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絆の邂逅編
第三十四話 火の『精霊』
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「あっちぃぃぃぃ・・・」
ユーガは額に流れた汗を拭いながら、全体的に赤く染まった周囲を見渡した。じりじりと皮膚を焼き尽くすような熱気に、ぐつぐつと想像を絶する程の温度であろう溶岩が流れ、ユーガ達はぐったりと肩を落としたートビとシノ以外は。
「うるっせぇな・・・暑いって思うから暑いんだよ。暑いと考えなきゃ涼しくなるもんだ」
「・・・いえ・・・だとしても暑いですよ・・・」
ルーセィオス火山は、最近は活動が収まってきていて噴火の危険もないと聞いたことがあるが、ルインも苦しそうにしているところを見ると、やはりかなりの高温なのだ。いるだけで体力が奪われていくのだから、当然なのかもしれないが。
「・・・この温度だ、できるだけ早く『精霊』を見つけたほうがいいな・・・」
「さんせ~い・・・」
「りょうか~い・・・」
「わかりました・・・」
ネロの言葉に、ユーガとリフィアとミナが同時に呟いてゆっくりと前屈みに、だらん、となっていた体を起こして、目の前に広がっている道を見た。今回ユーガ達は、ルーセィオス火山の火口から『エアボード』で入り、火山の中を下っていくというルートで『精霊』を探す事になったのだ。
「ここには火の精霊、『イフリート』がいるんですよね」
「ええ、そのようですね」
シノの問いにルインが答え、できれば、とミナが額の汗を拭いながら言った。
「早めに見つけてしまいましょう・・・体力の消耗もかなり早いと思いますし・・・」
「待て」とトビがミナの言葉に即座に反応して汗一つかいていない髪をかき上げた。「そうやって楽をすると見逃しちまうかもしれねぇ。冷静かつ迅速に行くぞ」
トビの言葉に、ミナ、リフィア、ネロがトビに向けて、じとーっと眼を向けた。
「・・・トビさん、なんでそんな平然としてられるんです?」
「なんか怪しくない?特にその服とかさぁ」
「・・・いや、それかまさか自分だけ涼しい氷魔法とか使ってるんじゃないのか?」
三人からそんな言葉を向けられてトビは、はぁ?と呆れたように眼を細めた。
「何言ってんだてめぇら・・・うだうだ言うより早く体を動かせ」
んな器用な事できるか、とトビは嘆息しながら呟いて頭を掻いた。しかし、トビならできかねないよな、とユーガとルインは顔を見合わせて苦笑した。
「てめぇらもだよ。できねぇっつってんだろ」
トビにどうやら考えてる事を読まれたようであり、ユーガとルインは少し顔を引き攣らせて頷いた。こういうところが、トビの怖いところでもある。トビの観察能力は本当に高く、思った事を読まれている事が多くあるため、下手をするとトビに銃で撃たれるかもしれない、とユーガは少し身震いをして曲げていた背筋をまっすぐ伸ばした。
「しかし、この溶岩流・・・触れれば熱いなんてものでは済まないでしょうね」
ルインが冷静に分析して下にどろどろに流れる溶岩を眺めて、ふむ、と呟いた。
「・・・体が消滅する可能性、九十八%。触れない事を推奨します」
「そこはせめて百%って言お?シノちゃん。その二%に興味持っちゃう子がうちにはいるからさ?」
あくまで冷静なシノにリフィアはそういい、ちらりと視線をユーガに向けた。恐らく、先程の言葉はユーガに向けられたものだろう。ユーガは、そんな事しないよ、と即座に否定したが、ちょっとだけその二%に対して気になったのは事実なのでそれ以上否定はしなかった。
「試しに手突っ込んでみればいいじゃねぇか、ユーガ」
「や、やらないってば!」
トビに冗談混じりに言われ、ユーガはその様子を思い浮かべてぞっとし、慌てて否定した。手が消滅するなんてとんでもない。ユーガは両手を思わず胸の前で組み、その手をさすった。
「なら、早く行くぞ。俺達には時間が限られてるからな」
トビに言われ、ユーガは頷いた。時間がないのは確かなのだし、急ぐに越したことはない。ユーガは先に伸びている道を見て、よし、と組んでいた手を解いて右手を胸の前で握った。
「『精霊』がいるのはこっちかな・・・?行ってみようぜ」
「最悪、迷ったら私の固有能力を使ってみましょう。感知できるかはわかりませんがね」
「わかった。迷ったら頼むよ、ルイン」
ユーガはルインにそう微笑んで、じりじりと皮膚を焼く熱気に眼を少し細めてから、その足を踏み出した。
しばらく歩いたユーガ達は、ちらりと下に流れる溶岩に視線を向けたーその時。
「うぉっ⁉︎危ねぇっ⁉︎」
ネロがそんな声を上げて足を下げ、ユーガが慌ててそちらに視線を向けると、つい先程までネロの足元にあった地面が音を立てて崩れていき、どろどろの溶岩の中へと消えていった。ネロが足を引くのが一瞬遅ければ、ネロは間違いなく溶岩の中へ真っ逆さまだっただろう。
「ネロ、大丈夫か⁉︎」
ユーガがそう尋ねるとネロは、ああ、と顔を蒼白にして頷いた。
「大丈夫ですか、ネロ。・・・この辺りは地面が不安定なようですね・・・気をつけましょう」
「ああ・・・。しかし、危なかったぜ・・・」
ネロは深呼吸しながらも、落ち着きを取り戻した表情で言った。やれやれ、とトビが首を振りーその瞳に鋭さを増して、ユーガ達を手で制した。
「トビ、どうし・・・」
「黙れ」
トビのその言葉には、いつものような棘はなく危険を知らせるような口調で言い、身を屈めて近くにあった岩陰に隠れてユーガ達に向けて片手で手招きした。
「・・・どうしたんだよ、トビ」
ユーガが聞こえるか聞こえないかわからないくらいの声で言うとートビは『蒼眼』の固有能力のおかげで聴力が優れている事を知っているためであるー、トビはユーガの方へ視線を向けて口を開かずに親指で肩越しに岩の後ろを指差した。ユーガ達がトビのいる岩陰に近付くと、異変に気付いた。ずずん、ずずんと地響きが鳴っていて、地面も微かに躍動しているのだ。岩陰からそーっと顔を出して『緋眼』によって得た視力によって、『それ』の姿を捉える事ができたユーガは眼を見開いて息を止めた。
「な、な、何だあれ・・・⁉︎」
小声でトビに尋ねると、トビは一度嘆息して声を小さくして口を開いて、
「・・・ローウェズ、という魔物だ。火山岩を主食にする魔物で、凶暴な奴らしい」
と教えてくれた。ローウェズは龍のような頭に、二足歩行で歩いていて、両手は肥大化していて背中には羽が生えている。スウォーの乗っていた、ユーガ達がコーティオン村で倒した龍とは違う、言ってしまえばドラゴンのような姿だな、とユーガが考えていたーその瞬間。
「まずいよ・・・!」
リフィアがそう言って徐に岩陰から立ち上がり、真面目な表情で魔物の方角に視線を向けていた。何してやがる、とトビは言い終える前に、ハッとして銃を両手に持って魔物を見るとー。
「・・・見つかってる!ブレスを撃ってくるよ!」
リフィアの言葉にユーガは即座に魔物ーローウェズといっただろうかーに視線を向けると、確かにローウェズは今にもユーガ達に向けて口から炎の玉を吐き出す寸前だった。
「・・・来る!避けて!」
リフィアの叫びと同時にユーガ達は散り散りになって別方向へ飛ぶと、先程まで隠れていたはずの岩陰が姿形もなく消滅し、ユーガ、ネロ、ミナの三人とトビ、リフィア、ルイン、シノの四人に道が分離されてしまっていた。
「な・・・⁉︎」
「飛び越えるのは無理そうだな・・・」トビは冷静に呟いて、ユーガに向かって声を大きくして言った。「ユーガ!お前の方にも道は繋がってるだろ!お前らはそっち側から行け!俺達はこっちから進む!」
「わ、わかった!後で合流しよう!」
ユーガはそれ以外の選択肢はない、と判断してトビに向かって頷いた。ユーガ達とトビ達はそれぞれローウェズがいる方へと伸びているアーチ状になっている道に向かって駆け出した。
「・・・皆さん、どうか・・・ご無事で・・・!」
ユーガとネロの背後でミナがそう呟くのが聞こえたが、トビ達ならきっと大丈夫だ、とユーガは思った。
「・・・ミナ、きっと・・・大丈夫だよ」
ユーガの言葉にしかし、ネロはできるだけ冷静を装って口を開いた。
「だけど、戦力は分散されちまってる。ローウェズ・・・だっけ?そいつのところまでにあいつらと合流できなかったら、かなりきつい戦いになるかもしれないな・・・」
「そうだな・・・なるべく早くトビ達と合流しよう」
