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絆の邂逅編
第三十二話 溢れた涙
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「・・・許さない、とは・・・不思議なものですね。あなたもソニアには恨みがあると思っていたのですが?」
「そんな物・・・ありません」
そうきっぱりと言い切ったシノに、フィムは浮かべていた笑みをさらに深めた。
「本当に『無い』と言い切れるのですか?あなたはソニアから酷い仕打ちを受けていたのにも関わらず?」
「それでも、お母様は最後に私に・・・歩み寄ろうとしてくれました。私がお母様に望んでいたのはそれだけだったのに・・・あなたは、それを砕いた」
「・・・・・・」
「・・・覚悟してください。フィム」
これまでにない、シノが呼び捨てをした事に、ユーガやネロ達だけでなく、トビすらもが眼を見開いて驚きの表情を見せた。ーと、不意にシノがユーガとトビに向き直って先ほどまでの感情は消え失せ、そこにはいつものシノがいて、ユーガは少しほっとした。
「・・・ユーガさん、トビさん・・・私はフィムを倒したいです。・・・お手伝いいただけませんか」
「・・・ああ」とユーガはシノに向けて頷くと固有能力、『緋眼』が再び輝きを取り戻した。「もちろんだ。ソニアさんを殺したこいつは・・・俺も許せないから!」
「仕方ねぇな」とトビも呆れながら頷くと固有能力、『蒼眼』も再び、輝きを取り戻す。「ま、気に食わねえのは事実だしな。手伝ってやるよ。・・・ただし、てめぇら・・・足を引っ張るなよ」
「・・・ありがとうございます、お二人とも」
シノはそう言ってー少し微笑んだようにユーガ達には見えたーユーガとトビに会釈してフィムに向き直ると、手脚に氷を纏い始め、ユーガはそれが彼女の固有能力、『氷掌脚』であると思ったがー離れたところにいるルインが、あれは、と驚愕の声をあげるのが聞こえた。
「・・・『精霊』・・・⁉︎シノは『精霊』の力を・・・⁉︎」
「・・・『精霊』の力だと・・・?」
ルインの言葉に、トビは眼を見開きながらシノを凝視した。ーすると、それに応えるかのようにシノの周囲に氷の元素が集まり始め、それは次第にシノの体を包み込み始める。
(・・・放ってはおけません、か)
フィムは内心で息を吐くと、シノに向けて炎と風の『人工精霊』によって生み出された魔法を放つ。ユーガ達が気付き、止めようと試みるがー。
「間に、合わなー‼︎」
防御が間に合わず、氷を身に纏っている最中のシノに魔法が直撃して爆発を起こし、ユーガとトビは咄嗟に身を守る。凄まじい爆風の風圧に吹き飛ばされそうになるが足で踏ん張って耐え、爆発が収まると煙がもうもうと立ち込めていて、シノの姿は見えなくなってしまっていた。ーが。
「・・・な・・・」
フィムが驚きを隠せない様子で爆発の起こった上空部分を見上げており、ユーガ達も上空を見上げー眼を、疑った。そこには、彼女がー顔以外に氷の鎧のような物を纏ったシノがいて、しかもその背後には、ラズフェア鏡窟にいるはずの『彼女』がいたのだから。
『・・・我が召喚されるとはな』
『彼女』の言葉が響き渡る中、シノはゆっくりと下降して地面に降り立つ。その声と氷は、紛れもなくー!
「・・・セルシウス・・・!」
ユーガの言葉を肯定するかのように、『彼女』はーセルシウスは、その口に僅かな微笑みを浮かべた。
彼女にーソニアに初めて会ったのは、いつだっただろうか。
『精霊セルシウス。あなたの力を私に貸しなさい』
確か、ソニアの第一声はそれだった筈だ、とセルシウスは思い出した。
『・・・我がお前に力を貸したとして、我に何の得がある?』
『無いわ』
そう、きっぱりと言い切った女性に、セルシウスは、なんて自分勝手な女だ、と思った。しかし、それと同時に、面白い、とも感じた。『精霊』である自分に、ここまで言い切るとはー。
『私が他者に認められるために、あんたの力を借りたいのよ』
『なるほど・・・だが、断る。我は誰かの私利私欲の為に使われるなどもうゴメンなのだ』
『・・・そう言うと思ったわ』
そう言って眼を伏せたソニアに、セルシウスは内心鼻を鳴らした。これで諦めるだろうーそう思ったのも、束の間。
『なら、あんたが私に協力してくれるまで・・・毎日だってここに来てやるわよ』
『・・・話を聞いていたか?何度来ても我の答えはノーだ。決して揺るがぬ』
セルシウスはそう言いながら、ソニアの瞳を見てーその瞳から逃れるように、視線を逸らした。その瞳は、どんな事があっても諦めないという意思が感じられるほどに輝いていて、その瞳でセルシウスを捉えながら人差し指を突きつけた。
『何度だって来るわ。あんたが認めてくれるまで・・・ね』
その言葉通り、ソニアは毎日セルシウスの元へと訪れた。一日中、ソニアの話を聞かされたり、時には戦いを挑まれたりされていた。セルシウスは戦いに挑んでボロボロになったソニアに視線を向けて、怪訝そうに瞳を細めた。
『・・・我の答えは揺るがぬと言ったはずだ。なのに、なぜ我にそこまで執着する?』
『・・・諦められない、夢があるからよ。私はそのために色々な物を犠牲にしてきた。今から・・・それを諦める事なんてできないのよ』
ソニアの瞳は、以前見た決意の色を少し薄くし、その瞳にははっきりと苦渋の色があった。
『・・・そう・・・色々・・・。・・・また明日も来るわ。待ってなさい』
セルシウスが呼び止めるよりも早く、ソニアは洞窟を去り、セルシウスは何とも言えない感情を覚えたが、ソニアが早く帰るのに越した事はない。また明日詳細を聞いてみる事を心に留め、セルシウスはその場から霧となって消えた。ーその胸に残る、ちょっとした違和感を放置してー。それからというもの、ソニアがセルシウスの元へ来る事はなかった。何日、何週間、何ヶ月と待っても、ソニアはもう、セルシウスの元へ姿を見せる事は決してなかった。
『・・・それが、このような形で再会とはな・・・ソニアよ・・・』
セルシウスは少し離れたところの血溜まりの中に倒れるソニアを見て、ぽつりと呟いた。そしてそのまま視線を逸らしかけーミナが持っている『それ』に気付き、なるほど、と納得した。ミナがその手に持つ物は、セルシウスがラズフェア鏡窟で渡した笛。セルシウスを呼び出すための笛だったのだが、まさかここまで早く呼び出せるようになるとは思わなかったな、とセルシウスは内心、ミナに関心した。トビも同様にミナに視線を向け、へぇ、と関心の声を上げた。
「・・・こいつを・・・セルシウスを、ミナが呼んだのか・・・」
「セルシウス」と、感情の篭らない声で呼ばれたセルシウスは声のする方向へ眼を向け、そこにシノがいる事を確認して軽く息を吐いた。「あなたの力・・・私に貸していただけないでしょうか」
