視線を向けた。
『・・・そこの人間・・・そうか、あなたが『ケインシルヴァの天才魔導士』・・・』
「はい?」
シルフの言葉にルインは首を傾げたが、シルフは首を振ってルインの前に移動してルインに視線を向けた。
『『ケインシルヴァの天才魔導士』・・・。あなたの戦い方は、どこか懐かしみを覚えるものがある。あなたこそが私の器として相応しい人間です』
「ルインの精霊はシルフか・・・なんか似合ってるよな。見た目も何となくシルフに似てる気がするし」
ネロのそんな言葉にルインは、そうですかね、と自分の格好とシルフを見比べたが、すぐに視線をシルフに戻してシルフに向かって頷く。
「・・・わかりました。よろしくお願いします、シルフ。それと、私の事はこれからはルイン、とお呼びください」
『承知しました、我が主ルイン』
シルフはルインに向かって恭しく頭を下げた後、ミナに視線を替えて、すみませんが、と声をかけた。
『封印を解いて頂けますか?』
「・・・はい、わかりました」
ミナはイフリートの時と同様にシルフに手を翳し、シルフの体に現れた幾つもの魔法陣の一つが、ぱきん、と音を立てて割れ、シルフはミナに頭を下げて感謝の言葉を述べた。
『ありがとうございます』
シルフはそういうとルインの方へ近づき、ユーガはそのシルフの体が薄れていくのに気付いた。それは恐らく、ルインの元素と一体化するという事だろう、と今回はわかっていたので何も言わずにただシルフがルインと同化していくのを黙って眺めていた。完全にシルフの姿が消えると同時にユーガは、よし、と呟いて仲間達を一瞥した。
「これで、残る精霊はあと一体か・・・」
「まぁ、『人工精霊』に使われちまった分を補填する精霊だけ考えればな?他にもまだ精霊はいるからな」
ネロのそんなツッコミにユーガは、わかってるよ、と頬を膨らませてネロを肘で軽く小突いた。
「次はメレドル近郊にあるという遺跡、でしたか?」
ルインが誰にとは言わずに尋ねると、はい、とミナが頷いて口を開く。
「そこはまだ調査した事のない土地ですから、注意して行きましょう」
「ミナちゃんも行った事ないのか~・・・ま、何とかなるっしょー!」
リフィアのそんな声にユーガもまた頷いて仲間達を一瞥してー不意に、トビが口に人差し指を当てて、しっ、と言って、ユーガは言葉をつぐんだ。どうしたんだ、とユーガが小声で尋ねると、トビはそれに答えずに一度祭壇のある部屋を出て、来た通路を戻っていく。かなり神殿の入り口に近付いてきたな、とユーガが思ったその時、トビが不意に足を止めて暗闇に目を凝らしていて、そこにはー。
「ひ、人・・・クィーリアの兵士⁉︎」
来る時にはいなかった筈の人ークィーリアの兵士が倒れていて、まだ微かに息をしているようだがユーガの眼から見ても助からないという事は一目瞭然だった。それほどに、兵士は怪我をしていたのだ。
「どうした、何があった」
トビが隣に座り込んで兵士にそう尋ねると、兵士はトビの顔を見た瞬間に、小さくだったが歓喜の声を上げてトビの腕を掴んだ。
「と、トビ様・・・!ご無事で、何よりです・・・!」
「んな御託はいい。早く状況を話せ」
「それが・・・シレーフォが大量の、魔物に・・・襲われて・・・!」
「・・・何?」
「このままでは・・・ログシオン・・・陛下、が危ない・・・。トビ様・・・どうか、ログシオン陛下、を・・・お助けください・・・」
そこまで兵士は言い切ると、掴んでいたトビの腕から、するり、と兵士の腕が滑り落ち、カシャン、と鎧が地面に落ちる音が辺りに響き渡り、ユーガ達は沈黙した。トビは軽く息を吐いて立ち上がり、肩越しにユーガを見つめた。
「・・・ユーガ。シレーフォに行くぞ」
「ああ、もちろんだ・・・!この人の意思を無駄にしないためにも・・・。皆、ちょっと寄り道するけど良いかな・・・?」
仲間達にそう尋ねると仲間達は、当然だ、と言うように頷いた。ありがとう、とユーガは仲間達に礼を言って、よし、と拳を握りしめてもう一度仲間達を一瞥した。
「シレーフォに行こう。何としても、シレーフォの皆を守り抜くんだ!」
ユーガはそう口にして決意を固めると、ルインが何かに気付いたような表情で立ち尽くしていて、どうした?とユーガは尋ねると、ルインは僅かに笑みを浮かべてユーガを見つめ返した。
「ユーガ、シルフが私達を森の入り口まで送ってくれるそうですよ」
