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絆の邂逅編
第二十五話 繋がり始める『思い』
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部屋の扉を開け、ベッドで既に体を丸くして眠りに着いているユーガを見て彼はートビは、小さく嘆息した。呑気なもんだ、と呆れ、ユーガの隣のベッドに腰をかけた。しかし、この三日間は壮絶だった、とトビでも思う。自分はかなり用心深い方だと思っているが、ここまで危機に晒されるとは思わなかった。ゼロニウスからメレドルまであの機械ー『エアボード』で飛び、ユーガ達は真っ先に宿に向かった。久方ぶりのしっかりとした宿に、ユーガもだがトビもまた安心した。しっかりとした飯もあるし、体を休めれる。ユーガ達は軽く夕食を済ませたが、トビはその後もレストランで甘いスイーツを食べ続け、レストランの店員から眼を丸くされたところで食べるのを止めて部屋に戻ってきたのだった。ー本当は、まだまだ食べれたのだが。
(・・・仲間か・・・)
トビは不意に、ゼロニウスの処刑台の下でユーガが叫んだ言葉を思い出した。今まで散々、ユーガには仲間じゃない、と言ってきた。それでも、ユーガは助けに来たのだ。それが危険だ、とわからないほどユーガも馬鹿ではない筈だった。ユーガ達がゼロニウスまで来たのは、紛れもなくー。
「・・・俺のために、ってのかよ・・・」
理解できないー、それがトビの正直な思いだ。こいつらは自分のために、命を危険に晒してでも自分を助けに来たのだ。幸運に幸運が重なったからこそ、ユーガ達は犠牲を出さずにトビを助け出せた。下手をすれば、命が無かったとしても不思議ではない。フルーヴの行動、レイの行動、そしてルイン達の助けというそれらがどれか一つでも欠けていたらと思うとー。
「トビ、いますか?」
考えを巡らせていると、そんなルインの声が聞こえた。それに伴い、ノックの音も響く。
「・・・ああ。入れよ」
トビはぶっきらぼうに言うと、扉が開いた。そこに立っていたのはルインだけではなく、ネロも、ミナも、リフィアも、シノも、そこにはいた。
「・・・全員集合、ってか?」
「そういう事だな」
ネロは手を振って、トビに頷いた。何の用だよ、とトビは太ももの二丁の銃を机に置いて言う。
「とりあえず、無事で何よりです。トビ」
ルインはひとまずそう前置きし、笑顔を向けた。ーしかし、トビが鼻を鳴らして顔を背けるとルインは不意に真面目な表情を向けた。
「何の用、とは聞かずともわかっているでしょう?」
トビはそれを聞いて、ベッドで寝息を立てているユーガを見た。その顔は、どこか小動物のようでトビはもう一度鼻を鳴らした。
「・・・あそこから逃げられた事には感謝してる。だが別に頼んだわけじゃねぇ」
「ええ、そうですね。あなたにも策の一つや二つはあったと思ってます。ーですが、それでも危険を顧みずユーガは来た」
「・・・ユーガさんは」とミナもユーガを見る。「『必ずトビさんを助けるんだ』って・・・覚悟を持って来ました」
覚悟、とトビは小さく呟いた。そう、確かにユーガには『覚悟』があった。必ず自分をートビを助ける、という強い意志が。
「トビ君」その声の方に顔を向けると、リフィアがトビの事をまじまじと見ていた。「アタシの事は信じてくれなくても良いよ。事実、疑われても仕方ないからね。・・・けど、ユーガ君の事・・・そんなに信じられない?」
「・・・・・・」
「少なくともユーガ君も、アタシ達もキミを・・・トビ君を信じてるよ」
トビはその言葉を聞いて、俯いた。ー認めたくはないが、認めざるを得ない状況だ。
「・・・ちっ」
トビは苛立ちに舌を打った。誰に、ではなく自分自身に。ー今まで、ユーガやこいつらの思いに少しでも耳を傾けていただろうか?確かにユーガは彼の思いを押し付けていたかもしれないが、それは自分も同じだったのではないだろうか?『仲間』や『絆』に少しでも向き合おうとしたのか?
「トビさん」
名を呼ばれ、トビは顔を上げた。トビの目の前に、シノが立っていた。いつもと同じ、抑揚のない声と無表情で。
「自分の思いを押し付ける事はいけない事です。それはユーガさんも理解していると推測していますが・・・、押し付けない事もまた間違っています。押し付けなければ、自分の意見を言えないのですから」
「・・・意見・・・」
「完全に押し付けるのではなく・・・完全に押し付けないのではなく、バランスを保つ事が大切だと予想します」
シノの言葉が終わると同時に、シノの小さな手がトビの頬を撫でた。トビよりも身長が低いシノは少し伸びをしながらだが、シノはゆっくりと柔らかく微笑んでトビを見つめている。
「・・・はっ」
トビはシノのその手をゆっくりと離しながら、自嘲するように笑った。
「・・・向き合ってる『つもり』だったっつー事かよ・・・くそったれが・・・」
トビの声に、シノはトビの手を握った。
「・・・完全に人を信じる事。それは難しい事です。ですが・・・ゆっくりと信じていけば良いと思いますよ。私達はそうする事で・・・『絆』を紡いでいけると思います」
「・・・ちっ・・・わーったよ。だがな・・・」
トビは頭をがしがしと掻いて、目の前に立つ『仲間』達に指を向けた。
「・・・くだらねぇ事ばっかやってたら、俺はシレーフォに帰るからな・・・!」
トビは顔を背けて腕を組んだ。ルイン達は、ぷっ、と吹き出したが、笑いを堪えた。
「・・・相変わらず、素直ではありませんね」
ルインのその声が、トビに届いたか。それはわからなかったが、トビはベッドに座るや否や手を振った。ーさっさと部屋に戻れよ、と言っているのが丸わかりだった。ルイン達は顔を見合わせて軽く挨拶を済ませて部屋から出ていった。最後にシノが部屋から出ようとして、トビはシノを呼び止めた。
「・・・おい」
「・・・はい」
振り向いたシノの顔に、トビは言葉を失った。幼い時から見慣れた顔なのに、『何か』を意識している自分自身がいて。
「・・・・・・」
「・・・トビさん、どうしました?」
「・・・い、いや。なんでもねぇ」
「そうですか」
「あ、ああ。さっさと部屋戻れよ」
呼び止めたのは自分なのだが、と気付いた思いは抑え込み、トビは顔を背けた。はい、と抑揚なくシノは呟いて、
「おやすみなさい」
と言った。トビはそれには答えず、シノが部屋を出るまで黙っていた。
「・・・おい、起きてるだろ」
トビのそんな声が部屋の静寂に響いた。はは、と彼はーユーガは体を起こして頭を掻く。
「な、何だ・・・バレてたのか・・・」
「バレてねぇとでも思ったのか、馬鹿が」
「・・・それより、さっきの話・・・」
「・・・お前・・・」
ユーガが口を開き、その言葉を言い終わる前にトビの言葉がそれを遮り、思わずユーガは口を閉じた。
「なぜ俺を『仲間』だと言う?改めて聞かせろ」
「・・・だってトビは色々キツい事も言うけど、ちゃんと助けてくれる。シレーフォで初めて会って、シレーフォの近くの森で魔物に襲われた時にさ、トビは俺の怪我を回復魔法で助けてくれたじゃんか」
「・・・んな事でかよ。そんな事で、お前は『仲間』って信じんのか?」
「うん。助けてくれたのに、悪い奴なわけないだろ?」
「だったら、俺を『頼んでないのに』助けた時に協力したフルーヴもか?」
「『仲間』ではないかもしれないけど・・・何か理由があるんだと思う」
ーやはり、ユーガの考えは理解し難い。だがーそれを理解しようとする事も大切なのだろう、とトビは思った。まさか、自分がこんな考えを持つようになるとは、と嘆息する。トビは少しずつだが、心の中の『何か』が紐解かれていき、変化していくような感覚を覚えていた。
「・・・そうか」
トビは呟き、小さく息を吐いた。しっかりとユーガの言葉を噛み締めるように、ゆっくりと。
「俺さ・・・トビは認めてくれないかもしれないけど、俺はトビを『仲間』で『相棒』だって思ってる。俺はトビを信じるよ。過去に何があったとしても、俺は・・・俺達はトビを信じてるから」
信じてるー幾度となく聞いた言葉なのに、なぜだ?その言葉は、まるで冷水が体に染み渡るように体の奥深くまで刻まれた。
「・・・信じてる、か・・・」
「うん」
トビの呟きに、ユーガは大きく頷いた。ユーガはトビと離れて考えた事で、大きく成長した。少し卑屈になりはしたが、しっかりと自分の意見を言った上でさらに誰かの意見を重ねられるようになった。だが、自分はどうだ?確かに監禁されていたから、と言えば終わるかもしれないが、少しでも自分が『変わる』とでも考えただろうか?ユーガが悪いから、と決めつけ、仕方ないと考えなかったか?