ユーガは頷いて、あの時リフィアが岩陰で危険を知らせてくれてよかった、と心から思った。でなければ、ユーガ達はあのブレスにやられてしまっていただろう。リフィアに向けて感謝を抱きながら、ユーガは道に現れる魔物を斬り倒してさらに奥へと走っていった。
~トビサイド~
「完全に分断されてしまいましたね・・・トビ、どうしますか」
アーチ状の道を走りながら、ルインはトビを見ながらそう尋ねた。トビは軽く嘆息して、ルインの方へ視線だけを向けてそれに答えた。
「・・・この先でユーガ達と合流できなけりゃあのローウェズを倒すのは厳しいと思う。それよりも早くあいつらと合流するべきだと俺は思うが」
「それが得策でしょう。なるべく早くユーガ達と合流した方が良いようですし」
ルインはそう言いながらもローウェズを倒すためにユーガ達の力を必要としたトビに、ルインはトビの変化に対して内心驚いていた。これまでの彼ならば、一人で十分だ、等と発言しただろう。だが、そうではない。トビはトビなりにユーガをー仲間を信じて共に戦っているのだ。だからこそ、先程のような発言が出てくるのだろう。ルインは、ふふ、と微笑んでトビの方へ視線を向けると、トビが怪訝そうな瞳をルインに返した。
「・・・何笑ってんだよ。さっさと行くぞ」
「・・・ええ、わかってますよ」
ルインは目の前に立ちはだかった魔物に向けて手を伸ばし、魔法を放って魔物を蹴散らし、その顔に笑みをさらに深めた。
「トビ君、気のせいかもだけどちょっと雰囲気変わったかもね」
「そうですね」と、リフィアの言葉にシノもまた無表情で頷いた。「トビさんもトビさんなりに思うところがあったのだと思います」
「・・・そうだね。・・・そう考えると、クールなトビ君が変わるきっかけになったスウォー君達も悪いとこばっかじゃないね。彼等がいなきゃ、そもそもアタシ達も会えてなかったかもだしさ」
「・・・補足しておきますが、私はまだあなたを完全に信用しているわけではありませんから」
「わかってるよ」
リフィアはそう言いながら、シノの頭をやんわりと撫で、にひひ、と八重歯を見せながら笑みを浮かべた。
「ま、アタシはキミ達を信じてるからさ。頼りにしてるよ~?」
「・・・」
リフィアの言葉をシノは無視して、軽く嘆息してシノから少し離れたところにいるトビに向けて口を開いた。
「トビさん、急いだ方が良いのではないでしょうか。時間が限られていますから」
「・・・わぁってる。行くぞ」
足を踏み出したトビ達の姿を見て、リフィアは少し微笑んで腕を組んだ。
「・・・それに、三千年と生きていても・・・成長させてもらえてるからね、アタシも。いや~、人生ってのは山あり谷ありで、ホント飽きないわ・・・」
三千年という長い年月を得てもなお、彼等から学ぶ事も少なくなかった。辛い過去から逃げていた事も、ユーガ達と出会っていなければ気付かなかっただろう。間違いなく、ユーガ達と行動した事によってリフィアもまた成長できている。『魔族』として生まれたにも関わらず、それは関係ないというようにユーガはリフィアを仲間として受け入れてくれた。ネロも、ルインも、ミナも、少なからずシノも、トビも。皆、リフィアを仲間として扱ってくれた。
「・・・ホント、何が起こるかわかんないもんだね、まったくさ」
「リフィア!行きますよ!」
トビの横で歩いていたルインが振り返り、リフィアに向かって手を振った。リフィアは、ふっ、と笑みを浮かべて、その手に応えるように手を振って口を開いた。
「今行くよ!」
~ユーガサイド~
「吹っ飛べ!緋焔、穿龍破‼︎」
ユーガは奥義を魔物にーローウェズに放ったが、岩盤のような皮膚にそれは弾かれてしまい、バックステップでローウェズから距離を取った。その後ろからネロが固有能力、『神速』を発動させる。
「貫け、猛襲の刃!翔破、刃裂閃!」
ネロは剣で僅かにローウェズを浮かせ、眼にも止まらぬ突きをローウェズに食らわせた。ローウェズは苦しそうにもがいて、雄叫びをあげたがその皮膚には傷一つ付いていなかった。それなら、とミナがローウェズの上空からナイフを突き立てた。
「爆ぜなさい!潜進爆裂刃!」
ローウェズから飛んで離れた瞬間にそのナイフが爆発を起こす。土煙がもうもうと立って、ローウェズの姿はその煙に隠れた。ユーガは荒くなった息を整えてその土煙に近付いた瞬間ー、ユーガの脇腹にとてつもない衝撃と共に横に吹き飛ばされるのを感じた。
「ユーガ‼︎」
ネロの声が聞こえたが、ユーガはそれには答えられずに地面に体を打ちつけながら転がった。ユーガが顔を上げると、そのすぐ横には崖があり、その下には溶岩がぐつぐつと音を立てながら流れていた。もう少し吹き飛ばされていたらー、とユーガはぞっとして、痛みが引かない体に鞭を打って剣を握った。
「ユーガ、受け取れ!」
ローウェズの方へ駆けていくと、ネロがユーガに向かって何かを投げた。ユーガがそれを空中でキャッチするとそれは回復のポーションであり、ユーガは蓋を開けて中身を一気に飲み干した。体力が戻ってくるのが自分でもわかるが、すぐには回復せず体の痛みに耐えながらローウェズに向かって走った。
「・・・『緋眼』解放!」
ユーガは固有能力、『緋眼』の力を眼に纏わせて、漲ってくる力を剣に込めてローウェズに向かって思い切り振りかぶり、渾身の力で奥義を放った。
「これでも喰らえっ!緋龍、葬閃破‼︎」
一度身を屈めて剣で突き、そこから立ち上がる反動で飛び上がってから剣の連撃を入れるユーガの奥義に『緋眼』の力が重なり、爆音と豪炎を立ててローウェズを襲った。ーが、ローウェズはそれでもなお巨大な腕を振り回してユーガに殴りかかってきた。先程は不意打ちだったから吹き飛ばされててしまったが、今回は『緋眼』を解放している事もあり避ける事はできたのだがー。
「ユーガの『緋眼』を使ってもほぼ攻撃を喰らってないのかよ、こいつ!頑丈すぎんだろ!」
「・・・私に、任せてください」
不意にそんな声が聞こえ、その声の方を向くと金髪をポニーテールにして軍服を着た少女ーシノが氷を纏った拳を振りかぶって思い切りローウェズを殴りつけた。
「シノさん!という事は・・・!」
「・・・トビ!皆!良かった、無事だったんだな!」
ミナの声に次いで、ユーガがもう一つの道から現れたトビ達に喜びの声をあげた。ふん、とトビは鼻を鳴らして呆れたような視線を向ける。
「当たり前だ。こんな事で俺達は死ぬほどヤワじゃねぇよ。・・・だが、こいつは思ったよりも頑丈そうだな」
トビの言葉通り、シノが放った拳もまたローウェズには効いておらず、シノに向かってブレスを数発放出していた。シノはそれを軽い動きでかわし、ユーガ達の方へバックステップで戻ってきた。
「ユーガ、トビ。この魔物はどうやらまだ私達では勝てないと思いますが、どうしますか?」
ルインのそんな疑問にユーガは腕を組んで考え込んだが、トビは嘆息して即答した。
「逃げるぞ」
「へ?」
「死にたくなければ走れ。俺達じゃ勝てねぇんなら逃げるしか生き残れねぇ」
トビはそう言って、ルインの方を見た。ルインも、おそらくそれが良いでしょう、と頷いて仲間達に視線を向けた。
「いいですか?一瞬の隙をついて後ろの通路まで逃げますよ」
「了解!・・・ドジすんなよ?」
ネロの言葉に、ユーガ以外の仲間全員の、お前が言うか、と言うような視線がネロに集まった。
「・・・で、なんで皆で俺の方を見るんだっつーの」
「日頃の行いが悪いからな、てめぇは」
「否定できません」
トビとシノに容赦なくそんな言葉を向けられ、ネロが不満げに頬を膨らませたのを見てユーガはネロの方をぽんぽんと叩いた。
「頑張ろーぜ、ネロ!」
「・・・今はその屈託のない性格すら俺の心には痛いよ、ユーガ」
ネロは首をゆるゆると振ってユーガを見たが、ユーガはなんの事かわからず首を傾げた。ネロは、もういいよ、とユーガに感謝を述べてローウェズの方を見た。
「三・・・二・・・一・・・今!行くよ!」
リフィアの声にユーガ達は同時に駆け出し、ローウェズの隙を縫って後ろの通路へと走った。ーが、ローウェズのブレスがミナに向けられているのがユーガにはわかり、消えかけていた『緋眼』の力をもう一度発動して咄嗟に剣を構えてそのブレスを防いだ。
「く・・・!」
「ユーガさん⁉︎」
「先に行ってくれ!」
ユーガはブレスを弾き返し、なんとかしてローウェズの攻撃の矛先を自分に向けさせるようにあえて大きな動きでローウェズの気を引いた。ローウェズの矛先がミナからユーガに向いた事を確認して、じりじりとローウェズがユーガに向かってきている事に内心冷や汗をかきながら、ユーガは軽く息を吐いた。
(くそ、どうすれば良い・・・?トビ達は向こうに着けてるみたいだから、それは良かったけど・・・!)
