cross of connect

ユーガ

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絆の邂逅編

第三十三話 向き合えた『弱さ』

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「やっぱり」と、ユーガはフォルトの街を見渡しながら呟いた。「トビを探すって言っても、人が多いから簡単じゃないな・・・」
「そうですね」
 シノも頷き、その手に握られているニールの資料が入っているらしい木箱を顔の高さまで持ち上げた。
「・・・お父様の研究成果・・・やはり気になります」
「・・・なぁ、シノのお父さんはどんな人だったか聞いてもいいか?」
「・・・どんな人・・・とは、明確には言えません。私は物心が着いた後、お父様には会ってませんから」
「・・・え・・・」
 シノの抑揚なく放ったその一言に、ユーガは絶句した。
「私が幼い頃から、お父様は家にはいませんでしたし。帰ってきた記憶は、ほとんどありませんから」
「そ・・・そう・・・なのか・・・」
「・・・ですから、私には『親』というものがよくわかりません。その感覚が、どのような物なのか・・・親という物が、自分にとってどれほど大切な物なのか・・・私にはわからないんです」
 親という感覚がわからない、というシノの言葉に、ユーガは言葉を出す事ができずに一度俯きーそして、じゃあ、とシノの前に立って瞳を輝かせた。
「シノ、俺達の事を家族だと思えば良いんじゃないか⁉︎」
「・・・仰っている事の理解が不能。何を言っているのですか」
「確かに本物の家族じゃないけど、俺達は仲間だろ?なら、家族として考えても良いと思うんだ!」
「・・・トビさんの言っていた事の理解が可能。ユーガさんは馬鹿であるという事」
「えぇ・・・?良い案だと思ったんだけどなぁ・・・。トビが父さんで、リフィアが姉さんでルインが兄貴で・・・」
 駄目かなぁ、と頭を掻くユーガを見て、シノは僅かにその口に笑みを浮かべた。家族、ーか。考えたこともなかったが、ユーガやトビを家族として見ても良い、とユーガは言った。共に行動をしている以上、ケインシルヴァ人とクィーリア人、そしてミヨジネア人すらも仲間ー家族として、ユーガも見ている、ということなのだろうか。
「・・・考えておきます」
ぽつりと呟いたその言葉は、ユーガには聞き取れずにユーガの脳内では意味を為さなかった。
「へ?シノ、なんか言ったか?」
「何でもありません。早くトビさん達を探しましょう」
シノは持っていた箱を荷物の中へしまい、ユーガの顔へ視線を向けた。うん、とユーガは頷き、少し人だかりが減ってきている街を眺めて、もう一度トビや仲間達を探して視線を巡らせながら歩き始めた。

「・・・で、ほぼ一日中歩き回った、と」
その夜、宿にて足の筋肉痛に襲われていたユーガに、トビがそう声をかけた。ユーガはベッドに突っ伏しながら頷いて、顔だけをトビの方へ向けて口を開いた。
「・・・めちゃくちゃ歩き回って、結局会えなくて宿に行ったらいるってのもかなり皮肉だな、馬鹿」
「・・・うぅ、足痛ぃ・・・」
トビの嫌味を含んだ言葉を聞きながら、ユーガは痛みが引かない足をさすった。で、とトビはユーガから視線を逸らして部屋の椅子に礼儀正しく腰掛ける少女ーシノに、視線を向けた。
「で、俺に見せたい物ってのはこいつか?」
トビは机の上に置かれた箱を指差して尋ねるとシノは小さく頷いた。
「お父様にしかわからない秘密のパスワードというものがあるらしいのですが、それらしいヒントも無くて・・・」
「トビに相談してみれば何かわかるかもって思って持ってきたんだ。何かわかる事とかないか?」
ユーガはベッドから顔だけ上げてシノの言葉に次いで言うと、トビは箱を手に取って様々な角度からその箱を眺めた。
「・・・ふーん、なるほどな」
そう言うと、トビは唐突に箱を持って扉に向かって歩き出した。ユーガが呼び止めると、トビは箱を片手に持って肩越しに振り向いて、
「開けてほしいんだろ?待ってろよ」
と言い放ち、扉を開けて部屋を出ていった。ユーガとシノは顔を見合わせて首を傾げたが、僅かその三十秒後ほどでトビは帰ってきた。
「開いたぞ」
開口一番に言い放ったその一言で、ユーガとシノは再び顔を見合わせた。開いた?開いたって、つまりー?