(・・・押し付けてたのは俺もだった、のか・・・?)
そうかもしれない、とトビは思った。どちらが悪いのではない。気付いていなかった、自分もー。
「だからさ・・・着いてきてくれるのは嬉しいけど、どうせだったら『絆』をちゃんと築こうぜ。俺達、結構良いコンビだとも思うんだ!」
「・・・・・・」
トビは黙った。冷たくあしらい、突き放したにも関わらずこいつはーこいつらは、まだ自分を信じている。それは、今まで出会ったどんな人間達とも違う。『蒼眼』の元素(フィーア)を集める能力を利用しようとして近付く奴らとも、イケメンだと騒いで内面を見ようともしない奴らとも違う。
「って、いきなり『絆』を築こうって言ってもやっぱ難しいよな・・・。あ、じゃあまずは『友達』から始めようぜ!よし、トビ!右手出して!」
ユーガに言われ、トビはゆっくりと右手を上げた。その手を、ユーガの右手が掴んで握手をした。何を、とトビが言う前に、ユーガは笑顔をトビに向けて口を開いた。
「これで、俺達は『友達』だ!」
「・・・『友達』・・・」
「ああ!」
いつものトビなら、問答無用で振り解くだろう。だが、そうしなかった。ー否、できなかった。なぜか、そうしてはいけない気がして、力が入らなかったから。
「・・・・・・」
トビは、ただ黙ってその手を見つめていた。ユーガはずっと、眩しいほどの笑顔をトビに向けていたー。
「なんとかなりそう、だな」
そう呟き、ネロはユーガ達の部屋の前の扉に寄りかかり、聞き耳を立てて彼らの話を聞いていた。どうなるかとは思ったが、とりあえずなんとかなりそうだと安心して息を吐いた。それにしても、少しばかり羨ましいな、と思う。長年を共に生きた『親友』は、今やかつてとは比べ物にならないほど成長した。トビ、ルイン、シノ、ミナ、リフィア。彼らがいたからこそ、ユーガは成長した。とても自分だけでは、ユーガは成長しなかっただろう。ネロは笑みを浮かべて組んでいた腕を解き、着けていた背中を壁から離してルイン達の部屋に戻ろうと足を踏み出しかけ、止めた。その視線の先には、サキュバスの特徴的な八重歯を口から出した彼女がーリフィアがいた。
「キミは盗み聞きが趣味なのかい?ネロ君」
「人聞き悪いな・・・」
ネロは苦笑するとリフィアは、事実じゃない?と笑う。
「・・・ユーガの奴、だんだん変わっていく感じがしてよ・・・知らないうちに、俺よりもずっと・・・」
「キミはユーガ君を束縛したいのかな?」
ネロの言葉を遮り、リフィアは口に含みのある笑みを浮かべた。
「そ、そんな事ねぇけどよ・・・」
「ユーガ君は、逆にネロ君がいなくても成長しなかったと思う。制下の門での言葉・・・。あの言葉のおかげで、ユーガ君は立ち直れてるんだから」
「そうだと良いけど・・・俺は、誰かの役に立ててんのかね・・・」
「・・・んもう、キミも卑屈だねぇ」
リフィアはそう言って、突如としてネロの胸に抱きついた。ネロはその突然の出来事に身を固くして小さく声をあげた。
「な、な、なん・・・⁉︎」
「お願い」とリフィアはネロの胸の中で小さな声で呟いた。「少しだけ・・・このままでいさせてくれる・・・?」
いつものリフィアの元気はつらつな声とは違う、か細い声でリフィアは言った。一体、どうしたというのだろうか。ネロは震える口を結び、嘆息して自身の胸辺りにあるリフィアの頭に手を置いた。
「・・・少しだけだからな・・・?」
「うん」
リフィアは頷き、ネロの鼓動を感じながら彼の服を強く握った。
「ミナ」
「はい?」
ルインは机に向かって何かー日記だろうかーを書いているミナを呼んだ。すぐにミナは顔を上げてルインを振り向く。
「どうしましたか?」
「ユーガの思いは・・・トビに伝わったのでしょうかね?」
「・・・どうでしょうか・・・伝わっていないかもしれませんし・・・」
ミナの言葉に、椅子に座って何かを作っていたシノが、いえ、と首を振った。
「どうでしょうか。ユーガさんの言葉はきっとトビさんに届くと思います。完全に理解し合えなくともいつかわかりあえるのではないか、と予想します」
「そうだと良いのですが・・・」
ミナは不安げに目を伏せた。ユーガの思いがトビに届けば良いが、もしまた届かなかったらー。そう思うと、自分の事ではないのに胸に穴が開くように苦しかった。
「・・・しかし」とシノはルインとミナの方を振り返って言った。「それは私達が気にしても仕方ありません。彼らの事は彼らにしかできないと判断しますが」
「確かに・・・そうですね」
ルインは頷き、余計なお世話でしたかね、と呟いて立ち上がった。そのままボトルに入った水を掴み、唇を濡らす程度に留めて暗い窓の外をちらりと見た。まだ夜は長いが、あと数時間もすればこの長い夜も明けるだろう、とルインは微笑んだ。
「おはよう」
翌日、ユーガとトビは食堂にいた。そこにはルインとミナ、シノが既に座っていて、ユーガは椅子に腰掛けながら挨拶をした。
「おはようございます、ユーガさん、トビさん」
「おはようございます」
ルインは頷き、その横に座っていたミナもシノも挨拶をしてくれた。トビは頷いただけのように見えたが、ユーガには確かに聞こえた。小さく、本当に小さかったが、おはよう、と呟いたトビの声が。
「ネロとリフィアはどうしたんだ?」
「まだ寝てますよ」
ルインのその言葉に、トビはいつも通りに嘆息した。
「・・・呑気な奴らだぜ、ったく・・・」
「じゃあ、先にご飯食べてようぜ」
ユーガはそう言って、目の前に蓋付きで置かれたプレートを見た。それは端の部分から湯気が溢れていて、ユーガ達はゆっくりとそれを取った。その瞬間、うわぁ、とミナが声を上げる。トビも、へぇ、と感心したように頷いていた。そこには、ふっくらとしたパンにみずみずしさを見ただけでわかる新鮮な野菜、二本の肉汁が溢れ出ているウィンナーとこれでもか、と盛られたスパゲッティが乗っていて、ユーガはパンに、はむ、とかぶりついた。ふっくらとした食感にユーガの頬は自然に緩む。昨日は早く休むために軽くしか食べなかった事もあり、とても満足のいく朝食になった。
