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絆の邂逅編
第十七話 目覚めし『力』
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「おい、いつまで座ってんだ」
上から降ってきたトビの言葉に、ユーガはハッとしてトビを見た。トビはユーガをじっと見下ろして呆れたような視線をユーガに向けていた。
「あ、うん・・・ごめん・・・」
ユーガは眼元に溜まった涙を右手で拭い、鼻を啜った。ぐっ、と足に力を入れて立ち上がり、剣を握り直した。ーが、腕にぶつかった氷によってできた傷がその力を弱め、ユーガは剣を落とす。カラン、と乾いた音が響き渡り、それはユーガの耳に甲高く届いた。トビが舌打ちをして頭を掻き、ユーガに向かって腕を突き出した。
「・・・おらよ」
トビがそう呟くと同時に、ユーガの腕が光に包まれた。ふわ、と温かい元素(フィーア)がユーガの腕に絡み付き、光が収まると彼の腕の傷は塞がっていた。
「・・・あ、ありがとう・・・」
ユーガは治った腕で剣を拾い上げ、それを固く握りしめた。隣に立つネロとルインもそれぞれ戦闘の構えを取り、腕を組んで何かを思案しているキアルに武器を向けた。シノはぐったりしているミナに回復魔法をかけている。さてと、とトビは少し伸びをして、銃をキアルに向けた。
「・・・おい、覚悟はできたか?」
「・・・クク」
トビの言葉に、キアルは小さく笑った。
「・・・何が・・・おかしいんだ?」
それに不信感を覚えたユーガはキアルに向けて歩き、握った剣を構えた、ー次の瞬間。
「・・・ユーガ!避けて!」
「え?」
叫びと共にルインがユーガに体当たりをして、ユーガとマハは、どさ、と地面に倒れ込んだ。その直後、一瞬前までユーガが立っていた地面が音もなく凍り付いた。
「な・・・⁉︎」
それは、見るとキアルを中心にどんどん拡大しているようだった。レードニアの街の門を、家の外壁を、家の内部までもを凍らせていき、ユーガ達は眼を見張った。
「・・・まずい、逃げろ!」
ネロが叫ぶと同時にユーガ達は走り出した。先程まで氷で拘束されていたミナをユーガが背負い、氷から逃れる。ーがすぐに、しまった、とユーガは後悔した。ユーガ達が逃げた事で、レードニアの人々は氷漬けになっていく。今ここでキアルを倒しておくべきだった、とユーガは歯噛みした。しかし、もう遅い。氷は既にレードニア全域を襲っていた。それが止まった時には、レードニアは氷の街と化し、キアルも既にそこにはいなかった。
「これは・・・」
氷に覆われたレードニアの街の、氷が届く寸前で止まった宿屋を見つけたユーガ達はそこで休憩をとる事にした。レードニアの氷を調べていたルインがそう呟きユーガは、どうした、と声をかける。
「・・・この氷は・・・ただの元素ではありませんね・・・」
「ただの氷じゃないって・・・?」
「・・・そうですね・・・私達人間とは違うというか・・・そのような元素を感じます・・・」
人間とは違う。それは、魔物などの元素とかそういった類という事だろうか?
「・・・というよりは・・・説明が難しいですが、まるで・・・氷そのものが敵意を持った、というか・・・」
ユーガの心情を察したかのようにルインが言ったが、ルインも断言が難しいのか何事か思案している。
「・・・よくわからないけど、何とかしてこの氷を溶かさないと・・・」
「こういった」と言いながら歩いてきたのは、頭を掻きながら歩くトビだった。「魔法は基本的に術者を潰せばなんとかなるもんだ」
「じゃあ、キアルを何とかすれば・・・」
「氷は溶ける、かもしれませんね」
ユーガの言葉をルインが受け継いだ。ああ、とトビは頷いて腕を組んだ。その日の調査を終え、宿に戻ったユーガ達を出迎えたのはシノとミナの、お帰りなさい、という声だった。ネロは既に夢の中へ行っているようで、ユーガ達は顔を見合わせて苦笑し、それぞれのベッドの上へ座り、キアルを倒さなければこの街の氷は溶けない事を二人に告げた。
「・・・私達・・・多忙ですね」
こともなげにそう呟いたシノにユーガは視線を向けた。それにミナも頷き、
「そうですね・・・。スウォーさんの事、ユーガさんの緋眼の事、どうしてソルディオスが崩壊していたのか・・・という事、四大幻将の事、マキラ教徒信者の事、地震の調査、そしてキアルさんの事・・・本当に多忙だと思います・・・」
そっか、とユーガは改めて理解をする。成すべきことが大量にある彼等は逃げる事は許されないのだ。
「・・・けど、まずは何からやれば良いんだろう・・・多すぎて手が付けられないな・・・」
ユーガの呟きに、トビが小さく息を吐いてそれに応えた。
「なら、まずははっきりしてるものを片付ければいいんじゃねーの?」
「はっきりしているもの・・・?それは、マキラ教徒信者の事・・・でしょうか、トビ」
ルインの言葉にトビは頷いて、それが得策だろう、と言った。確かにそうだ。マキラ教徒信者に関しては、自分達には知らない事が多すぎるのだ。ユーガは明日からそれを調べる事にし、あれ?と首を捻った。
「・・・その、マキラ教徒信者の本拠地って・・・どこにあるんだ?」
「ミヨジネアの首都のメレドルから西の方角にある、ゼロニウス、という街です」
ユーガの疑問にミナが答えた。ゼロニウス。話には聞いた事があるが、細かい事はよく覚えがない。
「ゼロニウス・・・宗教的な思考を持つ者の集う街、ですか・・・」
ルインの呟きに、トビも腕を組んで俯いた。
「ああ。しかも、ミヨジネア王国兵団と手を組んでるんだ・・・。なんとか見つからずに行きたいところだが・・・」
