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絆の邂逅編
第二十話 道具
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この短期間のうちに制下の門に行ってまた戻ってくるという常人ならとんでもないプランの旅だな、とユーガは『フィアクルーズ』の窓から見えてきた制下の門を見つめ、そう思った。そのせいか、ミナやルインにも顔に少し疲労の色が見えていた。ユーガやネロにもまったく疲労が無いわけではないが、淡々と黙ってユーガ達に協力してくれるトビとシノを見ると、そんな事は言えなかった。ミナとルインにも、少し休むか、とネロが尋ねたのだが二人は決して首を縦には振らなかった。足手まといにはなりたくない、とまで言った。
「二人とも、本当に大丈夫なのか・・・?」
ユーガが『フィアクルーズ』の窓に背を向けて、シノとルインに尋ねた。
「ええ、大丈夫です」
「心配なさらないでください、ユーガさん」
「なら良いんだけど・・・。キツかったら言ってくれよ?」
ユーガがそう言うと、ミナとルインは笑顔を見せて頷いた。
「わかりました。しかし・・・これで今度こそ、『人工精霊』の事も調べられますし、行方不明者に関しても調べられますね」
「どっちから先に調べるんだ?」
ネロが訊いた。そうですね、とルインは腕を組む。
「・・・『人工精霊』から調べましょう。それが終わった後、行方不明者の方々の事を調べましょうか」
「そうだな」
トビも同意し、カヴィスから貰った通行許可証をケインシルヴァ兵に見せて、改めてユーガは制下の門を見上げた。それは細長い塔のようで、ユーガはその大きさに圧巻した。行くぞ、とトビが言い、彼を追いかけて制下の門にユーガ達は入った。と同時に、うわ、とユーガは驚愕の声をあげた。元素(フィーア)が満ちている感覚が、ユーガにもわかる。そのせいか、少し体が軽いような気もする。ーただの気のせいかもしれないが。壁には管のようなものがあり、その中を光が下へと下っていく。
「元素が収束されてる・・・」
と、ミナが呟いた。あの管の一番下の地点が、元素の最終到着地点ー制下の門の最深部なのだろう、とルインは思った。さらに言えば、下に降りるためと思われる通路はあるのだが、もしかしたらこの制下の門そのものが元素を運ぶ管の一つなのかもしれない。
「この、最深部まで行けば良いのか?」
ユーガがそう尋ね、シノが頷いた。
「はい。そこまで行って、元素の流れを調べます」
「わかった」
ユーガは頷いて足を出しかけ、ん?とシノを振り向いた。
「・・・その、元素を調べるのってどうやるんだ?」
「それに関しては問題ありません。ご安心ください」
「シノに任せとけ。お前は余計な心配しなくてもいいんだよ」
トビがそう言って、ユーガは頷いた。それに加えて、少しばかり羨ましい、と思った。ここまでトビから信頼されているシノが、ちょっと羨ましいと感じたのだ。
「ともかく行きましょうか」
ルインのその声にユーガ達は頷き、足を踏み出した。しばらく歩くと、魔法陣のような物が地面に描かれ、淡い光を放っている。
「何だ?これ・・・」
ユーガが呟くと、ルインがハッとしてその魔法陣の中に足を踏み入れる。ーすると、淡い光だった魔法陣の光が強く光り出し、ルインの体を包んだ。その光が消えると、ルインの姿も無かった。
「る、ルイン⁉︎どこに行ったんだ⁉︎」
ユーガが驚きの声をあげるとトビが、なるほど、と顎に手を当てた。
「こいつは転送魔法陣か」
「転送魔法陣?」
ネロが訊き返すと、トビは頷いた。
「いわゆるワープ装置だ。辺りを見た感じ、他に通路も無い。ここしかないようだな」
そう言って、トビもまた魔法陣に足を踏み入れた。再び光が強まり、光が収まるとトビの姿も消えていた。
「・・・よ、よし・・・行くか?ユーガ」
ネロの言葉に、ユーガは頷いた。
「う、うん・・・怖いけど、先に進むならな・・・」
ユーガはミナとシノを見て頷いたのを確認して、足を魔法陣の中に入れた。それに伴い、ネロ、ミナ、シノも着いてくる。目の前が眩い光に包まれ、光が収まるとユーガの目の前に見慣れた背中が二つあった。
「この先もこういうのがありそうですね」
ルインが落ち着いた声でそう言い、トビは頷いて先の道へ歩き出した。トビの背中を追いかけて足を出し、ユーガは右斜め後ろを歩くルインに声をかけた。
「そういえば、前から気になってたんだけど・・・『精霊』も架空の生物だって言ってたよな?結局、『精霊』は実在してるのかな・・・?」
「恐らく存在しているでしょう。スウォーの話を聞く限り、『精霊』は元素の集合体という事みたいですし・・・」
「元素の集合体って事は、炎の『精霊』・・・イフリートだったっけ?はやっぱり炎を扱うんだよな?」
「そのようですが・・・『人工精霊』がいる状態で『精霊』が目覚めた場合、どうなるのでしょうか・・・?」
「どういう事だ?」
ルインの疑問に、ユーガは首を傾げた。そこへ、トビが話を聞いていたのか、そうか、と腕を組んだ。
「『人工精霊』と『精霊』が一緒に世界にいる状態だと飽和する可能性があるのか」
トビの言葉にルインは、ええ、と頷いた。
「そうなった場合、世界の元素バランスが崩れる可能性がありますから・・・」
「えっと・・・つまり?」
ユーガはよくわからない、というように首を傾げた。トビはそれを見て、小さく嘆息した。
「馬鹿が。『人工精霊』も『精霊』も膨大な元素でできてるだろ?その二つが世界に一緒に存在してみろ。元素のバランスは崩れまくるかもだろうが」
「じゃあ、もし炎の『人工精霊』がいたとして、『精霊』のイフリートを呼び出したらヤバいかもって事か?」
ユーガが尋ねると、トビは呆れたように首を振った。相変わらず、馬鹿な野郎だ。ーそう思った、その時。ユーガとトビの足元に、先程とは明らかに違う魔法陣が浮かび上がった。
「何だ・・・⁉︎」
ユーガがそう言ったその刹那、ユーガは、うわ、と悲鳴をあげて光に包まれた。
「ユーガ⁉︎」
トビがユーガの名を呼ぶと、トビもユーガ同様光に包まれる。
「いけません、罠です!」
ルインの叫んだ言葉は、強い光によって阻まれた。光が収まり、ネロ達は顔を上げるとー。
「ユーガ・・・トビ・・・?」