「・・・お前ら早いなー」
朝食を食べ終え、ユーガ達はコーヒーや紅茶など思い思いの物を飲んでいたートビは相変わらず甘い物を食べていたー時、ネロとリフィアがあくびを噛み殺しながらそう言いながらユーガ達のテーブルに近付いた。
「おはよう、ネロ、リフィア」
「おはよう」
「おはよぉ~・・・」
「・・・良いお目覚めか?『ルーオス家のご子爵様』と『魔族様』」
トビが盛大な嫌味を込めて言うと、るっせーなー、とネロは頭を掻いた。
「ちょうど良い」とルインは飲んでいたアップルティーを置いて全員を一瞥した。「皆さん、お話したいことが何点かあります」
話?とユーガは首を傾げ、ルインは頷く。ネロとリフィアも近くの椅子に腰をかけてルインの話に集中した。
「まず一点。レイが眼を覚ましました」
「レイが・・・?けど、レイは今どこにいるんだ?」
「私達の隣の部屋にいますよ」
ユーガの質問にルインが答えてくれてユーガは、そっか、と息を吐いた。もし捕まってたりしたら、レイと話をする事が難しくなってしまう。ユーガは一度、レイと話をしたかったのだった。
「二点目です。北地方にある『フェルトラ』という街が何者かに襲われたそうです」
ユーガとミナは、その地名を聞いてハッとして顔を見合わせた。
「フェルトラって・・・」
「ポルトスさんがいた所、ですよね・・・⁉︎」
「ええ、恐らくは。スウォーにレイフォルス渓谷で飛ばされた際にあなた方がいた所だと聞いていますが・・・とにかくそこが半壊したようです」
「・・・ポルトスさん達・・・無事だと良いけど・・・!」
ユーガは自身の掌に拳を打ちつけた。そして、とルインがテーブルの上で手を組んだ。
「・・・三点目です。ミナ、あなたにも関係のある事です」
「私・・・ですか?」
ええ、とルインは頷き、アップルティーを一度飲んでもう一度口を開いた。
「・・・スウォー達の勢力とミヨジネアの全勢力が、現在緊迫状態にあるようです」
「・・・緊迫状態だと?」
そう言ったのは、腕を組んでいつの間にかスイーツを食べ終えたトビだった。今度はシノが、はい、と頷く。
「現段階のままだと、ミヨジネア内での戦争が起こると予想します。その目的は、ミナさん。あなたです」
「・・・え・・・?どうして私を・・・?」
「あなたは唯一の絶対神、マキラを呼び出す事ができる人です。スウォーさんが呼んでいた、『復活の神子』の話は・・・本当だったんです」
「つまり、スウォー達『ミナを連れ去り、マキラを呼び出す』者達と『そうはさせない組』が今にも戦争を始めそうなのですよ」
「戦争・・・⁉︎」
ユーガは椅子から立ち上がって叫んだ。周りの客が何事かとユーガ達に注目を寄せる。トビは咳払いをしてユーガを椅子に座らせた。
「内乱戦争、ってわけか・・・」
ネロが腕を組みながら呟き、トビもまた頷く。
「・・・ケインシルヴァとクィーリアじゃないだけまだ良いかもしれないが・・・内乱なんて起こったらとんでもない事になるな」
「もしかしたら、二つの国も巻き込まれるかもだもんね・・・!」
そう。リフィアの言った通り、ミヨジネアはケインシルヴァ、クィーリアの二国共と協定を結んでいる国だ。その二国が巻き込まれても、何ら不思議ではないのは明らかだった。
「・・・私のこの力のせいで・・・戦争が・・・」
ミナは俯いて、誰がどう見てもわかるほどはっきりと肩を落とした。ユーガは、くそ、と奥歯を噛み締めた。ミナは望んで、『復活の神子』の力を手に入れたわけではないのに。それなのに、ミナが狙われるなんてー!
「その戦争、どうにかして食い止められないのか?」
ユーガはルインに尋ねたが、そうですね、とルインは難しい顔をした。
「・・・何せ、相手はスウォー達の勢力です。そちらを説得・・・いえ、止めるには骨が折れるでしょうね」
「・・・そうだな。スウォーが話を聞いてくれるとは思えないし、スウォー達がどこにいるのかも俺達はわからないもんな・・・」
「じゃあさ」とリフィアが閃いたように人差し指を立てた。「レイちゃ・・・レイに聞いてみようよ。あの子も四大幻将なら、スウォー君達のアジトとか知ってるかもだしさ。話はできなくても、何か手がかりとかはあるかもしれないからさ」
「そうですね・・・それが良いでしょう。レイに話を聞いてみるとしましょうか」
「わかった。ルイン達の隣の部屋・・・だったよな?」
ああ、とトビは頷いて椅子から立ち上がる。ユーガも椅子から腰を上げ、仲間達を一瞥した。
「よし、行こうぜ!」
扉の前に立ち、ユーガは一度深呼吸をした。四大幻将の一人と話す事になるとは思わなかったな、と思う。よし、と呟いて扉を叩くと、中から小さな声で、どうぞ、と聞こえてきた。
「・・・お邪魔します」
ユーガがゆっくりと扉を開けると、レイは体を起こしてベッドに上半身だけ起こした状態で、いた。その顔を見て、あれ?と首を傾げる。
「・・・レイって・・・リフィアに似てないか?」
今まで気付かなかったが、よく見ると似ている。白い髪に、白い瞳。顔の出立ちなんかも、似ているようなー。
「・・・え、えーと・・・それはねぇ・・・」
リフィアは狼狽えて頭を掻いたが、レイは嘆息したように息を吐いて口を開いた。
「隠してても仕方ないよ。・・・お姉ちゃんなの。姉妹って事」
「お姉ちゃん⁉︎姉妹⁉︎」
ユーガ達は驚きに眼を見張った。人間になった妹がいる、とは聞いていたが、まさかそれがレイの事だったとはー。
「私は」とレイが眼を見開くユーガ達を一瞥して口を開いた。「元『魔族』なの。だけど、人間になれる方法を見つけてそれ以来人間になれた」
へぇ、とユーガは驚きを抑えられないまま呟いた。ちらりとトビを見ると、彼は驚いてはいないように見えるが、腕を組んで何かを考え込んでいるようにも見えた。
「その人間になれる方法は、レイがリフィアに教えちゃダメなのか?」
ネロは気になっていた事を単刀直入に聞いた。ーしかし、レイとリフィアはゆっくりと首を横に振った。