そう言って軽く頭を下げたシノに、ソニアはもう一度息を吐いた。
『断る・・・と言いたいところだが、我の親友が殺されたとなれば・・・話は別だ。・・・良いだろう、我が主、シノ・メルトよ。我の力を汝に託す』
「・・・ありがとう、ございます」
その様子を遠くから眺めていたルインは、なるほど、と腕を組んで納得したように頷いた。
「・・・シノの固有能力は、『氷掌脚』から覚醒を果たし・・・『セルシウス』となったと言って良いでしょうね。」
「・・・すげー、『セルシウス』か・・・」
ネロが驚愕の声を上げると、それを聞いていたトビは、ふん、と鼻を鳴らした。
「・・・安直すぎだろ」
やれやれ、と首を振って呆れたような動作を見せたが、恐らく本音ではないだろう、とユーガは思った。
「・・・覚醒を果たした・・・『天才魔導士』・・・ですか。それでも、あなた方はここで死ぬのですよ?私の力によって、そこにいるソニアのようにね」
フィムの声に、ユーガ、トビ、シノはそちらに視線を向けてそれぞれが武器を握り直した。
「・・・俺はシノを助けるって決めたんだ。眼の前で、俺はソニアさんを助けられなかった。だから・・・今度は、必ず助けてみせる!」
「てめぇに殺されるなら、激辛の食い物食って悶絶する方がまだマシだ。俺は死ねねぇし、てめぇに殺されるなんてまっぴらごめんだね」
ユーガとトビの決意を込めて自身を睨む瞳に、フィムは内心ぞくりと鳥肌が立った。ここまでの覚悟を持った彼等は、間違いなく自分を倒すために本気で来るだろう。負けるつもりなど毛頭ないが、苦戦するのは間違いない。しかし、それ以上にー。
「・・・行きましょう、セルシウス」
圧すら感じられる冷気が、一瞬だけ大きくなったように感じー直後、フィムの体は空中へ打ち上げられていた。腹部に鋭い痛みを感じ、体が強烈な拳の打ち上げによって折れ曲がり、宙へ浮き上がったのだーそう理解した瞬間、今度は背中から強烈な蹴りを喰らい、地面に叩きつけられた。
「・・・何・・・⁉︎速い・・・!」
腹部と背中の痛みに顔を顰めながらフィムは呟き、ゆっくりと顔を上げて目の前に降り立ったシノを見上げた。
「・・・ユーガ」
その様子をフィムの元へ走りながら見ていたトビが、隣を走るユーガの名を呼んだ。ん?とユーガは首を傾げ、トビの方向を向く。
「お前・・・今のシノの動き、見えたか?」
「・・・ああ」ユーガは頷いて、視線を前に戻した。「けど、やっぱり『覚醒』ってのはすげぇんだな・・・」
まだ自分達は見てはいないが、ミナとルインから聞いたルインとレイの戦いの際のルインの固有能力、『元素感知』の覚醒や、自身の『緋眼』がフェルトラにて『覚醒』の兆候を見せた事も含めたユーガの言葉に、そうだな、とトビも素直に頷いた。トビ自身も、フェルトラで『蒼眼』を解放した際の、内側から力が溢れ出るような感覚を忘れてはいなかった。『覚醒』かどうかはわからないが、あの力は確かに強大だ。
「・・・なぁ、トビ」
不意に名前を呼ばれ、トビは思考を中断した。
「何だ」
「・・・フィムとの戦いが終わったら、ソニアさんを埋葬してあげたいんだけど・・・いいかな」
「・・・好きにしろ。お前がやりたいならやればいいだろ」
それは、認めてくれたという事だろう。トビの優しさにユーガは、ありがとう、と言って走る速度をさらに上げた。
「・・・ふ、ふふ・・・」
シノの足元で荒い息を吐きながら怪しげな笑みを浮かべるフィムに、シノは怪訝そうに眉を顰めた。
「・・・何かおかしい事でも?」
「・・・いいえ、『天才魔導士』が氷の精霊の力を纏っても・・・こんなものなのかと思うと、つい思わず笑ってしまいましたよ」
「・・・⁉︎」
フィムの余裕すら感じられるその発言に、シノは耳を疑い、さらにー眼を疑った。そのフィムの体は傷ひとつすら付いておらず、ニヤリとした笑みを浮かべていた。
「・・・精霊の力を借りても私の力には敵わないとは、ね・・・あなたのそのスピードには確かに驚きましたが、理解してしまえばなんて事はありません。・・・これから、あなたを殺すという計画も、何も変わりませんよ」
「くっ・・・」
シノの表情が僅かに苦渋に歪んだーその瞬間。
「・・・一人ならな」
「俺達もいる!」
フィムの背後から、蒼色の瞳を持つ少年と緋色の瞳を持つ少年ートビとユーガが飛び上がり、トビはフィムに向けて銃弾を、ユーガはフィムの背中から剣を突き刺した。
「・・・ぐ・・・」
一瞬、フィムの顔は痛みに歪んだが、すぐにその歪んだ表情は余裕の笑みへと変わった。トビが舌打ちをしたのが聞こえたが、ユーガは構わずさらに深々と剣を突き刺した。
「・・・無駄だと言っているのがわかりませんか、ユーガ様」
「無駄じゃない!多分、お前は『人工精霊』の力を使ってその傷を回復してる・・・!なら、外からダメなら内側からだっ‼︎」
ユーガは叫びと同時に『緋眼』を解放させ、その力を制御しつつ剣を伝ってフィムの体へ流し込んだ。どんな力なのか、力の正体はわからなかったが、魔法を使う事のできないユーガにはこれが最善策だった。ーその結果。
「な、何だ⁉︎」
フィムの体が突如として炎に包まれ、ユーガは思わず剣から手を離した。隣にいたトビも驚愕に眼を見開き、言葉が出てこないようで立ち尽くしている。ガイアでフィラルから聞いた、『元素を乖離させる力』とはまた違った力で、ユーガは状況を理解できず自身の両手を驚愕の表情を浮かべて見つめた。ーと、ユーガの隣にいつの間にかシノが立っていて、ユーガの顔をじっと見つめ、ゆっくりと口を開く。
「ユーガさん。・・・フィムのとどめは・・・、私にやらせてください」
「え?あ、ああ・・・わかった・・・」
訳がわからないが、ユーガはフィムの体に突き刺さる剣を恐る恐る引き抜いた。すると、フィムの体を包んでいた炎は一瞬のうちに消え去り、その炎の中からフィムが膝をついた状態で現れ、荒く息を吐きながらユーガ達を一瞥して、ふっ、と笑みを浮かべた。
「・・・なる、ほど・・・『緋眼』・・・を使われるとは・・・」
フィムは口の端から血を流しながら言い、ユーガはフィムの言葉には答えず今は緋色の光が収まっている緋眼に手を翳した。世界を滅ぼすほどの力があると言われている『緋眼』は、確かに強大な力だ。だからこそ、何となく自分が自分でなくなっていくような気がして、ユーガは思わず身震いした。
「・・・フィム。あなたの『人工精霊』を出してください」
「・・・正直に・・・出すとでも?」
シノの冷気すら纏う言葉に、フィムは何事もなかったように答えた。なら、とトビが頭を掻きながらフィムの前に立ち、気怠げに息を吐く。
「『蒼眼』」トビの言葉と同時に、彼の蒼色の瞳が輝きを放ち始めた。「来い、風の元素」
その刹那、フィムの体から人型の『それ』は浮かび上がってトビの方向へ移動し始め、トビの目の前でぴたりと静止した。