二人の少年の姿は、そこにはもう無かった。くそっ、とネロが舌を打ったその時、ネロ達の先にある通路から足音が響いた。ケインシルヴァの兵士か、と思ったが、そうではないらしい。甲冑の音も聞こえない。その暗闇の中からゆっくりとした足取りで現れたのはー。
「・・・ヤハルォーツ・・・⁉︎」
「・・・つっ・・・」
「・・・くっ・・・」
ユーガとトビはゆっくり体を起こし、辺りを見渡した。そこは大きなホールのような空間で仲間の姿は見えず、声も聞こえない。
「・・・ネロ達と逸れちゃったみたいだな・・・」
「・・・・・・油断していた。罠があったとは・・・」
トビは舌打ちをして、腕を組んだ。その顔には、どう見ても苛立ちが浮かんでいた。
「皆、無事だといいけど・・・」
「あいつらはタフだしな。大丈夫だろ」
「そうだな・・・」
ユーガは頭を掻き、そういえば、とトビを見た。
「トビと二人って、なんか懐かしくねーか?」
「は?ガイアで二人になっただろ?記憶大丈夫か?」
「そうじゃなくて、こうして意図せずに二人って懐かしいだろ?ガイアでは分担だったし」
「・・・そう、かもな」
「あの時は、ルインが仲間になる前だったよな」
「・・・レイフォルスに行く前か」
そうそう、とユーガは頷いて笑顔を見せた。
「そんな前の事じゃないのに、随分前の事のように感じるな。あの時、ネロに馬車を用意してもらって、その馬車の中でトビに怒られたっけな・・・はは」
「・・・何で笑ってんだよ」
「いや、今は隣でこうして一緒に旅してる事が嬉しくてさ」
「・・・信用してるわけではないけどな。調子乗んなよ」
トビは顔を背けてそう呟いた。わかってるよ、とユーガは頷いて、鼻の頭を掻いた。
「けど、事実感謝してるよ。トビに助けられた場面が何度もあったしさ。ありがとな」
「・・・・・・ちっ。さっさと行くぞ」
「あ、ああ!」
ユーガは歩き始めたトビの後ろに着いて、前を歩く『相棒』の背中を見つめて、へへ、と笑った。ーと、トビが腕を横に出し、ユーガの足を止めた。どうした、とユーガが聞く前に、トビは太ももから銃を取り出した。
「・・・誰かいる」
「え・・・」
ユーガも腰の剣に手をかけ、眼を凝らした。そこに立っていたのは、杖を持ち長い銀色の髪に同様の色をした眼に、黒白の長いコートを見に纏った少女ー。
「『無垢のレイ』・・・!」
「・・・『緋眼』と『蒼眼』を持った二人を発見」
「レイ、そこを通してくれ!俺達は仲間に会って、元素の不安定化を収めてこの世界を救いたいんだ!」
ユーガの言葉に、レイはゆっくりと首を振った。
「・・・できない。私は・・・命令には背けないの」
「・・・?」
トビは銃を下ろさないまま、レイを睨んだ。
「邪魔するなら、力尽くで退かすまでだ」
「トビ、待ってくれ」
ユーガは剣を鞘に収め、レイの方へと歩いた。
「ユーガ・・・何をしている」
「レイと話してみたいんだ。頼む」
「・・・そいつは四大幻将だぞ。わかってるのか」
「・・・もしなんかあったら、トビが助けてくれるだろ?」
ユーガの屈託のない声に、トビは心底呆れた。よくもまぁ、敵国の人間にも敵である四大幻将にも心を許せるもんだ、と嘆息する。トビは舌打ちをして、
「・・・勝手にしろ」
と、それでも銃は下ろさないまま言った。ユーガは小さく、ありがとう、と呟いてレイに向き直った。
「レイ、もしかして・・・何か事情があるんじゃないか?スウォーに協力してる理由が」
「・・・・・・」
「無理に話してくれ、とは言わない。だけど、わかる事もあるかもしれないから・・・」
ユーガの言葉に、レイはゆっくり口を開いた。
「・・・・・・私は・・・。・・・道具だから」
「なぜ、あなたがここにいるのですか・・・ヤハルォーツ・・・。ここは立ち入り禁止の筈ですが・・・」
ルインの言葉に、彼はー、ヤハルォーツは笑みを浮かべた。
「貴様らは・・・フォルトにいた旅人どもか。あの時はよくもやってくれおったな」
「質問に答えてもらおうか」とネロが剣に手をかけながら言った。「なぜマキラ教徒信者のトップがここにいる?」
「・・・人類を救済するためだ」
「どういう事ですか・・・?」
ミナが怪訝そうに尋ね、小さなナイフを手に持った。
「マキラを復活させて、人類を救うとか・・・」
「・・・マキラ?馬鹿馬鹿しい。貴様らもマキラという得体の知れない物を信じているのか」
そう言ったヤハルォーツの顔は歪み、怪しい笑みを浮かべた。
「な、なんだと・・・⁉︎」
ネロは剣に手をかけたままヤハルォーツを見た。
「神だなんだと崇めて、結果マキラは私達には何を与えた?私はスウォー共を利用してこの世界を支配する神になるのだ!私の理想が全て思いのままに描かれる世界を、私が作るのだ!」
「待ちなさい」とルインが構えを取りながら言った。「それでは、あなたやマキラを信じている教徒信者の事はどうするのですか」
「知った事か」
ヤハルォーツの平坦とした声に、一同は驚きを隠せずに眼を見張った。
「私がちょっとマキラを利用して手を差し伸べただけで簡単に信じ込みおって。あんな愚かな人間共が死んだって構わぬだろう?」
「ふざけないでください!」
ヤハルォーツの言葉に、ミナは耐え切れずに叫んだ。
「この世に・・・死んで良い人間なんていません!」
「いいや、存在する。マキラ教徒信者は実に良い目眩しになった。おかげでスウォーの奴の事も探れ、力も手にする事ができる。私は誰の下にも下らぬ。・・・わかったか、私の邪魔をするなら消えてもらうしかないが?・・・あぁ、もちろん他の屑共、教徒信者も、後を追いかけさせてやる」
ヤハルォーツの言葉に、ネロ達は一歩も引かず、それぞれの武器を構えた。
「お前の作る世界か・・・面白くなさそうだな」
「確かにマキラという物に頼っている事は間違っていますが・・・気に入らないんですよ。あなたのやり方も、あなたの考えも」
ルインの言葉に、ヤハルォーツは鼻を鳴らして息を吸い込み、
「ローム、来い!あとは任せるぞ!」
と唾を撒き散らしながら叫んだ。暗闇の中から、ぬぅ、と巨体が現れる。
「久方ぶりだな」
「ローム・・・!」
ロームの後ろで、ヤハルォーツが階段を登るのが見えた。ルインはそれを確認して、魔法をヤハルォーツに向けて詠唱を始める。しかし。
「おっと、そうはさせんぞ」
「くっ・・・」
ロームの振り下ろされた鎌を避け、ルインは詠唱を中断した。
