16 / 45
絆の邂逅編
第十五話 目的
しおりを挟む
「ここから南って何があるんですか?」
シノが魔物を蹴散らして息を吐きながら尋ねた。それに、ユーガが剣を鞘に収めながら答える。
「ここから南は、屈指の観光地、レイフォルスだよ。ルインの故郷なんだ」
「だが、ルインはレイフォルスから追放されてたろ?帰れんのかよ、お前」
トビの問いかけに、ルインは寂しそうな顔で笑う。
「・・・いえ、恐らく無理でしょう・・・ですが、ここでじっとしていても何も始まりませんから。行きましょう」
「・・・ああ、わかった」
「じゃあ、船だな。行こうぜ」
ネロの言葉にユーガは頷いて、遠くに見え始めた『フィアクルーズ』に向かって走り始めた。
「・・・ルイン⁉︎」
レイフォルスの街の門をくぐると、レイフォルスの街長がユーガ達を認め、その後ろを歩くルインを見て驚きの声を上げた。
「・・・なぜ貴様がここに・・・?」
「・・・街長・・・お久しぶりです。お伺いしたい事が・・・」
「・・・帰れ」
ルインが街長に声をかけると、街長は辛辣にも顔を背けた。
「・・・え」
「・・・貴様の顔など見たくもない。早々に立ち去れ!」
「街長⁉︎あなたは・・・!」
ユーガが拳を握り締め、街長に歩き出したのをネロが、待て、と服を掴んで止めた。
「・・・街長・・・」
ルインは驚きを隠せない顔で立ち尽くしていた。ユーガはそれを見てやりきれない思いを胸に抱いた。街長はもはや何も言わず、ユーガ達の前から立ち去った。すると、門番であろう兵士ーそれはケインシルヴァの兵ではなく、恐らく自衛団のようなものだろうーがユーガ達の前に二人、槍を交差させた。
「・・・っ、だったら、街に入れなくてもいい‼︎仲間を助けるためにー!」
ユーガは兵士の隙間から街長に向かって叫んだが、兵士によってユーガは弾き飛ばされ、尻もちをついた。
「うわっ⁉︎」
「ユーガ!」
ネロがユーガの隣に座り込んで、大丈夫か、と声をかける。
「街長のご命令です。あなた方はこの街にいかなる場合でも干渉しないでくれ、と」
兵士の声は驚くほど冷たく、冷酷だった。
「なら、教えてほしい事があるんです!お願いします、教えてください!」
ユーガがネロの手を借りて立ち上がって一歩前に踏み出すが、兵はそのまま首を振ってそれ以上の言及を避けた。
「・・・ふざけんな!ルインを追放するだけじゃなくて、ミナも・・・俺の仲間までも見捨てるのか‼︎俺の仲間を・・・二回も見捨てろって言うのか‼︎」
ユーガは激しい怒りに買われ、剣に手をかけた。肩に手が置かれる感触を感じ、ユーガはその方を見るとルインがユーガの肩を掴んでいた。
「・・・ユーガ。もうこの街で聞くのは諦めましょう・・・手がかりは何もここだけで手に入るわけではありませんよ」
「目先の怒りに囚われんな。だせぇ」
トビが呆れながら腕を組み、ユーガの服を掴んで引きずってレイフォルスから離れた。
「・・・くそっ‼︎」
ユーガ達は一度レイフォルスから少し離れた平原で野宿を起こしていた。その際に、ユーガが木を強く殴りつけて叫んでいた。
「・・・なんなんだ・・・!」
「ユーガさん、トビさんの言葉を忘れないでください。目先の怒りに囚われてはいけません」
シノがカレーを煮込みながら、ユーガを見る。トビもユーガに視線を向けると、ユーガは怒りに少し震えていた。
「・・・だが、どうすんだよ。ミナ・・・いや、スウォーがどこに行ったのかわかんねぇと探しようがねぇぞ」
ユーガはそのトビの言葉に、わかってる、とぶっきらぼうに答えた。
「・・・レイフォルスから離れましょう」
ルインの言葉に、全員の視線がルインに向いた。
「・・・ルイン・・・?」