「前に制下の門で話したと思うけど、自分でその方法を見つけなきゃ意味がないの。だから、レイちゃんからその方法も聞けないし・・・」
ふーん、とトビは腕を組んでレイを見た。尻尾があったり羽が生えたりしているリフィアとそうではないレイ。なるほど、本当にその方法を行えば人間になれるらしい。
「・・・その方法はおいおい調べるとして」とルインがレイに向かって尋ねる。「レイ。スウォー達のアジトがどこにあるのか知りませんか」
「・・・なんで?」
「説明しましょう。ネロ」
「・・・俺が説明すんのかよ・・・」
ネロは嘆息しながらも、事の経緯を話し始めた。一通り説明を終え、ネロが口を閉じるとレイは布団を微かに握った。
「・・・というわけで・・・。何か知っている事があれば教えていただきたいんですよ」
「・・・」
レイはすぐには答えず、沈黙した。ユーガ達は決して急かさず、レイが答えてくれるのを待った。ー何分、そうしていたのだろうか。レイは嘆息し、か細い口をゆっくりと開いた。
「・・・ゼロニウスから北東に行ったあたりに、鏡窟があります。ラズフェア鏡窟という場所があって・・・。そこの奥深くに、アジトがある」
「ラズフェア鏡窟・・・あそこにあるんですか・・・」
ミナが驚いたように口元に手を当て、眼を見張った。
「ミナ?」
大丈夫か、とユーガが声をかけ、ミナは微かに頷いたがその顔の蒼白さはとても大丈夫、とは言えないほどに引き攣っていた。何か、恐ろしい物を目の当たりにしたかのような表情を、ミナは顔に映し出していた。
「・・・他に手がかりもないし、そこに行くのがベストなんだろうが・・・お前、大丈夫なのかよ?」
切れ長な眼をミナに向けて、トビは尋ねた。これで連れて行っても、足手まといになったらー。
「だ・・・大丈夫です。私も皆さんと一緒に行きます」
「・・・ふん。そうかよ」
くそ、とトビは内心舌を打った。どうしても、こいつらを格下と思ってしまうのは何故だろうか。そんなつもりは自分にはない。今だって、無理するなよー。この一文を言えば良かったものを、そうしなかった。何故だ?この、思ったように言えない現象は。
「トビさん、心配してるんですか?」
不意にそんな声が聞こえ、トビはハッとして顔を上げた。その声の主は、シノだった。
「そうなのか?トビ、やっさしいじゃん」
ネロがからかうようにトビの肩を叩き、トビは鬼のような形相でネロに銃を向けた。ネロはおどけたように、ひゃー、と言ってさっさと部屋から出た。
「・・・ちっ」
トビは頭をわしわしと掻いた。こんな反応をされるなら、こんな考えを持ちたくなかった、と奥歯を噛み締めた。
「とにかく」とルインが扉の外にいるのであろうネロにも聞こえるような声で言った。「そのラズフェア鏡窟とやらに行ってみましょう。レイ、あなたはどうしますか?」
「私は・・・ここで待つ・・・」
「そうですか、わかりました。でしたら、あなたに調べてほしい事があります」
「・・・何ですか?」
ルインはレイのベッドの上に資料を置いた。レイはゆっくりとそれを手に取り、中身を覗いた。ーそこにはー。
「・・・『固有能力(スキル)の覚醒』・・・?」
「ルイン・・・お前、こいつを信じんのかよ?」
「ええ。レイはスウォー達のアジトを教えてくれました。その気持ちに嘘はないと信じたいんですよ。私もね」
それは、ルインもユーガのように『人を信じる』という事をしたいのだろう、とトビにはわかった。ふーん、とトビは嘆息しながらレイを見た。
「・・・調べるって、具体的にはどうすればいいの・・・?」
「些細な事でも構いません。わかり得る限りの事を記していってください」
「わかった・・・」
ユーガは頷いてベッドの横のテーブルに資料を置いたレイを見て、なぁ、と声をかけた。
「レイ、聞きたい事があるんだけどいいか?」
「何?」
「どうして、ゼロニウスで俺達を・・・トビを助けてくれたんだ?俺達は少なからずとも敵対してたのにさ」
「・・・自分がそうしたいと思ったから。制下の門であなた達に会って、私はとある事に気付いたから」
とある事?とユーガは首を傾げたが、レイはそれ以上教えてくれる事なくユーガ達に顔を背けた。
「・・・ラズフェア鏡窟に行くなら早く行って。私はこれを調べるから」
そう言って、レイは資料をもう一度手に取ってパラパラと眺め始める。
「ユーガ。行きましょう」
ルインがユーガを促し、ユーガは心残りがありそうだったが素直に頷いた。
「・・・じゃあ、レイ。行ってくるよ」
「レイちゃん・・・待っててね」
ユーガとリフィアは資料を黙々と読むレイに向かってそう声をかけたが、レイは小さく頷くだけだった。リフィアが少し寂しそうな顔を見せたのは気のせいではないだろう、とネロは思った。当然だ。実の妹にそんな反応をされたら、少なからずとも傷付く。自分はーどうだっただろうか?記憶にはない。ネロはレイフォルス渓谷で亡くなった姉を思い返し、一抹の寂しさを覚えた。
「ネロ、どうした?行くぞ?」
ユーガが動かないネロを心配して、ネロの顔を覗き込んでいた。
「・・・いや、何でもねぇよ」
ネロは首を振り、ふっ、といつもの微笑を取り戻してユーガを見た。そっか、とユーガも笑顔を向けて体を上げた。
「無理すんなよ?ネロ」
「全然してねーよ。・・・さて、行こうぜ」
ユーガの足を止めたのは自分自身なのだが、とネロは思ったのだが、何も言わなかった。既に扉の外に出ていたルイン達を見て、ん?とユーガとネロは同時に声をあげた。
「・・・トビは?」
「・・・あれ?いませんね・・・まだ部屋の中でしょうか?」
呼んでみる、とユーガは呟いて扉に手をかけた。ーが、中から聞こえてきた声にそれは止まってしまった。
「・・・お前さ、もうすぐ死ぬだろ」
「・・・え?」
頭の上から降ってきたトビの声に、レイは顔を上げた。トビはレイを冷たい眼で見下し、どこか冷酷さまで感じさせる眼だった。
「昨日飯を食い終わった後にちょっと調べてみたんだよ。『サキュバス』から『人間』になる方法とやらをな。細かい事は記してなかったが・・・お前のその右手。ちっと赤黒くなってるよな」