「ルイン、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。ありがとう、ネロ」
ネロは頷いて目の前のロームに顔を向けて、ハッとした。自分の全身に鳥肌が立っている事に気付かずにはいられなかったのだ。
「道具・・・?」
ユーガはレイのその言葉に、どういう事だ、と聞き返した。しかし、それに答える前にレイは一つ息を吐いた。元素がユーガの周りに収縮し、ユーガが後ろに飛ぶと同時に風の竜巻が先程まで立っていた場所に轟いた。
「・・・私は命令を聞く事しかできない。それが私の使命なの」
「だから、自分が道具か」とトビは構えていた銃に力を込めた。「そうやって、自分は道具だと決めつけて責任から逃げんのか」
「・・・あなたに何がわかるの」
レイは怒りを込めた顔をトビに向けて睨んだ。しかしトビは全く屈さず、左手に持っていた銃を太もものホルスターに収め、その手で首に巻いた青いマフラーを握って位置を正した。
「悪いが、こっちも道具みてぇな人生送ってきてんだ」
その言葉は、ユーガの記憶の中のトビの言葉を彷彿とさせた。
『・・・そいつは優秀な成績を持ってた。大人でも扱えない魔法を使い、世界の科学者でも解けねぇような問題まで解けたんだ。しかも、そいつは無限の元素を自分に引き寄せる固有能力を持っていたんだ。だが、それを利用しようと考える奴等が多かった。ー時には戦争のための道具を生み出すために。時にはその無限の元素を自分の為に使う奴のために、な』
フォルトでの夜、手摺に腕を預けたトビは確かにそう言ったのだった。やはり、あの言葉はトビ自身の事だったのだろう、とユーガは思った。
「だから、何?私とあなたでは生き方も考え方も違うの」
「ああ、そうだろうな。だがな・・・そうやって自分の殻に閉じこもって自分が可哀想だと思い込んでる奴が、俺は嫌いなんだよ」
トビは乱れたマフラーを左手で直し、再び左手に銃を握った。
「トビ・・・」
「・・・わからない。私の気持ちが、あなた達にわかる筈がない!」
レイは杖を地面に叩きつけ、怒りを露わにした。その顔は、もはや『無垢』とは言えないほどの怒りを表していた。
「・・・わからないよ」
小さく呟いた声にレイが顔を上げると、ユーガが両手を開いて立っていた。
「だって、まだちゃんと話してないだろ?一つ一つでも少しずつでも良い。人はわかり合えるんだから、話す事が大事なんだって思うよ」
「・・・話す・・・?」
「ああ。話さないと何もわからないだろ?考えてる事も、本心もさ」
ユーガは普段トビ達仲間に見せる笑顔をレイに向けた。トビはそれを見て嘆息して、やれやれ、と首を振ったー銃だけは構えたままだったがー。
「レイ、もしこの罠にかけたのがレイなら元の場所に戻してくれ。俺達は戻ってやらなきゃいけない事があるんだ」
「・・・・・・」
レイは黙った。それは、どこか自分の中の『心』と戦っているようで、ユーガは急かさずにレイが口を開くのを待った。ートビは少しイラついていたが。ーそして。
「・・・わかった」
レイは杖を地面に刺して魔法陣を展開した。ユーガの顔に喜びの表情が浮かぶ。ーと。
「・・・勘違いしないで。あなたの考えに、私は同意したわけじゃないから。助けるのは今回だけ」
レイは顔を背けてそう言った。
「レイ、ありがとう」
ユーガが屈託のない笑顔をレイに向けた。横のトビは構えていた銃を両方とも下ろし、ふん、と鼻を鳴らした。
「・・・次は容赦しねぇぞ」
「わかってる」
レイはそう呟き、元素を強めた。次第にユーガ達の体が光を放ち、ユーガ達は水の中にいるような感覚を覚えたー。
ユーガ達が消えたホールで、レイは杖で小さな体を支えながら大きく咳き込み、手で口を押さえた。その手を見ると、血が垂れている。
「・・・お姉ちゃん・・・、私も、なの・・・?」
その小さな体が、微かに震えだす。その目に微かに涙が浮かんで、それは、ぽたり、と地面に音も無く染みとなって消えた。
「受けろ、閃光双破‼︎」
ネロの剣が光を放ち、ロームの体を左右から切り刻んだ。ーが、ロームは大きな鎌でそれを防ぎ、左手を突き出した。その手から、風の波動が吹き荒れた。
「空破鈸吼‼︎」
ネロは風と波動によって吹き飛ばされ、地面に体や胸を打ちつけた。
「ネロ!」
ルインが魔法の構えを解かずに叫び、ロームを睨んで魔法の詠唱を始めた。
「絶風よ唸れ・・・、吹き荒れろ!」
ロームがさせじとルインに鎌を振り上げた。ーが、それをミナのナイフが飛び、ロームを下がらせた。その瞬間、ルインの魔法が完成した。
「シルヴォリザードッ!」
その魔法は、狼の顔のような形を成し、風の波動を纏った咆哮をロームに浴びせた。ロームは吹き飛び、顔を顰めながらも踏みとどまった。
「・・・やるな、さすがケインシルヴァの天才魔導士と言ったところか」
「お褒めいただき光栄ですね。・・・ところでローム。一つお尋ねしたい事があります」
ルインがそう言ったのに対し、ロームは怪訝そうな顔をした。
「以前、あなた方はユーガの『緋眼』、シノを連れ去る事を目的としていましたね?しかし、今はそうしない。それについて聞きたいんですよ」
「ふっ・・・ふはははは!・・・『緋眼』は元素を乖離させる力を持っている事も、天才魔導士様の力を使う事も我等の計画も捗ると思っていたが・・・。もはや我等には必要も無くなったからな」
「今は、『緋眼』にもシノにも興味は無い、と?」
「そういう事だな・・・。まぁ、あるに越した事は無いがな」
ロームはそこまで言って、構えていた鎌を下ろして手を上げた。
「我は忙しいのでな。遊びはそろそろ終わりにさせてもらおうか」
そう言うと、ロームの上げていた手から光が発生してあの魔物がー、血のような眼の魔物が、ルイン達に向けて大量に襲いかかった。
「この数は・・・⁉︎」
シノが顔に焦りを見せながら、言った。ロームは、にやり、と笑みを浮かべた。
「あの『緋眼』と『蒼眼』の小僧がいなければ、太刀打ちできまい?今頃奴等は、レイに殺されているだろうがな」
ロームがそう言って笑って、暗闇の中へと消えていった。だが、確かに、とネロは思った。ロームの言う通り、ユーガ達の特殊な眼が無ければまともに太刀打ちができない。ルイン達が考えを巡らせている中、魔物がジリジリと近付いた、その時。突如部屋全体に魔法陣が広がり、光を放ち始めた。この光は、まさかー!