「え、開けられたのかよ⁉︎」
「おらよ」
トビが机の上に箱を置き、ユーガー痛みも忘れて立ち上がりーとシノは箱を見て、ああ、と納得した。その箱は、鍵の部分が爆発したようになっていて鍵で開けた、というよりもー。
「壊した・・・という事でしょうか」
一目瞭然であった。もう間違いようもなかった。フック状だった部分がひしゃげてるもん。間違いないよねこれ。間違いなく魔法で爆発させたよね?ユーガは、良いのかな、と罪悪感が胸に渦巻いたが、トビはあっけらかんとした表情で鼻を鳴らした。
「開けてやったじゃねぇか。文句はねぇだろ」
「・・・開け方に問題あり」
そう言いつつも箱に手を伸ばし、その中に入っていた紙を手に取るシノを見て、まぁ良いか、と内心ニールに謝罪の言葉を浮かべながらユーガは頭を掻いた。
「で、箱の中身は?」
トビがそう尋ねると、シノはそれには答えずに資料に目を通していった。ゆっくりと、だがまじまじと資料を見つめるシノに、ユーガとトビは後ろからその資料を覗き込んだ。それは間違いなく元素フィーア戦争の資料であり、シノはとある一点で視線を止めていた。トビも、ユーガもまた、シノと同じ一点で視線を止めた。
「・・・え、これ・・・!」
「へぇ・・・こんなところで『謎』が解けちまうとはな」
「・・・驚きました」
ユーガとトビとシノはその一点から目を離さず、そう言った。その一点にはー。
『戦争を終結させた人物としての特徴のその一、肌白い肌と白い髪。その二、紫色のフード付きのマントを見に纏っている。その三、尻尾と羽が生えている。その四、固有能力スキルは、『魔神』である』
その文章から、ユーガとトビとシノの中には一人の人物の姿が、ふつふつと浮かび上がっていた。ーと、そこへ。
「・・・アタシの事、まさかシノちゃんのお父さんが書いてたとはね・・・?」
いつもの明るい声ではなく、少しトーンを落とした声が響き渡ってきた。ユーガ達は視線を上げてその声の方向を見ると、彼女がーリフィアが扉に背を預けながら立っていた。
「リフィア・・・」
「てめぇ、やっぱり・・・」
視線だけを向けるユーガとは逆に武器を構えかけたトビにリフィアは、まぁまぁ、と両手でトビを宥めた。
「待ってって。元素戦争を終わらせたのは、確かにアタシだよ。それは認める。ただ、それだけでアタシがキミ達の敵だとは限らないでしょ?事実、元素戦争を止めてなければ未だにケインシルヴァとクィーリアは仲悪いはずだしさぁ」
「・・・だが、味方とも限らねえよな?リフィア」
棘のある言い方をしたトビの言葉に、確かにね、とリフィアは頷いた。
「それに、敵じゃねぇんだとしてもなぜそれを俺達に隠していた?後ろめたい事でもなければそんな事はしねぇと思うんだが」
「・・・わかった、話すよ。キミ達にはいずれ話さなきゃならない事だし」
降参、と言うようにリフィアは両手を上げてそう言ってからリフィアは、ぽつぽつと語り始めた。

「アタシは・・・そうだね、もう三千年前くらいから生きているんだ。『魔族』として生きてた中で、アタシとレイちゃんは『人間』になるための旅に出て・・・千年前の元素戦争に巻き込まれたの。キミ達も知っての通り、ものすごく大きな戦争で・・・アタシ達は固有能力を使わざるをえなかった。まぁ、アタシとレイちゃんのおかげで戦争は止まったけれど・・・アタシ達は当然のように全世界から追われるようになっちゃってね。アタシ達の持つ固有能力の力を・・・欲しかったんだと思う。結果、レイちゃんはミヨジネアの王国兵団に捕まるし、アタシはレイちゃんを取り返す事ができずに千年くらいアルノウズから出してもらえないし・・・という事があったわけ」
リフィアの話はかなり衝撃的なものであって、ユーガも、シノも、武器を構えていたトビも武器を下ろして話を聞き入ってしまうほどに、リフィアの過去は壮絶であった。いつも明るく振る舞っているからこそ、リフィアの痛みがわかってしまうような気がしてしまった。