「こ、これはぶつけただけで・・・」
「言っただろ?調べた、とな。サキュバスから人間に変化する際、僅かな確率で人間になりきれない部分ができる事がある。そこから体内は食い荒らされ、次第に命までも蝕む・・・。リフィアはそれを知らないようだが、俺の眼はそんな節穴じゃねぇんだよ」
トビは腕を組み、レイを見る眼を細めた。それは自分の言っている事を確信している眼で、何か反論があるならどうぞ、と言わんばかりの眼だった。
「・・・わ、私は・・・」
「・・・そして、それを知ったからお前は自分に正直になる事を決めた。俺達と制下の門で会った時、ユーガや俺の言葉がお前の中で響いたんじゃないのか」
「・・・・・・」
「そしてお前は『道具』としてではなく、『人間』としての行動を開始した・・・ってとこか」
レイは黙った。ーその通りだったからだ。
「・・・鋭いね、トビ」
「お褒めいただきどーも」
「・・・お姉ちゃんには内緒にして。心配かけたくないの」
「・・・へいへい、わーったよ。俺の聞きたかった事はそれだけだし・・・俺は行くぞ。その資料、ちゃんとやっとけよ」
そう言ってトビの足音が近付いてくる音が聞こえて、ユーガは咄嗟に扉から離れた。そのすぐ後にトビが出てきて、ユーガを見て鼻を鳴らした。
「・・・何見てんだよ」
「え?あ、いや・・・」
ユーガが狼狽えていると、トビはユーガの横を通り抜けて後ろに立っていたルイン達の前で口を開いた。
「悪いな。忘れ物があってよ、探してたんだよ」
「大丈夫でしたか?ありましたか?」
ルインの心配をトビは道具袋からポーションを取り出して安心させた。
「大丈夫だよ。保護者か」
「さて、何の事やら?さ、行きましょうか」
ルインが全員に向かってそう言って、仲間達は頷いて宿から外に出た。ユーガは仲間達を追いかけようとしたが、トビが目の前に立ってユーガを見ている事に気付いて足を止めた。
「お前さ、話を聞いてたよな」
「!」
「ったく、バレバレだっつの」
「・・・はは・・・鋭いよな、ホント」
「てめぇが鈍いんだよ」
トビはそう言い放ち、お前、と腕を組んだ。
「レイの話・・・どう思う」
ユーガはそれを聞いて、少し驚いた。トビが、ユーガに意見を求めるとは。ートビも、変わり始めている、という事の現れかもしれない、と思った。
「うーん・・・リフィアは知らないみたいだし、伝えないってのも良いかもだけど・・・真実を後から知って苦しむのは、リフィアだから・・・」
「・・・長いしうぜぇ。簡潔にまとめろ」
「・・・まだ話してるだろ?・・・とにかく、俺はいつかは伝えた方がいいと思う。レイには悪いけど・・・」
「・・・同感」
トビは頷き、踵を返して扉に向かって歩き始めた。途中、固まっているユーガを振り返って眼を細めた。
「何やってんだ。鏡窟とやらに行くんだろ。とっとと行くぞ」
「・・・あ、ああ!」
ユーガはトビが帰ってきた、という思いとレイの命の事、という二つの考えを持って頷き、何とも言えない複雑な思いになって、何となく目の前にある宿の扉を開けるのが、怖い気がした。
(・・・仲間か・・・)
トビは不意に、ゼロニウスの処刑台の下でユーガが叫んだ言葉を思い出した。今まで散々、ユーガには仲間じゃない、と言ってきた。それでも、ユーガは助けに来たのだ。それが危険だ、とわからないほどユーガも馬鹿ではない筈だった。ユーガ達がゼロニウスまで来たのは、紛れもなくー。
「・・・俺のために、ってのかよ・・・」
理解できないー、それがトビの正直な思いだ。こいつらは自分のために、命を危険に晒してでも自分を助けに来たのだ。幸運に幸運が重なったからこそ、ユーガ達は犠牲を出さずにトビを助け出せた。下手をすれば、命が無かったとしても不思議ではない。フルーヴの行動、レイの行動、そしてルイン達の助けというそれらがどれか一つでも欠けていたらと思うとー。
「トビ、いますか?」
考えを巡らせていると、そんなルインの声が聞こえた。それに伴い、ノックの音も響く。
「・・・ああ。入れよ」
トビはぶっきらぼうに言うと、扉が開いた。そこに立っていたのはルインだけではなく、ネロも、ミナも、リフィアも、シノも、そこにはいた。
「・・・全員集合、ってか?」
「そういう事だな」
ネロは手を振って、トビに頷いた。何の用だよ、とトビは太ももの二丁の銃を机に置いて言う。
「とりあえず、無事で何よりです。トビ」
ルインはひとまずそう前置きし、笑顔を向けた。ーしかし、トビが鼻を鳴らして顔を背けるとルインは不意に真面目な表情を向けた。
「何の用、とは聞かずともわかっているでしょう?」
トビはそれを聞いて、ベッドで寝息を立てているユーガを見た。その顔は、どこか小動物のようでトビはもう一度鼻を鳴らした。
「・・・あそこから逃げられた事には感謝してる。だが別に頼んだわけじゃねぇ」
「ええ、そうですね。あなたにも策の一つや二つはあったと思ってます。ーですが、それでも危険を顧みずユーガは来た」
「・・・ユーガさんは」とミナもユーガを見る。「『必ずトビさんを助けるんだ』って・・・覚悟を持って来ました」
覚悟、とトビは小さく呟いた。そう、確かにユーガには『覚悟』があった。必ず自分をートビを助ける、という強い意志が。
「トビ君」その声の方に顔を向けると、リフィアがトビの事をまじまじと見ていた。「アタシの事は信じてくれなくても良いよ。事実、疑われても仕方ないからね。・・・けど、ユーガ君の事・・・そんなに信じられない?」
「・・・・・・」
「少なくともユーガ君も、アタシ達もキミを・・・トビ君を信じてるよ」
トビはその言葉を聞いて、俯いた。ー認めたくはないが、認めざるを得ない状況だ。
「・・・ちっ」
トビは苛立ちに舌を打った。誰に、ではなく自分自身に。ー今まで、ユーガやこいつらの思いに少しでも耳を傾けていただろうか?確かにユーガは彼の思いを押し付けていたかもしれないが、それは自分も同じだったのではないだろうか?『仲間』や『絆』に少しでも向き合おうとしたのか?