ユーガが考えを巡らせていると、ローウェズがユーガに向かってブレスを吐くために僅かに上を向いたーその瞬間を、ユーガは逃さなかった。その一瞬で思い切り地面を蹴ってローウェズの足の間を潜り抜け、トビ達のいる通路へと走った。ローウェズが怒りに咆哮をあげながらユーガを追いかけてくるのが聞こえ、ユーガは通路に向かって飛び込んだ。その直後トビが魔法で通路の入り口の上部分を魔法で破壊して通路への入り口を塞いだ。
「あ、危なかった・・・ミナ、大丈夫か?」
「は、はい・・・すみません、私のために・・・」
ミナがそう言ったのに対し、ユーガは笑みを浮かべて、いや、とミナの方を向いた。
「ミナを守れたなら良かったよ!」
「ユーガさん・・・」
「ユーガ」とトビは無理やり話を区切らせて腕を組んでユーガに回復魔法をかけ、立ち上がったユーガに向けて軽く嘆息した。「お前、運が良かったから良かったものの、下手すれば死んでたんだぞ。気をつけろ」
トビの皮肉を込めながらも心配してくれた、そのトビの言葉に、ユーガはトビに笑顔を向けて口を開いた。
「うん、わかった。ありがとう」
「・・・さっさと行くぞ。ちんたらしてる場合じゃねぇんだからな」
トビはユーガの礼には答えず、顔を背けて通路の先へ向かって足を踏み出した。ユーガは頷いて、ちらりと後ろをーローウェズがこちらへ来ないようにトビが封じた通路を見て、これって帰れるのかな、と首を傾げたが、何も言わずに先を歩くトビを追いかけた。
「・・・ねぇ、皆」
ーと、ユーガ達が一息吐こうとしたところでリフィアが少し恥ずかしそうにして頬を掻き、ユーガ達を一瞥した。シノが不思議そうに小首を傾げて、リフィアを見つめる。
「どうしたんですか、リフィアさん」
「キミ達に・・・特にユーガ君とトビ君。キミ達に伝えなきゃならない事があるの」
「・・・俺達に?」
うん、とリフィアは頷いて、怪訝そうな眼でこちらを見てくるユーガとトビをまっすぐ見つめた。
「・・・スウォー君の、固有能力について・・・なんだけど」
「・・・スウォーの?」
「うん」とリフィアは頷いて、表情を改めてユーガ達を見つめた。「・・・注意してもらいたい事だから、先に話しとくよ」
リフィアはそこで一度区切り、小さく息を吐いてもう一度口を開いた。
「・・・まず、スウォー君の固有能力について話すよ。スウォー君の固有能力は『破眼』といって、その力は世界を・・・ううん、宇宙すらも破壊するほどの力を持つと言われているの」
「『破眼』・・・そんな力が、スウォーに・・・」
ルインは腕を組んで呟き、しかし、とリフィアに対して疑問を口にした。
「なぜリフィア・・・あなたはそんな事を知っているのですか・・・?」
「・・・元々気付いてはいたんだ。ただ・・・確証がなかったからね。けど、レイフォルスでそんな文献を見つけて納得したんだよ。なぜスウォー君があれほどまでの力を持っているのか、ね」
「・・・だから何だよ?」
リフィアに向かって呆れたような視線を向けるトビに、リフィアは困惑したような視線でトビを見た。
「何って・・・そんな強大な力を持ってるスウォー君と戦うんでしょ?」
「ああ、そうだな。だが、そんな力があろうと無かろうと俺達はあの野郎に勝たなきゃならねぇ。その固有能力を知ったところで、俺達は後には引けねえんだよ」
「・・・トビはやはり頼もしい限りですね、ユーガ」
トビの言葉が終わると、ルインがユーガの隣に来てそう囁いた。そうだな、と頷いて、ユーガは頬を掻いた。本当にトビは冷静沈着で判断力も高く、頼りになる存在だ。ーだけどー。
「けど、俺はルインも皆も一緒にいるから、もっと頼もしいぜ!」
ユーガは視線をルインに向けて、にっと笑うと、ルインは一瞬驚いたような表情を見せた後、ふっ、と微笑んだ。
「・・・私も、あなたの事を頼りにしてますよ。ユーガ」
「・・・へへ、まだまだ皆と比べると到底頼りになんねーけど、頑張るよ!」
ユーガとルインがそう言葉を交わすと、誰よりも前を歩いていたネロが、おい、と通路の先を指差して叫んだ。
「あそこにセルシウスの時みたいな祭壇があるぞ!あれじゃないか⁉︎」
ユーガはそれを聞くとルインから走って離れ、ネロの横まで走って、ホントだ、と声をあげた。
「よし、行こうぜ!」
ルインはそれを見守りながら、子を見守る親のような穏やかな表情でユーガを見つめた。
「・・・『まだまだ頼りにならない』、ですか・・・。あなたがいるからこそ、紡がれていく『絆』があったんですよ、ユーガ・・・」
「自己肯定感は低いですけど」とルインの呟きに、ミナが隣に立って同じようにユーガの背中を見つめた。「誰よりも皆の事を思っているユーガさんは、本当に頼りになります」
「そうですね」
あのまま、ルインがレイフォルスにいたままだったならどうなっていたのだろうか?ミナも、シノも、リフィアも、自分も、ネロも、トビも、ユーガと出会っていなかったら?ユーガの明るさと思いに惹かれて着いてきたお陰で、ルインにはかけがえのない仲間ができた。それはきっと、何があっても諦めないユーガの心があったからだ。そうでなければ、きっとー。
(・・・私達が出会えていたかもわかりませんし、ね・・・)
だからこそ、ルインはユーガに対して感謝を抱いているのだ。それは恐らく、仲間達全員ートビはわからないがーがそうだろう。ユーガがいたからこそ救われた事が、幾度となくあった。
「・・・行きましょうか、ミナ」
「はい」
ルインは内心でユーガに感謝を述べ、祭壇の前で色々と調べている仲間達を見て横にいたミナに告げた。
「・・・ルイン、これってやっぱり『精霊』の祭壇なのか?」
追いついたルインに向けてユーガがそう尋ねてきて、恐らく、とルインは頷いた。
「同類の物でしょう。祭壇の上に描かれている紋章が同じ物ですから」
「・・・けれど、どうやって『精霊』を呼び出すんですか」
シノの問いに、彼女の中から『精霊』ーセルシウスが現れ、祭壇の前に立って良く透き通る声がユーガ達の耳に響いてきた。
『・・・『絶対神』の固有能力をもつ少女が祈りを捧げよ』
「私・・・ですか?」
セルシウスの言葉に誘われて、ミナは祭壇の上に立って両手を組んで両膝立ちになって、精神を集中させた。ーすると、ミナを中心に焔が渦巻いていき、ユーガ達は熱気に押されて少し後ずさった。その熱気が弱まり、ユーガ達が顔を上げてー驚愕に、その眼を見張った。
「こ、これは・・・」
「これって・・・」
とネロが驚いた声を、ユーガが眼を輝かせて、すげぇ!と喜んだような声をあげた。
「火の精霊・・・!」
「イフリート・・・‼︎」
『それ』はーイフリートはどこか先ほどあったローウェズのような姿をしていて、碧色の瞳でユーガ達の姿を一瞥し、その中にシノの横に佇むセルシウスの姿を視認すると、威圧感のある声を口にした。
『・・・セルシウスか、久しいな』
『そうだな。こうして会うのは実に千年ぶりだろうな』
『・・・昔話は後にして・・・此奴らは何だ。見たところ、ただの人間のように見えるが?』
『説明しよう。・・・我が主どもよ、少し待っていてもらうぞ』
セルシウスは振り向くと、ユーガ達に向かってそう言った。ユーガ達は頷いて、頼むよ、とセルシウスとイフリートの会話を見守っていた。そしてある程度セルシウスが説明してくれると、イフリートはユーガを見て、なるほど、と呟いた。
『・・・貴様らは世界を救うための旅をしているのか』
「・・・はい」イフリートの言葉に、ユーガは頷いて後ろに立つ仲間達を見た。「俺はこの世界を守るために、世界を旅してます。それで、俺の模造品を・・・スウォーを倒すためには、『精霊』の力が必要なんです!」
『・・・そのために、貴様ら人間に力を貸せ、と・・・』
イフリートは厳格さを感じさせる声でユーガ達を見てー。
『・・・良いだろう』
「本当ですか⁉︎良かった!」
『ただし。セルシウスが貴様らを認めたという事は、それなりの力と思いがあるという事だろう。ならば、それを我に尽くしてみよ』