「・・・確かに辛い話です。しかし・・・なぜそれを私達に話してくださらなかったのですか?」
シノの疑問に、ユーガもトビも頷いた。確かに、それは気になっていた事だ。
「・・・簡単だよ。思い出したくない・・・過去だったからさ」
「・・・!」
リフィアの落ち込んだようなトーンの下がった声に、ユーガ達はそれ以上言葉を紡ぐ事ができなかった。
「アタシはレイちゃんを守れなかった。それでも、キミ達と出会った事でその痛みを緩和できてた。・・・それに、キミ達にそんな事を言えば・・・キミ達はアタシに気を使うでしょ?それも嫌なんだ」
「リフィア・・・」
リフィアはリフィアなりに、ユーガ達に気を使っていたのだ。仲間に気負いさせないように、自分の過去を封じ込めて自分達と接する事でリフィア自身もまた、救われていた。ーだが、それはー。
「・・・辛い過去だったのはわかった。それは否定しねぇよ。だがな・・・俺にはどうにも気に食わねえ事が一つある」
トビが銃をホルダーにしまいながら言い、リフィアをその瞳で見つめた。
「お前、そいつはただ目を背けてるだけだろ」
「!」
リフィアが息を呑むのがユーガから見てもわかり、リフィアはトビの言葉に対して何も反論はしなかった。それを見て、さらにトビは言葉を続けていく。
「俺達と共に行動する事で紛らわす・・・それはただ単に問題を先送りにし、現実を見てねぇだけだ。だからレイもお前に対して冷たい態度取ってんじゃねぇのか?レイにとっちゃせっかく会えたリフィアだってのに、お前はまともに声もかけねぇで俺達を使った他人伝いでレイの事を聞いてたんだからな」
トビの言葉は紛れもなくリフィアの心理を突いていて、ユーガもまた、うん、と頷いた。
「・・・俺も、多分そんな風にされたら・・・少なからず落ち込むと思う。やっぱり、家族なんだから・・・ちゃんと面と向かい合って話すべきだと思うよ」
「・・・せっかく会えた姉妹です」と、シノもまた言葉をユーガ達に次いで告げる。「ちゃんと話し合うべきだと思います。・・・それがどんな結果になろうとも、話し合わなければわからない事もいくら家族とはいえ、ありますから」
便乗する形にはなってしまったが、それでもやはり一度リフィアとレイはしっかりと話し合うべきなのだ。姉妹という関係なのに、こんな状況で良いはずがないのだから。
「・・・皆・・・」
リフィアはユーガを、トビを、シノを一瞥して、涙で潤んだシルバーの瞳を細めた。
「レイはメレドルにいるんだろ?なら、『精霊』を探すついでにちょっとくらい寄り道したって良いんじゃねぇか?・・・なぁ、ユーガ」
「うん、そうだな。それくらいなら、ルイン達も許してくれると思うしさ」
トビとユーガの会話に、またリフィアは涙が溢れるのを止める事ができずに瞳から涙を溢した。その僅かに溢れる嗚咽を聞きながら、ユーガは窓の外に広がる綺麗な、本当に綺麗な星空を見つめながら、軽く息を吐いた。

翌日。仲間達全員と朝食を取っていたユーガはルインに向けて、なぁ、と呼んだ。すぐにその瞳が穏やかな笑みと共にユーガに向けられ、ユーガは手に持っていたパンを皿に置いた。
「どうしました?」
「いや、その・・・ちょっと頼みがあるんだけど、良いかな?」
そのユーガの言葉に、ルインだけでなく他の仲間達の視線もユーガに集まった。ユーガは一度深呼吸をしてから昨日、リフィアから聞いた話と共にメレドルへ向かい、リフィアとレイを会わせたい、という話を切り出した。
「・・・ええ、私は構いませんが・・・」
ルインがそう言うと、続けてネロも頷いて口を開いた。
「俺も良いぜ。家族とは仲良くするって母上からめちゃくちゃ言われてたしな」
それに続けて、ミナもまた笑みを浮かべて頷く。
「私も、もちろん構いませんよ」
仲間達が快く承諾してくれた事にユーガは、良かった、と笑みを浮かべてリフィアを見た。
「良かったな、リフィア!」
「・・・うん、ありがとね、ユーガ君」