「これが・・・風の『人工精霊』だ・・・」
そう言ったトビの声がやや辛そうなのは、『蒼眼』を解放して力を使用しているからだろう、とシノは思いながら、その『人工精霊』とトビの間に入ってその姿をまじまじと見つめた。ーその直後。
「・・・伏せて!」
遠くからリフィアの声が響いたかと思うと、ユーガ達は次の瞬間吹き飛ばされ、背中や体の至る所を壁や地面に打ちつけた。
「がふっ・・・⁉︎」
「まだ、こんな力が残っていたのか・・・」
ユーガとトビが痛みに呻きながら立ち上がると、背後にシノが倒れているのを見つけ、シノを庇うようにユーガとトビはフィムに向かって武器を構えた。
「・・・確かに、私の命は先ほどのユーガ様の攻撃でギリギリの状態ではあります・・・。しかし、あなた方を殺すくらいの力なら・・・残っているんですよ」
フィムはニヤリとした笑みを浮かべー直後、びくん、と体を震わせてその動きを停止させた。何が起こったのかわからず、ユーガ達が顔を見合わせー異変に気付いた。つい先程まで背後で倒れていたシノの姿が消えていて、まさか、とユーガとトビは顔を見合わせると、フィムの体が前倒れになりその後ろにはーシノが、拳に氷を纏って額から血を流しながら立っていた。
「・・・シノ・・・!」
ユーガは何を言おうとしたのかわからなかったが口を開きかけ、ぐらり、とシノの脚の力が抜けたのを見て、開きかけていた口を閉じて咄嗟に走りながら腕を伸ばした。届かないー!そう、思ったが。
「・・・無茶するなっつってんだろ」
いつの間にかシノの隣にトビが立っていて、膝から崩れ落ちたシノの体を支えた。
「ユーガ!」
シノが無事だった事ー意識はなかったが、呼吸はしていたーにホッとしたユーガの耳にネロの叫び声が響いて、ユーガは声のする方向へ視線を向けた。そこには、慌てた様子でこちらへ向かってくる仲間達の姿が見え、どうしたんだ、のユーガは尋ねると、ミナが泣きそうな表情で説明を始めた。
「大変なんです!この洞窟・・・崩れ始めているんです!」
「な・・・何だって⁉︎」
「そうか・・・フィムの奴、俺達を殺す程の力が残ってるっつーのは自分に力が残ってるってのと、この罠の事を指し示してたのか」
「冷静に分析してる場合か!早く脱出すんぞ!」
淡々とした声で分析するトビに、ネロは叫ぶ。ーそれと同時に地面が、洞窟全体が揺れ始め、ユーガ達は慌てて出口に向かって走り出してーユーガはその足を止めた。
「何してるの、ユーガ君、早く!」
リフィアの急かすような声にも、ユーガは出口に足を動かそうとはせず、なんとその反対方向へと走り出した。
「な・・・ユーガ君っ!」
「皆は先に行っててくれ!俺はソニアさんを担いで行く!」
「何言ってるの!ソニアさんはもう・・・!」
「リフィア!」
リフィアの言葉を遮って、トビがリフィアの名を呼んで強引にリフィアにまだ意識の戻らないシノを預けて、トビもユーガの元へと走って行った。
「先に脱出してろ!後で行く!」
「ユーガさん!トビさん!」
「ミナ、ダメだ!」
「行きますよ!」
ミナの叫びが聞こえたが、ネロとルインによって無理やり連れて行かれるのをトビは確認して、ソニアを背に担いだユーガに、早くしろ、と急かした。
「魔物は俺がやる。お前は走って出口を目指せ!」
「わかった、頼む!」
その宣言通り、洞窟が地響きに包まれているというのにも関わらず襲ってくる魔物をトビが銃と魔法で倒し、その間をソニアを担いだユーガが駆け抜けて行った。
「スプラッシュバレット!・・・で、ユーガ・・・お前は何でそこまでしてソニアの死体を助けようと思った?」
「・・・俺はソニアさんを助ける事ができなかった。だけど・・・こんな洞窟の奥に置いてくなんて、俺はどうしても嫌なんだ」
ユーガは言いながら、背中で冷たく冷え切った体ー洞窟に長時間倒れていたためだろうーになってしまったソニアの体をしっかりと担ぎ直した。そのユーガの隣で一瞬、トビが笑みを浮かべたように見えたがいつものように気のせいだったかもしれない。
「来たぞ、出口だ・・・が、魔物はまだいるのか・・・」
「・・・よし、トビ!このまま突っ切ろう!サポート頼む!」
「そいつが得策だ。しゃーねぇな・・・!」
ユーガとトビは走るスピードをさらに上げ、三匹いた魔物にトビが銃を撃ち込んだ。魔物が倒れたのを確認して、出口の光が大きくなっていくのをユーガ達は感じた。
「よし、出れー!」
「ぐっ・・・⁉︎」
その直前、トビが悶絶の声を上げ、どさり、と倒れ込んだ。ユーガは慌てて足を止めてトビに駆け寄り、トビの脚を見て驚愕した。先程トビが銃弾を撃ち込んだ筈の魔物の一匹が、鋭い牙でその脚へと噛みついていた。
「トビ!くそっ・・・!」
ユーガはソニアを落とさないようにしながら腰から剣を引き抜き、体内の元素を高めて剣に纏わせた。
「喰らえ!瞬焔烈火斬‼︎」
凄まじい焔が魔物を直撃して吹き飛ばし、そのまま魔物はピクピクと痙攣しながら息絶えた。
「大丈夫か⁉︎」
「・・・ああ・・・行くぞ・・・!」
脚に軽く回復魔法をかけ、トビは噛まれた脚を庇いながら、ユーガはそれをサポートしながら、なんとか洞窟の出口から脱出した。ー直後、洞窟が轟音と共に崩れていき、海にその地盤が落ちて大きな波しぶきを起こしていくのを、ユーガはトビの隣に立って荒くなった息を長く吐きながらその光景を眺めていたー。
「・・・これで、よし・・・と」
海辺の洞窟から脱出したユーガ達はその後、ソニアの故郷であるフォルトまで『エアボード』で飛び、フィムと戦っていた時にトビに言った、『ソニアを埋葬する』事を行ったのだった。しかし、シノはセルシウスの力を使った事やソニアが亡くなったことへのショックからかユーガ達と共に来ようとはせず、埋葬するのはユーガとトビのみで行う事になった。登りゆく朝日がユーガ達を照らし、だんだん暗かった空が明るくなっていくのを感じる。
「・・・安らかに眠ってください、ソニアさん」
その中で、ユーガは膝を付いて顔を俯かせ、ソニアの石碑に向かって祈りを捧げた。その後ろでトビは、ユーガの様子を黙って見ている。
「・・・俺・・・ソニアさんを助けられなかったんだよな」
不意に呟いたユーガの言葉に、トビは答えなかった。それでも、ユーガは言葉を継ぐ。
「・・・助けたかった。ソニアさんの目指してた夢を、俺なりに力になりたかった・・・。ソニアさんに約束したのに、俺は・・・フィムの突然の攻撃に対処できなかった・・・」
ユーガの瞳から涙がこぼれ落ち、次第にそれは止まらぬ程に溢れ出した。ユーガは膝の上で握った拳をさらに強く握りしめ、奥歯を強く噛み締めた。
「ユーガ」
ーと、トビが涙を流すユーガに向けて、いつも通りの声音で口を開いた。
「俺達は生きている。ソニアは死んだかもしれないが、俺達はこの世界に残されたんだよ。なら、俺達がやる事はソニアの死を悔やむ事じゃねぇ。・・・生きてる人間は、死んだ人間の分まで生きる事が死んだ奴への最大の恩返しってわけだ」