「・・・え?」
「・・・戦え、という事ですね」
イフリートの言葉に、シノは冷静に告げた。イフリートは、そうだ、と言わんばかりに頷き、周囲に熱気が漂い始めたのを感じながらトビは太もものホルダーから双銃を引き抜いて、イフリートに鋭い視線を向けた。
「わかりやすくていいじゃねぇか。ぶっ潰しゃ終わりだろ。さっさとやるぞ」
『・・・貴様は・・・『蒼眼』の使い手か』
「・・・だから、何だよ」
『では、貴様の父親はセイガ・・・セイガ・ナイラルツか』
「・・・!・・・何で親父の名前を知ってる?」
『・・・貴様の父親が生前、ここに来ていたからだ』
トビはイフリートのその言葉に、へぇ、と軽く流して、少しブレた双銃をもう一度イフリートに向け直した。
「・・・親父がどうだろうと、俺は俺だ。親父の事をお前が知っている事と、俺がお前に協力を要請する事と話は別だからな」
『・・・そうか。・・・余計な時間を食わせたな。さぁ、来るが良い』
「・・・行くぞ、お前ら」
「ああ!・・・行きます、イフリート!」
ユーガは腰の剣を引き抜いて、イフリートに向かって振るった。
「瞬烈火‼︎」
思い切り剣を振りかぶって火柱を起こすユーガの技はイフリートには効いていないようで、火柱がイフリートの前に立つだけだったが、それでもユーガにとっては構わなかった。その火柱の後ろから跳躍して剣を振りかぶってイフリートに向かって振り下ろす。
「襲爪、遷空破‼︎」
『生ぬるいな』
ユーガは一度剣を振り下ろして、そのまま剣をを振り上げる反動で飛び上がって空中で右一回転と共に剣を横なぎに振り、そこからさらに小さくジャンプして右足でイフリートに蹴りを入れた。ーしかし、イフリートは余裕すら感じさせる動作でそれを片手で受け止め、ユーガをそのまま剣ごと弾き飛ばし、ユーガは空を舞った。しかし、ローウェズのようにはならず、トビが回復魔法をかけてくれたおかげでユーガは地面に辿り着いた瞬間に受け身を取って起き上がり様に走り出した。
「シノちゃん!」
「命令を確認。不本意ながら・・・了解致しました」
リフィアとシノは同時に高く飛び上がりー飛び上がった直後、イフリートに拳を叩き込みー、空中から拳を振り下ろして、拳と脚両方の連撃を叩き込んだ。
「魔神、氷迅掌‼︎」
シノとリフィアの共鳴奥義に、イフリートの体が僅かに揺らいだ瞬間をユーガ達は見逃さなかった。
「戦禍の如き豪流よ、氷結して敵を貫け」
「氷河より出し氷晶、敵を穿つべく我に力を!」
トビとルインの詠唱を聞いて、ユーガとネロとミナは三方向からイフリートに向かってそれぞれ武器を振った。それぞれの振るった武器は弾かれてしまったが、それでも構わない。トビとルインの魔法が完成すると同時にユーガ達はイフリートから一度距離を取った。
「アブソリュート」
「アブソクリスタル‼︎」
トビとルインの魔法はそれぞれ地面から空に向かって氷が隆起して、それはまるでクロスしているようにユーガには見えた。周囲に散っていた熱気を冷ますほどの冷気を感じさせたその氷がイフリートに直撃するとかなりダメージを与えられているようで、ユーガはネロと顔を見合わせてイフリートの元まで走り、トビとルインの放った魔法を剣に纏わせてイフリートに向かい、思い切り振り切った。
「立ち上れ、氷刃!氷牙、滅刃襲‼︎」
「受けろ!氷筍蒼雪花‼︎」
ユーガとネロの氷を纏った奥義にイフリートは腕でガードしたが、二人がかりという事もあってそれは叶わず、二人の剣をまともに受けてイフリートは僅かに苦しげな声をあげて、がくっと姿勢を崩して、見事だ、とユーガ達をーユーガを見た。
『・・・貴様らの覚悟、見せてもらった。・・・そして、ユーガ・・・と言ったな』
「え・・・?」
『・・・貴様の意思の強さ・・・見事だ。貴様こそ、我が主の器として相応しい』
イフリートの言葉を受けて、ユーガはつい仲間達の方へ視線を向けた。ーだが、ユーガのそんな視線を仲間達は優しい視線で返して、その中でルインが、良いではありませんか、と頷いた。
「ユーガの使える元素も火ですし、イフリートに協力していただければもっと強くなるのではないでしょうか?」
「あ、ああ・・・」
ユーガは、そんなもんでいいのかな、と頬を掻いたが、多分大丈夫だろう、と納得してイフリートに向き直って口を開いた。
「わかりました、イフリート!よろしくお願いします!」
『・・・名前を呼び捨てするのならば、敬語の意味はないのではないか?』
「へ?あ、そうですね・・・じゃなくて、そうだな!じゃあ、これからよろしくな!イフリート!」
ユーガが笑みを浮かべると、イフリートは僅かに頷いてユーガに近付くと、辺りに火種がちりちりと舞ったが不思議とそれは熱くはなく、ユーガが不思議に思っているとイフリートがユーガの前まで移動してきて、次第にイフリートの体が元素となっているのがユーガにはわかって、大丈夫なのか、と尋ねた。
『貴様に力を貸すのは元素となって貴様と常に共にあるという事だ。案ずる事はない』
イフリートはそうユーガを安心させると、元素になりかかった体で今度はミナに視線を向けた。
『・・・『絶対神』の固有能力を持つ女よ。この者・・・ユーガ・サンエットと共に活動するためには、封印を解かねばならぬ。貴様の力で我を解放してくれ。そうすれば、世界に足りていない元素を補填できる』
「は、はい!わかりました・・・」
ミナは頷くと、イフリートに向かって手を翳した。その直後、イフリートに幾つもの魔法陣のようなものが展開され、その中の一つが薄氷が割れるような音で、ぱきん、と割れ、イフリートは消えかかる体でほんの僅かだったが、ふっ、と微笑んだ。
『感謝するぞ・・・ミナ、とやら・・・』
そう言い終えると完全にイフリートの姿は消え、ミナがきょろきょろと辺りを見渡してイフリートの姿を探したが、大丈夫、とユーガはミナに呟いて、自分の胸に手を当てた。
「イフリートは・・・俺の中に居てくれてるよ。今グリアリーフ中の火の元素のバランスを直してくれてるみたいだ」
「・・・良かったです」
ミナの呟きに、ユーガも頷いて心の中でイフリートに向けて呟いた。
(イフリート・・・ありがとう・・・)
(・・・・・・)
イフリートからの返事はなかったが、それで十分だろう。ユーガは自分の胸から手を離し、今度はトビに視線を向けた。
「じゃあ、次は・・・?」
「シレーフォの近郊の森だ。ユーガ、ネロ。お前らも知ってるとこだよ」
「・・・あそこか・・・」
そこは、旅が始まったばかりに行った場所で、ユーガ達にとっては特別な想いを抱かせる場所でもある。ユーガとネロはどこか不思議な思いを抱きながら、わかった、と頷いた。
「じゃあ、行こう。ー迷いの森に」
「・・・頼むから虫が出ない事を祈るぜ、まったく」
ネロの言葉に、ミナも同意したように激しく首を振っているのを見て、ユーガは苦笑した。
ユーガは額に流れた汗を拭いながら、全体的に赤く染まった周囲を見渡した。じりじりと皮膚を焼き尽くすような熱気に、ぐつぐつと想像を絶する程の温度であろう溶岩が流れ、ユーガ達はぐったりと肩を落としたートビとシノ以外は。
「うるっせぇな・・・暑いって思うから暑いんだよ。暑いと考えなきゃ涼しくなるもんだ」
「・・・いえ・・・だとしても暑いですよ・・・」
ルーセィオス火山は、最近は活動が収まってきていて噴火の危険もないと聞いたことがあるが、ルインも苦しそうにしているところを見ると、やはりかなりの高温なのだ。いるだけで体力が奪われていくのだから、当然なのかもしれないが。
「・・・この温度だ、できるだけ早く『精霊』を見つけたほうがいいな・・・」
「さんせ~い・・・」
「りょうか~い・・・」
「わかりました・・・」
ネロの言葉に、ユーガとリフィアとミナが同時に呟いてゆっくりと前屈みに、だらん、となっていた体を起こして、目の前に広がっている道を見た。今回ユーガ達は、ルーセィオス火山の火口から『エアボード』で入り、火山の中を下っていくというルートで『精霊』を探す事になったのだ。