それは難しいだろう、という事は、いくら鈍感なユーガでもわかった。ユーガがそれを考えて腕を組んだ横でルインが口を開いた。
「なら、まずはゼロニウスへ向かうところからですね」
「ええ。ですが、ゼロニウスへ行くためにはメレドルを経由していかなければなりません。そのためにも一度メレドルへ行きましょう」
ミナの提案に、爆睡しているネロ以外の全員が頷いた。
「船は動きそうか?」
ユーガが『フィアクルーズ』の舵をとるルインに尋ねると、ルインは頷いた。
「ええ、大丈夫です」
レイフォルスの近くの浜辺に置いていたフィアクルーズはいつもと変わらずそこに佇んでいた。ユーガ達は即座に乗り込み、メレドルへ向かう為に出港したのだ。
「・・・なぁ、ゼロニウスってミヨジネア王国兵団と手を組んでるんだよな?」
ネロの呟きに、ミナが頷いた。
「ええ・・・どうかしましたか?」
「いや、それならゼロニウスに行くのは危険なんじゃないかって思ってさ・・・。わざわざゼロニウスに行かなくても、信者達の事は調べられるだろ?」
「そうだけど」とトビがため息を吐いた。「信者どもの事も調べられるし、四大幻将の事も何か知れるかもしれねぇだろ?」
納得、とネロは頭を掻いて口を閉じた。それから、二日後。ユーガ達は少しずつ見えてきたメレドルの港を見て、言葉を失った。
「・・・あれ・・・⁉︎火事じゃないか⁉︎」
ユーガの言葉の通り、あちこちから黒煙が上がっている。トビがちらり、とミナを見ると、ミナは言葉こそ発してはいないが明らかに顔色が悪い。それに気付いたユーガは操縦桿を握るルインを振り向いた。
「・・・ルイン、急ごう!」
「・・・わ、わかりました」
答えたルインは汗ー冷や汗だろうかーを浮かべて呆然としていたが、ユーガの言葉に我に返って操縦桿を握り直した。黙って腕を組み、ミナから眼を逸らしたトビは手に力が籠るのを感じた。
(・・・何だ?この・・・嫌な予感は・・・)
ぞわ、と首筋に走った感覚にトビはさらに手に力を込め、ただメレドルの街を見つめていた。メレドルに降り立ったユーガ達は眼の前の光景に絶句した。メレドルは火に包まれ、そこかしこに魔物ー今まで見た事もないーで溢れていた。人々は逃げ惑っているが、死者の姿も見える。
「うわぁぁぁ⁉︎」
声の方向に眼を向けると、男性が今にも鳥のような魔物ーその魔物は血のような色の瞳であるーに襲われそうであった。ユーガは地を蹴り、走りながら剣を抜いて飛び上がり魔物に向けて剣を振り下ろした。
「はぁぁぁぁっ‼︎」
しかし、その剣は鋼鉄を叩いたかのように弾かれ、ユーガは反動で少し下がったところに着地した。
「く・・・っ、大丈夫ですか⁉︎」
ユーガが男性に声をかけると、男性はこくこくと頷いた。しかし腰が抜けているのか立てず、ネロが半ば抱き抱える形で避難をさせた。
(他の皆は・・・?)
ちらっと眼を向けると、仲間達は全員それぞれ救助に当たっているようだ。それを確認して、ユーガは眼を魔物に戻してー。
「ーえ」
ドカッ、という音と激しい痛みと共にユーガは自分が吹き飛ばされるのを感じた。くちばしで思い切り突進されたのだ、とわかる。やばい、と思っても遅く、体を地面に打ちつけてユーガは息が詰まるのを感じた。
「がっ・・・⁉︎」
言葉にならない声が口から出て、ユーガは地面に突っ伏してしまい、剣はユーガから少し離れたところに突き刺さっている。その間にも、魔物はユーガにゆっくりと近付いてー向きを突然変えた。その方向には、魔物と交戦しているトビがいた。まさかー。
(魔物と戦ってるトビを・・・狙うつもりか・・・⁉︎)
ユーガは痛みに耐えながら体を起こし、剣を持たずに素手で殴りかかった。
「やめろ・・・!」
しかし、それで叶うはずもなく再びくちばしで肩を思い切り突かれてユーガは地面に倒れた。空を見上げると、黒い煙に染まった空が見えた。今倒れたら、トビが危ない。仲間を守れないで、死ぬのかー?ユーガは唇を噛み締め、ゆっくりと口を開いてー。
「・・・冗談じゃ、ねぇ・・・!」
ユーガは荒くなった息の中で呟いた。次の瞬間、彼の眼が強く輝いて、周囲を赤い光が包んだ。
「・・・助けるんだ!皆を・・・!仲間を!死んで・・・たまるか!」
眼が輝いたと同時に、ユーガは自身の眼ー緋色の瞳の眼ーから力が流れてくるのを感じた。これは、まさかー。
「『緋眼』が・・・!」
赤い光が彼ートビ達の体を包み、トビはハッとしてユーガの方向を振り返った。
(この、光は・・・!)
トビがユーガを見ると、ユーガの体はぼろぼろであったが、明らかに彼の眼が強く輝いている。
「・・・『緋眼』が・・・目覚めたのか・・・⁉︎」
トビの呟きに、隣にいたルインが頷いた。
「この元素(フィーア)・・・!間違いありません、ユーガの『緋眼』が目覚めたんです・・・‼︎」
ユーガは何が起きたのかわかっていない様子で自身の眼に手を当てていた。
「・・・何だ、これ・・・?すげぇ力がみなぎってきて・・・それでも、太陽みたいに暖かくて・・・」
ユーガの呟きの直後、魔物が起き上がったユーガに襲いかかった。ユーガは横眼でそれを確認すると、一瞬で剣を手に取り魔物に剣を一閃した。その剣は緋色に輝き、焔が燃え上がった。魔物は苦しげな声を上げて少し後退した。ユーガはその力に驚いて、一度自分の手を見た。何も変わったところはない。けれど、感覚が研ぎ澄まされて、体も軽く感じる。
「これが・・・俺の固有能力(スキル)・・・!」
ユーガは手を握り、眼の前の魔物に視線を向けた。魔物は怒っているのか、呻き声を上げながらユーガを睨みつけ、次の瞬間ユーガに突進してきた。しかしー。
(・・・見える!)
