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絆の邂逅編
第二十八話 微かな『覚醒』
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~ルインサイド~
「がはっ・・・」
ルインはレイの魔法から何とか抜け出し、壁を頼りにして立ち上がった。まずいですね、とルインはゆっくりと首を振る。流石は、『人工精霊』の力を使っているだけはある。そして、それに加えて固有能力、『無詠唱』をレイは持っている。苦戦を強いられるのは当然だ。しかも、レイは『四大幻将』の一人なのだから。
「・・・やりますね」
しかし、それでも。諦めるわけにはいかない。『人工精霊』を倒さなければ、世界の元素は不安定なままなのだ。精霊を解放すれば、世界の狂った元素も安定させるようにしてくれるだろうから。
「・・・まだ、立ち上がるの」
「ええ・・・。こちらも、諦めるわけにはいかないんですよ。守るべき物が、私にもあるのですから」
歳はユーガ達と変わらぬルインにも、どこか抜けているユーガ達を守りたい。これまでユーガにも、トビにも、他の仲間達にも助けられてきた。今度は、自分がそれを返す番なのだから。彼らの横に立つためには、ここで負けてなどいられないのだ。守るべき物がある。だから強くなれる事を、ルインは知ったから。
「行きますよ、レイ・・・!」
直後、ルインの周囲に元素が集まるのをレイは感じた。ルインの両手が輝きを放ち、まるで元素を抱くかのように腕を動かしていく。レイがそれを阻止するべく魔法を放つが、それはルインの目の前で煙となって消える。レイが眼を見張った直後ー。
「・・・熱神の焔よ」
ルインの言葉に呼応するかのように、火柱がレイの周囲を囲った。さらに。
「氷牙の裂氷よ」
氷の塊が、火柱をさらに囲い、
「風塵の伊吹よ」
優しく包み込むよう風が辺りを包み込み、
「烈震の土砂よ」
地面にヒビが入り、ピシ、と音を立てて、
「貫く光よ」
上空に光の槍が出現しレイに向けてその刃が向けられ、
「漆黒の闇よ」
紫の球体ーブラックホールのような物が光の槍の中心に浮かび上がりー。
「集え、全ての元素よ」
ルインが両手を交差させると、それらは一気に収縮を始める。レイは逃げようとするが、火柱がそれを許さない。ルインは交差した両手を、解き放つように下に振り下ろした。ー直後、レイを虹色の光が包み込んでいった。
「我が呼応に答え、今ここに爆散せよ!」
その虹色の光が一瞬光ったかと思うと、それは輝きを放ちながら爆砕していく!
「・・・散りなさい!ウェイヴストームッ‼︎」
七色の輝きを持ちながら、ルインの魔法はレイを巻き込んだ。
(なるほど、ね・・・)
レイはその光の中で、ゆっくり、静かに眼を閉じた。ーその直後、眩い光と共に体に凄まじいほどの衝撃が、レイの小さな体を襲ったー。
~ミナサイド~
「あ、ここ・・・!」
ミナは街の人達からルインの情報を集め、ルインが入った隠し通路へと辿り着いた。ここの構造は、以前来たので覚えている。ミナは迷う事なく扉の奥へと入り、通路をどんどん進んでいく。途中、爆発音と共に辺りが一瞬七色に光ったが、それでも後戻りはできない。ミナは怖さを感じながらもゆっくり、ゆっくりと前へ歩いていく。ある程度進んだところで、この先だ、とミナは思った。この先に、製造機械はある筈だ。ミナがその角を曲がり、製造機械の前の光景を見て眼を見張った。目の前には、ルインとレイが倒れていて、周囲の壁には激しい戦いが起こった事が容易に想像できるほどの傷が付いていた。
「・・・ルインさん!レイさん!」
「・・・ミナ・・・?なぜ、ここが・・・」
「街の人が教えてくれました。・・・何が、あったんですか?」
ミナの質問に、ルインは倒れたままのレイを見て説明を始めた。この場で起きた事を、包み隠さずに。
「・・・『人工精霊』を倒すために・・・ですか?それなら、なぜ私を・・・」
「・・・危険ですし・・・私がレイと決着を付けたかったんです・・・」
「ルインさん・・・」
「それに・・・『人工精霊』を倒して、精霊を解放しなければ・・・元素の流れを修復できませんから・・・」
そこまで言って、ルインは口を閉じてレイを凝視した。レイはゆっくりと立ち上がり、ルインの前に立ったからだ。
「・・・ルイン」
レイはか細い声で、ルインの名を呼んだ。ミナがルインの前に出て庇おうとしたが、ルインがそれを眼で制した。必要はありませんよ、と言わんばかりに。
「・・・『人工精霊』・・・解放する」
「!」
「・・・倒して」
レイは体に少し力を入れたような動きを見せると、背後に真っ黒で人型の形をした『それ』が現れた。
「・・・これが、闇の『人工精霊』・・・?」
「恐らく、そうでしょうね・・・」
ミナが『人工精霊』を見ながら呟くと、ルインが体を起こしてゆっくりと頷いた。
「・・・早く、やって」
「・・・わかりました」
ルインはゆっくりと立ち上がると、レイの背後に立つ『人工精霊』に向けてその掌を向けた。
「・・・風よ貫け・・・。ウィンドランス」
風の槍が、『人工精霊』の体を貫いた。その貫かれた部分から、その体が光を放ちながら少しずつ元素に返っていく。完全に『人工精霊』が消滅するとレイの体が、がくん、という音が聞こえるように倒れていく。慌ててミナがその体を受け止め、僅かにその体を揺すった。すると、小さく唸ってレイの眼がゆっくりと開かれていった。
「レイさん・・・」
「・・・私は、この街にいるから・・・早く、フェルトラに行って・・・」
「・・・え・・・?」
「・・・『人工精霊』を消滅させるっていう、ルインの目的は果たされたでしょ・・・?」
「ええ」とルインはポーションをゆっくりと口に含みながら頷いた。「・・・ですが、レイ。これを」
レイが訝しむようにルインを見ると、ルインは三本のポーションをレイに差し出していた。
「・・・何?」
「・・・すみません、どうやら私の固有能力が『覚醒』の兆しを見せたようですから。あなたに調べてもらうよう頼みましたが、まさか自分で覚醒してしまうとは」
ルインは苦笑しながらレイを見た。そうか、ルインのあの両手の光はルインの固有能力、『元素感知』が『覚醒』しかけた事による物なのか、とレイはわかった。ただ、覚醒した後の能力まではちゃんとはわからなかったが。
「・・・とにかく、受け取ってください」
「・・・例は言わない」
「構いませんよ」
ルインの手からポーションを受け取って、レイはルインから顔を背けた。少し頬が赤いようにミナには見えたが、それは長い銀髪に隠れてしまい、見えなくなってしまったので確認する事はできなかったが。
「・・・ルインさん」
「ミナ・・・すみません、心配をおかけしましたね」
ルインは痛みに顔を顰めながら、頭を下げた。ミナが焦ったように狼狽えたのがわかったが、頭を下げる事を止めはしない。
「・・・レイ、私が覚醒の兆しを見せてしまいましたが・・・引き続き、覚醒の事については調べておいてもらえませんか」
「・・・わかった」
レイは頷いてルインも、頼みます、と笑みを浮かべた。
「・・・ミナ、遅くなりましたが・・・フェルトラに向かいましょうか」
「・・・はい」
ミナはレイに対して何かを思っていたようで、ルインもそれに気付きはしたが、それを追求するような事はしなかった。
~ユーガサイド~
「おーい!リフィアー!」
フェルトラに到着したユーガとネロ、そしてフェルトラに来る途中で偶然合流する事ができたトビとシノはフェルトラの街の門を潜った。そこには悲惨な光景が広がっていたが、人々に微かな笑顔が浮かんでいるのを見てユーガ達は不思議に思ったが、集まっている人々の中心にリフィアがいるのを見て、納得した。リフィアがきっと、人々を笑顔にしてくれていたのだろう、とわかった。中心にいた仲間の名を大声で呼ぶと、リフィアはユーガ達の顔を見て満面の笑みを浮かべて小走りで近づいてきた。
「キミ達、思ってたより早かったね!」
「リフィアも無事で何よりだ」
「え?う、うん、ありがとね」
ネロが笑顔でそう言い、リフィアは曖昧に頷いた。
「・・・なぁ、リフィア」ユーガは辺りを見渡しながら尋ねた。「ルイン達はまだ来てないのか?」
「ん?うん。まぁ、すぐ来るんじゃないかな?」
リフィアはそう言ったが、ユーガはガイアからここへ向かう前にルインの声が聞こえたような気がする事を忘れてはいなかった。
(・・・ルイン・・・大丈夫だよな・・・?)