「ここには火の精霊、『イフリート』がいるんですよね」
「ええ、そのようですね」
シノの問いにルインが答え、できれば、とミナが額の汗を拭いながら言った。
「早めに見つけてしまいましょう・・・体力の消耗もかなり早いと思いますし・・・」
「待て」とトビがミナの言葉に即座に反応して汗一つかいていない髪をかき上げた。「そうやって楽をすると見逃しちまうかもしれねぇ。冷静かつ迅速に行くぞ」
トビの言葉に、ミナ、リフィア、ネロがトビに向けて、じとーっと眼を向けた。
「・・・トビさん、なんでそんな平然としてられるんです?」
「なんか怪しくない?特にその服とかさぁ」
「・・・いや、それかまさか自分だけ涼しい氷魔法とか使ってるんじゃないのか?」
三人からそんな言葉を向けられてトビは、はぁ?と呆れたように眼を細めた。
「何言ってんだてめぇら・・・うだうだ言うより早く体を動かせ」
んな器用な事できるか、とトビは嘆息しながら呟いて頭を掻いた。しかし、トビならできかねないよな、とユーガとルインは顔を見合わせて苦笑した。
「てめぇらもだよ。できねぇっつってんだろ」
トビにどうやら考えてる事を読まれたようであり、ユーガとルインは少し顔を引き攣らせて頷いた。こういうところが、トビの怖いところでもある。トビの観察能力は本当に高く、思った事を読まれている事が多くあるため、下手をするとトビに銃で撃たれるかもしれない、とユーガは少し身震いをして曲げていた背筋をまっすぐ伸ばした。
「しかし、この溶岩流・・・触れれば熱いなんてものでは済まないでしょうね」
ルインが冷静に分析して下にどろどろに流れる溶岩を眺めて、ふむ、と呟いた。
「・・・体が消滅する可能性、九十八%。触れない事を推奨します」
「そこはせめて百%って言お?シノちゃん。その二%に興味持っちゃう子がうちにはいるからさ?」
あくまで冷静なシノにリフィアはそういい、ちらりと視線をユーガに向けた。恐らく、先程の言葉はユーガに向けられたものだろう。ユーガは、そんな事しないよ、と即座に否定したが、ちょっとだけその二%に対して気になったのは事実なのでそれ以上否定はしなかった。
「試しに手突っ込んでみればいいじゃねぇか、ユーガ」
「や、やらないってば!」
トビに冗談混じりに言われ、ユーガはその様子を思い浮かべてぞっとし、慌てて否定した。手が消滅するなんてとんでもない。ユーガは両手を思わず胸の前で組み、その手をさすった。
「なら、早く行くぞ。俺達には時間が限られてるからな」
トビに言われ、ユーガは頷いた。時間がないのは確かなのだし、急ぐに越したことはない。ユーガは先に伸びている道を見て、よし、と組んでいた手を解いて右手を胸の前で握った。
「『精霊』がいるのはこっちかな・・・?行ってみようぜ」
「最悪、迷ったら私の固有能力を使ってみましょう。感知できるかはわかりませんがね」
「わかった。迷ったら頼むよ、ルイン」
ユーガはルインにそう微笑んで、じりじりと皮膚を焼く熱気に眼を少し細めてから、その足を踏み出した。
しばらく歩いたユーガ達は、ちらりと下に流れる溶岩に視線を向けたーその時。
「うぉっ⁉︎危ねぇっ⁉︎」
ネロがそんな声を上げて足を下げ、ユーガが慌ててそちらに視線を向けると、つい先程までネロの足元にあった地面が音を立てて崩れていき、どろどろの溶岩の中へと消えていった。ネロが足を引くのが一瞬遅ければ、ネロは間違いなく溶岩の中へ真っ逆さまだっただろう。
「ネロ、大丈夫か⁉︎」
ユーガがそう尋ねるとネロは、ああ、と顔を蒼白にして頷いた。
「大丈夫ですか、ネロ。・・・この辺りは地面が不安定なようですね・・・気をつけましょう」
「ああ・・・。しかし、危なかったぜ・・・」
ネロは深呼吸しながらも、落ち着きを取り戻した表情で言った。やれやれ、とトビが首を振りーその瞳に鋭さを増して、ユーガ達を手で制した。
「トビ、どうし・・・」
「黙れ」
トビのその言葉には、いつものような棘はなく危険を知らせるような口調で言い、身を屈めて近くにあった岩陰に隠れてユーガ達に向けて片手で手招きした。
「・・・どうしたんだよ、トビ」
ユーガが聞こえるか聞こえないかわからないくらいの声で言うとートビは『蒼眼』の固有能力のおかげで聴力が優れている事を知っているためであるー、トビはユーガの方へ視線を向けて口を開かずに親指で肩越しに岩の後ろを指差した。ユーガ達がトビのいる岩陰に近付くと、異変に気付いた。ずずん、ずずんと地響きが鳴っていて、地面も微かに躍動しているのだ。岩陰からそーっと顔を出して『緋眼』によって得た視力によって、『それ』の姿を捉える事ができたユーガは眼を見開いて息を止めた。
「な、な、何だあれ・・・⁉︎」
小声でトビに尋ねると、トビは一度嘆息して声を小さくして口を開いて、
「・・・ローウェズ、という魔物だ。火山岩を主食にする魔物で、凶暴な奴らしい」
と教えてくれた。ローウェズは龍のような頭に、二足歩行で歩いていて、両手は肥大化していて背中には羽が生えている。スウォーの乗っていた、ユーガ達がコーティオン村で倒した龍とは違う、言ってしまえばドラゴンのような姿だな、とユーガが考えていたーその瞬間。
「まずいよ・・・!」
リフィアがそう言って徐に岩陰から立ち上がり、真面目な表情で魔物の方角に視線を向けていた。何してやがる、とトビは言い終える前に、ハッとして銃を両手に持って魔物を見るとー。
「・・・見つかってる!ブレスを撃ってくるよ!」
リフィアの言葉にユーガは即座に魔物ーローウェズといっただろうかーに視線を向けると、確かにローウェズは今にもユーガ達に向けて口から炎の玉を吐き出す寸前だった。
「・・・来る!避けて!」
リフィアの叫びと同時にユーガ達は散り散りになって別方向へ飛ぶと、先程まで隠れていたはずの岩陰が姿形もなく消滅し、ユーガ、ネロ、ミナの三人とトビ、リフィア、ルイン、シノの四人に道が分離されてしまっていた。
「な・・・⁉︎」
「飛び越えるのは無理そうだな・・・」トビは冷静に呟いて、ユーガに向かって声を大きくして言った。「ユーガ!お前の方にも道は繋がってるだろ!お前らはそっち側から行け!俺達はこっちから進む!」
「わ、わかった!後で合流しよう!」
ユーガはそれ以外の選択肢はない、と判断してトビに向かって頷いた。ユーガ達とトビ達はそれぞれローウェズがいる方へと伸びているアーチ状になっている道に向かって駆け出した。
「・・・皆さん、どうか・・・ご無事で・・・!」
ユーガとネロの背後でミナがそう呟くのが聞こえたが、トビ達ならきっと大丈夫だ、とユーガは思った。
「・・・ミナ、きっと・・・大丈夫だよ」
ユーガの言葉にしかし、ネロはできるだけ冷静を装って口を開いた。
「だけど、戦力は分散されちまってる。ローウェズ・・・だっけ?そいつのところまでにあいつらと合流できなかったら、かなりきつい戦いになるかもしれないな・・・」
「そうだな・・・なるべく早くトビ達と合流しよう」
ユーガは頷いて、あの時リフィアが岩陰で危険を知らせてくれてよかった、と心から思った。でなければ、ユーガ達はあのブレスにやられてしまっていただろう。リフィアに向けて感謝を抱きながら、ユーガは道に現れる魔物を斬り倒してさらに奥へと走っていった。
~トビサイド~
「完全に分断されてしまいましたね・・・トビ、どうしますか」
アーチ状の道を走りながら、ルインはトビを見ながらそう尋ねた。トビは軽く嘆息して、ルインの方へ視線だけを向けてそれに答えた。
「・・・この先でユーガ達と合流できなけりゃあのローウェズを倒すのは厳しいと思う。それよりも早くあいつらと合流するべきだと俺は思うが」
「それが得策でしょう。なるべく早くユーガ達と合流した方が良いようですし」