ユーガは両脚で思い切り跳躍し、常人では考えられないほど高く飛んだ。トビが驚いて黒煙の上がる空を見上げると、ユーガはくるり、と一回転して剣を落下と同時に兜割りのように振り下ろした。その剣は完全に魔物の頭部を捉えていた。
「はぁぁぁぁぁっ‼︎」
ユーガは叫びと共に魔物を頭部から切り裂き、剣を振り切った姿勢のまま着地した。そして、地に落ちた魔物は断末魔の雄叫びを上げて元素へと消滅した。すると、街に蔓延っていた魔物達も引き上げた。今ユーガが倒した魔物が、リーダーのようなものだったのだろうか?ユーガはそれを確認して剣を鞘に納め、ふぅ、と息を吐いた。ーと、全身から力が抜け、ユーガはがくん、と倒れかけー、その体を、紺色の軍服が受け止めた。
「・・・と、トビ・・・」
「・・・相変わらず、無茶ばっかしやがって」
「はは・・・けど、メレドルの街を助けられたから、良かった・・・」
ユーガがそう呟くと、トビが自分の腕をユーガの背中に回して、背もたれのようにして座らせた。その前に、ルインが座り込んで、ユーガの眼をじっと見つめてきた。
「・・・疲労が濃いですね。今日はゼロニウスに向かわずに、宿で休みましょう」
「え・・・お、俺は大丈夫・・・」
「それで倒れたらどうすんだ、馬鹿。休んどけ」
ユーガの言葉をトビが鋭く制し、自分の肩にユーガの腕を回してユーガを無理やり宿へ連れて行った。トビに連れ去られるユーガの背中を見つめながら、ルインの横にネロ、シノ、ミナが歩いてきた。
「・・・ユーガの奴、あの力を使うとかなりの体力を消耗するんだな・・・」
「ええ」とミナ。「・・・ですが、凄まじい力でした・・・」
と、ミナはユーガの背中をじっと見つめて何かを考え込んでいるように見える。
「・・・ユーガさんの、特殊な瞳は・・・本当だったんですね・・・」
シノの言葉を聞きながら、ルインが腕を組んで少し俯いた。
(『緋眼』・・・ですか・・・あの力、確かに世界を滅ぼすほどの力というのも頷けますね・・・)
少し息を吐いて、ルインは仲間達にメレドルの見回りを提案した。
宿に着いたトビは抱えたユーガをベッドに寝かせ、その隣に椅子を引いて座った。ユーガはどうやら意識はあるようだが、体を動かすことは難しいらしい。
「・・・トビ、ありがとう。助かったよ」
「無茶ばっかしやがって・・・助けるこっちの身にもなってくれ」
「ご、ごめん・・・」
ちっ、とトビは舌を打ってユーガを見た。その眼は既に今まで通りの色に戻っており、特に変化はないように見える。
「・・・お前の条件は・・・」
と、トビが不意に呟いた。
「え?」
「・・・特殊な眼ってのは、何か強いきっかけで目覚めるんだ。お前の場合の条件は・・・何かを守りたい、と願う意思だったのかもな」
「・・・意思・・・もしそうなら、俺が守りたかったのはメレドルの街もそうだけど、トビも守りたかったから・・・」
は?とトビは呆れたような眼でユーガを見た。
「俺を守る?・・・そんな寝言を言うのは千年早えっつーの」
「はは・・・そうだな。俺はまだまだ弱いけど・・・仲間を信じる事はできる。仲間を信じて協力し合えれば、何だってやれる。俺はそう信じてるんだ」
ユーガにまっすぐ見つめられ、トビはため息を吐いて頭を掻いた。
「・・・俺はルイン達と一緒に見回りしてくる。お前はここにいろ」
「ああ、わかった。ありがとう」
「・・・・・・」
ユーガの言葉をトビは無視して、さっさと踵を返して外へ出て行った。ユーガはそれを見送って、ベッドの横にあった鏡で自分の瞳を見た。今はもう見慣れた色に戻っているが、先程まではー。
(世界を滅ぼすほどの力・・・か・・・)
その時、部屋の扉がノックされた。トビが帰ってきたにしては早すぎるな、と思いつつもユーガは、はい、と返事を返した。扉が開き、そこから現れたのはー。
「・・・ミナ・・・?」
であった。彼女はユーガを慈しむように見て、
「ユーガさん・・・お身体は・・・」
と尋ねた。ユーガはベッドの上で足を組んで、ああ、と答えた。
「とりあえずは大丈夫だよ」
はは、と笑みを浮かべて、ユーガは頬を掻いた。ミナが先程までトビが座っていた椅子に座った。
「・・・『緋眼』は・・・」
「ん?」
「・・・凄い力を持っているんですね・・・話には聞いていただけでしたので・・・」
「そうみたいだな・・・」
それが世界を滅ぼしかねない力である、と思うと、ユーガは言いようのない恐怖を覚える。そんなユーガを見越したようにミナは、ふ、と微笑んだ。
「・・・ユーガさんなら大丈夫ですよ。誰よりも仲間を信じているユーガさんは、世界を滅ぼすことなんてする筈がありません」
「・・・ミナ・・・」
「きっと、大丈夫ですよ」
そうだ。ミナが、仲間が信じてくれている。きっと、大丈夫だ、とユーガは微笑を浮かべた。
「・・・ありがとう・・・」
ユーガの呟きに、ミナは笑顔で返した。
翌日の朝、仲間に囲まれてユーガは笑みを浮かべた。
「ユーガ、体の方は大丈夫ですか?」