「リフィア」と、今度はトビが腕を組んで尋ねた。「何かわかった事はあるか?」
「・・・とりあえず、何個かはあるよ。ただ、ここで話すのは野暮だし宿に行こう。一応、開設はしてくれてるからさ」
「・・・仕方ねえな」
トビは呆れたように首を振ったが、以前のような明確な拒絶はしなかった。やはり、トビは少しずつだが変わっている、とユーガは思った。
「ルインの奴、無事かな・・・?」
唐突に、ネロがそんな事を言った。
「それに、ミナも・・・」
さらにユーガはネロの言葉に捕捉する。あの二人が一緒なのだから大丈夫だとは思うが、心配な物は心配なのだ。
「大丈夫だろ。あいつらは簡単な事じゃ死なねぇよ」
「・・・ですね」
トビの言葉と共に、シノも頷いた。だと良いけど、とユーガは頭を掻いて、空を見上げた。雪国という事もあってか、空は暗雲で灰色に覆われている。ここにはいないルインとミナの事を思いながら、ユーガは既に宿に向かって歩いているリフィアを追いかけた。宿に入ると、宿のカウンターの男がリフィアに恭しく頭を下げた。どうやら、この街ではもうリフィアはヒーローのような扱いらしい。
「お帰りなさいませ、リフィア様。お部屋のお掃除は完了しております」
「ありがと♪」
リフィアは片手を上げて男にウインクをして部屋へと向かう。ユーガとトビは顔を見合わせて首を傾げ合った。ーそれにしても、何をしたらリフィアがこんな扱いを受けるほどまでになるのか、とトビは思った。
「ここだよ」
リフィアが指差した部屋を見て、ユーガ達は驚愕した。それは、どこからどう見てもー。
「・・・VIPルーム、じゃん・・・」
ネロの呟きに、リフィアは困ったように頷いて部屋の扉を開けた。
「アタシは大した事はしてないし、ただできる事をしただけなんだけど・・・何でかこの街の人達、アタシに凄い気を遣ってくれてさぁ・・・」
「それができない人もいるだろ?今この街はほんの些細な助けでも良いから欲しいんだと思うよ」
ユーガはリフィアに笑みを浮かべて言い、部屋の中を見回した。なるほど、管理が行き届いている。それで、とシノがくだらない話は後で、と言わんばかりに言った。
「リフィアさん。わかった事を教えてください」
「・・・そうだね。わかった」
ユーガ達はリフィアが差し示した椅子に座り、リフィアの話を聞き込んだ。
「どうやら、この街を襲ったのは四大幻将の『絶雹のキアル』らしいよ。キアルは見た事もないような力でこの街を攻撃してきたらしいよ」
「やっぱり、キアルが・・・」
「関係していたのか・・・」
ユーガとネロは互いに顔を見合わせて呟いた。どうかした?とリフィアは首を傾げてきたので、ユーガ達もガイアで見聞きした事を、仲間達に話した。なるほど、とトビは頷いて腕を組んだ。
「・・・世界各地で異変を起こし、各国の戦争を巻き起こそうという魂胆か・・・ヤハルォーツの奴・・・」
「ヤハルォーツ?あいつがなんかあったのか?」
「ああ」
ユーガ達に次いで、今度はトビ達がシレーフォで見聞きした事を話した。そして、それに補足して今ユーガ達の話を聞いて理解できた事も含めて話す。
「・・・確かに、そうすれば効果的にケインシルヴァの兵もクィーリアの兵もミヨジネアの兵も・・・殺す事ができるというわけだね。つまり、スウォー君とフルーヴ君の目的にとっても凄く都合が良い・・・」
「リフィア」
なるほどね、と腕を組んだリフィアを、ユーガが呼んだ。
「キアルは今どこにいるんだ?」
「そ、それがさ・・・」
リフィアの言葉が終わるより前に、ドォォン、と爆音が響き渡り、ユーガ達は同時に外に視線を向けた。
「な、何だ⁉︎」
「外だ!行ってみよう!」
ネロの言葉にユーガ達は頷き、部屋を出て宿の扉を開けた。ーそこには、ユーガ達もよく見慣れたあほ毛が立った緑髪の少年と長い茶髪の少女が、四大幻将の一人である『絶雹のキアル』と対峙していた。
「る、ルイン⁉︎ミナ⁉︎」
「ユーガ・・・ご無事で何よりです」
「いや、ルイン⁉︎何でそんなぼろぼろなんだよ⁉︎」
「説明は後ほどします。今はとにかく、キアルの事が先決ですよ、ユーガ」
ルインの声は穏やかだったが、有無を言わさぬ声音が聞こえて、ユーガはそれ以上の追求を止めた。
「・・・さて、キアル。あなたはここで何をしているんですか」
「・・・・・・」
「キアル?」
ルインの問いかけに、キアルは答えない。何か妙だ、とトビはわかると、咄嗟に後ろに飛び退いた。
「てめぇら、下がれ!」
トビの声に反射的にユーガ達は後ろに飛び、何だ、とキアルを見た。ーキアルの体は氷と化していき、それがじわじわと広がっていくようだった。
「これは・・・もしかして、レードニアの時と同じ・・・⁉︎」
「・・・の、ようだな」
「くそっ!・・・今回は、絶対に止めてやる!墜刃、烈火焦‼︎」
「ユーガ!待て!」
トビが叫んだが、遅かった。ユーガの剣がキアルの体に触れたと思うと、その剣が次第に凍り付き始めたのだ。
「っ⁉︎」
「ユーガ!キアルから剣を離しなさい!」
ユーガはルインのその言葉に全力で剣をキアルから引き剥がし、剣に付着している氷を見て、ぞっとした。これがもう少し遅ければー。
「馬鹿野郎、何も考えずに突っ込むんじゃねぇ!」
「ご、ごめん・・・!」
「いいか、ユーガ・・・あまりやりたくなかった作戦を話す。一度しか言わねえからちゃんと聞いとけよ」
「・・・わ、わかった」
トビはユーガに近付いて早口で言った。キアルには聞かれないように、なるべく小声で。
「・・・わかった、やってみる」
「しくじるなよ」
トビはそういうと立ち上がり、キアルの前に立った。氷がトビの足に付くーその直前。
「・・・解放」
トビの瞳が輝きを放ち始め、辺りを蒼色の光が包み込んだ。その光はー。
「・・・『蒼眼』を解放してどうするつもりですか、トビ?」
「こうすんだよ」
ルインの疑問に、トビは呟いて一度深く息を吐いて眼を閉じた。そしてゆっくりと眼を開きー。
「・・・氷よ、来い」
トビの言葉と共に眼がさらに輝きを増すと、キアルの体から氷が溶けていきトビの目の前に氷の人型の『何か』が現れた。
「あれは・・・レイの時と同じ、氷の『人工精霊』・・・!」
「・・・早く、やれ・・・!」
「ああ!」とユーガが上空から剣を振りかぶってー。「でやぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」
その剣を、振り下ろした。それをまともに受けた氷の『人工精霊』は苦しそうに暴れまわりながら、元素へと返っていった。ー直後、キアルの体がぐらりと揺れて地面に伏した。
「・・・がふっ・・・。なぜ・・・私達の計画の邪魔をするのですか・・・」
キアルの口から、苦しそうな呻き声と共にか細い声が聞こえてきて、ユーガは剣を収めてトビを支えながらキアルを見た。
「これ以上・・・レードニアみたいな光景を見るのは、もうたくさんだ。それに、世界を滅ぼさせるわけにはいかないからな」