ルインはそう言いながらもローウェズを倒すためにユーガ達の力を必要としたトビに、ルインはトビの変化に対して内心驚いていた。これまでの彼ならば、一人で十分だ、等と発言しただろう。だが、そうではない。トビはトビなりにユーガをー仲間を信じて共に戦っているのだ。だからこそ、先程のような発言が出てくるのだろう。ルインは、ふふ、と微笑んでトビの方へ視線を向けると、トビが怪訝そうな瞳をルインに返した。
「・・・何笑ってんだよ。さっさと行くぞ」
「・・・ええ、わかってますよ」
ルインは目の前に立ちはだかった魔物に向けて手を伸ばし、魔法を放って魔物を蹴散らし、その顔に笑みをさらに深めた。
「トビ君、気のせいかもだけどちょっと雰囲気変わったかもね」
「そうですね」と、リフィアの言葉にシノもまた無表情で頷いた。「トビさんもトビさんなりに思うところがあったのだと思います」
「・・・そうだね。・・・そう考えると、クールなトビ君が変わるきっかけになったスウォー君達も悪いとこばっかじゃないね。彼等がいなきゃ、そもそもアタシ達も会えてなかったかもだしさ」
「・・・補足しておきますが、私はまだあなたを完全に信用しているわけではありませんから」
「わかってるよ」
リフィアはそう言いながら、シノの頭をやんわりと撫で、にひひ、と八重歯を見せながら笑みを浮かべた。
「ま、アタシはキミ達を信じてるからさ。頼りにしてるよ~?」
「・・・」
リフィアの言葉をシノは無視して、軽く嘆息してシノから少し離れたところにいるトビに向けて口を開いた。
「トビさん、急いだ方が良いのではないでしょうか。時間が限られていますから」
「・・・わぁってる。行くぞ」
足を踏み出したトビ達の姿を見て、リフィアは少し微笑んで腕を組んだ。
「・・・それに、三千年と生きていても・・・成長させてもらえてるからね、アタシも。いや~、人生ってのは山あり谷ありで、ホント飽きないわ・・・」
三千年という長い年月を得てもなお、彼等から学ぶ事も少なくなかった。辛い過去から逃げていた事も、ユーガ達と出会っていなければ気付かなかっただろう。間違いなく、ユーガ達と行動した事によってリフィアもまた成長できている。『魔族』として生まれたにも関わらず、それは関係ないというようにユーガはリフィアを仲間として受け入れてくれた。ネロも、ルインも、ミナも、少なからずシノも、トビも。皆、リフィアを仲間として扱ってくれた。
「・・・ホント、何が起こるかわかんないもんだね、まったくさ」
「リフィア!行きますよ!」
トビの横で歩いていたルインが振り返り、リフィアに向かって手を振った。リフィアは、ふっ、と笑みを浮かべて、その手に応えるように手を振って口を開いた。
「今行くよ!」
~ユーガサイド~
「吹っ飛べ!緋焔、穿龍破‼︎」
ユーガは奥義を魔物にーローウェズに放ったが、岩盤のような皮膚にそれは弾かれてしまい、バックステップでローウェズから距離を取った。その後ろからネロが固有能力、『神速』を発動させる。
「貫け、猛襲の刃!翔破、刃裂閃!」
ネロは剣で僅かにローウェズを浮かせ、眼にも止まらぬ突きをローウェズに食らわせた。ローウェズは苦しそうにもがいて、雄叫びをあげたがその皮膚には傷一つ付いていなかった。それなら、とミナがローウェズの上空からナイフを突き立てた。
「爆ぜなさい!潜進爆裂刃!」
ローウェズから飛んで離れた瞬間にそのナイフが爆発を起こす。土煙がもうもうと立って、ローウェズの姿はその煙に隠れた。ユーガは荒くなった息を整えてその土煙に近付いた瞬間ー、ユーガの脇腹にとてつもない衝撃と共に横に吹き飛ばされるのを感じた。
「ユーガ‼︎」
ネロの声が聞こえたが、ユーガはそれには答えられずに地面に体を打ちつけながら転がった。ユーガが顔を上げると、そのすぐ横には崖があり、その下には溶岩がぐつぐつと音を立てながら流れていた。もう少し吹き飛ばされていたらー、とユーガはぞっとして、痛みが引かない体に鞭を打って剣を握った。
「ユーガ、受け取れ!」
ローウェズの方へ駆けていくと、ネロがユーガに向かって何かを投げた。ユーガがそれを空中でキャッチするとそれは回復のポーションであり、ユーガは蓋を開けて中身を一気に飲み干した。体力が戻ってくるのが自分でもわかるが、すぐには回復せず体の痛みに耐えながらローウェズに向かって走った。
「・・・『緋眼』解放!」
ユーガは固有能力、『緋眼』の力を眼に纏わせて、漲ってくる力を剣に込めてローウェズに向かって思い切り振りかぶり、渾身の力で奥義を放った。
「これでも喰らえっ!緋龍、葬閃破‼︎」
一度身を屈めて剣で突き、そこから立ち上がる反動で飛び上がってから剣の連撃を入れるユーガの奥義に『緋眼』の力が重なり、爆音と豪炎を立ててローウェズを襲った。ーが、ローウェズはそれでもなお巨大な腕を振り回してユーガに殴りかかってきた。先程は不意打ちだったから吹き飛ばされててしまったが、今回は『緋眼』を解放している事もあり避ける事はできたのだがー。
「ユーガの『緋眼』を使ってもほぼ攻撃を喰らってないのかよ、こいつ!頑丈すぎんだろ!」
「・・・私に、任せてください」
不意にそんな声が聞こえ、その声の方を向くと金髪をポニーテールにして軍服を着た少女ーシノが氷を纏った拳を振りかぶって思い切りローウェズを殴りつけた。
「シノさん!という事は・・・!」
「・・・トビ!皆!良かった、無事だったんだな!」
ミナの声に次いで、ユーガがもう一つの道から現れたトビ達に喜びの声をあげた。ふん、とトビは鼻を鳴らして呆れたような視線を向ける。
「当たり前だ。こんな事で俺達は死ぬほどヤワじゃねぇよ。・・・だが、こいつは思ったよりも頑丈そうだな」
トビの言葉通り、シノが放った拳もまたローウェズには効いておらず、シノに向かってブレスを数発放出していた。シノはそれを軽い動きでかわし、ユーガ達の方へバックステップで戻ってきた。
「ユーガ、トビ。この魔物はどうやらまだ私達では勝てないと思いますが、どうしますか?」
ルインのそんな疑問にユーガは腕を組んで考え込んだが、トビは嘆息して即答した。
「逃げるぞ」
「へ?」
「死にたくなければ走れ。俺達じゃ勝てねぇんなら逃げるしか生き残れねぇ」
トビはそう言って、ルインの方を見た。ルインも、おそらくそれが良いでしょう、と頷いて仲間達に視線を向けた。
「いいですか?一瞬の隙をついて後ろの通路まで逃げますよ」
「了解!・・・ドジすんなよ?」
ネロの言葉に、ユーガ以外の仲間全員の、お前が言うか、と言うような視線がネロに集まった。
「・・・で、なんで皆で俺の方を見るんだっつーの」
「日頃の行いが悪いからな、てめぇは」
「否定できません」
トビとシノに容赦なくそんな言葉を向けられ、ネロが不満げに頬を膨らませたのを見てユーガはネロの方をぽんぽんと叩いた。
「頑張ろーぜ、ネロ!」
「・・・今はその屈託のない性格すら俺の心には痛いよ、ユーガ」
ネロは首をゆるゆると振ってユーガを見たが、ユーガはなんの事かわからず首を傾げた。ネロは、もういいよ、とユーガに感謝を述べてローウェズの方を見た。
「三・・・二・・・一・・・今!行くよ!」
リフィアの声にユーガ達は同時に駆け出し、ローウェズの隙を縫って後ろの通路へと走った。ーが、ローウェズのブレスがミナに向けられているのがユーガにはわかり、消えかけていた『緋眼』の力をもう一度発動して咄嗟に剣を構えてそのブレスを防いだ。
「く・・・!」
「ユーガさん⁉︎」
「先に行ってくれ!」
ユーガはブレスを弾き返し、なんとかしてローウェズの攻撃の矛先を自分に向けさせるようにあえて大きな動きでローウェズの気を引いた。ローウェズの矛先がミナからユーガに向いた事を確認して、じりじりとローウェズがユーガに向かってきている事に内心冷や汗をかきながら、ユーガは軽く息を吐いた。
(くそ、どうすれば良い・・・?トビ達は向こうに着けてるみたいだから、それは良かったけど・・・!)