ルインに尋ねられてユーガは、ああ、と頷いた。
「ゼロニウスに急がないといけないしな。ちょっとは無理してでも動かないと」
「・・・あまり、無理はなさらないでください」
シノの言葉に、わかった、とユーガは応えてゼロニウスへ向かうために歩き始めた。なぁ、とネロが思い返すように尋ねた。
「ゼロニウスって、ここから西の方向だったよな?」
「ええ。ですが、そのためにはメレドル山脈、というところを越えなければいけません」
「山越えか・・・」とユーガ。「けど、それしか道はないからな。行こうぜ」
「・・・ま、めんどくせぇけど・・・仕方ねぇか・・・」
トビは諦めたように腕を組んで溜め息を吐いた。その気持ちは、ルインにとってもよくわかる。メレドル山脈は世界に数ある山の中でもかなりきつい山として認定されているほどだ。そんなところに好き好んで訪れる者は少ないだろうが、今は仕方がない。
「・・・行きましょうか」
ルインの言葉にユーガ達は頷いた。メレドルの街を出て西へと進み、二日。ようやく見えてきた山脈にネロは、げ、と声を上げた。
「・・・今からこの山を登るのかよ・・・きちぃ・・・」
「流石に・・・きついな・・・」
ユーガも肩で息をして、荒くなった息を整えようとしている。トビは呆れながらこめかみを抑え、
「・・・少し休憩だ。倒れられても迷惑だからな」
と言った。
「さんせ~い・・・」
「さんせ~い・・・」
ユーガとネロは同時に答え、日陰に腰を下ろした。見張りにはルインが立つ事になり、一息をついた。
「もしゼロニウスに四大幻将がいたらどうする?」
不意に、ネロがそんな事を言った。は?とトビは腕を組んで言った。
「あいつらがいようといなかろうと、俺達のやる事なんて変わらねえだろ」
「・・・驚いたな」とネロが眼を見張った。「面倒くさがって、行かなくても良いだろ、とか言うと思ったんだけど・・・」
「・・・ここまで来たら調べねぇとだろうが。今のままにしといたら、スウォーの奴とか四大幻将とかが好き勝手やるだろうしな」
それが気に食わないだけだ、とトビは顔を逸らした。照れ隠しですか、とルインが冗談めかして言い、トビが凄まじい形相でルインを睨んだ。ユーガはそれを見て、はは、と笑う事ができた。仲間が、信じてくれている。トビはー、どうかはわからないけど。けれど、その信用に応えられるような行動をしようー。そう決意を決めた、その時。ルインが不意に立ち上がり、空を見上げた。何だ?と思い、ユーガ達も空を見上げるが、特に変化はないように見える。
「・・・ルイン?どうかしたのか?」
ユーガがそう尋ねるとルインは空を見上げたまま、
「・・・い、いえ・・・」
と呟いてゆっくりと視線を下げた。
「何でも・・・何でもありません。・・・さぁ、ゼロニウスに向けて出発しましょう」
ルインは仲間達にそう告げると、どこか引き攣った笑顔を全員に向けた。
「・・・ルイン、大丈夫か?顔色が悪いけど・・・」
「・・・ええ、大丈夫・・・大丈夫です・・・ユーガ、ありがとう」
ルインはどこか自分に言い聞かせるようにそう言った。いいんだけどさ、とユーガは首を傾げて呟いて、既に歩き始めていたトビをルインと共に追いかけた。
「・・・やはり、反応したか」
そう言って、山脈の頂上からユーガ達を黙然と見つめるのはー。
「フルーヴ、どうだ」
「反応したぞ。想定通りだ・・・スウォー」
であった。フルーヴは何か小さな瓶のようなものー栓が開けられているーを握り、緑髪のあほ毛が跳ねる少年ールインを見つめていた。
「・・・しかし、考えたものだな。これがあれば・・・」
「・・・ああ・・・人工的に元素の流れを不安定にし、元素のまとまりすらも不安定にできる」
「・・・あの緑髪の野郎が、勘付かなければ良いんだがな」
スウォーの言葉にフルーヴは少し頷いて、大丈夫だろ、と踵を返した。
「・・・行くぞ」
「・・・へいよ」
フルーヴとスウォーは白銀の龍の背中に乗り、翼が羽ばたく音を耳にしながら段々と上昇した。
「ここが、ゼロニウスか・・・」
ゼロニウスの街へ入り、その光景にユーガは息を呑み込みながら呟いた。ゼロニウスは、何というか・・・。
「・・・この街・・・生気がありません・・・」
シノの言う通り、この街に生きる人々はどこか虚ろで、その目は何も写していないかのように思えた。
「・・・この街の方々は、マキラ様に信仰する事だけを考えているんです。他の事は見向きもせず、ただ死ぬまで・・・祈りを捧げ続ける」
どこか遠い眼で、ミナはそう言った。ユーガは腕を組んで、それって、と呟いた。
「・・・この街の人達は、本当の仲間を作れないんだな・・・」
「・・・は?何言ってんだ、お前」
「だって、そうだろ?確かに共通で信じる物があるかもしれないけど、他の物には興味を持たないなら互いに信じ合うこともできない・・・って事だろ?」
トビの言葉にユーガは組んでいた腕を解いて言った。共通の趣味を持っているだけで、何も話さないのに仲間と、言えるのか?