リフィアがそう言い、笑みを浮かべてートビが、あからさまに嘆息した。
「ちょっと待て。ユーガにそれを言わせてどーすんだよ。・・・リフィア、てめぇの口から言わなきゃ意味ねーだろうが」
馬鹿か、とトビにユーガとリフィアは睨まれ、リフィアは小さく頷いて仲間達それぞれ一人ずつに視線を向けていった。
「・・・アタシのわがままだけど、メレドルに行きたい。そこで、ちゃんとレイちゃんと話がしたい。だから・・・メレドルに寄らせてもらってもいいかな?」
リフィアの言葉に首を振る者などおらず、皆が頷いてリフィアに向けて力強い視線ートビは気だるげに、シノは言うまでもなく無感情だったがーを向けた。
「・・・皆、ありがとう」
「リフィア、頑張れよ」
ネロのその言葉がリフィアの心にどれだけ響いたかわからなかったが、ネロの言葉に頷いているのを見ると、少なからずともネロの言葉はリフィアに勇気を与えたであろう。トビは、やれやれ、と嘆息しながら世話の焼ける馬鹿仲間を見つめながら、頭をがしがしと掻いた。
「けど、最初はレイフォルスに向かわなきゃ、ですよね。『精霊』の居場所を調べるためにも」
「はい、そう記憶しています」
ミナのその言葉にシノが頷き、いつも通りの無感情で言った。そうだ、自分達のやるべき事は決して少なくはないのだ。まずはレイフォルスに向かってから、『精霊』を探して世界中を旅する事になるのだから。
「よし、レイフォルスに向かおう」
ユーガのその言葉に、仲間達は全員頷いて各自で準備を進め始め、ユーガもまた部屋で準備をしていた、そんな時。不意に部屋がノックされ、ユーガは首を傾げて扉を開けると、そこにはミナが立っていた。
「ミナ?どうしたんだ?」
「・・・その、ルインさんの事で・・・」
「ルイン?ルインがどうしたんだ?」
ユーガはとりあえず部屋に入るように促し、ミナはゆっくりとユーガの部屋に入って椅子に腰掛け、軽く息を吐いてユーガに視線を向けた。
「ルインさん、私がスウォーさんに攫われていた時にレイフォルスに入ろうとして、入れなかったとお聞きしたんですけど・・・」
「・・・ああ、街長がルインが入らなければ俺達が入っても良いっていう条件を付けたから、結局ルインはレイフォルスに入れなかったんだ」
ユーガは自分で言って、自分が苛立ちを覚えている事に気付いた。ーだが、ルインはそもそも悪くはなく、街長がルインに激しい偏見を抱いているからこそ、ルインはレイフォルスに帰ることはできなくなってしまったのだ。
「・・・私達で、なんとかできませんかね」
「・・・そうだな、俺も・・・やっぱり故郷に帰れないなんておかしいと思うよ」
「もう一度、説得してみましょう」
「ミナ・・・」
「私もお手伝いします。ルインさんがレイフォルスに帰れるようにしましょう」
そのミナの言葉に、ユーガは頷いた。やはり、ルインをこのままにはしておけない。おせっかいと言われてしまうかもしれないが、それでもー。
「・・・行こう、ミナ」
「はい」
ユーガは荷物を手に持ち、ミナが後ろに付いてくるのを確認して宿の扉を開けるとそこには既に仲間達は揃っていて、ユーガ達が最後だったようだ。
「・・・準備遅くね?」
トビが呆れながら呟いた言葉に、ユーガは否定できなかった。遅かった事は事実であるし、仲間達を待たせてしまったのだから。ユーガは苦笑して、ごめん、と謝った。
「・・・行くぞ」
トビはその言葉と共に街の出口へ向かって歩き出し、ユーガ達もそれに伴った。今度こそ、街長を説得してみせるー、ユーガは心の中でそう決意し、ふわりと浮き上がった『エアボード』の持ち手に、ぎゅっと力を込めた。

「・・・あんた達は・・・!」