「トビさん」
名を呼ばれ、トビは顔を上げた。トビの目の前に、シノが立っていた。いつもと同じ、抑揚のない声と無表情で。
「自分の思いを押し付ける事はいけない事です。それはユーガさんも理解していると推測していますが・・・、押し付けない事もまた間違っています。押し付けなければ、自分の意見を言えないのですから」
「・・・意見・・・」
「完全に押し付けるのではなく・・・完全に押し付けないのではなく、バランスを保つ事が大切だと予想します」
シノの言葉が終わると同時に、シノの小さな手がトビの頬を撫でた。トビよりも身長が低いシノは少し伸びをしながらだが、シノはゆっくりと柔らかく微笑んでトビを見つめている。
「・・・はっ」
トビはシノのその手をゆっくりと離しながら、自嘲するように笑った。
「・・・向き合ってる『つもり』だったっつー事かよ・・・くそったれが・・・」
トビの声に、シノはトビの手を握った。
「・・・完全に人を信じる事。それは難しい事です。ですが・・・ゆっくりと信じていけば良いと思いますよ。私達はそうする事で・・・『絆』を紡いでいけると思います」
「・・・ちっ・・・わーったよ。だがな・・・」
トビは頭をがしがしと掻いて、目の前に立つ『仲間』達に指を向けた。
「・・・くだらねぇ事ばっかやってたら、俺はシレーフォに帰るからな・・・!」
トビは顔を背けて腕を組んだ。ルイン達は、ぷっ、と吹き出したが、笑いを堪えた。
「・・・相変わらず、素直ではありませんね」
ルインのその声が、トビに届いたか。それはわからなかったが、トビはベッドに座るや否や手を振った。ーさっさと部屋に戻れよ、と言っているのが丸わかりだった。ルイン達は顔を見合わせて軽く挨拶を済ませて部屋から出ていった。最後にシノが部屋から出ようとして、トビはシノを呼び止めた。
「・・・おい」
「・・・はい」
振り向いたシノの顔に、トビは言葉を失った。幼い時から見慣れた顔なのに、『何か』を意識している自分自身がいて。
「・・・・・・」
「・・・トビさん、どうしました?」
「・・・い、いや。なんでもねぇ」
「そうですか」
「あ、ああ。さっさと部屋戻れよ」
呼び止めたのは自分なのだが、と気付いた思いは抑え込み、トビは顔を背けた。はい、と抑揚なくシノは呟いて、
「おやすみなさい」
と言った。トビはそれには答えず、シノが部屋を出るまで黙っていた。
「・・・おい、起きてるだろ」
トビのそんな声が部屋の静寂に響いた。はは、と彼はーユーガは体を起こして頭を掻く。
「な、何だ・・・バレてたのか・・・」
「バレてねぇとでも思ったのか、馬鹿が」
「・・・それより、さっきの話・・・」
「・・・お前・・・」
ユーガが口を開き、その言葉を言い終わる前にトビの言葉がそれを遮り、思わずユーガは口を閉じた。
「なぜ俺を『仲間』だと言う?改めて聞かせろ」
「・・・だってトビは色々キツい事も言うけど、ちゃんと助けてくれる。シレーフォで初めて会って、シレーフォの近くの森で魔物に襲われた時にさ、トビは俺の怪我を回復魔法で助けてくれたじゃんか」
「・・・んな事でかよ。そんな事で、お前は『仲間』って信じんのか?」
「うん。助けてくれたのに、悪い奴なわけないだろ?」
「だったら、俺を『頼んでないのに』助けた時に協力したフルーヴもか?」
「『仲間』ではないかもしれないけど・・・何か理由があるんだと思う」
ーやはり、ユーガの考えは理解し難い。だがーそれを理解しようとする事も大切なのだろう、とトビは思った。まさか、自分がこんな考えを持つようになるとは、と嘆息する。トビは少しずつだが、心の中の『何か』が紐解かれていき、変化していくような感覚を覚えていた。
「・・・そうか」
トビは呟き、小さく息を吐いた。しっかりとユーガの言葉を噛み締めるように、ゆっくりと。
「俺さ・・・トビは認めてくれないかもしれないけど、俺はトビを『仲間』で『相棒』だって思ってる。俺はトビを信じるよ。過去に何があったとしても、俺は・・・俺達はトビを信じてるから」
信じてるー幾度となく聞いた言葉なのに、なぜだ?その言葉は、まるで冷水が体に染み渡るように体の奥深くまで刻まれた。
「・・・信じてる、か・・・」
「うん」
トビの呟きに、ユーガは大きく頷いた。ユーガはトビと離れて考えた事で、大きく成長した。少し卑屈になりはしたが、しっかりと自分の意見を言った上でさらに誰かの意見を重ねられるようになった。だが、自分はどうだ?確かに監禁されていたから、と言えば終わるかもしれないが、少しでも自分が『変わる』とでも考えただろうか?ユーガが悪いから、と決めつけ、仕方ないと考えなかったか?
(・・・押し付けてたのは俺もだった、のか・・・?)
そうかもしれない、とトビは思った。どちらが悪いのではない。気付いていなかった、自分もー。
「だからさ・・・着いてきてくれるのは嬉しいけど、どうせだったら『絆』をちゃんと築こうぜ。俺達、結構良いコンビだとも思うんだ!」
「・・・・・・」
トビは黙った。冷たくあしらい、突き放したにも関わらずこいつはーこいつらは、まだ自分を信じている。それは、今まで出会ったどんな人間達とも違う。『蒼眼』の元素(フィーア)を集める能力を利用しようとして近付く奴らとも、イケメンだと騒いで内面を見ようともしない奴らとも違う。
「って、いきなり『絆』を築こうって言ってもやっぱ難しいよな・・・。あ、じゃあまずは『友達』から始めようぜ!よし、トビ!右手出して!」
ユーガに言われ、トビはゆっくりと右手を上げた。その手を、ユーガの右手が掴んで握手をした。何を、とトビが言う前に、ユーガは笑顔をトビに向けて口を開いた。
「これで、俺達は『友達』だ!」
「・・・『友達』・・・」
「ああ!」
いつものトビなら、問答無用で振り解くだろう。だが、そうしなかった。ー否、できなかった。なぜか、そうしてはいけない気がして、力が入らなかったから。
「・・・・・・」
トビは、ただ黙ってその手を見つめていた。ユーガはずっと、眩しいほどの笑顔をトビに向けていたー。
「なんとかなりそう、だな」
そう呟き、ネロはユーガ達の部屋の前の扉に寄りかかり、聞き耳を立てて彼らの話を聞いていた。どうなるかとは思ったが、とりあえずなんとかなりそうだと安心して息を吐いた。それにしても、少しばかり羨ましいな、と思う。長年を共に生きた『親友』は、今やかつてとは比べ物にならないほど成長した。トビ、ルイン、シノ、ミナ、リフィア。彼らがいたからこそ、ユーガは成長した。とても自分だけでは、ユーガは成長しなかっただろう。ネロは笑みを浮かべて組んでいた腕を解き、着けていた背中を壁から離してルイン達の部屋に戻ろうと足を踏み出しかけ、止めた。その視線の先には、サキュバスの特徴的な八重歯を口から出した彼女がーリフィアがいた。
「キミは盗み聞きが趣味なのかい?ネロ君」
「人聞き悪いな・・・」
ネロは苦笑するとリフィアは、事実じゃない?と笑う。
「・・・ユーガの奴、だんだん変わっていく感じがしてよ・・・知らないうちに、俺よりもずっと・・・」
「キミはユーガ君を束縛したいのかな?」