「・・・そうだな」と、ネロが頷く。「・・・ある意味、物悲しい街・・・なのかもしれないな、このゼロニウスという街は・・・」
「・・・くだらねぇ。そんな事言ってる暇があるなら、さっさとマキラ教徒信者の事を調べるぞ。ヤハルォーツって野郎もここにいるだろうし」
トビはそう言ってさっさと奥に大きくー、本当に大きくそびえ立つ教会のような建物に向かって脚を向けた。それにしてもー。
「・・・なんだか薄気味悪いな・・・」
虚ろに街中を歩く人々を見ながら、ユーガは呟いた。今まで見た事のない街並みに、虚空を歩くかのような人々。故郷のガイアが少し恋しくもなるが、今はそのような贅沢は言えないな、と頭を掻いて街行く人々をかき分けて進むトビを追いかけて、ようやくユーガ達がトビに追いついた時にはもう教会の眼の前であった。教会の扉は全開放されていて、中にはたくさんの人が押し寄せている。
「・・・ここまでの信者がいるとは、な・・・」
トビは腕を組んで呟いた。本当に、凄い数の人だ、とユーガとルインは顔を見合わせた。
「・・・どうにかしてヤハルォーツ達の事を調べたいけど・・・この人だかりじゃな・・・」
ネロが人々に押されながら言い、シノも同意したように頷いた。でしたら、とミナが何かを思いついたように手を叩いた。
「夜にこっそり忍び込みましょう♪」
「・・・夜に?」
「・・・夜だと?」
ユーガとトビは同時に呟いて顔を見合わせた。
上から降ってきたトビの言葉に、ユーガはハッとしてトビを見た。トビはユーガをじっと見下ろして呆れたような視線をユーガに向けていた。
「あ、うん・・・ごめん・・・」
ユーガは眼元に溜まった涙を右手で拭い、鼻を啜った。ぐっ、と足に力を入れて立ち上がり、剣を握り直した。ーが、腕にぶつかった氷によってできた傷がその力を弱め、ユーガは剣を落とす。カラン、と乾いた音が響き渡り、それはユーガの耳に甲高く届いた。トビが舌打ちをして頭を掻き、ユーガに向かって腕を突き出した。
「・・・おらよ」
トビがそう呟くと同時に、ユーガの腕が光に包まれた。ふわ、と温かい元素(フィーア)がユーガの腕に絡み付き、光が収まると彼の腕の傷は塞がっていた。
「・・・あ、ありがとう・・・」
ユーガは治った腕で剣を拾い上げ、それを固く握りしめた。隣に立つネロとルインもそれぞれ戦闘の構えを取り、腕を組んで何かを思案しているキアルに武器を向けた。シノはぐったりしているミナに回復魔法をかけている。さてと、とトビは少し伸びをして、銃をキアルに向けた。
「・・・おい、覚悟はできたか?」
「・・・クク」
トビの言葉に、キアルは小さく笑った。
「・・・何が・・・おかしいんだ?」
それに不信感を覚えたユーガはキアルに向けて歩き、握った剣を構えた、ー次の瞬間。
「・・・ユーガ!避けて!」
「え?」
叫びと共にルインがユーガに体当たりをして、ユーガとマハは、どさ、と地面に倒れ込んだ。その直後、一瞬前までユーガが立っていた地面が音もなく凍り付いた。
「な・・・⁉︎」
それは、見るとキアルを中心にどんどん拡大しているようだった。レードニアの街の門を、家の外壁を、家の内部までもを凍らせていき、ユーガ達は眼を見張った。
「・・・まずい、逃げろ!」
ネロが叫ぶと同時にユーガ達は走り出した。先程まで氷で拘束されていたミナをユーガが背負い、氷から逃れる。ーがすぐに、しまった、とユーガは後悔した。ユーガ達が逃げた事で、レードニアの人々は氷漬けになっていく。今ここでキアルを倒しておくべきだった、とユーガは歯噛みした。しかし、もう遅い。氷は既にレードニア全域を襲っていた。それが止まった時には、レードニアは氷の街と化し、キアルも既にそこにはいなかった。
「これは・・・」
氷に覆われたレードニアの街の、氷が届く寸前で止まった宿屋を見つけたユーガ達はそこで休憩をとる事にした。レードニアの氷を調べていたルインがそう呟きユーガは、どうした、と声をかける。
「・・・この氷は・・・ただの元素ではありませんね・・・」
「ただの氷じゃないって・・・?」
「・・・そうですね・・・私達人間とは違うというか・・・そのような元素を感じます・・・」
人間とは違う。それは、魔物などの元素とかそういった類という事だろうか?
「・・・というよりは・・・説明が難しいですが、まるで・・・氷そのものが敵意を持った、というか・・・」
ユーガの心情を察したかのようにルインが言ったが、ルインも断言が難しいのか何事か思案している。
「・・・よくわからないけど、何とかしてこの氷を溶かさないと・・・」
「こういった」と言いながら歩いてきたのは、頭を掻きながら歩くトビだった。「魔法は基本的に術者を潰せばなんとかなるもんだ」
「じゃあ、キアルを何とかすれば・・・」
「氷は溶ける、かもしれませんね」
ユーガの言葉をルインが受け継いだ。ああ、とトビは頷いて腕を組んだ。その日の調査を終え、宿に戻ったユーガ達を出迎えたのはシノとミナの、お帰りなさい、という声だった。ネロは既に夢の中へ行っているようで、ユーガ達は顔を見合わせて苦笑し、それぞれのベッドの上へ座り、キアルを倒さなければこの街の氷は溶けない事を二人に告げた。
「・・・私達・・・多忙ですね」
こともなげにそう呟いたシノにユーガは視線を向けた。それにミナも頷き、
「そうですね・・・。スウォーさんの事、ユーガさんの緋眼の事、どうしてソルディオスが崩壊していたのか・・・という事、四大幻将の事、マキラ教徒信者の事、地震の調査、そしてキアルさんの事・・・本当に多忙だと思います・・・」
そっか、とユーガは改めて理解をする。成すべきことが大量にある彼等は逃げる事は許されないのだ。
「・・・けど、まずは何からやれば良いんだろう・・・多すぎて手が付けられないな・・・」
ユーガの呟きに、トビが小さく息を吐いてそれに応えた。
「なら、まずははっきりしてるものを片付ければいいんじゃねーの?」
「はっきりしているもの・・・?それは、マキラ教徒信者の事・・・でしょうか、トビ」
ルインの言葉にトビは頷いて、それが得策だろう、と言った。確かにそうだ。マキラ教徒信者に関しては、自分達には知らない事が多すぎるのだ。ユーガは明日からそれを調べる事にし、あれ?と首を捻った。