レイフォルスの街の入り口に降り立ったユーガ達は、街民のそんな声に出迎えられた。その街民が驚愕したような表情を浮かべ、ルインがそれによって傷付いているのがユーガ達にはわかり、歯を噛み締めた。そこへ、『彼』がー街長が通りかかり、ユーガの顔を見るなり、眉を顰めて露骨に嫌がる表情を見せた。それを見たネロが、おい、と街長に掴み掛かろうとして、トビがそれを制した。何すんだ、とネロがトビの方を振り向いたが、トビはネロを押し退けた事によって無視して、街の中へ入って行こうとするのを街長が慌てて止めた。
「・・・ま、待て!」
「何だよ?ルインが入らなきゃ、俺達は入って良いんだろ?なら、俺が入る事に文句はねぇだろ」
「・・・ぬ・・・!」
「先に入っとくぞ。図書館にいるからお前らは後で来い」
有無を言わせないトビの口調に、ユーガも、仲間達も、街長すらもが何も言えずにレイフォルスへ入って行くトビを止められなかった。
「失礼します、どうしてルインさんは入ってはいけないんですか」
シノのその言葉に、街長は軽く息を吐いてルインを睨んだ。
「・・・街にとっての疫病神をこの街に置いておく事が、我らにとって得になると思うのか?」
「・・・街長・・・!まだそんな事を言ってるんですか⁉︎あれはルインのせいじゃないって・・・!」
ユーガの言葉を遮って、街長は鼻を鳴らした。
「その事だけではない。それより以前からも、ルインはこの街にとって迷惑でしかなかった。度々街中で爆発を起こし、いつでも研究と称してふらふらとしていて、私達にとって得などない」
「得・・・⁉︎街に生きる人達に、あなたは利益しか求めてないんですか⁉︎あなたにとって、街の人達は自分に得のある人間として見ているんですか⁉︎」
ユーガは怒りを堪えきれず、腕を振り切って叫んだ。街長が、ぬぅ、と小さく声をあげたが、ユーガは構わず続けた。
「人は生きてるだけで価値があるんだ!人が生きてる事に理由なんてない!ただ、自分が生きたいと願うから生きてる!誰のためでもない、自分のために皆、生きてるんだ!誰かに得を与えるためでも、他人に利用されるためでもない!」
ユーガの剣幕に、街長はもちろんの事、仲間達もまた気圧されてしまった。仲間を思うからこそのユーガの言葉に、誰も反論も否定もできなかった。ユーガは息を荒げ、街長をじっと見つめ続けてー異変に気付いた。街長の背後から子供達が走り寄ってきて、いきなり街長の服をぽこぽこと叩き始めたのだ。
「・・・な、なんだお前らは!」
街長が子供達に怒鳴ると、子供達は一瞬びくりと体を震わせたが、すぐにまた街長の服を叩き始めた。
「ルインお兄ちゃんをいじめるな!」
「そうだそうだ!ルインお兄ちゃんをいじめるなら、お前が出ていけ!」
「そうだよ」と、それに続いて近くにいた大人までもが街長に非難の目を向け始めた。「ルインは悪い事なんてしてないよ。あたし達はルインに何度救われた事かわからないほどに、助けられてきたのさ。今度はあたし達がルインを助けてあげる番だよ!」
ユーガはその光景を見つめて、視線を逸らしてルインを見つめた。ルインはその光景を驚愕したような表情と、どこか泣きそうな表情で見つめていた。ーと、その隣でネロがルインの肩に手を置いた。
「お前を支えてくれる人ってのは、こんなところにもいたんだな、ルイン」
ネロの言葉に、ルインはネロの方を振り向いて、小さく頷いた。もはや街長はほぼ街中の人から非難の目を浴びせられる状況になっており、ユーガはそれを見て、ほっ、と安堵の息を吐いた。思いをぶつけてみて、良かった。そうでなければ、ルインはこのままレイフォルスに帰る事はできなかったかもしれないのだから。
「あたし達はルインを受け入れるよ。ルインがどんな存在であっても、あたし達にとっちゃ同じ街で育ってきた身内みたいなもんだからさ」
「・・・皆、さん・・・」
ルインに向けられた街中の穏やかな視線に、ルインは一度俯いて唇をきゅっと結んだが、すぐに顔を上げて街中の人々を一瞥した。
「ありがとうございます・・・皆さん・・・」
「良かったね、ルイン君」
「・・・ええ。ありがとうございます、皆さん」
ユーガ達の方を向いて礼の言葉を述べたルインに、ネロは軽く笑みを浮かべた。