人ごと凍りついた、レードニア。一瞬前まで人々の活動は行われていたはずなのに、ほんの一瞬の間で恐ろしい光景と化してしまった。これ以上、そんな光景なんて見たくないのだ。キアルはゆっくりと立ち上がってふらふらと歩き始めて、少し歩いたところで少し後ろを振り返った。
「・・・今回は勝負は預けます・・・ああ、そうそう・・・スウォー様は制上の門にいます・・・。そこで決着をつける、と言ってました・・・」
「・・・制上の門に・・・スウォーが・・・」
「おい」とトビ。「待てよ。決着はまだ・・・」
しかしそれ以上キアルはユーガ達の方を見ようともせず、ゆっくりとフェルトラの街を去った。追いかけられなかった。動いてはいけないような、そんな気がして。しかし、かなり収穫はあったはずだ。
「氷の『人工精霊』を消滅させれたし・・・」
「・・・スウォーさんの、居場所もわかりました」
ユーガの言葉をシノが抑揚なく引き継いだ。制上の門。そこにスウォーがいるのなら、スウォーを探したりしなくてもよくなった、という事だ。
「・・・氷の『人工精霊』も倒したし、セルシウスに話を聞きに行きたいけど・・・まずはトビとルインを休ませよう。とても無事には見えねーよ」
ネロがルインに肩を貸しながら言うと、トビは小さく鼻を鳴らして、ルインは微かに俯いて、すみません、と呟いた。
「・・・宿に行くぞ」
トビの言葉に、ユーガ達は全員頷いた。
「これからどうするんだ?」
リフィアの部屋に集い、思い思いに体を休めていた仲間達にユーガは尋ねた。スウォー達のところに行くよりも、今の元素が不安定な状態を先に直しておいた方が良いのではないか、と思ったからだ。
「そうですね」とルインがベッドに上半身だけ起こした状態で考え込んだ。「『人工精霊』のせいで世界の元素は不安定に陥っていますし・・・今は、ロームとフィムを探す事にしましょうか」
「ロームとレ・・・フィムを?何で?」
ユーガは、レイト、と言いかけたが訂正して、再び尋ねた。馬鹿か、とトビはルインと同じ体制でユーガに嘆息した。
「『人工精霊』のせいで世界の元素は不安定に陥ってるっつってんだろ?なら、先に『人工精霊』を倒しちまった後に精霊を解放して元素の流れを直させりゃ良い。スウォーを倒すってなったら、かなりの時間がかかるだろうしな」
「あ、そっか」
ユーガは、ぽん、と手を打った。それを見て、やれやれ、とトビは首を振って呆れた。
「じゃあ、しばらくはそれでいきましょう」
ミナがそう締め括り、これでこの話は終わり、と言うように手を叩いた。
「ルイン君」
ーその直後、リフィアがルインに向けて言葉を放った。はい、とルインはリフィアのいる方向に顔を向ける。彼女は俯いて、右手で左腕を握りしめていた。
「・・・レイちゃんは・・・何か、言ってた?」
ユーガはその言葉が、仲間達が体を休める前にルイン達から言っていた、レイを倒した、という言葉の事だろう、とわかった。
「・・・いえ、特には」
「そう・・・」
リフィアは誰が見てもわかるほど、はっきりと肩を落とした。当然だろう。レイは誰が何と言おうとも、リフィアの妹なのだから。
「・・・それと、私の固有能力についてです」
「・・・覚醒・・・ですね」
シノの言葉に、ルインは頷いた。
「ええ・・・まさか、私の固有能力が覚醒するとは思ってもみませんでしたね」
「ルイン」とネロはルインのベッドの横に立ち、ルインを見つめた。「それで、覚醒した事でなんか変化とかはあったか?」
「・・・魔法が、一瞬だけですが・・・全ての属性を使えるようになりました」
「え?ルインって、全ての属性の魔法を使えるわけじゃなかったのか?」
ユーガのその質問に、ルインは苦笑しながらユーガを見て答えた。
「使えないわけではありませんが・・・得意、というわけではありません。制御不能になってしまう可能性も、無きにしもあらずといった感じですね」
「しかし」とシノが考え込むように顎に手を当てた。「覚醒するとその不得意なはずの元素を使う事ができた・・・と?」
「ええ、そのようですね」
へぇ、とユーガは感心した。ルインの固有能力、『元素感知』が覚醒するとそうなるのなら、自分やトビの固有能力、『緋眼』や『蒼眼』ならどうなるのか、と興味が少し湧いた。ーが、
「で、今はその覚醒能力は使えないのか?」
というトビの言葉に我に返った。
「はい。どうやら、かなり長いクールタイムのような物が必要なようですね」
「そうか」
トビは嘆息して呟き、俯いて何かを考えるように顎に手を当てた。
「・・・それで、話を戻すけど・・・何の手がかりも無しにローム達を探すのも野暮じゃねーか?」
「確かにな・・・」
ネロの言葉に、ユーガは呟いた。世界は広いのだから、言ってしまえば隠れようと思えばどこへでも隠れられるのだ。何もヒントが無い状態では、ロームやフィムを探すのは至難の業だろう。
「・・・なぁ、トビ。シレーフォに一瞬だけ、ロームは現れたんだよな?」
「ああ。ほんの一瞬だったがな」
「もしかしたらだけど、シレーフォの近くにロームがいたり、とか無いかな・・・?」
「は?何言ってんだお前」
「ほら、灯台下暗し、とかよく言うだろ?」
そうだけどよ、とトビは納得できない表情でユーガを見つめた。では、とルインが割り込むように口を開く。
「シレーフォ付近で、私が元素を感知してみましょうか」
「それが得策だと判断します」
ルインとシノにそう言われ、ユーガとトビは口を閉じた。確かに、それが一番の最善策であるだろう。
「では、休んだらシレーフォに向かうという事にしましょうか」
ルインは笑みを浮かべてそう言い、ユーガは何となく窓の外を見た。相変わらず、灰色の空が広がってはいるが間違いなく外は暗くなり始めていた。そしてふと、氷の『人工精霊』を倒した時の事を、ユーガは思い出した。
(トビが『蒼眼』を解放した時・・・『氷の元素』だけをトビの元に収集したのかな・・・?確か、『蒼眼』って元素を自分の元に集めるとかなんとかって言ってたような・・・)
確証はないが、おそらくそういう事だよな、とユーガは判断して、トビが落ち着いたら聞いてみよう、と心に決めた。
はー、と息を吐くと、それは白くなって大気へと舞っていく。彼ーユーガは、もうすっかり辺りも暗くなった頃に何となく一人で夜のフェルトラの街に出ていた。先程、ポルトスには会ってきた。会った、といっても話したのではない。ポルトスの遺影に向かって、ユーガとミナは手を合わせてきたのだ。葬儀はすでに終わったらしく、ユーガとミナはポルトスに祈りだけを捧げて宿へ向かったのだった。
(ポルトスさん・・・死んじまってたなんて・・・)
ユーガはもう一度空を見上げると、背後に不吉な気配を感じてユーガは思わず手を剣にかけて飛び退いた。そこに、立っていたのはー。
「・・・!あ、兄貴・・・!」
「・・・・・・」