「・・・よし、戻ってきた!」
「ようやく戻れたか・・・やれやれ」
この声は。光の中から、『緋眼』と『蒼眼』の少年が現れた。『緋眼』の彼は、眼の前にいる血のような眼をした魔物を見て、うわ、と声を上げた。
「こ、こいつらは・・・⁉︎」
『蒼眼』の眼の少年も警戒心を高め、太ももから銃を引き抜いた。
「レイの後はこの魔物かよ。やっぱはめられたか?」
ルインは彼等を見て、その名を呼んだ。
「・・・ユーガ、トビ・・・!」
「これで終わりだ!烈牙、墜斬衝っ!」
「フェイクバレット!」
ユーガの剣技とトビの銃撃が魔物の体に直撃し、魔物は小さく悲鳴をあげて元素へと返った。それにしても、とユーガは剣を鞘に収めて手を見た。今回ユーガは、『緋眼』の力を使っていない。なのに、魔物を倒す事ができた。これも、少しは成長した、という事なのかもしれない。それを腕を組んで見ていたトビもまた、手を見た。『蒼眼』が目覚めてなくとも、魔物を倒した。認めたくはないが、自分が強くなっている事に気付かずにはいられなかった。
「ユーガ、トビ」
ルインに名を呼ばれ、ユーガとトビは同時にルインに視線を向けた。
「無事で何よりです。・・・しかし、どうして戻って来れたのですか?レイに捕まっていたと聞きましたが・・・」
「ああ・・・」と、ユーガは微かに微笑んだ。「レイと話をしたんだ」
「レイと・・・ですか?」
シノは怪訝そうに尋ねた。それに、トビが頷く。
「・・・この馬鹿がどうしてもって言うからな。今回は見逃してやっただけだ」
「どんな話をしたんだ?」とネロ。「四大幻将と話したなら、俺も興味がある」
ユーガはそれに対し、しっかりと事細かくー時々トビに確認をとりながらー全員に向けて話した。レイは自分を道具だと思っている事、命令しか聞けない、と言っていた事も。
「・・・なるほど・・・自分は道具、か・・・」
ネロはユーガとトビの話が終わると、腕を組んで考え込んだ。ミナは小さく息を吐いて俯いた。
「・・・悲しいですね。自分は道具、なんて・・・」
「・・・ああ・・・」とユーガも頷く。「・・・俺達でレイを助けられないかな。レイの孤独を俺達で救ってあげられないのかな・・・」
その言葉に、シノは怪訝そうな顔を浮かべた。
「・・・ユーガさん、なぜあなたはそこまでして敵の人間を助けようとしているのですか?仮にも、四大幻将は私達の敵なのですよ」
「・・・敵、かもしれない。だけど、歩み寄ろうとする事は大事なんだと思う。話さないと何もわからないだろ?」
ユーガはまっすぐシノを見た。
「・・・そう、ですか・・・」
「まぁ、そういうとこもユーガらしいな。まったく・・・」
ネロは頭をがしがしと掻いて息を吐いた。そうですね、とルインも頷く。
「それでこそユーガ、と言う気もしますね」
どういう事だよ、とユーガは首を捻ったが、ネロ達は笑って誤魔化し、取り繕おうとはしなかった。頬を膨らませたユーガの頬を、ミナが人差し指で突いた。
「ユーガさん、お怪我はありませんか・・・?」
「ん?あ、ああ、大丈夫だよ。ありがとう、ミナ」
「お前らは」とトビが腕を組んで言った。「何かあったのか?」
その言葉に、ルインが頷く。
「・・・ヤハルォーツとロームが出てきました」
「・・・何だと?」
「ヤハルォーツが?」
トビが眼を細め、ユーガもそう聞き返す。ルイン達は頷いて、ユーガ達に向けて細かく話した。
「・・・なら、ヤハルォーツは自分の目的のためにスウォーも信者どもの事も利用してるってのか」
「・・・信じてる人達の事を利用するなんて・・・!」
トビが呟き、ユーガが言葉を継いだ。
「とにかく、下まで行かない事には始まりませんし、足止めを喰らってしまいましたが、下へ向かいましょう。まだ『人工精霊』の事も、行方不明者の事も何一つわかっていないのですから」
そうだな、とユーガは頷いて、ぞくり、と鳥肌が立つのを感じた。誰かに見られているような、そんな感覚を覚えたのだ。ユーガは後ろを振り向いて辺りを見渡すが、特に怪しげな人物は見つからなかった。
「何やってんだ、行くぞ」
トビに声をかけられてユーガは、今行く、と言って仲間達を追いかけて走り出した。恐らく気のせいだろう、と思い、足を出すたびに腰の剣が揺れるのを感じながら、暗い闇の中へと走った。
「・・・『緋眼』と『蒼眼』の男の子と愉快な仲間達、かぁ・・・面白そうだねぇ」
ユーガ達が暗闇の中に消えた事を確認して、柱の陰から一人の少女が、紫のマントを靡かせながら姿を現した。ふふ、と八重歯を見せて微笑むその顔には、何を映すのか。彼女は白い髪を揺らしながら、一歩一歩確実にユーガ達に近付いていた。
「・・・あの人間達なら、アタシの願いもきっと・・・うーん、気に入ったなぁ・・・」
彼女は口を親指で拭い、ニヤリ、と怪しく笑った。
「二人とも、本当に大丈夫なのか・・・?」
ユーガが『フィアクルーズ』の窓に背を向けて、シノとルインに尋ねた。
「ええ、大丈夫です」
「心配なさらないでください、ユーガさん」
「なら良いんだけど・・・。キツかったら言ってくれよ?」
ユーガがそう言うと、ミナとルインは笑顔を見せて頷いた。
「わかりました。しかし・・・これで今度こそ、『人工精霊』の事も調べられますし、行方不明者に関しても調べられますね」
「どっちから先に調べるんだ?」
ネロが訊いた。そうですね、とルインは腕を組む。
「・・・『人工精霊』から調べましょう。それが終わった後、行方不明者の方々の事を調べましょうか」
「そうだな」