「ホント、ルインが皆に認められて良かったぜ」
ネロが言い終えると同時に街中の人々がユーガ達に街に入るように促し、街長はもはやユーガ達を引き止めることなく、ユーガ達はーもちろんルインもーレイフォルスへ入る事ができた。
「本当にありがとうございます、皆さん」
「んな事いいさ、気にすんなよ」
ネロが軽く告げて、ルインの顔を見つめた。ルインはそれに笑顔で返し、しかし、と笑みを消してユーガ達を一瞥した。
「街長は・・・わかってくれたのでしょうか・・・最後まで、私には話しかけてはくれませんでしたが・・・」
「恐らく」と、シノは淡々とルインに対して言葉を告げていく。「わだかまりがなくなったのか、と言われれば否、ですが、街長の中にレイフォルスの方々の言葉は少なからず届いていると推測します」
シノの言葉は、多分間違っていないよな、とユーガは思った。街長は、ユーガ達がレイフォルスに入ろうとした瞬間に、僅かに俯いて唇を噛み締めていたのだから。
「・・・街長は、なんで頑なにルインを認めようとしないんだろう・・・」
ユーガのその疑問に、ミナが少し俯いて答えた。
「・・・人にとって、考え方を変える事はとても難しい事です・・・。これまで抱えてきたわだかまりをすぐに無くせ、というのも無理があるかもしれませんが・・・」
「人の心は」と、リフィアもミナに続いて言った。「やっぱり、そんなに単純じゃないって事だね。自分が間違っているという事実から目を背けるのも、人間も・・・アタシも心の弱いところなんだよ」
「・・・考え方を変える事・・・目を背ける事が弱いところ・・・か・・・」
ユーガは一語一句を噛み締めるように呟いて、その言葉を脳内で反芻した。ルインは小さく頷き、さて、とわざと明るい声をユーガ達に向けた。
「行きましょう。図書館はこっちです」

「おせぇよ。もう見つけちまったぜ」
ユーガ達が図書館へ入ると、椅子に座って本を読んでいたトビが呆れたように本を掲げてユーガ達を睨んだ。ごめん、とユーガは軽く謝罪の言葉を述べ、空いていたトビの隣の椅子へと座った。
「見つけたのか?」
「お前らがモタモタしてるからな。こいつだ」
トビが指を差した点には、確かに『精霊』に関する情報が記されていた。ーしかし。
「・・・なぁ、この『ローシェウス火山』ってどこの話だ?」
ネロの疑問に、ユーガ達全員が考え込んだ。火山はこのグリアリーフの中に数多くあるが、『ローシェウス火山』などといった場所は聞いた事もなかった。それはどうやら仲間達も同じなようで、全員が軽く首を傾げている。
「時代の流れによって、呼び方が変わってしまったのでしょうか・・・」
「恐らく、そうでしょうね。地図などがあれば良いのですが・・・あいにく、この本には載ってませんね」
「じゃあ、昔の地図を探さなきゃだな・・・探してみようぜ」
ユーガが椅子から立ち上がりながら言い、仲間達はそれぞれ散らばって過去のグリアリーフの地図を探し始めた。
「うーん・・・」
そして、探し始めてしばらくした頃、隣に立って本を読んでいたネロが本を棚へ戻してぐいーっと伸びをした。ネロがそうしてしまうのも、無理もない。本が好きなユーガとは違い、そもそもネロは本を読む事が得意ではないし、ユーガもネロもかなり行動派だ。ユーガもネロに続いて伸びをして、仲間達に視線を向けた。トビも見つかっていないらしく、本を読んでは舌を打って苛立ちながら棚へ戻し、ミナは疲れているのか本を読むペースがだんだんと落ちていて、リフィアは手がかりがありそうな資料本を何冊か胸に抱えているが、恐らく地図そのものは載っていないだろう、とわかる。シノはきょろきょろと辺りを見渡しながら本を探しているところを見ると、やはり見つかっていないらしい。
「・・・もしかして無いのかなぁ・・・?」
ユーガはそんな事を言いながら頭を掻いて、とある一点で視線を止めた。
「・・・何だそれ?」
ユーガが手に取った本を覗き込んだネロが、そんな声をあげた。それはメレドル城のフルーヴの部屋にもあった物だった。