「・・・どうしてここに・・・いや、そんな事よりも・・・なぁ兄貴、教えてくれ。・・・どうして、ゼロニウスでトビを助けてくれたんだ・・・?」
「言っただろう。まだ死なれては困るからだ」
「・・・じゃあ兄貴は・・・何を企んでるんだ?」
「それを言ったところで、お前に何ができる?それに言ったはずだが、僕はお前の兄じゃない」
「けど・・・!」
ユーガが身を前に乗り出してフルーヴに拳を突き出そうとすると、フルーヴは眼にも止まらぬ速さで槍を引き抜き、ユーガに向けた。
「『話せばわかる』とでも言うつもりか?僕はそんなに軽い人間じゃない」
「・・・わかってる。兄貴は・・・昔から、考えを曲げなかったから・・・だけど、せっかく会えたのにどうしてこんな風に戦いあわなきゃいけないんだ・・・?」
「・・・お前達とは目指す世界が違うからだ。お前がくだらない『絆』を捨てるなら、仲間に入れてやっても良いぞ」
ユーガはそのフルーヴの言葉を聞いて、何だと、と怒りを見せた。
「『絆』は・・・くだらなくなんかない」
「ふん、くだらないだろ。そんな物を信じて何になる?」
「仲間は・・・『絆』は信じる物だ!誰のためでもない、自分と・・・仲間のためだ!」
「・・・へぇ。ルーオス家の末裔だとかいうくだらない地位を持った野郎に、『ケインシルヴァの天才魔導士』とか言われて良い気になってる奴に、調査員とか言ってまともに仕事もしないミヨジネアの女に、正体も何もわからないしへらへらしてる『魔族』の女に、『クィーリアの天才魔導士』とか言われてるくせにろくに話そうともしない女に・・・『蒼眼』が目覚めて調子に乗ってる野郎が、仲間か?馬鹿馬鹿しいな。そんなくだらない仲間なんか捨てちまえよ」
「・・・な・・・」
ユーガは怒りが胸の中に渦巻いていくのを感じて、フルーヴを睨んだ。ーさらに。
「そうだ、僕がその『仲間』とやらを殺してやろうか?そうすれば迷う事なんてないだろう?」
フルーヴは言い終えて、ぞくり、と鳥肌が立った。ユーガの瞳には、『緋眼』を解放時の光が宿っていたが、それはあまりにも禍々しく、普段のユーガの瞳の色とはとても程遠い。その眼に宿った感情は怒りなどを遥かに超えたー。
(『殺気』か・・・)
紛れもなく、自分に向けられた明確な殺意。ユーガは静かに剣を引き抜き、フルーヴにそれを向けた。
「・・・取り消せ、今の言葉・・・!仲間を・・・馬鹿にすんじゃねぇっ‼︎」
ユーガは叫びながらフルーヴに向かって突進していった。もはや人に剣を向ける、というその恐怖すらも忘れ去るほどに、ユーガはフルーヴに『殺意』を向けていた。
「ユーガさんっ‼︎」
声の方向には、ミナが立っていた。ミナは胸の前で手を組んで、ユーガの名を叫ぶ。ーしかし、それはユーガの耳には届くも頭の中で意味を成さず、フルーヴに剣を振るっていった。
「だぁぁぁぁっ!烈牙墜斬衝ッ!」
「甘いな。襲雷裂槍!」
フルーヴの技にユーガは吹き飛ばされ、地面に転がった。ーが、すぐに立ち上がり緋色の眼をフルーヴに向けて再び突進していく。
「でやぁっ!空破翔・・・」
「おせぇよ。封牙創星槍!」
「ぐぁぁぁっ⁉︎」
再び吹き飛ばされ、ユーガは体から血が溢れ出るのを感じた。すぐには立ち上がれず、地面に血の線を描きながらユーガは悶えた。それでも、フルーヴを睨んだまま視線を外す事はしない。ーと、ユーガとフルーヴの間に『彼女』は立った。ユーガを守るように手を広げ、そこに堂々と立ったのはー。
「み、ミナ・・・!」
「・・・もう、やめてください!」
その言葉は、フルーヴだけに向けられた物ではないだろう。怒りで我を見失っていた、ユーガ自身にもその言葉は向いている筈だ。ー直後、ユーガは自分の瞳から禍々しい緋色が消えたのがわかった。ようやく、平常心を取り戻す事ができた。
「・・・どけ、『絶対神』の女」
「・・・嫌です」
「刺すぞ」
「・・・どうぞ」
ミナの確固たる言葉に、ユーガはふらつきながら立ち上がってミナの前に立った。そして、落としていた剣を再び手に取ってそれを一度支えにして自分の足でしっかり立ち、その剣先をフルーヴに向けた。
「・・・ミナに・・・仲間に・・・手は、出させないッ・・・‼︎」
ユーガの瞳に、今度はいつも通りの『緋眼』の力が宿った。
「ユーガさん・・・」
「・・・ふん」
フルーヴは、興ざめだ、と言わんばかりに鼻を鳴らし、その槍を背中に収めた。
「・・・決着は制上の門で着けてやる。その時は確実に・・・お前達を殺してやる」
フルーヴは踵を返して、そのままユーガ達を振り向かずに夜の雪の中へ消えていった。ユーガはそれを見送って、小さく呻いて体から力が抜けていくのを感じた。どさ、と雪の中に倒れ、ミナが自分を呼ぶ声が聞こえたが薄れゆく意識にそれは掻き消され、ユーガは虚脱感が全身を襲うのを感じて眼を閉じたー。
「・・・ふん」
それを陰から見ていたトビは、壁に寄りかかって腕を組んだ。トビは一度嘆息し、壁を背もたれにしてその場に座り込んだ。そこの地面には雪は積もっていなかったので、腰を下ろして何気なく空を見上げた。相変わらず暗く曇った灰色の空がそこには広がっていて、夜空に輝く星など微塵も見れなかった。トビは前髪に隠れた右眼を押さえて、自分に秘められた『蒼眼』の力の事を思った。ユーガの『緋眼』と対になっている、と言われた、この力。
「・・・ちっ・・・ガラでもねぇ」
ゆっくりとその場から立ち上がり、トビはユーガが倒れてしまい焦っているミナの前に姿を見せて、倒れているユーガの肩を取ってぶっきらぼうに、行くぞ、と呟いて少しだけ降り始めた雪に気付きながら宿へと戻っていった。
「がはっ・・・」
ルインはレイの魔法から何とか抜け出し、壁を頼りにして立ち上がった。まずいですね、とルインはゆっくりと首を振る。流石は、『人工精霊』の力を使っているだけはある。そして、それに加えて固有能力、『無詠唱』をレイは持っている。苦戦を強いられるのは当然だ。しかも、レイは『四大幻将』の一人なのだから。
「・・・やりますね」
しかし、それでも。諦めるわけにはいかない。『人工精霊』を倒さなければ、世界の元素は不安定なままなのだ。精霊を解放すれば、世界の狂った元素も安定させるようにしてくれるだろうから。
「・・・まだ、立ち上がるの」
「ええ・・・。こちらも、諦めるわけにはいかないんですよ。守るべき物が、私にもあるのですから」
歳はユーガ達と変わらぬルインにも、どこか抜けているユーガ達を守りたい。これまでユーガにも、トビにも、他の仲間達にも助けられてきた。今度は、自分がそれを返す番なのだから。彼らの横に立つためには、ここで負けてなどいられないのだ。守るべき物がある。だから強くなれる事を、ルインは知ったから。
「行きますよ、レイ・・・!」
直後、ルインの周囲に元素が集まるのをレイは感じた。ルインの両手が輝きを放ち、まるで元素を抱くかのように腕を動かしていく。レイがそれを阻止するべく魔法を放つが、それはルインの目の前で煙となって消える。レイが眼を見張った直後ー。