「・・・その、マキラ教徒信者の本拠地って・・・どこにあるんだ?」
「ミヨジネアの首都のメレドルから西の方角にある、ゼロニウス、という街です」
ユーガの疑問にミナが答えた。ゼロニウス。話には聞いた事があるが、細かい事はよく覚えがない。
「ゼロニウス・・・宗教的な思考を持つ者の集う街、ですか・・・」
ルインの呟きに、トビも腕を組んで俯いた。
「ああ。しかも、ミヨジネア王国兵団と手を組んでるんだ・・・。なんとか見つからずに行きたいところだが・・・」
それは難しいだろう、という事は、いくら鈍感なユーガでもわかった。ユーガがそれを考えて腕を組んだ横でルインが口を開いた。
「なら、まずはゼロニウスへ向かうところからですね」
「ええ。ですが、ゼロニウスへ行くためにはメレドルを経由していかなければなりません。そのためにも一度メレドルへ行きましょう」
ミナの提案に、爆睡しているネロ以外の全員が頷いた。
「船は動きそうか?」
ユーガが『フィアクルーズ』の舵をとるルインに尋ねると、ルインは頷いた。
「ええ、大丈夫です」
レイフォルスの近くの浜辺に置いていたフィアクルーズはいつもと変わらずそこに佇んでいた。ユーガ達は即座に乗り込み、メレドルへ向かう為に出港したのだ。
「・・・なぁ、ゼロニウスってミヨジネア王国兵団と手を組んでるんだよな?」
ネロの呟きに、ミナが頷いた。
「ええ・・・どうかしましたか?」
「いや、それならゼロニウスに行くのは危険なんじゃないかって思ってさ・・・。わざわざゼロニウスに行かなくても、信者達の事は調べられるだろ?」
「そうだけど」とトビがため息を吐いた。「信者どもの事も調べられるし、四大幻将の事も何か知れるかもしれねぇだろ?」
納得、とネロは頭を掻いて口を閉じた。それから、二日後。ユーガ達は少しずつ見えてきたメレドルの港を見て、言葉を失った。
「・・・あれ・・・⁉︎火事じゃないか⁉︎」
ユーガの言葉の通り、あちこちから黒煙が上がっている。トビがちらり、とミナを見ると、ミナは言葉こそ発してはいないが明らかに顔色が悪い。それに気付いたユーガは操縦桿を握るルインを振り向いた。
「・・・ルイン、急ごう!」
「・・・わ、わかりました」
答えたルインは汗ー冷や汗だろうかーを浮かべて呆然としていたが、ユーガの言葉に我に返って操縦桿を握り直した。黙って腕を組み、ミナから眼を逸らしたトビは手に力が籠るのを感じた。
(・・・何だ?この・・・嫌な予感は・・・)
ぞわ、と首筋に走った感覚にトビはさらに手に力を込め、ただメレドルの街を見つめていた。メレドルに降り立ったユーガ達は眼の前の光景に絶句した。メレドルは火に包まれ、そこかしこに魔物ー今まで見た事もないーで溢れていた。人々は逃げ惑っているが、死者の姿も見える。
「うわぁぁぁ⁉︎」
声の方向に眼を向けると、男性が今にも鳥のような魔物ーその魔物は血のような色の瞳であるーに襲われそうであった。ユーガは地を蹴り、走りながら剣を抜いて飛び上がり魔物に向けて剣を振り下ろした。
「はぁぁぁぁっ‼︎」
しかし、その剣は鋼鉄を叩いたかのように弾かれ、ユーガは反動で少し下がったところに着地した。
「く・・・っ、大丈夫ですか⁉︎」
ユーガが男性に声をかけると、男性はこくこくと頷いた。しかし腰が抜けているのか立てず、ネロが半ば抱き抱える形で避難をさせた。
(他の皆は・・・?)
ちらっと眼を向けると、仲間達は全員それぞれ救助に当たっているようだ。それを確認して、ユーガは眼を魔物に戻してー。
「ーえ」
ドカッ、という音と激しい痛みと共にユーガは自分が吹き飛ばされるのを感じた。くちばしで思い切り突進されたのだ、とわかる。やばい、と思っても遅く、体を地面に打ちつけてユーガは息が詰まるのを感じた。
「がっ・・・⁉︎」
言葉にならない声が口から出て、ユーガは地面に突っ伏してしまい、剣はユーガから少し離れたところに突き刺さっている。その間にも、魔物はユーガにゆっくりと近付いてー向きを突然変えた。その方向には、魔物と交戦しているトビがいた。まさかー。
(魔物と戦ってるトビを・・・狙うつもりか・・・⁉︎)
ユーガは痛みに耐えながら体を起こし、剣を持たずに素手で殴りかかった。
「やめろ・・・!」
しかし、それで叶うはずもなく再びくちばしで肩を思い切り突かれてユーガは地面に倒れた。空を見上げると、黒い煙に染まった空が見えた。今倒れたら、トビが危ない。仲間を守れないで、死ぬのかー?ユーガは唇を噛み締め、ゆっくりと口を開いてー。
「・・・冗談じゃ、ねぇ・・・!」
ユーガは荒くなった息の中で呟いた。次の瞬間、彼の眼が強く輝いて、周囲を赤い光が包んだ。
「・・・助けるんだ!皆を・・・!仲間を!死んで・・・たまるか!」
眼が輝いたと同時に、ユーガは自身の眼ー緋色の瞳の眼ーから力が流れてくるのを感じた。これは、まさかー。
「『緋眼』が・・・!」
赤い光が彼ートビ達の体を包み、トビはハッとしてユーガの方向を振り返った。
(この、光は・・・!)
トビがユーガを見ると、ユーガの体はぼろぼろであったが、明らかに彼の眼が強く輝いている。
「・・・『緋眼』が・・・目覚めたのか・・・⁉︎」
トビの呟きに、隣にいたルインが頷いた。
「この元素(フィーア)・・・!間違いありません、ユーガの『緋眼』が目覚めたんです・・・‼︎」
ユーガは何が起きたのかわかっていない様子で自身の眼に手を当てていた。
「・・・何だ、これ・・・?すげぇ力がみなぎってきて・・・それでも、太陽みたいに暖かくて・・・」
ユーガの呟きの直後、魔物が起き上がったユーガに襲いかかった。ユーガは横眼でそれを確認すると、一瞬で剣を手に取り魔物に剣を一閃した。その剣は緋色に輝き、焔が燃え上がった。魔物は苦しげな声を上げて少し後退した。ユーガはその力に驚いて、一度自分の手を見た。何も変わったところはない。けれど、感覚が研ぎ澄まされて、体も軽く感じる。
「これが・・・俺の固有能力(スキル)・・・!」
ユーガは手を握り、眼の前の魔物に視線を向けた。魔物は怒っているのか、呻き声を上げながらユーガを睨みつけ、次の瞬間ユーガに突進してきた。しかしー。
(・・・見える!)