トビも同意し、カヴィスから貰った通行許可証をケインシルヴァ兵に見せて、改めてユーガは制下の門を見上げた。それは細長い塔のようで、ユーガはその大きさに圧巻した。行くぞ、とトビが言い、彼を追いかけて制下の門にユーガ達は入った。と同時に、うわ、とユーガは驚愕の声をあげた。元素(フィーア)が満ちている感覚が、ユーガにもわかる。そのせいか、少し体が軽いような気もする。ーただの気のせいかもしれないが。壁には管のようなものがあり、その中を光が下へと下っていく。
「元素が収束されてる・・・」
と、ミナが呟いた。あの管の一番下の地点が、元素の最終到着地点ー制下の門の最深部なのだろう、とルインは思った。さらに言えば、下に降りるためと思われる通路はあるのだが、もしかしたらこの制下の門そのものが元素を運ぶ管の一つなのかもしれない。
「この、最深部まで行けば良いのか?」
ユーガがそう尋ね、シノが頷いた。
「はい。そこまで行って、元素の流れを調べます」
「わかった」
ユーガは頷いて足を出しかけ、ん?とシノを振り向いた。
「・・・その、元素を調べるのってどうやるんだ?」
「それに関しては問題ありません。ご安心ください」
「シノに任せとけ。お前は余計な心配しなくてもいいんだよ」
トビがそう言って、ユーガは頷いた。それに加えて、少しばかり羨ましい、と思った。ここまでトビから信頼されているシノが、ちょっと羨ましいと感じたのだ。
「ともかく行きましょうか」
ルインのその声にユーガ達は頷き、足を踏み出した。しばらく歩くと、魔法陣のような物が地面に描かれ、淡い光を放っている。
「何だ?これ・・・」
ユーガが呟くと、ルインがハッとしてその魔法陣の中に足を踏み入れる。ーすると、淡い光だった魔法陣の光が強く光り出し、ルインの体を包んだ。その光が消えると、ルインの姿も無かった。
「る、ルイン⁉︎どこに行ったんだ⁉︎」
ユーガが驚きの声をあげるとトビが、なるほど、と顎に手を当てた。
「こいつは転送魔法陣か」
「転送魔法陣?」
ネロが訊き返すと、トビは頷いた。
「いわゆるワープ装置だ。辺りを見た感じ、他に通路も無い。ここしかないようだな」
そう言って、トビもまた魔法陣に足を踏み入れた。再び光が強まり、光が収まるとトビの姿も消えていた。
「・・・よ、よし・・・行くか?ユーガ」
ネロの言葉に、ユーガは頷いた。
「う、うん・・・怖いけど、先に進むならな・・・」
ユーガはミナとシノを見て頷いたのを確認して、足を魔法陣の中に入れた。それに伴い、ネロ、ミナ、シノも着いてくる。目の前が眩い光に包まれ、光が収まるとユーガの目の前に見慣れた背中が二つあった。
「この先もこういうのがありそうですね」
ルインが落ち着いた声でそう言い、トビは頷いて先の道へ歩き出した。トビの背中を追いかけて足を出し、ユーガは右斜め後ろを歩くルインに声をかけた。
「そういえば、前から気になってたんだけど・・・『精霊』も架空の生物だって言ってたよな?結局、『精霊』は実在してるのかな・・・?」
「恐らく存在しているでしょう。スウォーの話を聞く限り、『精霊』は元素の集合体という事みたいですし・・・」
「元素の集合体って事は、炎の『精霊』・・・イフリートだったっけ?はやっぱり炎を扱うんだよな?」
「そのようですが・・・『人工精霊』がいる状態で『精霊』が目覚めた場合、どうなるのでしょうか・・・?」
「どういう事だ?」
ルインの疑問に、ユーガは首を傾げた。そこへ、トビが話を聞いていたのか、そうか、と腕を組んだ。
「『人工精霊』と『精霊』が一緒に世界にいる状態だと飽和する可能性があるのか」
トビの言葉にルインは、ええ、と頷いた。
「そうなった場合、世界の元素バランスが崩れる可能性がありますから・・・」
「えっと・・・つまり?」
ユーガはよくわからない、というように首を傾げた。トビはそれを見て、小さく嘆息した。
「馬鹿が。『人工精霊』も『精霊』も膨大な元素でできてるだろ?その二つが世界に一緒に存在してみろ。元素のバランスは崩れまくるかもだろうが」
「じゃあ、もし炎の『人工精霊』がいたとして、『精霊』のイフリートを呼び出したらヤバいかもって事か?」
ユーガが尋ねると、トビは呆れたように首を振った。相変わらず、馬鹿な野郎だ。ーそう思った、その時。ユーガとトビの足元に、先程とは明らかに違う魔法陣が浮かび上がった。
「何だ・・・⁉︎」
ユーガがそう言ったその刹那、ユーガは、うわ、と悲鳴をあげて光に包まれた。
「ユーガ⁉︎」
トビがユーガの名を呼ぶと、トビもユーガ同様光に包まれる。
「いけません、罠です!」
ルインの叫んだ言葉は、強い光によって阻まれた。光が収まり、ネロ達は顔を上げるとー。
「ユーガ・・・トビ・・・?」
二人の少年の姿は、そこにはもう無かった。くそっ、とネロが舌を打ったその時、ネロ達の先にある通路から足音が響いた。ケインシルヴァの兵士か、と思ったが、そうではないらしい。甲冑の音も聞こえない。その暗闇の中からゆっくりとした足取りで現れたのはー。
「・・・ヤハルォーツ・・・⁉︎」
「・・・つっ・・・」
「・・・くっ・・・」
ユーガとトビはゆっくり体を起こし、辺りを見渡した。そこは大きなホールのような空間で仲間の姿は見えず、声も聞こえない。
「・・・ネロ達と逸れちゃったみたいだな・・・」
「・・・・・・油断していた。罠があったとは・・・」
トビは舌打ちをして、腕を組んだ。その顔には、どう見ても苛立ちが浮かんでいた。
「皆、無事だといいけど・・・」
「あいつらはタフだしな。大丈夫だろ」
「そうだな・・・」
ユーガは頭を掻き、そういえば、とトビを見た。
「トビと二人って、なんか懐かしくねーか?」
「は?ガイアで二人になっただろ?記憶大丈夫か?」
「そうじゃなくて、こうして意図せずに二人って懐かしいだろ?ガイアでは分担だったし」
「・・・そう、かもな」
「あの時は、ルインが仲間になる前だったよな」
「・・・レイフォルスに行く前か」