「・・・熱神の焔よ」
ルインの言葉に呼応するかのように、火柱がレイの周囲を囲った。さらに。
「氷牙の裂氷よ」
氷の塊が、火柱をさらに囲い、
「風塵の伊吹よ」
優しく包み込むよう風が辺りを包み込み、
「烈震の土砂よ」
地面にヒビが入り、ピシ、と音を立てて、
「貫く光よ」
上空に光の槍が出現しレイに向けてその刃が向けられ、
「漆黒の闇よ」
紫の球体ーブラックホールのような物が光の槍の中心に浮かび上がりー。
「集え、全ての元素よ」
ルインが両手を交差させると、それらは一気に収縮を始める。レイは逃げようとするが、火柱がそれを許さない。ルインは交差した両手を、解き放つように下に振り下ろした。ー直後、レイを虹色の光が包み込んでいった。
「我が呼応に答え、今ここに爆散せよ!」
その虹色の光が一瞬光ったかと思うと、それは輝きを放ちながら爆砕していく!
「・・・散りなさい!ウェイヴストームッ‼︎」
七色の輝きを持ちながら、ルインの魔法はレイを巻き込んだ。
(なるほど、ね・・・)
レイはその光の中で、ゆっくり、静かに眼を閉じた。ーその直後、眩い光と共に体に凄まじいほどの衝撃が、レイの小さな体を襲ったー。
~ミナサイド~
「あ、ここ・・・!」
ミナは街の人達からルインの情報を集め、ルインが入った隠し通路へと辿り着いた。ここの構造は、以前来たので覚えている。ミナは迷う事なく扉の奥へと入り、通路をどんどん進んでいく。途中、爆発音と共に辺りが一瞬七色に光ったが、それでも後戻りはできない。ミナは怖さを感じながらもゆっくり、ゆっくりと前へ歩いていく。ある程度進んだところで、この先だ、とミナは思った。この先に、製造機械はある筈だ。ミナがその角を曲がり、製造機械の前の光景を見て眼を見張った。目の前には、ルインとレイが倒れていて、周囲の壁には激しい戦いが起こった事が容易に想像できるほどの傷が付いていた。
「・・・ルインさん!レイさん!」
「・・・ミナ・・・?なぜ、ここが・・・」
「街の人が教えてくれました。・・・何が、あったんですか?」
ミナの質問に、ルインは倒れたままのレイを見て説明を始めた。この場で起きた事を、包み隠さずに。
「・・・『人工精霊』を倒すために・・・ですか?それなら、なぜ私を・・・」
「・・・危険ですし・・・私がレイと決着を付けたかったんです・・・」
「ルインさん・・・」
「それに・・・『人工精霊』を倒して、精霊を解放しなければ・・・元素の流れを修復できませんから・・・」
そこまで言って、ルインは口を閉じてレイを凝視した。レイはゆっくりと立ち上がり、ルインの前に立ったからだ。
「・・・ルイン」
レイはか細い声で、ルインの名を呼んだ。ミナがルインの前に出て庇おうとしたが、ルインがそれを眼で制した。必要はありませんよ、と言わんばかりに。
「・・・『人工精霊』・・・解放する」
「!」
「・・・倒して」
レイは体に少し力を入れたような動きを見せると、背後に真っ黒で人型の形をした『それ』が現れた。
「・・・これが、闇の『人工精霊』・・・?」
「恐らく、そうでしょうね・・・」
ミナが『人工精霊』を見ながら呟くと、ルインが体を起こしてゆっくりと頷いた。
「・・・早く、やって」
「・・・わかりました」
ルインはゆっくりと立ち上がると、レイの背後に立つ『人工精霊』に向けてその掌を向けた。
「・・・風よ貫け・・・。ウィンドランス」
風の槍が、『人工精霊』の体を貫いた。その貫かれた部分から、その体が光を放ちながら少しずつ元素に返っていく。完全に『人工精霊』が消滅するとレイの体が、がくん、という音が聞こえるように倒れていく。慌ててミナがその体を受け止め、僅かにその体を揺すった。すると、小さく唸ってレイの眼がゆっくりと開かれていった。
「レイさん・・・」
「・・・私は、この街にいるから・・・早く、フェルトラに行って・・・」
「・・・え・・・?」
「・・・『人工精霊』を消滅させるっていう、ルインの目的は果たされたでしょ・・・?」
「ええ」とルインはポーションをゆっくりと口に含みながら頷いた。「・・・ですが、レイ。これを」
レイが訝しむようにルインを見ると、ルインは三本のポーションをレイに差し出していた。
「・・・何?」
「・・・すみません、どうやら私の固有能力が『覚醒』の兆しを見せたようですから。あなたに調べてもらうよう頼みましたが、まさか自分で覚醒してしまうとは」
ルインは苦笑しながらレイを見た。そうか、ルインのあの両手の光はルインの固有能力、『元素感知』が『覚醒』しかけた事による物なのか、とレイはわかった。ただ、覚醒した後の能力まではちゃんとはわからなかったが。
「・・・とにかく、受け取ってください」
「・・・例は言わない」
「構いませんよ」
ルインの手からポーションを受け取って、レイはルインから顔を背けた。少し頬が赤いようにミナには見えたが、それは長い銀髪に隠れてしまい、見えなくなってしまったので確認する事はできなかったが。
「・・・ルインさん」
「ミナ・・・すみません、心配をおかけしましたね」
ルインは痛みに顔を顰めながら、頭を下げた。ミナが焦ったように狼狽えたのがわかったが、頭を下げる事を止めはしない。
「・・・レイ、私が覚醒の兆しを見せてしまいましたが・・・引き続き、覚醒の事については調べておいてもらえませんか」
「・・・わかった」
レイは頷いてルインも、頼みます、と笑みを浮かべた。
「・・・ミナ、遅くなりましたが・・・フェルトラに向かいましょうか」
「・・・はい」
ミナはレイに対して何かを思っていたようで、ルインもそれに気付きはしたが、それを追求するような事はしなかった。
~ユーガサイド~
「おーい!リフィアー!」
フェルトラに到着したユーガとネロ、そしてフェルトラに来る途中で偶然合流する事ができたトビとシノはフェルトラの街の門を潜った。そこには悲惨な光景が広がっていたが、人々に微かな笑顔が浮かんでいるのを見てユーガ達は不思議に思ったが、集まっている人々の中心にリフィアがいるのを見て、納得した。リフィアがきっと、人々を笑顔にしてくれていたのだろう、とわかった。中心にいた仲間の名を大声で呼ぶと、リフィアはユーガ達の顔を見て満面の笑みを浮かべて小走りで近づいてきた。
「キミ達、思ってたより早かったね!」
「リフィアも無事で何よりだ」
「え?う、うん、ありがとね」
ネロが笑顔でそう言い、リフィアは曖昧に頷いた。
「・・・なぁ、リフィア」ユーガは辺りを見渡しながら尋ねた。「ルイン達はまだ来てないのか?」
「ん?うん。まぁ、すぐ来るんじゃないかな?」
リフィアはそう言ったが、ユーガはガイアからここへ向かう前にルインの声が聞こえたような気がする事を忘れてはいなかった。
(・・・ルイン・・・大丈夫だよな・・・?)