ユーガは両脚で思い切り跳躍し、常人では考えられないほど高く飛んだ。トビが驚いて黒煙の上がる空を見上げると、ユーガはくるり、と一回転して剣を落下と同時に兜割りのように振り下ろした。その剣は完全に魔物の頭部を捉えていた。
「はぁぁぁぁぁっ‼︎」
ユーガは叫びと共に魔物を頭部から切り裂き、剣を振り切った姿勢のまま着地した。そして、地に落ちた魔物は断末魔の雄叫びを上げて元素へと消滅した。すると、街に蔓延っていた魔物達も引き上げた。今ユーガが倒した魔物が、リーダーのようなものだったのだろうか?ユーガはそれを確認して剣を鞘に納め、ふぅ、と息を吐いた。ーと、全身から力が抜け、ユーガはがくん、と倒れかけー、その体を、紺色の軍服が受け止めた。
「・・・と、トビ・・・」
「・・・相変わらず、無茶ばっかしやがって」
「はは・・・けど、メレドルの街を助けられたから、良かった・・・」
ユーガがそう呟くと、トビが自分の腕をユーガの背中に回して、背もたれのようにして座らせた。その前に、ルインが座り込んで、ユーガの眼をじっと見つめてきた。
「・・・疲労が濃いですね。今日はゼロニウスに向かわずに、宿で休みましょう」
「え・・・お、俺は大丈夫・・・」
「それで倒れたらどうすんだ、馬鹿。休んどけ」
ユーガの言葉をトビが鋭く制し、自分の肩にユーガの腕を回してユーガを無理やり宿へ連れて行った。トビに連れ去られるユーガの背中を見つめながら、ルインの横にネロ、シノ、ミナが歩いてきた。
「・・・ユーガの奴、あの力を使うとかなりの体力を消耗するんだな・・・」
「ええ」とミナ。「・・・ですが、凄まじい力でした・・・」
と、ミナはユーガの背中をじっと見つめて何かを考え込んでいるように見える。
「・・・ユーガさんの、特殊な瞳は・・・本当だったんですね・・・」
シノの言葉を聞きながら、ルインが腕を組んで少し俯いた。
(『緋眼』・・・ですか・・・あの力、確かに世界を滅ぼすほどの力というのも頷けますね・・・)
少し息を吐いて、ルインは仲間達にメレドルの見回りを提案した。
宿に着いたトビは抱えたユーガをベッドに寝かせ、その隣に椅子を引いて座った。ユーガはどうやら意識はあるようだが、体を動かすことは難しいらしい。
「・・・トビ、ありがとう。助かったよ」
「無茶ばっかしやがって・・・助けるこっちの身にもなってくれ」
「ご、ごめん・・・」
ちっ、とトビは舌を打ってユーガを見た。その眼は既に今まで通りの色に戻っており、特に変化はないように見える。
「・・・お前の条件は・・・」
と、トビが不意に呟いた。
「え?」
「・・・特殊な眼ってのは、何か強いきっかけで目覚めるんだ。お前の場合の条件は・・・何かを守りたい、と願う意思だったのかもな」
「・・・意思・・・もしそうなら、俺が守りたかったのはメレドルの街もそうだけど、トビも守りたかったから・・・」
は?とトビは呆れたような眼でユーガを見た。
「俺を守る?・・・そんな寝言を言うのは千年早えっつーの」
「はは・・・そうだな。俺はまだまだ弱いけど・・・仲間を信じる事はできる。仲間を信じて協力し合えれば、何だってやれる。俺はそう信じてるんだ」
ユーガにまっすぐ見つめられ、トビはため息を吐いて頭を掻いた。
「・・・俺はルイン達と一緒に見回りしてくる。お前はここにいろ」
「ああ、わかった。ありがとう」
「・・・・・・」
ユーガの言葉をトビは無視して、さっさと踵を返して外へ出て行った。ユーガはそれを見送って、ベッドの横にあった鏡で自分の瞳を見た。今はもう見慣れた色に戻っているが、先程まではー。
(世界を滅ぼすほどの力・・・か・・・)
その時、部屋の扉がノックされた。トビが帰ってきたにしては早すぎるな、と思いつつもユーガは、はい、と返事を返した。扉が開き、そこから現れたのはー。
「・・・ミナ・・・?」
であった。彼女はユーガを慈しむように見て、
「ユーガさん・・・お身体は・・・」
と尋ねた。ユーガはベッドの上で足を組んで、ああ、と答えた。
「とりあえずは大丈夫だよ」
はは、と笑みを浮かべて、ユーガは頬を掻いた。ミナが先程までトビが座っていた椅子に座った。
「・・・『緋眼』は・・・」
「ん?」
「・・・凄い力を持っているんですね・・・話には聞いていただけでしたので・・・」
「そうみたいだな・・・」
それが世界を滅ぼしかねない力である、と思うと、ユーガは言いようのない恐怖を覚える。そんなユーガを見越したようにミナは、ふ、と微笑んだ。
「・・・ユーガさんなら大丈夫ですよ。誰よりも仲間を信じているユーガさんは、世界を滅ぼすことなんてする筈がありません」
「・・・ミナ・・・」
「きっと、大丈夫ですよ」
そうだ。ミナが、仲間が信じてくれている。きっと、大丈夫だ、とユーガは微笑を浮かべた。
「・・・ありがとう・・・」
ユーガの呟きに、ミナは笑顔で返した。
翌日の朝、仲間に囲まれてユーガは笑みを浮かべた。
「ユーガ、体の方は大丈夫ですか?」
ルインに尋ねられてユーガは、ああ、と頷いた。
「ゼロニウスに急がないといけないしな。ちょっとは無理してでも動かないと」
「・・・あまり、無理はなさらないでください」
シノの言葉に、わかった、とユーガは応えてゼロニウスへ向かうために歩き始めた。なぁ、とネロが思い返すように尋ねた。
「ゼロニウスって、ここから西の方向だったよな?」
「ええ。ですが、そのためにはメレドル山脈、というところを越えなければいけません」
「山越えか・・・」とユーガ。「けど、それしか道はないからな。行こうぜ」
「・・・ま、めんどくせぇけど・・・仕方ねぇか・・・」
トビは諦めたように腕を組んで溜め息を吐いた。その気持ちは、ルインにとってもよくわかる。メレドル山脈は世界に数ある山の中でもかなりきつい山として認定されているほどだ。そんなところに好き好んで訪れる者は少ないだろうが、今は仕方がない。