ユーガが考えを巡らせていると、ローウェズがユーガに向かってブレスを吐くために僅かに上を向いたーその瞬間を、ユーガは逃さなかった。その一瞬で思い切り地面を蹴ってローウェズの足の間を潜り抜け、トビ達のいる通路へと走った。ローウェズが怒りに咆哮をあげながらユーガを追いかけてくるのが聞こえ、ユーガは通路に向かって飛び込んだ。その直後トビが魔法で通路の入り口の上部分を魔法で破壊して通路への入り口を塞いだ。
「あ、危なかった・・・ミナ、大丈夫か?」
「は、はい・・・すみません、私のために・・・」
ミナがそう言ったのに対し、ユーガは笑みを浮かべて、いや、とミナの方を向いた。
「ミナを守れたなら良かったよ!」
「ユーガさん・・・」
「ユーガ」とトビは無理やり話を区切らせて腕を組んでユーガに回復魔法をかけ、立ち上がったユーガに向けて軽く嘆息した。「お前、運が良かったから良かったものの、下手すれば死んでたんだぞ。気をつけろ」
トビの皮肉を込めながらも心配してくれた、そのトビの言葉に、ユーガはトビに笑顔を向けて口を開いた。
「うん、わかった。ありがとう」
「・・・さっさと行くぞ。ちんたらしてる場合じゃねぇんだからな」
トビはユーガの礼には答えず、顔を背けて通路の先へ向かって足を踏み出した。ユーガは頷いて、ちらりと後ろをーローウェズがこちらへ来ないようにトビが封じた通路を見て、これって帰れるのかな、と首を傾げたが、何も言わずに先を歩くトビを追いかけた。
「・・・ねぇ、皆」
ーと、ユーガ達が一息吐こうとしたところでリフィアが少し恥ずかしそうにして頬を掻き、ユーガ達を一瞥した。シノが不思議そうに小首を傾げて、リフィアを見つめる。
「どうしたんですか、リフィアさん」
「キミ達に・・・特にユーガ君とトビ君。キミ達に伝えなきゃならない事があるの」
「・・・俺達に?」
うん、とリフィアは頷いて、怪訝そうな眼でこちらを見てくるユーガとトビをまっすぐ見つめた。
「・・・スウォー君の、固有能力について・・・なんだけど」
「・・・スウォーの?」
「うん」とリフィアは頷いて、表情を改めてユーガ達を見つめた。「・・・注意してもらいたい事だから、先に話しとくよ」
リフィアはそこで一度区切り、小さく息を吐いてもう一度口を開いた。
「・・・まず、スウォー君の固有能力について話すよ。スウォー君の固有能力は『破眼』といって、その力は世界を・・・ううん、宇宙すらも破壊するほどの力を持つと言われているの」
「『破眼』・・・そんな力が、スウォーに・・・」
ルインは腕を組んで呟き、しかし、とリフィアに対して疑問を口にした。
「なぜリフィア・・・あなたはそんな事を知っているのですか・・・?」
「・・・元々気付いてはいたんだ。ただ・・・確証がなかったからね。けど、レイフォルスでそんな文献を見つけて納得したんだよ。なぜスウォー君があれほどまでの力を持っているのか、ね」
「・・・だから何だよ?」
リフィアに向かって呆れたような視線を向けるトビに、リフィアは困惑したような視線でトビを見た。
「何って・・・そんな強大な力を持ってるスウォー君と戦うんでしょ?」
「ああ、そうだな。だが、そんな力があろうと無かろうと俺達はあの野郎に勝たなきゃならねぇ。その固有能力を知ったところで、俺達は後には引けねえんだよ」
「・・・トビはやはり頼もしい限りですね、ユーガ」
トビの言葉が終わると、ルインがユーガの隣に来てそう囁いた。そうだな、と頷いて、ユーガは頬を掻いた。本当にトビは冷静沈着で判断力も高く、頼りになる存在だ。ーだけどー。
「けど、俺はルインも皆も一緒にいるから、もっと頼もしいぜ!」
ユーガは視線をルインに向けて、にっと笑うと、ルインは一瞬驚いたような表情を見せた後、ふっ、と微笑んだ。
「・・・私も、あなたの事を頼りにしてますよ。ユーガ」
「・・・へへ、まだまだ皆と比べると到底頼りになんねーけど、頑張るよ!」
ユーガとルインがそう言葉を交わすと、誰よりも前を歩いていたネロが、おい、と通路の先を指差して叫んだ。
「あそこにセルシウスの時みたいな祭壇があるぞ!あれじゃないか⁉︎」
ユーガはそれを聞くとルインから走って離れ、ネロの横まで走って、ホントだ、と声をあげた。
「よし、行こうぜ!」
ルインはそれを見守りながら、子を見守る親のような穏やかな表情でユーガを見つめた。
「・・・『まだまだ頼りにならない』、ですか・・・。あなたがいるからこそ、紡がれていく『絆』があったんですよ、ユーガ・・・」
「自己肯定感は低いですけど」とルインの呟きに、ミナが隣に立って同じようにユーガの背中を見つめた。「誰よりも皆の事を思っているユーガさんは、本当に頼りになります」
「そうですね」
あのまま、ルインがレイフォルスにいたままだったならどうなっていたのだろうか?ミナも、シノも、リフィアも、自分も、ネロも、トビも、ユーガと出会っていなかったら?ユーガの明るさと思いに惹かれて着いてきたお陰で、ルインにはかけがえのない仲間ができた。それはきっと、何があっても諦めないユーガの心があったからだ。そうでなければ、きっとー。
(・・・私達が出会えていたかもわかりませんし、ね・・・)
だからこそ、ルインはユーガに対して感謝を抱いているのだ。それは恐らく、仲間達全員ートビはわからないがーがそうだろう。ユーガがいたからこそ救われた事が、幾度となくあった。
「・・・行きましょうか、ミナ」
「はい」
ルインは内心でユーガに感謝を述べ、祭壇の前で色々と調べている仲間達を見て横にいたミナに告げた。
「・・・ルイン、これってやっぱり『精霊』の祭壇なのか?」
追いついたルインに向けてユーガがそう尋ねてきて、恐らく、とルインは頷いた。
「同類の物でしょう。祭壇の上に描かれている紋章が同じ物ですから」
「・・・けれど、どうやって『精霊』を呼び出すんですか」
シノの問いに、彼女の中から『精霊』ーセルシウスが現れ、祭壇の前に立って良く透き通る声がユーガ達の耳に響いてきた。
『・・・『絶対神』の固有能力をもつ少女が祈りを捧げよ』
「私・・・ですか?」
セルシウスの言葉に誘われて、ミナは祭壇の上に立って両手を組んで両膝立ちになって、精神を集中させた。ーすると、ミナを中心に焔が渦巻いていき、ユーガ達は熱気に押されて少し後ずさった。その熱気が弱まり、ユーガ達が顔を上げてー驚愕に、その眼を見張った。
「こ、これは・・・」
「これって・・・」
とネロが驚いた声を、ユーガが眼を輝かせて、すげぇ!と喜んだような声をあげた。
「火の精霊・・・!」
「イフリート・・・‼︎」
『それ』はーイフリートはどこか先ほどあったローウェズのような姿をしていて、碧色の瞳でユーガ達の姿を一瞥し、その中にシノの横に佇むセルシウスの姿を視認すると、威圧感のある声を口にした。
『・・・セルシウスか、久しいな』
『そうだな。こうして会うのは実に千年ぶりだろうな』
『・・・昔話は後にして・・・此奴らは何だ。見たところ、ただの人間のように見えるが?』
『説明しよう。・・・我が主どもよ、少し待っていてもらうぞ』
セルシウスは振り向くと、ユーガ達に向かってそう言った。ユーガ達は頷いて、頼むよ、とセルシウスとイフリートの会話を見守っていた。そしてある程度セルシウスが説明してくれると、イフリートはユーガを見て、なるほど、と呟いた。
『・・・貴様らは世界を救うための旅をしているのか』