「リフィア」と、今度はトビが腕を組んで尋ねた。「何かわかった事はあるか?」
「・・・とりあえず、何個かはあるよ。ただ、ここで話すのは野暮だし宿に行こう。一応、開設はしてくれてるからさ」
「・・・仕方ねえな」
トビは呆れたように首を振ったが、以前のような明確な拒絶はしなかった。やはり、トビは少しずつだが変わっている、とユーガは思った。
「ルインの奴、無事かな・・・?」
唐突に、ネロがそんな事を言った。
「それに、ミナも・・・」
さらにユーガはネロの言葉に捕捉する。あの二人が一緒なのだから大丈夫だとは思うが、心配な物は心配なのだ。
「大丈夫だろ。あいつらは簡単な事じゃ死なねぇよ」
「・・・ですね」
トビの言葉と共に、シノも頷いた。だと良いけど、とユーガは頭を掻いて、空を見上げた。雪国という事もあってか、空は暗雲で灰色に覆われている。ここにはいないルインとミナの事を思いながら、ユーガは既に宿に向かって歩いているリフィアを追いかけた。宿に入ると、宿のカウンターの男がリフィアに恭しく頭を下げた。どうやら、この街ではもうリフィアはヒーローのような扱いらしい。
「お帰りなさいませ、リフィア様。お部屋のお掃除は完了しております」
「ありがと♪」
リフィアは片手を上げて男にウインクをして部屋へと向かう。ユーガとトビは顔を見合わせて首を傾げ合った。ーそれにしても、何をしたらリフィアがこんな扱いを受けるほどまでになるのか、とトビは思った。
「ここだよ」
リフィアが指差した部屋を見て、ユーガ達は驚愕した。それは、どこからどう見てもー。
「・・・VIPルーム、じゃん・・・」
ネロの呟きに、リフィアは困ったように頷いて部屋の扉を開けた。
「アタシは大した事はしてないし、ただできる事をしただけなんだけど・・・何でかこの街の人達、アタシに凄い気を遣ってくれてさぁ・・・」
「それができない人もいるだろ?今この街はほんの些細な助けでも良いから欲しいんだと思うよ」
ユーガはリフィアに笑みを浮かべて言い、部屋の中を見回した。なるほど、管理が行き届いている。それで、とシノがくだらない話は後で、と言わんばかりに言った。
「リフィアさん。わかった事を教えてください」
「・・・そうだね。わかった」
ユーガ達はリフィアが差し示した椅子に座り、リフィアの話を聞き込んだ。
「どうやら、この街を襲ったのは四大幻将の『絶雹のキアル』らしいよ。キアルは見た事もないような力でこの街を攻撃してきたらしいよ」
「やっぱり、キアルが・・・」
「関係していたのか・・・」
ユーガとネロは互いに顔を見合わせて呟いた。どうかした?とリフィアは首を傾げてきたので、ユーガ達もガイアで見聞きした事を、仲間達に話した。なるほど、とトビは頷いて腕を組んだ。
「・・・世界各地で異変を起こし、各国の戦争を巻き起こそうという魂胆か・・・ヤハルォーツの奴・・・」
「ヤハルォーツ?あいつがなんかあったのか?」
「ああ」
ユーガ達に次いで、今度はトビ達がシレーフォで見聞きした事を話した。そして、それに補足して今ユーガ達の話を聞いて理解できた事も含めて話す。
「・・・確かに、そうすれば効果的にケインシルヴァの兵もクィーリアの兵もミヨジネアの兵も・・・殺す事ができるというわけだね。つまり、スウォー君とフルーヴ君の目的にとっても凄く都合が良い・・・」
「リフィア」
なるほどね、と腕を組んだリフィアを、ユーガが呼んだ。
「キアルは今どこにいるんだ?」
「そ、それがさ・・・」
リフィアの言葉が終わるより前に、ドォォン、と爆音が響き渡り、ユーガ達は同時に外に視線を向けた。
「な、何だ⁉︎」
「外だ!行ってみよう!」
ネロの言葉にユーガ達は頷き、部屋を出て宿の扉を開けた。ーそこには、ユーガ達もよく見慣れたあほ毛が立った緑髪の少年と長い茶髪の少女が、四大幻将の一人である『絶雹のキアル』と対峙していた。
「る、ルイン⁉︎ミナ⁉︎」
「ユーガ・・・ご無事で何よりです」
「いや、ルイン⁉︎何でそんなぼろぼろなんだよ⁉︎」
「説明は後ほどします。今はとにかく、キアルの事が先決ですよ、ユーガ」
ルインの声は穏やかだったが、有無を言わさぬ声音が聞こえて、ユーガはそれ以上の追求を止めた。
「・・・さて、キアル。あなたはここで何をしているんですか」
「・・・・・・」
「キアル?」
ルインの問いかけに、キアルは答えない。何か妙だ、とトビはわかると、咄嗟に後ろに飛び退いた。
「てめぇら、下がれ!」
トビの声に反射的にユーガ達は後ろに飛び、何だ、とキアルを見た。ーキアルの体は氷と化していき、それがじわじわと広がっていくようだった。
「これは・・・もしかして、レードニアの時と同じ・・・⁉︎」
「・・・の、ようだな」
「くそっ!・・・今回は、絶対に止めてやる!墜刃、烈火焦‼︎」
「ユーガ!待て!」
トビが叫んだが、遅かった。ユーガの剣がキアルの体に触れたと思うと、その剣が次第に凍り付き始めたのだ。
「っ⁉︎」
「ユーガ!キアルから剣を離しなさい!」
ユーガはルインのその言葉に全力で剣をキアルから引き剥がし、剣に付着している氷を見て、ぞっとした。これがもう少し遅ければー。
「馬鹿野郎、何も考えずに突っ込むんじゃねぇ!」
「ご、ごめん・・・!」
「いいか、ユーガ・・・あまりやりたくなかった作戦を話す。一度しか言わねえからちゃんと聞いとけよ」
「・・・わ、わかった」
トビはユーガに近付いて早口で言った。キアルには聞かれないように、なるべく小声で。
「・・・わかった、やってみる」
「しくじるなよ」
トビはそういうと立ち上がり、キアルの前に立った。氷がトビの足に付くーその直前。
「・・・解放」
トビの瞳が輝きを放ち始め、辺りを蒼色の光が包み込んだ。その光はー。
「・・・『蒼眼』を解放してどうするつもりですか、トビ?」
「こうすんだよ」
ルインの疑問に、トビは呟いて一度深く息を吐いて眼を閉じた。そしてゆっくりと眼を開きー。
「・・・氷よ、来い」
トビの言葉と共に眼がさらに輝きを増すと、キアルの体から氷が溶けていきトビの目の前に氷の人型の『何か』が現れた。
「あれは・・・レイの時と同じ、氷の『人工精霊』・・・!」
「・・・早く、やれ・・・!」
「ああ!」とユーガが上空から剣を振りかぶってー。「でやぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」
その剣を、振り下ろした。それをまともに受けた氷の『人工精霊』は苦しそうに暴れまわりながら、元素へと返っていった。ー直後、キアルの体がぐらりと揺れて地面に伏した。