「『太古エルスペリア辞典』?そんなもんに地図とか載ってんのか?」
「いや、もしかして・・・現トルフォスク語では『ローシェウス』って読んでるけど、もしかしたら太古エルスペリア語なら読み方が変わるんじゃないかと思って・・・」
現トルフォスク語は、元より存在していた太古エルスペリア語を元にして作られた言語であり、同じ文字や同じ文法を使って違う読み方をする言語である、とユーガは思い出した。確かに、とネロも頷いて、ユーガの横に並んで辞典を覗き込んだ。
「えっと・・・ローシェウス・・・」
「これだ。・・・『ルーセィオス』・・・ルーセィオスって、ケインシルヴァの火山の事じゃねーか?」
「けど、おかしくないか?」
ユーガの言葉に、ネロは首を傾げた。何が、とネロの視線がユーガに向けられて、ユーガは疑問を口にした。
「もしそうだったとしても、トビが持ってた本の言語は現トルフォスク語だったろ?どうしてルーセィオスってところだけ太古エルスペリア語だったんだろう・・・?」
「・・・確かに・・・」
ユーガの言う通りだった。そこの部分だけが太古エルスペリア語で書かれていた理由がわからない。違うのかな、とユーガとネロは首を傾げながら辞典を戻しかけてー。
「待て」
と、ユーガの耳に響いた声にその手を止めた。そこにはトビが腕を組んでーその手には一冊の本が握られていたー立っていて、ユーガの手から辞典を奪ってもう一度先程ユーガ達が開いていたページを開いた。
「ユーガ。さっきのお前の話は恐らく間違ってねぇ。・・・こいつはどうやらルーセィオス火山の事で間違いないらしいな」
「え、そうなのか⁉︎」
ああ、とトビは頷いて、本を手に持ちながら視線をユーガに向けて、手に持っていた本をユーガに放り投げた。
「そいつを見ろ」
トビの言葉にユーガは本を開くと、かなり昔のものであると思われる地図があって、ユーガとネロは一度顔を見合わせてトビの方へ視線を向けた。トビは手に持っている太古エルスペリア辞典を眺めながら軽く嘆息してユーガに人差し指を差した。
「そこのルーセィオス火山のとこ見てみろ。ローシェウスって載ってんだろ」
そこには確かに、ローシェウスという地名が載っていて、トビの言っている事が本当である事を示していた。ーしかし。
「だけどよ」とネロが視線を本からトビに向けて口を開いた。「何で文法が違ったんだ?そこがどーにも腑に落ちないんだけどよ」
「太古エルスペリア語を書いた人が知らなかったとか?」
ユーガのその単純ゆえの言葉にトビとネロは同時に、ないだろ、と否定を入れた。
「知らねぇよ。・・・良いだろ、行き先もわかったんだしよ」
「・・・これで間違ってたらとんだ勘違いになっちまうな」
ネロの言葉にユーガは、大丈夫だろ、と笑みを浮かべてネロを見た。
「間違っててもまた皆で考えようぜ!」
「・・・それをやってる間に世界が滅ばなきゃいいんだがな」
冗談きついぜ、とネロがトビに軽くつっこみを入れて、仲間達をユーガ達の元へ集めた。ユーガとトビは机に太古エルスペリア辞典とトビが持ってきた本を置いて説明をした。ユーガとトビが意見を言い終えると、なるほど、とルインも納得したように頷いて、ユーガ達を見据えた。
「ユーガ達の話・・・間違ってはないと思いますよ。・・・むしろ、そうでなければ私達にこれ以上ヒントはありません」
「じゃあ」とリフィアが、最初にトビが読んでいた本のページの一部分を指差して言った。「ここに書いてある、ティリス森と、シェイド遺跡ってのは・・・?」
「その森はシレーフォのすぐ近くの森だ。・・・ユーガ、ネロ。お前らも行った事あるだろ」
「え、あそこの事か⁉︎」
「ああ。あの森は迷いの森とも言われてんだ。あの時は俺がいたから迷わないで済んだが、一般人が入り込んだら簡単に迷い込んじまう」
なるほど、そういうところなら確かに『精霊』がいてもおかしくはないな、とルインは思った。人が入らないところに、普通そういうものはある。