「・・・そう、だけど・・・やっぱり俺は、ソニアさんを・・・助けたかったよ・・・」
もはや止まらなくなってしまった涙を流しながら、ユーガは濡れた瞳でソニアの石碑を見つめた。
「生きている以上、誰かの死には必ず直面する。俺達が今まで殺してきた兵士や人間達も含めてな。・・・なら、俺達はもう一度そうならねぇようにしなきゃならねぇ」
トビは一度そこで言葉を区切り、一度嘆息してからもう一度言葉を継いだ。
「ここにお前が残るってんなら、俺は一人でもスウォーの野郎をぶっ潰しに行く。それが嫌なら、こんなところで立ち止まるわけにはいかねぇだろうが。生きてるなら生きてる生物らしくもがくのが『人間』だ」
トビの冷たいが優しさを感じる言葉に、ユーガは小さく頷いてその瞳に溜まっていた涙を、ぐっ、と拭って、今度はまっすぐにソニアの石碑を見つめた。
「・・・ああ。俺達は絶対に、ソニアさんの事を忘れたりなんかしない。ソニアさんの努力を無駄になんかさせない・・・!」
「・・・なら、あと残りの精霊は・・・イフリート、シャドウ、シルフを解放して、スウォーを倒すぞ。俺達に今できる事は、それだ」
「・・・わかった」
「先にあいつらと合流だ。あいつらは宿にいる筈だぜ」
「宿・・・か、わかった。行こう」
ユーガとトビは、一度ソニアの石碑を見つめながら軽く頭を下げ、踵を返してその場から離れた。
「トビ」
宿に向かう途中、ユーガに名を呼ばれてトビは返事はせず視線だけをユーガの方へ向けた。
「精霊ってどこにいるか、とかわかったりするのか?それがわからない状態で探して、見つかるもんなのかな・・・?」
ユーガの心配は、トビにもわかる。世界は広く、古くからある遺跡などもこのグリアリーフには数多くあるのだ。それを一つ一つ回り、精霊を探すなど時間がいくらあっても足りないだろう。だが、トビの中には一つ考えがあった。それはー。
「リフィアの奴に聞いてみれば良い」
「リフィアに?」
「あいつはかなり古くから生きてる『魔族』なんだろ?なら、精霊のいる場所くれぇ知ってるだろ」
確かに、とユーガは頷いた。リフィアはこれまで、かなり物知りな面もあったし精霊の場所も知っててもおかしくない。ユーガはリフィアに淡い期待を抱き、宿に戻ったーのだが。
「ごめんね、わかんないや」
即答だった。ユーガとトビは期待を抱いていただけに同時に、マジか、と呟いた。
「リフィアも知らないのか・・・どうしよう・・・」
やれやれ、と黙って聞いていたルインが頬を掻いてゆっくりと手を挙げた。
「私の事、忘れてません?」
「ルイン、何か知ってるのか?」
「知ってる、というわけではありませんが」とルインは前置きをして、軽く咳払いをした。「レイフォルスの図書館にそんな書籍があったかと思われます。精霊を解放する以上、手がかりは少しでも多い方が良い」
レイフォルスか、とネロは腕を組み、少し難しい顔をした。
「ルイン、大丈夫なのか?」
ルインの故郷であるレイフォルスには、ルインはもう入れなくなってしまっている。ルインは何も言わずに微笑んだが、それは力のない笑みとなっていて、ユーガ達は何とも言えない複雑な感情を覚えた。
「以前のように、私が入らなければ大丈夫だと思いますから。また頼みますよ」
「・・・あ、ああ。わかった」
ネロはルインの言葉に眉を顰めながら頷き、どうにかできないか、と考えを巡らせた。
「シノ?」
その日の昼、レイフォルスに向かう前に準備を整えていたユーガは、一人フォルトの街を歩くシノを見つけ、思わず後を追いかけていた。しかし、声はかけずにそーっとシノを尾行した。なぜだか、そうする事は躊躇われ、こっそり着いていく事しかユーガにはできなかった。ユーガがシノを追いかけて行くと、そこはシノの家であった。ーしかし、シノは家の中には入らず、そのまま庭へと出てその庭の中心で脚を止めた。そこには石碑のようなものが建っており、ユーガは『緋眼』の固有能力のおかげで身に付いた視力でその石板の文字を読み取っていくとー。
(『ニール・メルト・・・ここに眠る・・・』?)
つまり、ファミリーネームは同じという事からシノの肉親だろうか?ユーガは一度考え込み、そしてもう一度シノの方へ視線を向けてーあれ?と首を傾げた。そこにいた筈のシノはおらず、そこに残っているのは一陣の風だけだ。
「・・・おかしいな・・・?」
少し眼を離した隙に、シノの姿が消えるなんて。そう思って頭を掻くとー。
「探しているのは私ですか?」
「うぉぁぁぁ⁉︎」
真後ろからそんな抑揚のない声が響き、ユーガは肩を跳ねさせて飛び上がった。
「へ、し、シノ⁉︎」
「バレバレですよ。気配を消すならもっとしっかり消すべきです」
「は、はは・・・」
ユーガは思わず苦笑を漏らしてしまい、まだ鼓動の早い心臓を何とか抑えようと、大きく深呼吸をした。
「その・・・ごめん、隠れ見るつもりはなかったんだけど・・・なんか、気になっちゃってさ」
「・・・そうですか」
「・・・シノ、さっき見えちゃったんだけど・・・あの石碑って?」
ユーガがそう尋ねるとシノは一瞬唇を噛み締めて俯き、黙ってシノの家の方へ向けてもう一度歩き出した。ユーガも口を閉じてシノへ着いて行くと、シノは石碑の前で座り込み、石碑をゆっくりと撫でた。ユーガがそこへ辿り着くと、やはりそこには、ニール・メルト、という名が彫られていた。
「・・・私の父親です」
「・・・お父さん・・・亡くなっちまってたのか・・・」
「はい」
ユーガは、そっか、と呟いて、石碑へ向けて膝をついて手を組んだ。シノが怪訝そうな表情を浮かべたが、それでも構わずにユーガは祈りを捧げた。
「・・・祈ってくださり、ありがとうございます」
「・・・ううん、気にしないでくれ。・・・シノのお父さんはどんな人だったんだ?」
「・・・研究者でした」
ユーガはそれを聞いて、驚いた。
「・・・もしかして、シノの家族って研究者が多いのか・・・?」
「多い、というよりはほぼ全員が研究者です。私の家系は、そういう家系ですから」
そうなのか、とユーガはもう一度、ニールの石碑を見た。
「なぁ、お父さんは何を研究してたんだ?」
「・・・元素機械が世界に起こす問題の危険性と、元素戦争についてです」
「元素機械が起こす問題?何かあったのか?」
「ええ・・・お父様は元素機械を使用する事で元素の流れが乱れる・・・そう考えていたそうです。それを証明する事はできなかったそうですが・・・」
「・・・そうか・・・元素戦争の事についてはどうだったんだ?」
「そちらは、まだ私も読んでいない資料です。その資料が、実はお父様しか知らないパスワードが必要なんです」
「・・・パスワード・・・?」
ユーガは首を傾げた。パスワード、という事はつまり、それを見られたくはなかった、という事だろうか?