「・・・がふっ・・・。なぜ・・・私達の計画の邪魔をするのですか・・・」
キアルの口から、苦しそうな呻き声と共にか細い声が聞こえてきて、ユーガは剣を収めてトビを支えながらキアルを見た。
「これ以上・・・レードニアみたいな光景を見るのは、もうたくさんだ。それに、世界を滅ぼさせるわけにはいかないからな」
人ごと凍りついた、レードニア。一瞬前まで人々の活動は行われていたはずなのに、ほんの一瞬の間で恐ろしい光景と化してしまった。これ以上、そんな光景なんて見たくないのだ。キアルはゆっくりと立ち上がってふらふらと歩き始めて、少し歩いたところで少し後ろを振り返った。
「・・・今回は勝負は預けます・・・ああ、そうそう・・・スウォー様は制上の門にいます・・・。そこで決着をつける、と言ってました・・・」
「・・・制上の門に・・・スウォーが・・・」
「おい」とトビ。「待てよ。決着はまだ・・・」
しかしそれ以上キアルはユーガ達の方を見ようともせず、ゆっくりとフェルトラの街を去った。追いかけられなかった。動いてはいけないような、そんな気がして。しかし、かなり収穫はあったはずだ。
「氷の『人工精霊』を消滅させれたし・・・」
「・・・スウォーさんの、居場所もわかりました」
ユーガの言葉をシノが抑揚なく引き継いだ。制上の門。そこにスウォーがいるのなら、スウォーを探したりしなくてもよくなった、という事だ。
「・・・氷の『人工精霊』も倒したし、セルシウスに話を聞きに行きたいけど・・・まずはトビとルインを休ませよう。とても無事には見えねーよ」
ネロがルインに肩を貸しながら言うと、トビは小さく鼻を鳴らして、ルインは微かに俯いて、すみません、と呟いた。
「・・・宿に行くぞ」
トビの言葉に、ユーガ達は全員頷いた。
「これからどうするんだ?」
リフィアの部屋に集い、思い思いに体を休めていた仲間達にユーガは尋ねた。スウォー達のところに行くよりも、今の元素が不安定な状態を先に直しておいた方が良いのではないか、と思ったからだ。
「そうですね」とルインがベッドに上半身だけ起こした状態で考え込んだ。「『人工精霊』のせいで世界の元素は不安定に陥っていますし・・・今は、ロームとフィムを探す事にしましょうか」
「ロームとレ・・・フィムを?何で?」
ユーガは、レイト、と言いかけたが訂正して、再び尋ねた。馬鹿か、とトビはルインと同じ体制でユーガに嘆息した。
「『人工精霊』のせいで世界の元素は不安定に陥ってるっつってんだろ?なら、先に『人工精霊』を倒しちまった後に精霊を解放して元素の流れを直させりゃ良い。スウォーを倒すってなったら、かなりの時間がかかるだろうしな」
「あ、そっか」
ユーガは、ぽん、と手を打った。それを見て、やれやれ、とトビは首を振って呆れた。
「じゃあ、しばらくはそれでいきましょう」
ミナがそう締め括り、これでこの話は終わり、と言うように手を叩いた。
「ルイン君」
ーその直後、リフィアがルインに向けて言葉を放った。はい、とルインはリフィアのいる方向に顔を向ける。彼女は俯いて、右手で左腕を握りしめていた。
「・・・レイちゃんは・・・何か、言ってた?」
ユーガはその言葉が、仲間達が体を休める前にルイン達から言っていた、レイを倒した、という言葉の事だろう、とわかった。
「・・・いえ、特には」
「そう・・・」
リフィアは誰が見てもわかるほど、はっきりと肩を落とした。当然だろう。レイは誰が何と言おうとも、リフィアの妹なのだから。
「・・・それと、私の固有能力についてです」
「・・・覚醒・・・ですね」
シノの言葉に、ルインは頷いた。
「ええ・・・まさか、私の固有能力が覚醒するとは思ってもみませんでしたね」
「ルイン」とネロはルインのベッドの横に立ち、ルインを見つめた。「それで、覚醒した事でなんか変化とかはあったか?」
「・・・魔法が、一瞬だけですが・・・全ての属性を使えるようになりました」
「え?ルインって、全ての属性の魔法を使えるわけじゃなかったのか?」
ユーガのその質問に、ルインは苦笑しながらユーガを見て答えた。
「使えないわけではありませんが・・・得意、というわけではありません。制御不能になってしまう可能性も、無きにしもあらずといった感じですね」
「しかし」とシノが考え込むように顎に手を当てた。「覚醒するとその不得意なはずの元素を使う事ができた・・・と?」
「ええ、そのようですね」
へぇ、とユーガは感心した。ルインの固有能力、『元素感知』が覚醒するとそうなるのなら、自分やトビの固有能力、『緋眼』や『蒼眼』ならどうなるのか、と興味が少し湧いた。ーが、
「で、今はその覚醒能力は使えないのか?」
というトビの言葉に我に返った。
「はい。どうやら、かなり長いクールタイムのような物が必要なようですね」
「そうか」
トビは嘆息して呟き、俯いて何かを考えるように顎に手を当てた。
「・・・それで、話を戻すけど・・・何の手がかりも無しにローム達を探すのも野暮じゃねーか?」
「確かにな・・・」
ネロの言葉に、ユーガは呟いた。世界は広いのだから、言ってしまえば隠れようと思えばどこへでも隠れられるのだ。何もヒントが無い状態では、ロームやフィムを探すのは至難の業だろう。
「・・・なぁ、トビ。シレーフォに一瞬だけ、ロームは現れたんだよな?」
「ああ。ほんの一瞬だったがな」
「もしかしたらだけど、シレーフォの近くにロームがいたり、とか無いかな・・・?」
「は?何言ってんだお前」
「ほら、灯台下暗し、とかよく言うだろ?」
そうだけどよ、とトビは納得できない表情でユーガを見つめた。では、とルインが割り込むように口を開く。
「シレーフォ付近で、私が元素を感知してみましょうか」
「それが得策だと判断します」
ルインとシノにそう言われ、ユーガとトビは口を閉じた。確かに、それが一番の最善策であるだろう。
「では、休んだらシレーフォに向かうという事にしましょうか」
ルインは笑みを浮かべてそう言い、ユーガは何となく窓の外を見た。相変わらず、灰色の空が広がってはいるが間違いなく外は暗くなり始めていた。そしてふと、氷の『人工精霊』を倒した時の事を、ユーガは思い出した。
(トビが『蒼眼』を解放した時・・・『氷の元素』だけをトビの元に収集したのかな・・・?確か、『蒼眼』って元素を自分の元に集めるとかなんとかって言ってたような・・・)
確証はないが、おそらくそういう事だよな、とユーガは判断して、トビが落ち着いたら聞いてみよう、と心に決めた。