「・・・またでけぇミミズ・・・フォレスワームだっけ?そいつに出会わなきゃ良いけどな・・・」
「そうだな・・・」
ネロの言葉に、ユーガも同感だった。元より虫などといったものが嫌いであるユーガにとって、あの時の戦いは中々にきついものであったからこそ、できればああいった魔物には出会いたくはないものである。ーと、ユーガがふとミナに視線を向けると、ミナは青ざめた顔でユーガ達を見ていて、何だ、とトビが少し不機嫌そうにミナに聞いた。
「・・・出ませんよね?虫の魔物とか・・・」
ああ、とユーガ達は同時に納得した。恐らくは、ユーガと同様に虫が苦手なのだろう。ー得意だと言う人物の方が珍しい気もするが。
「・・・大丈夫だろ」
トビの言葉にミナはほっとした表情を見せー次にトビが告げた言葉に、すぐに険しい表情となった。
「まぁ、フォレスワームっつー魔物だけじゃなく普通の虫とかもうじゃうじゃいるから安心しろ」
「・・・シェイド遺跡、というのはメレドルの近くにある遺跡の事でしょうか・・・」
ミナはもはやトビの言葉を無視して地図を見ながら呟き、恐らくそうでしょう、とルインも頷く。
「では、どこから行きますか?」
「近いところから行けば良いんじゃないか?」
ユーガの提案に、トビも頷いた。恐らく同意と取って良いのだろう。ー本当はただ遠出するのが面倒だっただけなのかもしれないが。
「じゃあ、ルーセィオス火山ですね」
ミナが仲間達を一瞥して告げ、ああ、とユーガ達は頷いた。

ーその頃、制上の門の最深部では、ユーガと同じ顔をした彼ースウォーが、腕を組んでフルーヴに視線を向けていた。
「・・・なぜお前、ゼロニウスであいつらを助けた」
「なんの事かわからないな。僕は言ったはずだぞ、手が滑った、とな」
「ふざけるな。お前があんなところでミスをする人間ではねぇ事くらいわかってるんだぜ」
スウォーは眼を細めてフルーヴを睨み、手をフルーヴに突き出して体内の元素を高めた。冗談を言えば、すぐに魔法を放とうとするその姿勢にフルーヴは、ふっ、と両手を上げて降参したように笑みを浮かべた。
「・・・僕には目的がある。そいつは、お前と行動する事よりも大切な目的だ」
「・・・目的だと?それは・・・」
「スウォー。忘れたのか?僕達は互いに余計な詮索をしない契約だ。その契約があるからこそ、僕はお前と行動しているんだ」
契約。それは、スウォーとフルーヴが出会った際に交わした契約だ。ちっ、とスウォーは舌を打って突き出していた腕を下ろして鼻を鳴らした。
「・・・わかった。・・・それと、被験者オリジナル達も『精霊』を解放し始めたらしいな」
「・・・対策は練らなくて良いのか、スウォー」
「・・・ふん、もうあいつらに姑息な手など通用しないだろうしな・・・待ってりゃ被験者達はここに来るんだ。どうせなら正面からぶっ潰してやるさ」
スウォーは腰の剣を引き抜いて、その剣を眺めながら呟いた。
「フルーヴ。てめぇは・・・」
「僕は僕のやり方でやる。お前のやり方には口を出さないが、お前も僕に口出しするな。いいな」
フルーヴはスウォーに有無を言わせない口調で言い、口を閉じたスウォーを置いてマントを翻してスウォーの元から離れた。スウォーはその背中を見送りながら、左手に持ったままであった剣を鞘に収めて、自身の手を眺めた。この体はあの被験者と同じ体で、それでも違う生き方をしている自分と被験者の事を考えると、無性に怒りが込み上げてくるのは何故だろうか。
「・・・いや。そんな事・・・もう気にする必要はないか・・・」
もはや、模造品クローンとして生まれたスウォーと被験者は違う人間なのだから。スウォーは前髪を一度ぐっ、とかき上げて、近くに置いてあった椅子に腰をかけて長く、本当に長く息を吐き出した。
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