ネロの言葉を遮り、リフィアは口に含みのある笑みを浮かべた。
「そ、そんな事ねぇけどよ・・・」
「ユーガ君は、逆にネロ君がいなくても成長しなかったと思う。制下の門での言葉・・・。あの言葉のおかげで、ユーガ君は立ち直れてるんだから」
「そうだと良いけど・・・俺は、誰かの役に立ててんのかね・・・」
「・・・んもう、キミも卑屈だねぇ」
リフィアはそう言って、突如としてネロの胸に抱きついた。ネロはその突然の出来事に身を固くして小さく声をあげた。
「な、な、なん・・・⁉︎」
「お願い」とリフィアはネロの胸の中で小さな声で呟いた。「少しだけ・・・このままでいさせてくれる・・・?」
いつものリフィアの元気はつらつな声とは違う、か細い声でリフィアは言った。一体、どうしたというのだろうか。ネロは震える口を結び、嘆息して自身の胸辺りにあるリフィアの頭に手を置いた。
「・・・少しだけだからな・・・?」
「うん」
リフィアは頷き、ネロの鼓動を感じながら彼の服を強く握った。
「ミナ」
「はい?」
ルインは机に向かって何かー日記だろうかーを書いているミナを呼んだ。すぐにミナは顔を上げてルインを振り向く。
「どうしましたか?」
「ユーガの思いは・・・トビに伝わったのでしょうかね?」
「・・・どうでしょうか・・・伝わっていないかもしれませんし・・・」
ミナの言葉に、椅子に座って何かを作っていたシノが、いえ、と首を振った。
「どうでしょうか。ユーガさんの言葉はきっとトビさんに届くと思います。完全に理解し合えなくともいつかわかりあえるのではないか、と予想します」
「そうだと良いのですが・・・」
ミナは不安げに目を伏せた。ユーガの思いがトビに届けば良いが、もしまた届かなかったらー。そう思うと、自分の事ではないのに胸に穴が開くように苦しかった。
「・・・しかし」とシノはルインとミナの方を振り返って言った。「それは私達が気にしても仕方ありません。彼らの事は彼らにしかできないと判断しますが」
「確かに・・・そうですね」
ルインは頷き、余計なお世話でしたかね、と呟いて立ち上がった。そのままボトルに入った水を掴み、唇を濡らす程度に留めて暗い窓の外をちらりと見た。まだ夜は長いが、あと数時間もすればこの長い夜も明けるだろう、とルインは微笑んだ。
「おはよう」
翌日、ユーガとトビは食堂にいた。そこにはルインとミナ、シノが既に座っていて、ユーガは椅子に腰掛けながら挨拶をした。
「おはようございます、ユーガさん、トビさん」
「おはようございます」
ルインは頷き、その横に座っていたミナもシノも挨拶をしてくれた。トビは頷いただけのように見えたが、ユーガには確かに聞こえた。小さく、本当に小さかったが、おはよう、と呟いたトビの声が。
「ネロとリフィアはどうしたんだ?」
「まだ寝てますよ」
ルインのその言葉に、トビはいつも通りに嘆息した。
「・・・呑気な奴らだぜ、ったく・・・」
「じゃあ、先にご飯食べてようぜ」
ユーガはそう言って、目の前に蓋付きで置かれたプレートを見た。それは端の部分から湯気が溢れていて、ユーガ達はゆっくりとそれを取った。その瞬間、うわぁ、とミナが声を上げる。トビも、へぇ、と感心したように頷いていた。そこには、ふっくらとしたパンにみずみずしさを見ただけでわかる新鮮な野菜、二本の肉汁が溢れ出ているウィンナーとこれでもか、と盛られたスパゲッティが乗っていて、ユーガはパンに、はむ、とかぶりついた。ふっくらとした食感にユーガの頬は自然に緩む。昨日は早く休むために軽くしか食べなかった事もあり、とても満足のいく朝食になった。
「・・・お前ら早いなー」
朝食を食べ終え、ユーガ達はコーヒーや紅茶など思い思いの物を飲んでいたートビは相変わらず甘い物を食べていたー時、ネロとリフィアがあくびを噛み殺しながらそう言いながらユーガ達のテーブルに近付いた。
「おはよう、ネロ、リフィア」
「おはよう」
「おはよぉ~・・・」
「・・・良いお目覚めか?『ルーオス家のご子爵様』と『魔族様』」
トビが盛大な嫌味を込めて言うと、るっせーなー、とネロは頭を掻いた。
「ちょうど良い」とルインは飲んでいたアップルティーを置いて全員を一瞥した。「皆さん、お話したいことが何点かあります」
話?とユーガは首を傾げ、ルインは頷く。ネロとリフィアも近くの椅子に腰をかけてルインの話に集中した。
「まず一点。レイが眼を覚ましました」
「レイが・・・?けど、レイは今どこにいるんだ?」
「私達の隣の部屋にいますよ」
ユーガの質問にルインが答えてくれてユーガは、そっか、と息を吐いた。もし捕まってたりしたら、レイと話をする事が難しくなってしまう。ユーガは一度、レイと話をしたかったのだった。
「二点目です。北地方にある『フェルトラ』という街が何者かに襲われたそうです」
ユーガとミナは、その地名を聞いてハッとして顔を見合わせた。
「フェルトラって・・・」
「ポルトスさんがいた所、ですよね・・・⁉︎」
「ええ、恐らくは。スウォーにレイフォルス渓谷で飛ばされた際にあなた方がいた所だと聞いていますが・・・とにかくそこが半壊したようです」
「・・・ポルトスさん達・・・無事だと良いけど・・・!」
ユーガは自身の掌に拳を打ちつけた。そして、とルインがテーブルの上で手を組んだ。
「・・・三点目です。ミナ、あなたにも関係のある事です」
「私・・・ですか?」
ええ、とルインは頷き、アップルティーを一度飲んでもう一度口を開いた。
「・・・スウォー達の勢力とミヨジネアの全勢力が、現在緊迫状態にあるようです」
「・・・緊迫状態だと?」
そう言ったのは、腕を組んでいつの間にかスイーツを食べ終えたトビだった。今度はシノが、はい、と頷く。
「現段階のままだと、ミヨジネア内での戦争が起こると予想します。その目的は、ミナさん。あなたです」
「・・・え・・・?どうして私を・・・?」
「あなたは唯一の絶対神、マキラを呼び出す事ができる人です。スウォーさんが呼んでいた、『復活の神子』の話は・・・本当だったんです」
「つまり、スウォー達『ミナを連れ去り、マキラを呼び出す』者達と『そうはさせない組』が今にも戦争を始めそうなのですよ」
「戦争・・・⁉︎」
ユーガは椅子から立ち上がって叫んだ。周りの客が何事かとユーガ達に注目を寄せる。トビは咳払いをしてユーガを椅子に座らせた。
「内乱戦争、ってわけか・・・」
ネロが腕を組みながら呟き、トビもまた頷く。
「・・・ケインシルヴァとクィーリアじゃないだけまだ良いかもしれないが・・・内乱なんて起こったらとんでもない事になるな」
「もしかしたら、二つの国も巻き込まれるかもだもんね・・・!」
そう。リフィアの言った通り、ミヨジネアはケインシルヴァ、クィーリアの二国共と協定を結んでいる国だ。その二国が巻き込まれても、何ら不思議ではないのは明らかだった。
「・・・私のこの力のせいで・・・戦争が・・・」
ミナは俯いて、誰がどう見てもわかるほどはっきりと肩を落とした。ユーガは、くそ、と奥歯を噛み締めた。ミナは望んで、『復活の神子』の力を手に入れたわけではないのに。それなのに、ミナが狙われるなんてー!