はー、と息を吐くと、それは白くなって大気へと舞っていく。彼ーユーガは、もうすっかり辺りも暗くなった頃に何となく一人で夜のフェルトラの街に出ていた。先程、ポルトスには会ってきた。会った、といっても話したのではない。ポルトスの遺影に向かって、ユーガとミナは手を合わせてきたのだ。葬儀はすでに終わったらしく、ユーガとミナはポルトスに祈りだけを捧げて宿へ向かったのだった。
(ポルトスさん・・・死んじまってたなんて・・・)
ユーガはもう一度空を見上げると、背後に不吉な気配を感じてユーガは思わず手を剣にかけて飛び退いた。そこに、立っていたのはー。
「・・・!あ、兄貴・・・!」
「・・・・・・」
「・・・どうしてここに・・・いや、そんな事よりも・・・なぁ兄貴、教えてくれ。・・・どうして、ゼロニウスでトビを助けてくれたんだ・・・?」
「言っただろう。まだ死なれては困るからだ」
「・・・じゃあ兄貴は・・・何を企んでるんだ?」
「それを言ったところで、お前に何ができる?それに言ったはずだが、僕はお前の兄じゃない」
「けど・・・!」
ユーガが身を前に乗り出してフルーヴに拳を突き出そうとすると、フルーヴは眼にも止まらぬ速さで槍を引き抜き、ユーガに向けた。
「『話せばわかる』とでも言うつもりか?僕はそんなに軽い人間じゃない」
「・・・わかってる。兄貴は・・・昔から、考えを曲げなかったから・・・だけど、せっかく会えたのにどうしてこんな風に戦いあわなきゃいけないんだ・・・?」
「・・・お前達とは目指す世界が違うからだ。お前がくだらない『絆』を捨てるなら、仲間に入れてやっても良いぞ」
ユーガはそのフルーヴの言葉を聞いて、何だと、と怒りを見せた。
「『絆』は・・・くだらなくなんかない」
「ふん、くだらないだろ。そんな物を信じて何になる?」
「仲間は・・・『絆』は信じる物だ!誰のためでもない、自分と・・・仲間のためだ!」
「・・・へぇ。ルーオス家の末裔だとかいうくだらない地位を持った野郎に、『ケインシルヴァの天才魔導士』とか言われて良い気になってる奴に、調査員とか言ってまともに仕事もしないミヨジネアの女に、正体も何もわからないしへらへらしてる『魔族』の女に、『クィーリアの天才魔導士』とか言われてるくせにろくに話そうともしない女に・・・『蒼眼』が目覚めて調子に乗ってる野郎が、仲間か?馬鹿馬鹿しいな。そんなくだらない仲間なんか捨てちまえよ」
「・・・な・・・」
ユーガは怒りが胸の中に渦巻いていくのを感じて、フルーヴを睨んだ。ーさらに。
「そうだ、僕がその『仲間』とやらを殺してやろうか?そうすれば迷う事なんてないだろう?」
フルーヴは言い終えて、ぞくり、と鳥肌が立った。ユーガの瞳には、『緋眼』を解放時の光が宿っていたが、それはあまりにも禍々しく、普段のユーガの瞳の色とはとても程遠い。その眼に宿った感情は怒りなどを遥かに超えたー。
(『殺気』か・・・)
紛れもなく、自分に向けられた明確な殺意。ユーガは静かに剣を引き抜き、フルーヴにそれを向けた。
「・・・取り消せ、今の言葉・・・!仲間を・・・馬鹿にすんじゃねぇっ‼︎」
ユーガは叫びながらフルーヴに向かって突進していった。もはや人に剣を向ける、というその恐怖すらも忘れ去るほどに、ユーガはフルーヴに『殺意』を向けていた。
「ユーガさんっ‼︎」
声の方向には、ミナが立っていた。ミナは胸の前で手を組んで、ユーガの名を叫ぶ。ーしかし、それはユーガの耳には届くも頭の中で意味を成さず、フルーヴに剣を振るっていった。
「だぁぁぁぁっ!烈牙墜斬衝ッ!」
「甘いな。襲雷裂槍!」
フルーヴの技にユーガは吹き飛ばされ、地面に転がった。ーが、すぐに立ち上がり緋色の眼をフルーヴに向けて再び突進していく。
「でやぁっ!空破翔・・・」
「おせぇよ。封牙創星槍!」
「ぐぁぁぁっ⁉︎」
再び吹き飛ばされ、ユーガは体から血が溢れ出るのを感じた。すぐには立ち上がれず、地面に血の線を描きながらユーガは悶えた。それでも、フルーヴを睨んだまま視線を外す事はしない。ーと、ユーガとフルーヴの間に『彼女』は立った。ユーガを守るように手を広げ、そこに堂々と立ったのはー。
「み、ミナ・・・!」
「・・・もう、やめてください!」
その言葉は、フルーヴだけに向けられた物ではないだろう。怒りで我を見失っていた、ユーガ自身にもその言葉は向いている筈だ。ー直後、ユーガは自分の瞳から禍々しい緋色が消えたのがわかった。ようやく、平常心を取り戻す事ができた。
「・・・どけ、『絶対神』の女」
「・・・嫌です」
「刺すぞ」
「・・・どうぞ」
ミナの確固たる言葉に、ユーガはふらつきながら立ち上がってミナの前に立った。そして、落としていた剣を再び手に取ってそれを一度支えにして自分の足でしっかり立ち、その剣先をフルーヴに向けた。
「・・・ミナに・・・仲間に・・・手は、出させないッ・・・‼︎」
ユーガの瞳に、今度はいつも通りの『緋眼』の力が宿った。
「ユーガさん・・・」
「・・・ふん」
フルーヴは、興ざめだ、と言わんばかりに鼻を鳴らし、その槍を背中に収めた。
「・・・決着は制上の門で着けてやる。その時は確実に・・・お前達を殺してやる」
フルーヴは踵を返して、そのままユーガ達を振り向かずに夜の雪の中へ消えていった。ユーガはそれを見送って、小さく呻いて体から力が抜けていくのを感じた。どさ、と雪の中に倒れ、ミナが自分を呼ぶ声が聞こえたが薄れゆく意識にそれは掻き消され、ユーガは虚脱感が全身を襲うのを感じて眼を閉じたー。
「・・・ふん」
それを陰から見ていたトビは、壁に寄りかかって腕を組んだ。トビは一度嘆息し、壁を背もたれにしてその場に座り込んだ。そこの地面には雪は積もっていなかったので、腰を下ろして何気なく空を見上げた。相変わらず暗く曇った灰色の空がそこには広がっていて、夜空に輝く星など微塵も見れなかった。トビは前髪に隠れた右眼を押さえて、自分に秘められた『蒼眼』の力の事を思った。ユーガの『緋眼』と対になっている、と言われた、この力。
「・・・ちっ・・・ガラでもねぇ」
ゆっくりとその場から立ち上がり、トビはユーガが倒れてしまい焦っているミナの前に姿を見せて、倒れているユーガの肩を取ってぶっきらぼうに、行くぞ、と呟いて少しだけ降り始めた雪に気付きながら宿へと戻っていった。
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連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
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