そうそう、とユーガは頷いて笑顔を見せた。
「そんな前の事じゃないのに、随分前の事のように感じるな。あの時、ネロに馬車を用意してもらって、その馬車の中でトビに怒られたっけな・・・はは」
「・・・何で笑ってんだよ」
「いや、今は隣でこうして一緒に旅してる事が嬉しくてさ」
「・・・信用してるわけではないけどな。調子乗んなよ」
トビは顔を背けてそう呟いた。わかってるよ、とユーガは頷いて、鼻の頭を掻いた。
「けど、事実感謝してるよ。トビに助けられた場面が何度もあったしさ。ありがとな」
「・・・・・・ちっ。さっさと行くぞ」
「あ、ああ!」
ユーガは歩き始めたトビの後ろに着いて、前を歩く『相棒』の背中を見つめて、へへ、と笑った。ーと、トビが腕を横に出し、ユーガの足を止めた。どうした、とユーガが聞く前に、トビは太ももから銃を取り出した。
「・・・誰かいる」
「え・・・」
ユーガも腰の剣に手をかけ、眼を凝らした。そこに立っていたのは、杖を持ち長い銀色の髪に同様の色をした眼に、黒白の長いコートを見に纏った少女ー。
「『無垢のレイ』・・・!」
「・・・『緋眼』と『蒼眼』を持った二人を発見」
「レイ、そこを通してくれ!俺達は仲間に会って、元素の不安定化を収めてこの世界を救いたいんだ!」
ユーガの言葉に、レイはゆっくりと首を振った。
「・・・できない。私は・・・命令には背けないの」
「・・・?」
トビは銃を下ろさないまま、レイを睨んだ。
「邪魔するなら、力尽くで退かすまでだ」
「トビ、待ってくれ」
ユーガは剣を鞘に収め、レイの方へと歩いた。
「ユーガ・・・何をしている」
「レイと話してみたいんだ。頼む」
「・・・そいつは四大幻将だぞ。わかってるのか」
「・・・もしなんかあったら、トビが助けてくれるだろ?」
ユーガの屈託のない声に、トビは心底呆れた。よくもまぁ、敵国の人間にも敵である四大幻将にも心を許せるもんだ、と嘆息する。トビは舌打ちをして、
「・・・勝手にしろ」
と、それでも銃は下ろさないまま言った。ユーガは小さく、ありがとう、と呟いてレイに向き直った。
「レイ、もしかして・・・何か事情があるんじゃないか?スウォーに協力してる理由が」
「・・・・・・」
「無理に話してくれ、とは言わない。だけど、わかる事もあるかもしれないから・・・」
ユーガの言葉に、レイはゆっくり口を開いた。
「・・・・・・私は・・・。・・・道具だから」
「なぜ、あなたがここにいるのですか・・・ヤハルォーツ・・・。ここは立ち入り禁止の筈ですが・・・」
ルインの言葉に、彼はー、ヤハルォーツは笑みを浮かべた。
「貴様らは・・・フォルトにいた旅人どもか。あの時はよくもやってくれおったな」
「質問に答えてもらおうか」とネロが剣に手をかけながら言った。「なぜマキラ教徒信者のトップがここにいる?」
「・・・人類を救済するためだ」
「どういう事ですか・・・?」
ミナが怪訝そうに尋ね、小さなナイフを手に持った。
「マキラを復活させて、人類を救うとか・・・」
「・・・マキラ?馬鹿馬鹿しい。貴様らもマキラという得体の知れない物を信じているのか」
そう言ったヤハルォーツの顔は歪み、怪しい笑みを浮かべた。
「な、なんだと・・・⁉︎」
ネロは剣に手をかけたままヤハルォーツを見た。
「神だなんだと崇めて、結果マキラは私達には何を与えた?私はスウォー共を利用してこの世界を支配する神になるのだ!私の理想が全て思いのままに描かれる世界を、私が作るのだ!」
「待ちなさい」とルインが構えを取りながら言った。「それでは、あなたやマキラを信じている教徒信者の事はどうするのですか」
「知った事か」
ヤハルォーツの平坦とした声に、一同は驚きを隠せずに眼を見張った。
「私がちょっとマキラを利用して手を差し伸べただけで簡単に信じ込みおって。あんな愚かな人間共が死んだって構わぬだろう?」
「ふざけないでください!」
ヤハルォーツの言葉に、ミナは耐え切れずに叫んだ。
「この世に・・・死んで良い人間なんていません!」
「いいや、存在する。マキラ教徒信者は実に良い目眩しになった。おかげでスウォーの奴の事も探れ、力も手にする事ができる。私は誰の下にも下らぬ。・・・わかったか、私の邪魔をするなら消えてもらうしかないが?・・・あぁ、もちろん他の屑共、教徒信者も、後を追いかけさせてやる」
ヤハルォーツの言葉に、ネロ達は一歩も引かず、それぞれの武器を構えた。
「お前の作る世界か・・・面白くなさそうだな」
「確かにマキラという物に頼っている事は間違っていますが・・・気に入らないんですよ。あなたのやり方も、あなたの考えも」
ルインの言葉に、ヤハルォーツは鼻を鳴らして息を吸い込み、
「ローム、来い!あとは任せるぞ!」
と唾を撒き散らしながら叫んだ。暗闇の中から、ぬぅ、と巨体が現れる。
「久方ぶりだな」
「ローム・・・!」
ロームの後ろで、ヤハルォーツが階段を登るのが見えた。ルインはそれを確認して、魔法をヤハルォーツに向けて詠唱を始める。しかし。
「おっと、そうはさせんぞ」
「くっ・・・」
ロームの振り下ろされた鎌を避け、ルインは詠唱を中断した。
「ルイン、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。ありがとう、ネロ」
ネロは頷いて目の前のロームに顔を向けて、ハッとした。自分の全身に鳥肌が立っている事に気付かずにはいられなかったのだ。
「道具・・・?」
ユーガはレイのその言葉に、どういう事だ、と聞き返した。しかし、それに答える前にレイは一つ息を吐いた。元素がユーガの周りに収縮し、ユーガが後ろに飛ぶと同時に風の竜巻が先程まで立っていた場所に轟いた。
「・・・私は命令を聞く事しかできない。それが私の使命なの」