「これです」
いつの間にか、シノが確かにパスワードのかけられた箱を持ってきていて、ユーガはそれを手に取った。
「ホントだ・・・パスワードはわからないんだよな・・・」
「はい、ですからまだ見た事が無くて・・・」
「・・・うーん、何かヒントとかあれば良いんだけどな・・・そういうのもないのであれば、トビ達に一回相談してみるのはどうだ?」
「・・・それが得策であると判断。わかりました」
ユーガは一度シノにその箱を返し、ニールの石碑にもう一度向き直って軽く頭を下げた。
「・・・すみません、ニールさんの研究成果・・・お借りさせていただきます」
そう言って、行こう、とシノに声をかけてトビ達を探すべくシノの家の庭からフォルトの街へ出た。パスワードで隠された、ニールの資料。何が、ここに書かれているのかわからなかったが、元素戦争についてはユーガ達も気にはなっていた事だ。精霊を探すと共に、色々調べてみるのも良いかもしれない。ユーガはシノから箱を再度受け取り、くるくるとその箱を回してみた。その箱は木と鉄で構成されていて、開ける場所はやはりパスワードで鍵がかかってしまっている。できる事なら今開けてみたいところだったがその気持ちを、ぐっと抑え込んでユーガはトビの特徴的な紺の軍服を視線を巡らせて探したが、人が中々多いという事もありトビを探すのが容易ではない、という事が一目瞭然であった。
「そんな物・・・ありません」
そうきっぱりと言い切ったシノに、フィムは浮かべていた笑みをさらに深めた。
「本当に『無い』と言い切れるのですか?あなたはソニアから酷い仕打ちを受けていたのにも関わらず?」
「それでも、お母様は最後に私に・・・歩み寄ろうとしてくれました。私がお母様に望んでいたのはそれだけだったのに・・・あなたは、それを砕いた」
「・・・・・・」
「・・・覚悟してください。フィム」
これまでにない、シノが呼び捨てをした事に、ユーガやネロ達だけでなく、トビすらもが眼を見開いて驚きの表情を見せた。ーと、不意にシノがユーガとトビに向き直って先ほどまでの感情は消え失せ、そこにはいつものシノがいて、ユーガは少しほっとした。
「・・・ユーガさん、トビさん・・・私はフィムを倒したいです。・・・お手伝いいただけませんか」
「・・・ああ」とユーガはシノに向けて頷くと固有能力、『緋眼』が再び輝きを取り戻した。「もちろんだ。ソニアさんを殺したこいつは・・・俺も許せないから!」
「仕方ねぇな」とトビも呆れながら頷くと固有能力、『蒼眼』も再び、輝きを取り戻す。「ま、気に食わねえのは事実だしな。手伝ってやるよ。・・・ただし、てめぇら・・・足を引っ張るなよ」
「・・・ありがとうございます、お二人とも」
シノはそう言ってー少し微笑んだようにユーガ達には見えたーユーガとトビに会釈してフィムに向き直ると、手脚に氷を纏い始め、ユーガはそれが彼女の固有能力、『氷掌脚』であると思ったがー離れたところにいるルインが、あれは、と驚愕の声をあげるのが聞こえた。
「・・・『精霊』・・・⁉︎シノは『精霊』の力を・・・⁉︎」
「・・・『精霊』の力だと・・・?」
ルインの言葉に、トビは眼を見開きながらシノを凝視した。ーすると、それに応えるかのようにシノの周囲に氷の元素が集まり始め、それは次第にシノの体を包み込み始める。
(・・・放ってはおけません、か)
フィムは内心で息を吐くと、シノに向けて炎と風の『人工精霊』によって生み出された魔法を放つ。ユーガ達が気付き、止めようと試みるがー。
「間に、合わなー‼︎」
防御が間に合わず、氷を身に纏っている最中のシノに魔法が直撃して爆発を起こし、ユーガとトビは咄嗟に身を守る。凄まじい爆風の風圧に吹き飛ばされそうになるが足で踏ん張って耐え、爆発が収まると煙がもうもうと立ち込めていて、シノの姿は見えなくなってしまっていた。ーが。
「・・・な・・・」
フィムが驚きを隠せない様子で爆発の起こった上空部分を見上げており、ユーガ達も上空を見上げー眼を、疑った。そこには、彼女がー顔以外に氷の鎧のような物を纏ったシノがいて、しかもその背後には、ラズフェア鏡窟にいるはずの『彼女』がいたのだから。
『・・・我が召喚されるとはな』
『彼女』の言葉が響き渡る中、シノはゆっくりと下降して地面に降り立つ。その声と氷は、紛れもなくー!
「・・・セルシウス・・・!」
ユーガの言葉を肯定するかのように、『彼女』はーセルシウスは、その口に僅かな微笑みを浮かべた。
彼女にーソニアに初めて会ったのは、いつだっただろうか。
『精霊セルシウス。あなたの力を私に貸しなさい』
確か、ソニアの第一声はそれだった筈だ、とセルシウスは思い出した。
『・・・我がお前に力を貸したとして、我に何の得がある?』
『無いわ』
そう、きっぱりと言い切った女性に、セルシウスは、なんて自分勝手な女だ、と思った。しかし、それと同時に、面白い、とも感じた。『精霊』である自分に、ここまで言い切るとはー。
『私が他者に認められるために、あんたの力を借りたいのよ』
『なるほど・・・だが、断る。我は誰かの私利私欲の為に使われるなどもうゴメンなのだ』
『・・・そう言うと思ったわ』
そう言って眼を伏せたソニアに、セルシウスは内心鼻を鳴らした。これで諦めるだろうーそう思ったのも、束の間。
『なら、あんたが私に協力してくれるまで・・・毎日だってここに来てやるわよ』
『・・・話を聞いていたか?何度来ても我の答えはノーだ。決して揺るがぬ』
セルシウスはそう言いながら、ソニアの瞳を見てーその瞳から逃れるように、視線を逸らした。その瞳は、どんな事があっても諦めないという意思が感じられるほどに輝いていて、その瞳でセルシウスを捉えながら人差し指を突きつけた。
『何度だって来るわ。あんたが認めてくれるまで・・・ね』
その言葉通り、ソニアは毎日セルシウスの元へと訪れた。一日中、ソニアの話を聞かされたり、時には戦いを挑まれたりされていた。セルシウスは戦いに挑んでボロボロになったソニアに視線を向けて、怪訝そうに瞳を細めた。
『・・・我の答えは揺るがぬと言ったはずだ。なのに、なぜ我にそこまで執着する?』
『・・・諦められない、夢があるからよ。私はそのために色々な物を犠牲にしてきた。今から・・・それを諦める事なんてできないのよ』
ソニアの瞳は、以前見た決意の色を少し薄くし、その瞳にははっきりと苦渋の色があった。
『・・・そう・・・色々・・・。・・・また明日も来るわ。待ってなさい』
セルシウスが呼び止めるよりも早く、ソニアは洞窟を去り、セルシウスは何とも言えない感情を覚えたが、ソニアが早く帰るのに越した事はない。また明日詳細を聞いてみる事を心に留め、セルシウスはその場から霧となって消えた。ーその胸に残る、ちょっとした違和感を放置してー。それからというもの、ソニアがセルシウスの元へ来る事はなかった。何日、何週間、何ヶ月と待っても、ソニアはもう、セルシウスの元へ姿を見せる事は決してなかった。
『・・・それが、このような形で再会とはな・・・ソニアよ・・・』
セルシウスは少し離れたところの血溜まりの中に倒れるソニアを見て、ぽつりと呟いた。そしてそのまま視線を逸らしかけーミナが持っている『それ』に気付き、なるほど、と納得した。ミナがその手に持つ物は、セルシウスがラズフェア鏡窟で渡した笛。セルシウスを呼び出すための笛だったのだが、まさかここまで早く呼び出せるようになるとは思わなかったな、とセルシウスは内心、ミナに関心した。トビも同様にミナに視線を向け、へぇ、と関心の声を上げた。