「・・・はい」イフリートの言葉に、ユーガは頷いて後ろに立つ仲間達を見た。「俺はこの世界を守るために、世界を旅してます。それで、俺の模造品を・・・スウォーを倒すためには、『精霊』の力が必要なんです!」
『・・・そのために、貴様ら人間に力を貸せ、と・・・』
イフリートは厳格さを感じさせる声でユーガ達を見てー。
『・・・良いだろう』
「本当ですか⁉︎良かった!」
『ただし。セルシウスが貴様らを認めたという事は、それなりの力と思いがあるという事だろう。ならば、それを我に尽くしてみよ』
「・・・え?」
「・・・戦え、という事ですね」
イフリートの言葉に、シノは冷静に告げた。イフリートは、そうだ、と言わんばかりに頷き、周囲に熱気が漂い始めたのを感じながらトビは太もものホルダーから双銃を引き抜いて、イフリートに鋭い視線を向けた。
「わかりやすくていいじゃねぇか。ぶっ潰しゃ終わりだろ。さっさとやるぞ」
『・・・貴様は・・・『蒼眼』の使い手か』
「・・・だから、何だよ」
『では、貴様の父親はセイガ・・・セイガ・ナイラルツか』
「・・・!・・・何で親父の名前を知ってる?」
『・・・貴様の父親が生前、ここに来ていたからだ』
トビはイフリートのその言葉に、へぇ、と軽く流して、少しブレた双銃をもう一度イフリートに向け直した。
「・・・親父がどうだろうと、俺は俺だ。親父の事をお前が知っている事と、俺がお前に協力を要請する事と話は別だからな」
『・・・そうか。・・・余計な時間を食わせたな。さぁ、来るが良い』
「・・・行くぞ、お前ら」
「ああ!・・・行きます、イフリート!」
ユーガは腰の剣を引き抜いて、イフリートに向かって振るった。
「瞬烈火‼︎」
思い切り剣を振りかぶって火柱を起こすユーガの技はイフリートには効いていないようで、火柱がイフリートの前に立つだけだったが、それでもユーガにとっては構わなかった。その火柱の後ろから跳躍して剣を振りかぶってイフリートに向かって振り下ろす。
「襲爪、遷空破‼︎」
『生ぬるいな』
ユーガは一度剣を振り下ろして、そのまま剣をを振り上げる反動で飛び上がって空中で右一回転と共に剣を横なぎに振り、そこからさらに小さくジャンプして右足でイフリートに蹴りを入れた。ーしかし、イフリートは余裕すら感じさせる動作でそれを片手で受け止め、ユーガをそのまま剣ごと弾き飛ばし、ユーガは空を舞った。しかし、ローウェズのようにはならず、トビが回復魔法をかけてくれたおかげでユーガは地面に辿り着いた瞬間に受け身を取って起き上がり様に走り出した。
「シノちゃん!」
「命令を確認。不本意ながら・・・了解致しました」
リフィアとシノは同時に高く飛び上がりー飛び上がった直後、イフリートに拳を叩き込みー、空中から拳を振り下ろして、拳と脚両方の連撃を叩き込んだ。
「魔神、氷迅掌‼︎」
シノとリフィアの共鳴奥義に、イフリートの体が僅かに揺らいだ瞬間をユーガ達は見逃さなかった。
「戦禍の如き豪流よ、氷結して敵を貫け」
「氷河より出し氷晶、敵を穿つべく我に力を!」
トビとルインの詠唱を聞いて、ユーガとネロとミナは三方向からイフリートに向かってそれぞれ武器を振った。それぞれの振るった武器は弾かれてしまったが、それでも構わない。トビとルインの魔法が完成すると同時にユーガ達はイフリートから一度距離を取った。
「アブソリュート」
「アブソクリスタル‼︎」
トビとルインの魔法はそれぞれ地面から空に向かって氷が隆起して、それはまるでクロスしているようにユーガには見えた。周囲に散っていた熱気を冷ますほどの冷気を感じさせたその氷がイフリートに直撃するとかなりダメージを与えられているようで、ユーガはネロと顔を見合わせてイフリートの元まで走り、トビとルインの放った魔法を剣に纏わせてイフリートに向かい、思い切り振り切った。
「立ち上れ、氷刃!氷牙、滅刃襲‼︎」
「受けろ!氷筍蒼雪花‼︎」
ユーガとネロの氷を纏った奥義にイフリートは腕でガードしたが、二人がかりという事もあってそれは叶わず、二人の剣をまともに受けてイフリートは僅かに苦しげな声をあげて、がくっと姿勢を崩して、見事だ、とユーガ達をーユーガを見た。
『・・・貴様らの覚悟、見せてもらった。・・・そして、ユーガ・・・と言ったな』
「え・・・?」
『・・・貴様の意思の強さ・・・見事だ。貴様こそ、我が主の器として相応しい』
イフリートの言葉を受けて、ユーガはつい仲間達の方へ視線を向けた。ーだが、ユーガのそんな視線を仲間達は優しい視線で返して、その中でルインが、良いではありませんか、と頷いた。
「ユーガの使える元素も火ですし、イフリートに協力していただければもっと強くなるのではないでしょうか?」
「あ、ああ・・・」
ユーガは、そんなもんでいいのかな、と頬を掻いたが、多分大丈夫だろう、と納得してイフリートに向き直って口を開いた。
「わかりました、イフリート!よろしくお願いします!」
『・・・名前を呼び捨てするのならば、敬語の意味はないのではないか?』
「へ?あ、そうですね・・・じゃなくて、そうだな!じゃあ、これからよろしくな!イフリート!」
ユーガが笑みを浮かべると、イフリートは僅かに頷いてユーガに近付くと、辺りに火種がちりちりと舞ったが不思議とそれは熱くはなく、ユーガが不思議に思っているとイフリートがユーガの前まで移動してきて、次第にイフリートの体が元素となっているのがユーガにはわかって、大丈夫なのか、と尋ねた。
『貴様に力を貸すのは元素となって貴様と常に共にあるという事だ。案ずる事はない』
イフリートはそうユーガを安心させると、元素になりかかった体で今度はミナに視線を向けた。
『・・・『絶対神』の固有能力を持つ女よ。この者・・・ユーガ・サンエットと共に活動するためには、封印を解かねばならぬ。貴様の力で我を解放してくれ。そうすれば、世界に足りていない元素を補填できる』
「は、はい!わかりました・・・」
ミナは頷くと、イフリートに向かって手を翳した。その直後、イフリートに幾つもの魔法陣のようなものが展開され、その中の一つが薄氷が割れるような音で、ぱきん、と割れ、イフリートは消えかかる体でほんの僅かだったが、ふっ、と微笑んだ。
『感謝するぞ・・・ミナ、とやら・・・』
そう言い終えると完全にイフリートの姿は消え、ミナがきょろきょろと辺りを見渡してイフリートの姿を探したが、大丈夫、とユーガはミナに呟いて、自分の胸に手を当てた。
「イフリートは・・・俺の中に居てくれてるよ。今グリアリーフ中の火の元素のバランスを直してくれてるみたいだ」
「・・・良かったです」
ミナの呟きに、ユーガも頷いて心の中でイフリートに向けて呟いた。
(イフリート・・・ありがとう・・・)
(・・・・・・)
イフリートからの返事はなかったが、それで十分だろう。ユーガは自分の胸から手を離し、今度はトビに視線を向けた。
「じゃあ、次は・・・?」
「シレーフォの近郊の森だ。ユーガ、ネロ。お前らも知ってるとこだよ」
「・・・あそこか・・・」
そこは、旅が始まったばかりに行った場所で、ユーガ達にとっては特別な想いを抱かせる場所でもある。ユーガとネロはどこか不思議な思いを抱きながら、わかった、と頷いた。
「じゃあ、行こう。ー迷いの森に」
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