「だから、自分が道具か」とトビは構えていた銃に力を込めた。「そうやって、自分は道具だと決めつけて責任から逃げんのか」
「・・・あなたに何がわかるの」
レイは怒りを込めた顔をトビに向けて睨んだ。しかしトビは全く屈さず、左手に持っていた銃を太もものホルスターに収め、その手で首に巻いた青いマフラーを握って位置を正した。
「悪いが、こっちも道具みてぇな人生送ってきてんだ」
その言葉は、ユーガの記憶の中のトビの言葉を彷彿とさせた。
『・・・そいつは優秀な成績を持ってた。大人でも扱えない魔法を使い、世界の科学者でも解けねぇような問題まで解けたんだ。しかも、そいつは無限の元素を自分に引き寄せる固有能力を持っていたんだ。だが、それを利用しようと考える奴等が多かった。ー時には戦争のための道具を生み出すために。時にはその無限の元素を自分の為に使う奴のために、な』
フォルトでの夜、手摺に腕を預けたトビは確かにそう言ったのだった。やはり、あの言葉はトビ自身の事だったのだろう、とユーガは思った。
「だから、何?私とあなたでは生き方も考え方も違うの」
「ああ、そうだろうな。だがな・・・そうやって自分の殻に閉じこもって自分が可哀想だと思い込んでる奴が、俺は嫌いなんだよ」
トビは乱れたマフラーを左手で直し、再び左手に銃を握った。
「トビ・・・」
「・・・わからない。私の気持ちが、あなた達にわかる筈がない!」
レイは杖を地面に叩きつけ、怒りを露わにした。その顔は、もはや『無垢』とは言えないほどの怒りを表していた。
「・・・わからないよ」
小さく呟いた声にレイが顔を上げると、ユーガが両手を開いて立っていた。
「だって、まだちゃんと話してないだろ?一つ一つでも少しずつでも良い。人はわかり合えるんだから、話す事が大事なんだって思うよ」
「・・・話す・・・?」
「ああ。話さないと何もわからないだろ?考えてる事も、本心もさ」
ユーガは普段トビ達仲間に見せる笑顔をレイに向けた。トビはそれを見て嘆息して、やれやれ、と首を振ったー銃だけは構えたままだったがー。
「レイ、もしこの罠にかけたのがレイなら元の場所に戻してくれ。俺達は戻ってやらなきゃいけない事があるんだ」
「・・・・・・」
レイは黙った。それは、どこか自分の中の『心』と戦っているようで、ユーガは急かさずにレイが口を開くのを待った。ートビは少しイラついていたが。ーそして。
「・・・わかった」
レイは杖を地面に刺して魔法陣を展開した。ユーガの顔に喜びの表情が浮かぶ。ーと。
「・・・勘違いしないで。あなたの考えに、私は同意したわけじゃないから。助けるのは今回だけ」
レイは顔を背けてそう言った。
「レイ、ありがとう」
ユーガが屈託のない笑顔をレイに向けた。横のトビは構えていた銃を両方とも下ろし、ふん、と鼻を鳴らした。
「・・・次は容赦しねぇぞ」
「わかってる」
レイはそう呟き、元素を強めた。次第にユーガ達の体が光を放ち、ユーガ達は水の中にいるような感覚を覚えたー。
ユーガ達が消えたホールで、レイは杖で小さな体を支えながら大きく咳き込み、手で口を押さえた。その手を見ると、血が垂れている。
「・・・お姉ちゃん・・・、私も、なの・・・?」
その小さな体が、微かに震えだす。その目に微かに涙が浮かんで、それは、ぽたり、と地面に音も無く染みとなって消えた。
「受けろ、閃光双破‼︎」
ネロの剣が光を放ち、ロームの体を左右から切り刻んだ。ーが、ロームは大きな鎌でそれを防ぎ、左手を突き出した。その手から、風の波動が吹き荒れた。
「空破鈸吼‼︎」
ネロは風と波動によって吹き飛ばされ、地面に体や胸を打ちつけた。
「ネロ!」
ルインが魔法の構えを解かずに叫び、ロームを睨んで魔法の詠唱を始めた。
「絶風よ唸れ・・・、吹き荒れろ!」
ロームがさせじとルインに鎌を振り上げた。ーが、それをミナのナイフが飛び、ロームを下がらせた。その瞬間、ルインの魔法が完成した。
「シルヴォリザードッ!」
その魔法は、狼の顔のような形を成し、風の波動を纏った咆哮をロームに浴びせた。ロームは吹き飛び、顔を顰めながらも踏みとどまった。
「・・・やるな、さすがケインシルヴァの天才魔導士と言ったところか」
「お褒めいただき光栄ですね。・・・ところでローム。一つお尋ねしたい事があります」
ルインがそう言ったのに対し、ロームは怪訝そうな顔をした。
「以前、あなた方はユーガの『緋眼』、シノを連れ去る事を目的としていましたね?しかし、今はそうしない。それについて聞きたいんですよ」
「ふっ・・・ふはははは!・・・『緋眼』は元素を乖離させる力を持っている事も、天才魔導士様の力を使う事も我等の計画も捗ると思っていたが・・・。もはや我等には必要も無くなったからな」
「今は、『緋眼』にもシノにも興味は無い、と?」
「そういう事だな・・・。まぁ、あるに越した事は無いがな」
ロームはそこまで言って、構えていた鎌を下ろして手を上げた。
「我は忙しいのでな。遊びはそろそろ終わりにさせてもらおうか」
そう言うと、ロームの上げていた手から光が発生してあの魔物がー、血のような眼の魔物が、ルイン達に向けて大量に襲いかかった。
「この数は・・・⁉︎」
シノが顔に焦りを見せながら、言った。ロームは、にやり、と笑みを浮かべた。
「あの『緋眼』と『蒼眼』の小僧がいなければ、太刀打ちできまい?今頃奴等は、レイに殺されているだろうがな」
ロームがそう言って笑って、暗闇の中へと消えていった。だが、確かに、とネロは思った。ロームの言う通り、ユーガ達の特殊な眼が無ければまともに太刀打ちができない。ルイン達が考えを巡らせている中、魔物がジリジリと近付いた、その時。突如部屋全体に魔法陣が広がり、光を放ち始めた。この光は、まさかー!