「・・・こいつを・・・セルシウスを、ミナが呼んだのか・・・」
「セルシウス」と、感情の篭らない声で呼ばれたセルシウスは声のする方向へ眼を向け、そこにシノがいる事を確認して軽く息を吐いた。「あなたの力・・・私に貸していただけないでしょうか」
そう言って軽く頭を下げたシノに、ソニアはもう一度息を吐いた。
『断る・・・と言いたいところだが、我の親友が殺されたとなれば・・・話は別だ。・・・良いだろう、我が主、シノ・メルトよ。我の力を汝に託す』
「・・・ありがとう、ございます」
その様子を遠くから眺めていたルインは、なるほど、と腕を組んで納得したように頷いた。
「・・・シノの固有能力は、『氷掌脚』から覚醒を果たし・・・『セルシウス』となったと言って良いでしょうね。」
「・・・すげー、『セルシウス』か・・・」
ネロが驚愕の声を上げると、それを聞いていたトビは、ふん、と鼻を鳴らした。
「・・・安直すぎだろ」
やれやれ、と首を振って呆れたような動作を見せたが、恐らく本音ではないだろう、とユーガは思った。
「・・・覚醒を果たした・・・『天才魔導士』・・・ですか。それでも、あなた方はここで死ぬのですよ?私の力によって、そこにいるソニアのようにね」
フィムの声に、ユーガ、トビ、シノはそちらに視線を向けてそれぞれが武器を握り直した。
「・・・俺はシノを助けるって決めたんだ。眼の前で、俺はソニアさんを助けられなかった。だから・・・今度は、必ず助けてみせる!」
「てめぇに殺されるなら、激辛の食い物食って悶絶する方がまだマシだ。俺は死ねねぇし、てめぇに殺されるなんてまっぴらごめんだね」
ユーガとトビの決意を込めて自身を睨む瞳に、フィムは内心ぞくりと鳥肌が立った。ここまでの覚悟を持った彼等は、間違いなく自分を倒すために本気で来るだろう。負けるつもりなど毛頭ないが、苦戦するのは間違いない。しかし、それ以上にー。
「・・・行きましょう、セルシウス」
圧すら感じられる冷気が、一瞬だけ大きくなったように感じー直後、フィムの体は空中へ打ち上げられていた。腹部に鋭い痛みを感じ、体が強烈な拳の打ち上げによって折れ曲がり、宙へ浮き上がったのだーそう理解した瞬間、今度は背中から強烈な蹴りを喰らい、地面に叩きつけられた。
「・・・何・・・⁉︎速い・・・!」
腹部と背中の痛みに顔を顰めながらフィムは呟き、ゆっくりと顔を上げて目の前に降り立ったシノを見上げた。
「・・・ユーガ」
その様子をフィムの元へ走りながら見ていたトビが、隣を走るユーガの名を呼んだ。ん?とユーガは首を傾げ、トビの方向を向く。
「お前・・・今のシノの動き、見えたか?」
「・・・ああ」ユーガは頷いて、視線を前に戻した。「けど、やっぱり『覚醒』ってのはすげぇんだな・・・」
まだ自分達は見てはいないが、ミナとルインから聞いたルインとレイの戦いの際のルインの固有能力、『元素感知』の覚醒や、自身の『緋眼』がフェルトラにて『覚醒』の兆候を見せた事も含めたユーガの言葉に、そうだな、とトビも素直に頷いた。トビ自身も、フェルトラで『蒼眼』を解放した際の、内側から力が溢れ出るような感覚を忘れてはいなかった。『覚醒』かどうかはわからないが、あの力は確かに強大だ。
「・・・なぁ、トビ」
不意に名前を呼ばれ、トビは思考を中断した。
「何だ」
「・・・フィムとの戦いが終わったら、ソニアさんを埋葬してあげたいんだけど・・・いいかな」
「・・・好きにしろ。お前がやりたいならやればいいだろ」
それは、認めてくれたという事だろう。トビの優しさにユーガは、ありがとう、と言って走る速度をさらに上げた。
「・・・ふ、ふふ・・・」
シノの足元で荒い息を吐きながら怪しげな笑みを浮かべるフィムに、シノは怪訝そうに眉を顰めた。
「・・・何かおかしい事でも?」
「・・・いいえ、『天才魔導士』が氷の精霊の力を纏っても・・・こんなものなのかと思うと、つい思わず笑ってしまいましたよ」
「・・・⁉︎」
フィムの余裕すら感じられるその発言に、シノは耳を疑い、さらにー眼を疑った。そのフィムの体は傷ひとつすら付いておらず、ニヤリとした笑みを浮かべていた。
「・・・精霊の力を借りても私の力には敵わないとは、ね・・・あなたのそのスピードには確かに驚きましたが、理解してしまえばなんて事はありません。・・・これから、あなたを殺すという計画も、何も変わりませんよ」
「くっ・・・」
シノの表情が僅かに苦渋に歪んだーその瞬間。
「・・・一人ならな」
「俺達もいる!」
フィムの背後から、蒼色の瞳を持つ少年と緋色の瞳を持つ少年ートビとユーガが飛び上がり、トビはフィムに向けて銃弾を、ユーガはフィムの背中から剣を突き刺した。
「・・・ぐ・・・」
一瞬、フィムの顔は痛みに歪んだが、すぐにその歪んだ表情は余裕の笑みへと変わった。トビが舌打ちをしたのが聞こえたが、ユーガは構わずさらに深々と剣を突き刺した。
「・・・無駄だと言っているのがわかりませんか、ユーガ様」
「無駄じゃない!多分、お前は『人工精霊』の力を使ってその傷を回復してる・・・!なら、外からダメなら内側からだっ‼︎」
ユーガは叫びと同時に『緋眼』を解放させ、その力を制御しつつ剣を伝ってフィムの体へ流し込んだ。どんな力なのか、力の正体はわからなかったが、魔法を使う事のできないユーガにはこれが最善策だった。ーその結果。
「な、何だ⁉︎」
フィムの体が突如として炎に包まれ、ユーガは思わず剣から手を離した。隣にいたトビも驚愕に眼を見開き、言葉が出てこないようで立ち尽くしている。ガイアでフィラルから聞いた、『元素を乖離させる力』とはまた違った力で、ユーガは状況を理解できず自身の両手を驚愕の表情を浮かべて見つめた。ーと、ユーガの隣にいつの間にかシノが立っていて、ユーガの顔をじっと見つめ、ゆっくりと口を開く。
「ユーガさん。・・・フィムのとどめは・・・、私にやらせてください」
「え?あ、ああ・・・わかった・・・」
訳がわからないが、ユーガはフィムの体に突き刺さる剣を恐る恐る引き抜いた。すると、フィムの体を包んでいた炎は一瞬のうちに消え去り、その炎の中からフィムが膝をついた状態で現れ、荒く息を吐きながらユーガ達を一瞥して、ふっ、と笑みを浮かべた。
「・・・なる、ほど・・・『緋眼』・・・を使われるとは・・・」
フィムは口の端から血を流しながら言い、ユーガはフィムの言葉には答えず今は緋色の光が収まっている緋眼に手を翳した。世界を滅ぼすほどの力があると言われている『緋眼』は、確かに強大な力だ。だからこそ、何となく自分が自分でなくなっていくような気がして、ユーガは思わず身震いした。
「・・・フィム。あなたの『人工精霊』を出してください」
「・・・正直に・・・出すとでも?」
シノの冷気すら纏う言葉に、フィムは何事もなかったように答えた。なら、とトビが頭を掻きながらフィムの前に立ち、気怠げに息を吐く。
「『蒼眼』」トビの言葉と同時に、彼の蒼色の瞳が輝きを放ち始めた。「来い、風の元素」
その刹那、フィムの体から人型の『それ』は浮かび上がってトビの方向へ移動し始め、トビの目の前でぴたりと静止した。
「これが・・・風の『人工精霊』だ・・・」
そう言ったトビの声がやや辛そうなのは、『蒼眼』を解放して力を使用しているからだろう、とシノは思いながら、その『人工精霊』とトビの間に入ってその姿をまじまじと見つめた。ーその直後。
「・・・伏せて!」