「その戦争、どうにかして食い止められないのか?」
ユーガはルインに尋ねたが、そうですね、とルインは難しい顔をした。
「・・・何せ、相手はスウォー達の勢力です。そちらを説得・・・いえ、止めるには骨が折れるでしょうね」
「・・・そうだな。スウォーが話を聞いてくれるとは思えないし、スウォー達がどこにいるのかも俺達はわからないもんな・・・」
「じゃあさ」とリフィアが閃いたように人差し指を立てた。「レイちゃ・・・レイに聞いてみようよ。あの子も四大幻将なら、スウォー君達のアジトとか知ってるかもだしさ。話はできなくても、何か手がかりとかはあるかもしれないからさ」
「そうですね・・・それが良いでしょう。レイに話を聞いてみるとしましょうか」
「わかった。ルイン達の隣の部屋・・・だったよな?」
ああ、とトビは頷いて椅子から立ち上がる。ユーガも椅子から腰を上げ、仲間達を一瞥した。
「よし、行こうぜ!」
扉の前に立ち、ユーガは一度深呼吸をした。四大幻将の一人と話す事になるとは思わなかったな、と思う。よし、と呟いて扉を叩くと、中から小さな声で、どうぞ、と聞こえてきた。
「・・・お邪魔します」
ユーガがゆっくりと扉を開けると、レイは体を起こしてベッドに上半身だけ起こした状態で、いた。その顔を見て、あれ?と首を傾げる。
「・・・レイって・・・リフィアに似てないか?」
今まで気付かなかったが、よく見ると似ている。白い髪に、白い瞳。顔の出立ちなんかも、似ているようなー。
「・・・え、えーと・・・それはねぇ・・・」
リフィアは狼狽えて頭を掻いたが、レイは嘆息したように息を吐いて口を開いた。
「隠してても仕方ないよ。・・・お姉ちゃんなの。姉妹って事」
「お姉ちゃん⁉︎姉妹⁉︎」
ユーガ達は驚きに眼を見張った。人間になった妹がいる、とは聞いていたが、まさかそれがレイの事だったとはー。
「私は」とレイが眼を見開くユーガ達を一瞥して口を開いた。「元『魔族』なの。だけど、人間になれる方法を見つけてそれ以来人間になれた」
へぇ、とユーガは驚きを抑えられないまま呟いた。ちらりとトビを見ると、彼は驚いてはいないように見えるが、腕を組んで何かを考え込んでいるようにも見えた。
「その人間になれる方法は、レイがリフィアに教えちゃダメなのか?」
ネロは気になっていた事を単刀直入に聞いた。ーしかし、レイとリフィアはゆっくりと首を横に振った。
「前に制下の門で話したと思うけど、自分でその方法を見つけなきゃ意味がないの。だから、レイちゃんからその方法も聞けないし・・・」
ふーん、とトビは腕を組んでレイを見た。尻尾があったり羽が生えたりしているリフィアとそうではないレイ。なるほど、本当にその方法を行えば人間になれるらしい。
「・・・その方法はおいおい調べるとして」とルインがレイに向かって尋ねる。「レイ。スウォー達のアジトがどこにあるのか知りませんか」
「・・・なんで?」
「説明しましょう。ネロ」
「・・・俺が説明すんのかよ・・・」
ネロは嘆息しながらも、事の経緯を話し始めた。一通り説明を終え、ネロが口を閉じるとレイは布団を微かに握った。
「・・・というわけで・・・。何か知っている事があれば教えていただきたいんですよ」
「・・・」
レイはすぐには答えず、沈黙した。ユーガ達は決して急かさず、レイが答えてくれるのを待った。ー何分、そうしていたのだろうか。レイは嘆息し、か細い口をゆっくりと開いた。
「・・・ゼロニウスから北東に行ったあたりに、鏡窟があります。ラズフェア鏡窟という場所があって・・・。そこの奥深くに、アジトがある」
「ラズフェア鏡窟・・・あそこにあるんですか・・・」
ミナが驚いたように口元に手を当て、眼を見張った。
「ミナ?」
大丈夫か、とユーガが声をかけ、ミナは微かに頷いたがその顔の蒼白さはとても大丈夫、とは言えないほどに引き攣っていた。何か、恐ろしい物を目の当たりにしたかのような表情を、ミナは顔に映し出していた。
「・・・他に手がかりもないし、そこに行くのがベストなんだろうが・・・お前、大丈夫なのかよ?」
切れ長な眼をミナに向けて、トビは尋ねた。これで連れて行っても、足手まといになったらー。
「だ・・・大丈夫です。私も皆さんと一緒に行きます」
「・・・ふん。そうかよ」
くそ、とトビは内心舌を打った。どうしても、こいつらを格下と思ってしまうのは何故だろうか。そんなつもりは自分にはない。今だって、無理するなよー。この一文を言えば良かったものを、そうしなかった。何故だ?この、思ったように言えない現象は。
「トビさん、心配してるんですか?」
不意にそんな声が聞こえ、トビはハッとして顔を上げた。その声の主は、シノだった。
「そうなのか?トビ、やっさしいじゃん」
ネロがからかうようにトビの肩を叩き、トビは鬼のような形相でネロに銃を向けた。ネロはおどけたように、ひゃー、と言ってさっさと部屋から出た。
「・・・ちっ」
トビは頭をわしわしと掻いた。こんな反応をされるなら、こんな考えを持ちたくなかった、と奥歯を噛み締めた。
「とにかく」とルインが扉の外にいるのであろうネロにも聞こえるような声で言った。「そのラズフェア鏡窟とやらに行ってみましょう。レイ、あなたはどうしますか?」
「私は・・・ここで待つ・・・」
「そうですか、わかりました。でしたら、あなたに調べてほしい事があります」
「・・・何ですか?」
ルインはレイのベッドの上に資料を置いた。レイはゆっくりとそれを手に取り、中身を覗いた。ーそこにはー。
「・・・『固有能力(スキル)の覚醒』・・・?」
「ルイン・・・お前、こいつを信じんのかよ?」
「ええ。レイはスウォー達のアジトを教えてくれました。その気持ちに嘘はないと信じたいんですよ。私もね」
それは、ルインもユーガのように『人を信じる』という事をしたいのだろう、とトビにはわかった。ふーん、とトビは嘆息しながらレイを見た。
「・・・調べるって、具体的にはどうすればいいの・・・?」
「些細な事でも構いません。わかり得る限りの事を記していってください」
「わかった・・・」
ユーガは頷いてベッドの横のテーブルに資料を置いたレイを見て、なぁ、と声をかけた。
「レイ、聞きたい事があるんだけどいいか?」
「何?」
「どうして、ゼロニウスで俺達を・・・トビを助けてくれたんだ?俺達は少なからずとも敵対してたのにさ」
「・・・自分がそうしたいと思ったから。制下の門であなた達に会って、私はとある事に気付いたから」
とある事?とユーガは首を傾げたが、レイはそれ以上教えてくれる事なくユーガ達に顔を背けた。
「・・・ラズフェア鏡窟に行くなら早く行って。私はこれを調べるから」
そう言って、レイは資料をもう一度手に取ってパラパラと眺め始める。
「ユーガ。行きましょう」
ルインがユーガを促し、ユーガは心残りがありそうだったが素直に頷いた。
「・・・じゃあ、レイ。行ってくるよ」
「レイちゃん・・・待っててね」
ユーガとリフィアは資料を黙々と読むレイに向かってそう声をかけたが、レイは小さく頷くだけだった。リフィアが少し寂しそうな顔を見せたのは気のせいではないだろう、とネロは思った。当然だ。実の妹にそんな反応をされたら、少なからずとも傷付く。自分はーどうだっただろうか?記憶にはない。ネロはレイフォルス渓谷で亡くなった姉を思い返し、一抹の寂しさを覚えた。
「ネロ、どうした?行くぞ?」
ユーガが動かないネロを心配して、ネロの顔を覗き込んでいた。
「・・・いや、何でもねぇよ」
ネロは首を振り、ふっ、といつもの微笑を取り戻してユーガを見た。そっか、とユーガも笑顔を向けて体を上げた。
「無理すんなよ?ネロ」
「全然してねーよ。・・・さて、行こうぜ」
ユーガの足を止めたのは自分自身なのだが、とネロは思ったのだが、何も言わなかった。既に扉の外に出ていたルイン達を見て、ん?とユーガとネロは同時に声をあげた。
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トビは頷き、踵を返して扉に向かって歩き始めた。途中、固まっているユーガを振り返って眼を細めた。
「何やってんだ。鏡窟とやらに行くんだろ。とっとと行くぞ」
「・・・あ、ああ!」
ユーガはトビが帰ってきた、という思いとレイの命の事、という二つの考えを持って頷き、何とも言えない複雑な思いになって、何となく目の前にある宿の扉を開けるのが、怖い気がした。
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