「・・・よし、戻ってきた!」
「ようやく戻れたか・・・やれやれ」
この声は。光の中から、『緋眼』と『蒼眼』の少年が現れた。『緋眼』の彼は、眼の前にいる血のような眼をした魔物を見て、うわ、と声を上げた。
「こ、こいつらは・・・⁉︎」
『蒼眼』の眼の少年も警戒心を高め、太ももから銃を引き抜いた。
「レイの後はこの魔物かよ。やっぱはめられたか?」
ルインは彼等を見て、その名を呼んだ。
「・・・ユーガ、トビ・・・!」
「これで終わりだ!烈牙、墜斬衝っ!」
「フェイクバレット!」
ユーガの剣技とトビの銃撃が魔物の体に直撃し、魔物は小さく悲鳴をあげて元素へと返った。それにしても、とユーガは剣を鞘に収めて手を見た。今回ユーガは、『緋眼』の力を使っていない。なのに、魔物を倒す事ができた。これも、少しは成長した、という事なのかもしれない。それを腕を組んで見ていたトビもまた、手を見た。『蒼眼』が目覚めてなくとも、魔物を倒した。認めたくはないが、自分が強くなっている事に気付かずにはいられなかった。
「ユーガ、トビ」
ルインに名を呼ばれ、ユーガとトビは同時にルインに視線を向けた。
「無事で何よりです。・・・しかし、どうして戻って来れたのですか?レイに捕まっていたと聞きましたが・・・」
「ああ・・・」と、ユーガは微かに微笑んだ。「レイと話をしたんだ」
「レイと・・・ですか?」
シノは怪訝そうに尋ねた。それに、トビが頷く。
「・・・この馬鹿がどうしてもって言うからな。今回は見逃してやっただけだ」
「どんな話をしたんだ?」とネロ。「四大幻将と話したなら、俺も興味がある」
ユーガはそれに対し、しっかりと事細かくー時々トビに確認をとりながらー全員に向けて話した。レイは自分を道具だと思っている事、命令しか聞けない、と言っていた事も。
「・・・なるほど・・・自分は道具、か・・・」
ネロはユーガとトビの話が終わると、腕を組んで考え込んだ。ミナは小さく息を吐いて俯いた。
「・・・悲しいですね。自分は道具、なんて・・・」
「・・・ああ・・・」とユーガも頷く。「・・・俺達でレイを助けられないかな。レイの孤独を俺達で救ってあげられないのかな・・・」
その言葉に、シノは怪訝そうな顔を浮かべた。
「・・・ユーガさん、なぜあなたはそこまでして敵の人間を助けようとしているのですか?仮にも、四大幻将は私達の敵なのですよ」
「・・・敵、かもしれない。だけど、歩み寄ろうとする事は大事なんだと思う。話さないと何もわからないだろ?」
ユーガはまっすぐシノを見た。
「・・・そう、ですか・・・」
「まぁ、そういうとこもユーガらしいな。まったく・・・」
ネロは頭をがしがしと掻いて息を吐いた。そうですね、とルインも頷く。
「それでこそユーガ、と言う気もしますね」
どういう事だよ、とユーガは首を捻ったが、ネロ達は笑って誤魔化し、取り繕おうとはしなかった。頬を膨らませたユーガの頬を、ミナが人差し指で突いた。
「ユーガさん、お怪我はありませんか・・・?」
「ん?あ、ああ、大丈夫だよ。ありがとう、ミナ」
「お前らは」とトビが腕を組んで言った。「何かあったのか?」
その言葉に、ルインが頷く。
「・・・ヤハルォーツとロームが出てきました」
「・・・何だと?」
「ヤハルォーツが?」
トビが眼を細め、ユーガもそう聞き返す。ルイン達は頷いて、ユーガ達に向けて細かく話した。
「・・・なら、ヤハルォーツは自分の目的のためにスウォーも信者どもの事も利用してるってのか」
「・・・信じてる人達の事を利用するなんて・・・!」
トビが呟き、ユーガが言葉を継いだ。
「とにかく、下まで行かない事には始まりませんし、足止めを喰らってしまいましたが、下へ向かいましょう。まだ『人工精霊』の事も、行方不明者の事も何一つわかっていないのですから」
そうだな、とユーガは頷いて、ぞくり、と鳥肌が立つのを感じた。誰かに見られているような、そんな感覚を覚えたのだ。ユーガは後ろを振り向いて辺りを見渡すが、特に怪しげな人物は見つからなかった。
「何やってんだ、行くぞ」
トビに声をかけられてユーガは、今行く、と言って仲間達を追いかけて走り出した。恐らく気のせいだろう、と思い、足を出すたびに腰の剣が揺れるのを感じながら、暗い闇の中へと走った。
「・・・『緋眼』と『蒼眼』の男の子と愉快な仲間達、かぁ・・・面白そうだねぇ」
ユーガ達が暗闇の中に消えた事を確認して、柱の陰から一人の少女が、紫のマントを靡かせながら姿を現した。ふふ、と八重歯を見せて微笑むその顔には、何を映すのか。彼女は白い髪を揺らしながら、一歩一歩確実にユーガ達に近付いていた。
「・・・あの人間達なら、アタシの願いもきっと・・・うーん、気に入ったなぁ・・・」
彼女は口を親指で拭い、ニヤリ、と怪しく笑った。
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