遠くからリフィアの声が響いたかと思うと、ユーガ達は次の瞬間吹き飛ばされ、背中や体の至る所を壁や地面に打ちつけた。
「がふっ・・・⁉︎」
「まだ、こんな力が残っていたのか・・・」
ユーガとトビが痛みに呻きながら立ち上がると、背後にシノが倒れているのを見つけ、シノを庇うようにユーガとトビはフィムに向かって武器を構えた。
「・・・確かに、私の命は先ほどのユーガ様の攻撃でギリギリの状態ではあります・・・。しかし、あなた方を殺すくらいの力なら・・・残っているんですよ」
フィムはニヤリとした笑みを浮かべー直後、びくん、と体を震わせてその動きを停止させた。何が起こったのかわからず、ユーガ達が顔を見合わせー異変に気付いた。つい先程まで背後で倒れていたシノの姿が消えていて、まさか、とユーガとトビは顔を見合わせると、フィムの体が前倒れになりその後ろにはーシノが、拳に氷を纏って額から血を流しながら立っていた。
「・・・シノ・・・!」
ユーガは何を言おうとしたのかわからなかったが口を開きかけ、ぐらり、とシノの脚の力が抜けたのを見て、開きかけていた口を閉じて咄嗟に走りながら腕を伸ばした。届かないー!そう、思ったが。
「・・・無茶するなっつってんだろ」
いつの間にかシノの隣にトビが立っていて、膝から崩れ落ちたシノの体を支えた。
「ユーガ!」
シノが無事だった事ー意識はなかったが、呼吸はしていたーにホッとしたユーガの耳にネロの叫び声が響いて、ユーガは声のする方向へ視線を向けた。そこには、慌てた様子でこちらへ向かってくる仲間達の姿が見え、どうしたんだ、のユーガは尋ねると、ミナが泣きそうな表情で説明を始めた。
「大変なんです!この洞窟・・・崩れ始めているんです!」
「な・・・何だって⁉︎」
「そうか・・・フィムの奴、俺達を殺す程の力が残ってるっつーのは自分に力が残ってるってのと、この罠の事を指し示してたのか」
「冷静に分析してる場合か!早く脱出すんぞ!」
淡々とした声で分析するトビに、ネロは叫ぶ。ーそれと同時に地面が、洞窟全体が揺れ始め、ユーガ達は慌てて出口に向かって走り出してーユーガはその足を止めた。
「何してるの、ユーガ君、早く!」
リフィアの急かすような声にも、ユーガは出口に足を動かそうとはせず、なんとその反対方向へと走り出した。
「な・・・ユーガ君っ!」
「皆は先に行っててくれ!俺はソニアさんを担いで行く!」
「何言ってるの!ソニアさんはもう・・・!」
「リフィア!」
リフィアの言葉を遮って、トビがリフィアの名を呼んで強引にリフィアにまだ意識の戻らないシノを預けて、トビもユーガの元へと走って行った。
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「ユーガさん!トビさん!」
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「魔物は俺がやる。お前は走って出口を目指せ!」
「わかった、頼む!」
その宣言通り、洞窟が地響きに包まれているというのにも関わらず襲ってくる魔物をトビが銃と魔法で倒し、その間をソニアを担いだユーガが駆け抜けて行った。
「スプラッシュバレット!・・・で、ユーガ・・・お前は何でそこまでしてソニアの死体を助けようと思った?」
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「・・・よし、トビ!このまま突っ切ろう!サポート頼む!」
「そいつが得策だ。しゃーねぇな・・・!」
ユーガとトビは走るスピードをさらに上げ、三匹いた魔物にトビが銃を撃ち込んだ。魔物が倒れたのを確認して、出口の光が大きくなっていくのをユーガ達は感じた。
「よし、出れー!」
「ぐっ・・・⁉︎」
その直前、トビが悶絶の声を上げ、どさり、と倒れ込んだ。ユーガは慌てて足を止めてトビに駆け寄り、トビの脚を見て驚愕した。先程トビが銃弾を撃ち込んだ筈の魔物の一匹が、鋭い牙でその脚へと噛みついていた。
「トビ!くそっ・・・!」
ユーガはソニアを落とさないようにしながら腰から剣を引き抜き、体内の元素を高めて剣に纏わせた。
「喰らえ!瞬焔烈火斬‼︎」
凄まじい焔が魔物を直撃して吹き飛ばし、そのまま魔物はピクピクと痙攣しながら息絶えた。
「大丈夫か⁉︎」
「・・・ああ・・・行くぞ・・・!」
脚に軽く回復魔法をかけ、トビは噛まれた脚を庇いながら、ユーガはそれをサポートしながら、なんとか洞窟の出口から脱出した。ー直後、洞窟が轟音と共に崩れていき、海にその地盤が落ちて大きな波しぶきを起こしていくのを、ユーガはトビの隣に立って荒くなった息を長く吐きながらその光景を眺めていたー。
「・・・これで、よし・・・と」
海辺の洞窟から脱出したユーガ達はその後、ソニアの故郷であるフォルトまで『エアボード』で飛び、フィムと戦っていた時にトビに言った、『ソニアを埋葬する』事を行ったのだった。しかし、シノはセルシウスの力を使った事やソニアが亡くなったことへのショックからかユーガ達と共に来ようとはせず、埋葬するのはユーガとトビのみで行う事になった。登りゆく朝日がユーガ達を照らし、だんだん暗かった空が明るくなっていくのを感じる。
「・・・安らかに眠ってください、ソニアさん」
その中で、ユーガは膝を付いて顔を俯かせ、ソニアの石碑に向かって祈りを捧げた。その後ろでトビは、ユーガの様子を黙って見ている。
「・・・俺・・・ソニアさんを助けられなかったんだよな」
不意に呟いたユーガの言葉に、トビは答えなかった。それでも、ユーガは言葉を継ぐ。
「・・・助けたかった。ソニアさんの目指してた夢を、俺なりに力になりたかった・・・。ソニアさんに約束したのに、俺は・・・フィムの突然の攻撃に対処できなかった・・・」
ユーガの瞳から涙がこぼれ落ち、次第にそれは止まらぬ程に溢れ出した。ユーガは膝の上で握った拳をさらに強く握りしめ、奥歯を強く噛み締めた。
「ユーガ」
ーと、トビが涙を流すユーガに向けて、いつも通りの声音で口を開いた。
「俺達は生きている。ソニアは死んだかもしれないが、俺達はこの世界に残されたんだよ。なら、俺達がやる事はソニアの死を悔やむ事じゃねぇ。・・・生きてる人間は、死んだ人間の分まで生きる事が死んだ奴への最大の恩返しってわけだ」
「・・・そう、だけど・・・やっぱり俺は、ソニアさんを・・・助けたかったよ・・・」
もはや止まらなくなってしまった涙を流しながら、ユーガは濡れた瞳でソニアの石碑を見つめた。
「生きている以上、誰かの死には必ず直面する。俺達が今まで殺してきた兵士や人間達も含めてな。・・・なら、俺達はもう一度そうならねぇようにしなきゃならねぇ」
トビは一度そこで言葉を区切り、一度嘆息してからもう一度言葉を継いだ。
「ここにお前が残るってんなら、俺は一人でもスウォーの野郎をぶっ潰しに行く。それが嫌なら、こんなところで立ち止まるわけにはいかねぇだろうが。生きてるなら生きてる生物らしくもがくのが『人間』だ」
トビの冷たいが優しさを感じる言葉に、ユーガは小さく頷いてその瞳に溜まっていた涙を、ぐっ、と拭って、今度はまっすぐにソニアの石碑を見つめた。
「・・・ああ。俺達は絶対に、ソニアさんの事を忘れたりなんかしない。ソニアさんの努力を無駄になんかさせない・・・!」
「・・・なら、あと残りの精霊は・・・イフリート、シャドウ、シルフを解放して、スウォーを倒すぞ。俺達に今できる事は、それだ」
「・・・わかった」