「・・・行きましょうか」
ルインの言葉にユーガ達は頷いた。メレドルの街を出て西へと進み、二日。ようやく見えてきた山脈にネロは、げ、と声を上げた。
「・・・今からこの山を登るのかよ・・・きちぃ・・・」
「流石に・・・きついな・・・」
ユーガも肩で息をして、荒くなった息を整えようとしている。トビは呆れながらこめかみを抑え、
「・・・少し休憩だ。倒れられても迷惑だからな」
と言った。
「さんせ~い・・・」
「さんせ~い・・・」
ユーガとネロは同時に答え、日陰に腰を下ろした。見張りにはルインが立つ事になり、一息をついた。
「もしゼロニウスに四大幻将がいたらどうする?」
不意に、ネロがそんな事を言った。は?とトビは腕を組んで言った。
「あいつらがいようといなかろうと、俺達のやる事なんて変わらねえだろ」
「・・・驚いたな」とネロが眼を見張った。「面倒くさがって、行かなくても良いだろ、とか言うと思ったんだけど・・・」
「・・・ここまで来たら調べねぇとだろうが。今のままにしといたら、スウォーの奴とか四大幻将とかが好き勝手やるだろうしな」
それが気に食わないだけだ、とトビは顔を逸らした。照れ隠しですか、とルインが冗談めかして言い、トビが凄まじい形相でルインを睨んだ。ユーガはそれを見て、はは、と笑う事ができた。仲間が、信じてくれている。トビはー、どうかはわからないけど。けれど、その信用に応えられるような行動をしようー。そう決意を決めた、その時。ルインが不意に立ち上がり、空を見上げた。何だ?と思い、ユーガ達も空を見上げるが、特に変化はないように見える。
「・・・ルイン?どうかしたのか?」
ユーガがそう尋ねるとルインは空を見上げたまま、
「・・・い、いえ・・・」
と呟いてゆっくりと視線を下げた。
「何でも・・・何でもありません。・・・さぁ、ゼロニウスに向けて出発しましょう」
ルインは仲間達にそう告げると、どこか引き攣った笑顔を全員に向けた。
「・・・ルイン、大丈夫か?顔色が悪いけど・・・」
「・・・ええ、大丈夫・・・大丈夫です・・・ユーガ、ありがとう」
ルインはどこか自分に言い聞かせるようにそう言った。いいんだけどさ、とユーガは首を傾げて呟いて、既に歩き始めていたトビをルインと共に追いかけた。
「・・・やはり、反応したか」
そう言って、山脈の頂上からユーガ達を黙然と見つめるのはー。
「フルーヴ、どうだ」
「反応したぞ。想定通りだ・・・スウォー」
であった。フルーヴは何か小さな瓶のようなものー栓が開けられているーを握り、緑髪のあほ毛が跳ねる少年ールインを見つめていた。
「・・・しかし、考えたものだな。これがあれば・・・」
「・・・ああ・・・人工的に元素の流れを不安定にし、元素のまとまりすらも不安定にできる」
「・・・あの緑髪の野郎が、勘付かなければ良いんだがな」
スウォーの言葉にフルーヴは少し頷いて、大丈夫だろ、と踵を返した。
「・・・行くぞ」
「・・・へいよ」
フルーヴとスウォーは白銀の龍の背中に乗り、翼が羽ばたく音を耳にしながら段々と上昇した。
「ここが、ゼロニウスか・・・」
ゼロニウスの街へ入り、その光景にユーガは息を呑み込みながら呟いた。ゼロニウスは、何というか・・・。
「・・・この街・・・生気がありません・・・」
シノの言う通り、この街に生きる人々はどこか虚ろで、その目は何も写していないかのように思えた。
「・・・この街の方々は、マキラ様に信仰する事だけを考えているんです。他の事は見向きもせず、ただ死ぬまで・・・祈りを捧げ続ける」
どこか遠い眼で、ミナはそう言った。ユーガは腕を組んで、それって、と呟いた。
「・・・この街の人達は、本当の仲間を作れないんだな・・・」
「・・・は?何言ってんだ、お前」
「だって、そうだろ?確かに共通で信じる物があるかもしれないけど、他の物には興味を持たないなら互いに信じ合うこともできない・・・って事だろ?」
トビの言葉にユーガは組んでいた腕を解いて言った。共通の趣味を持っているだけで、何も話さないのに仲間と、言えるのか?
「・・・そうだな」と、ネロが頷く。「・・・ある意味、物悲しい街・・・なのかもしれないな、このゼロニウスという街は・・・」
「・・・くだらねぇ。そんな事言ってる暇があるなら、さっさとマキラ教徒信者の事を調べるぞ。ヤハルォーツって野郎もここにいるだろうし」
トビはそう言ってさっさと奥に大きくー、本当に大きくそびえ立つ教会のような建物に向かって脚を向けた。それにしてもー。
「・・・なんだか薄気味悪いな・・・」
虚ろに街中を歩く人々を見ながら、ユーガは呟いた。今まで見た事のない街並みに、虚空を歩くかのような人々。故郷のガイアが少し恋しくもなるが、今はそのような贅沢は言えないな、と頭を掻いて街行く人々をかき分けて進むトビを追いかけて、ようやくユーガ達がトビに追いついた時にはもう教会の眼の前であった。教会の扉は全開放されていて、中にはたくさんの人が押し寄せている。
「・・・ここまでの信者がいるとは、な・・・」
トビは腕を組んで呟いた。本当に、凄い数の人だ、とユーガとルインは顔を見合わせた。
「・・・どうにかしてヤハルォーツ達の事を調べたいけど・・・この人だかりじゃな・・・」
ネロが人々に押されながら言い、シノも同意したように頷いた。でしたら、とミナが何かを思いついたように手を叩いた。
「夜にこっそり忍び込みましょう♪」
「・・・夜に?」
「・・・夜だと?」
ユーガとトビは同時に呟いて顔を見合わせた。
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