「ルーセィオス火山の時と同じように送ってくれるって事だな。わかった、よろしく頼むよ、シルフ」
ユーガがそう呟くと、ユーガ達は光に包まれていき、それはルーセィオス火山でイフリートが入り口まで送ってくれた時と同様の現象で、ユーガは少し安心した。光に包まれたユーガ達は眩しさに目を瞑り、瞼の裏で光が弱まっていくのを感じてゆっくりと目を開くと、そこは森の入り口であって、良かった、とユーガは軽く安堵した。
「・・・不思議なものですね」
と、いきなりルインが森を見返してそう呟き、仲間達の視線がルインの背中に集まった。
「こういった何も無いような場所に聖霊の祭壇があったり・・・私は旅に出る前は、こういった事を調べようともしてませんでしたから・・・旅に出始めたのはつい最近の事なのに、以前の私は・・・なぜ両親が亡くなったのか・・・それだけに目を取られてしまっていた、愚か者だったのですね」
「ルイン・・・」
「けれど・・・今は違う。あなた方との旅で、私も少しは変わる事ができたようです」
レイフォルスから追放され、もう二度と入る事はないと思っていたレイフォルスに入る事ができたのは、紛れもなくユーガ達のおかげだ。一度追放されたからといって、自分で自分の居場所の一つを失いかけてしまっていた。それを、ユーガ達が救ってくれた。
「ま、俺はお前がレイフォルスに入っても良いって許可出た時、ちっとイラついたけどな」
ルインの思考をトビの声が区切り、今度は仲間達の視線がトビに移る。
「あいつらはユーガ達の話を聞いて街長の野郎に反感の声を上げた。そいつは、元からルインの味方だった、って奴らっつってたよな。・・・俺はそれが気に食わねぇ。言いたい事があるならはっきりと言い切りゃいい。ユーガが何かを言う前にレイフォルスのルインの味方とかいう奴らが行動を起こしてりゃ、あんな面倒事にはならなかったからな」
「トビ、それは・・・」
「俺から見れば、それは後出しの意見にすぎねぇ。少なからずとも立場が危うくなったからといってすぐに強い方に着く、都合の良い奴らもレイフォルスにはいるだろうしな」
「・・・・・・」
黙り込んでトビの意見を聞いていたルインは、確かに、と頷いてトビを見つめた。
「しかし・・・恐らく、何か思うところがあって、レイフォルスの皆さんは街長に対してあんな風に言ってくださったんだと思いますから・・・少なからずとも、私だけでなくレイフォルスの皆さんも変わっているのでは無いでしょうか、ね」
「・・・確かに、そういう考え方もあり、か」
「俺は」とユーガもトビとルインの会話に混ざり、出しゃばったかな、と思いつつも森を見つめて口を開いた。「どっちの意見もありだと思う。けど、レイフォルスの皆が変わってくれるなら・・・俺は嬉しいかな。ルインがもっとレイフォルスの皆に認められたら、仲間としてすげぇ嬉しいからさ」
ユーガは鼻の頭を掻いて仲間達の方へ視線を戻し、それに、と言葉を続ける。
「ルインは今も昔も愚か者なんかじゃないよ。ルインは今も昔も、俺達の大切な仲間だからさ・・・。だから、これからもよろしくな、ルイン!」
眩しいほどのそのユーガの言葉に、ルインは思わず目頭が熱くなってしまい、思わず空を見上げた。自分がどんな変わり者であったとしても、どんな事があったとしてもユーガ達は仲間でいてくれる。間違った道へ進むならそれを止めてくれて、辛い時はどんな時でも側にいてくれる。ユーガとはー自分の仲間達というのは、そういう人間達なのだ。
(・・・お母様、お父様・・・私は、とても優しい仲間達と出会えましたよ)
ルインは空に今は亡き両親の姿を見たような気がして、心の中でそう小さく呟いた。少しの間そうした後、ルインは視線を下げてユーガ達を見つめて何かを思い出したように頭を軽く下げた。
「シレーフォに向かうのでしたね。一刻を争う事態なのに、足を止めてしまって申し訳ありませんでした。・・・急ぎましょう」
ルインの言葉に仲間達は頷き、外に置いてあるエアボードに向かって勢いよく走り出した。どうかシレーフォの皆が無事でありますように、と祈りながら、ユーガはエアボードに乗り込んで空高く舞い上がり、レバーを傾けて全速力でシレーフォへと向かった。
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