「先にあいつらと合流だ。あいつらは宿にいる筈だぜ」
「宿・・・か、わかった。行こう」
ユーガとトビは、一度ソニアの石碑を見つめながら軽く頭を下げ、踵を返してその場から離れた。
「トビ」
宿に向かう途中、ユーガに名を呼ばれてトビは返事はせず視線だけをユーガの方へ向けた。
「精霊ってどこにいるか、とかわかったりするのか?それがわからない状態で探して、見つかるもんなのかな・・・?」
ユーガの心配は、トビにもわかる。世界は広く、古くからある遺跡などもこのグリアリーフには数多くあるのだ。それを一つ一つ回り、精霊を探すなど時間がいくらあっても足りないだろう。だが、トビの中には一つ考えがあった。それはー。
「リフィアの奴に聞いてみれば良い」
「リフィアに?」
「あいつはかなり古くから生きてる『魔族』なんだろ?なら、精霊のいる場所くれぇ知ってるだろ」
確かに、とユーガは頷いた。リフィアはこれまで、かなり物知りな面もあったし精霊の場所も知っててもおかしくない。ユーガはリフィアに淡い期待を抱き、宿に戻ったーのだが。
「ごめんね、わかんないや」
即答だった。ユーガとトビは期待を抱いていただけに同時に、マジか、と呟いた。
「リフィアも知らないのか・・・どうしよう・・・」
やれやれ、と黙って聞いていたルインが頬を掻いてゆっくりと手を挙げた。
「私の事、忘れてません?」
「ルイン、何か知ってるのか?」
「知ってる、というわけではありませんが」とルインは前置きをして、軽く咳払いをした。「レイフォルスの図書館にそんな書籍があったかと思われます。精霊を解放する以上、手がかりは少しでも多い方が良い」
レイフォルスか、とネロは腕を組み、少し難しい顔をした。
「ルイン、大丈夫なのか?」
ルインの故郷であるレイフォルスには、ルインはもう入れなくなってしまっている。ルインは何も言わずに微笑んだが、それは力のない笑みとなっていて、ユーガ達は何とも言えない複雑な感情を覚えた。
「以前のように、私が入らなければ大丈夫だと思いますから。また頼みますよ」
「・・・あ、ああ。わかった」
ネロはルインの言葉に眉を顰めながら頷き、どうにかできないか、と考えを巡らせた。
「シノ?」
その日の昼、レイフォルスに向かう前に準備を整えていたユーガは、一人フォルトの街を歩くシノを見つけ、思わず後を追いかけていた。しかし、声はかけずにそーっとシノを尾行した。なぜだか、そうする事は躊躇われ、こっそり着いていく事しかユーガにはできなかった。ユーガがシノを追いかけて行くと、そこはシノの家であった。ーしかし、シノは家の中には入らず、そのまま庭へと出てその庭の中心で脚を止めた。そこには石碑のようなものが建っており、ユーガは『緋眼』の固有能力のおかげで身に付いた視力でその石板の文字を読み取っていくとー。
(『ニール・メルト・・・ここに眠る・・・』?)
つまり、ファミリーネームは同じという事からシノの肉親だろうか?ユーガは一度考え込み、そしてもう一度シノの方へ視線を向けてーあれ?と首を傾げた。そこにいた筈のシノはおらず、そこに残っているのは一陣の風だけだ。
「・・・おかしいな・・・?」
少し眼を離した隙に、シノの姿が消えるなんて。そう思って頭を掻くとー。
「探しているのは私ですか?」
「うぉぁぁぁ⁉︎」
真後ろからそんな抑揚のない声が響き、ユーガは肩を跳ねさせて飛び上がった。
「へ、し、シノ⁉︎」
「バレバレですよ。気配を消すならもっとしっかり消すべきです」
「は、はは・・・」
ユーガは思わず苦笑を漏らしてしまい、まだ鼓動の早い心臓を何とか抑えようと、大きく深呼吸をした。
「その・・・ごめん、隠れ見るつもりはなかったんだけど・・・なんか、気になっちゃってさ」
「・・・そうですか」
「・・・シノ、さっき見えちゃったんだけど・・・あの石碑って?」
ユーガがそう尋ねるとシノは一瞬唇を噛み締めて俯き、黙ってシノの家の方へ向けてもう一度歩き出した。ユーガも口を閉じてシノへ着いて行くと、シノは石碑の前で座り込み、石碑をゆっくりと撫でた。ユーガがそこへ辿り着くと、やはりそこには、ニール・メルト、という名が彫られていた。
「・・・私の父親です」
「・・・お父さん・・・亡くなっちまってたのか・・・」
「はい」
ユーガは、そっか、と呟いて、石碑へ向けて膝をついて手を組んだ。シノが怪訝そうな表情を浮かべたが、それでも構わずにユーガは祈りを捧げた。
「・・・祈ってくださり、ありがとうございます」
「・・・ううん、気にしないでくれ。・・・シノのお父さんはどんな人だったんだ?」
「・・・研究者でした」
ユーガはそれを聞いて、驚いた。
「・・・もしかして、シノの家族って研究者が多いのか・・・?」
「多い、というよりはほぼ全員が研究者です。私の家系は、そういう家系ですから」
そうなのか、とユーガはもう一度、ニールの石碑を見た。
「なぁ、お父さんは何を研究してたんだ?」
「・・・元素機械が世界に起こす問題の危険性と、元素戦争についてです」
「元素機械が起こす問題?何かあったのか?」
「ええ・・・お父様は元素機械を使用する事で元素の流れが乱れる・・・そう考えていたそうです。それを証明する事はできなかったそうですが・・・」
「・・・そうか・・・元素戦争の事についてはどうだったんだ?」
「そちらは、まだ私も読んでいない資料です。その資料が、実はお父様しか知らないパスワードが必要なんです」
「・・・パスワード・・・?」
ユーガは首を傾げた。パスワード、という事はつまり、それを見られたくはなかった、という事だろうか?
「これです」
いつの間にか、シノが確かにパスワードのかけられた箱を持ってきていて、ユーガはそれを手に取った。
「ホントだ・・・パスワードはわからないんだよな・・・」
「はい、ですからまだ見た事が無くて・・・」
「・・・うーん、何かヒントとかあれば良いんだけどな・・・そういうのもないのであれば、トビ達に一回相談してみるのはどうだ?」
「・・・それが得策であると判断。わかりました」
ユーガは一度シノにその箱を返し、ニールの石碑にもう一度向き直って軽く頭を下げた。
「・・・すみません、ニールさんの研究成果・・・お借りさせていただきます」
そう言って、行こう、とシノに声をかけてトビ達を探すべくシノの家の庭からフォルトの街へ出た。パスワードで隠された、ニールの資料。何が、ここに書かれているのかわからなかったが、元素戦争についてはユーガ達も気にはなっていた事だ。精霊を探すと共に、色々調べてみるのも良いかもしれない。ユーガはシノから箱を再度受け取り、くるくるとその箱を回してみた。その箱は木と鉄で構成されていて、開ける場所はやはりパスワードで鍵がかかってしまっている。できる事なら今開けてみたいところだったがその気持ちを、ぐっと抑え込んでユーガはトビの特徴的な紺の軍服を視線を巡らせて探したが、人が中々多いという事もありトビを探すのが容易ではない、という事が一目瞭然であった。
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毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
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書いてくださいね
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