「・・・これ以上、レイフォルスにいても意味がありませんから・・・」
俯いたルインに、ユーガが叫んだ。
「だけど、このままだったらルインは・・・故郷には帰れないんだぞ⁉︎そんなの・・・」
「ま」とトビがユーガの言葉を遮って呟いた。「レイフォルスを出る時に言ったと思うが、レイフォルスにいる価値はねぇと思うぜ。他者と違うからって差別すんだろ?」
「・・・けど、レイフォルスに行かないと今のところ手がかりがねぇのも事実だ」
ネロが腰に手を当てて頭を掻いて呟いた。
「・・・他の街に行って手がかりを探しましょう」
「・・・嫌だ」
ルインの言葉に、ユーガは俯いて拳を握り締めた。
「・・・ここで逃げたら・・・ルインは差別されたままだ!ルインが・・・仲間が差別され続けるのを指を咥えて見てるだけだなんて、俺は嫌だ!」
「・・・ユーガ。人は他者全員から好かれる事はできねぇんだぞ」
トビの指摘にユーガは頷いて、
「・・・ああ、わかってる!けど・・・一歩ずつでも進んでいかないと、変われないだろ⁉︎」
と胸の前で拳を握った。
「・・・進む、と言っても・・・どうやって進むんですか?」
シノがユーガに首を傾げて尋ねると、ユーガはまっすぐ前に拳を突き出した。
「・・・俺の思いをぶつける。それだけだ」
「・・・、お前なぁ・・・」
流石のネロも、やれやれ、と首を振る。トビも同様に首を振って、
「馬鹿が・・・わかってもらえるかわかんねぇんだぞ?」
と言った。しかし、ユーガは、けど、ともう一度拳を胸の前で握った。
「わかってもらえるかも、しれないだろ?可能性がゼロじゃない限り、俺は諦めない」
「ユーガ・・・あなたは・・・」
ルインがユーガに驚きを隠せない表情を向けた。ユーガはルインに手を差し出す。
「一緒に前に進もう、ルイン。俺達は、進まなきゃいけない。地震の調査も・・・スウォー達の事も歩み続けるために、ミナを助けよう。今、手がかりがあるのは、レイフォルスしかないんだ」
「・・・・・・わかりました」
「ルイン・・・本気かよ」
トビが腰に手を当てて尋ねる。ルインは、ええ、と頷いてユーガの手を取った。
「・・・逃げ続けていてはいけませんから、ね」
ユーガはルインの顔をまっすぐと見て、
「・・・一緒に行こう、ルイン」
と言った。
「ま、そうと決まれば・・・、明日はちっと俺に任せてくれないか?」
ネロがそう言ったので、ユーガ達は戸惑いながらも頷いた。
「・・・また貴様らか」
次の日、再びレイフォルスの門近くに街長はいた。ちょうどいい、とネロは剣を引き抜いてそれを天に向けて掲げた。
「・・・この剣が目に入らないか」
「・・・あ、あなた様はまさか・・・⁉︎」
街長が昨日とは打って変わりあたふたと慌て始める。ユーガ達は顔を見合わせると、ネロの方へ視線を向ける。街長が先程同様、焦った口調でネロの名を呼ぶ。
「ね、ネロ・ルーオス様・・・⁉︎」
「ああ、そうだ。ここにいる奴らは俺の旅の仲間。無礼な振る舞いをすれば、貴様らに我が祖父、カヴィスより鉄槌が振るわれるだろう」
ネロはいつもの口調とは変わり、まさしく貴族の振る舞いを街長に見せつけた。
「し、しかし」と街長が答える。「そこにいるルインという者以外でしたら街に入れる事はできますが、やはりルインは街に入れる事はできません!」
なんだと、とユーガが昨日同様に街長に掴みかかろうとしたのをネロが腕で制した。
「・・・そうか。わかった。俺達だけで街に入らせてもらう。・・・ルイン、ちょっとここで待っててもらうぞ」
「ネロ⁉︎」
ユーガがネロに向かって叫ぶが、ネロは動じずに門番の隙間を通ってレイフォルスに入って行った。
「・・・ちっ、しゃーねぇな・・・行くぞ」
「・・・わかりました」
トビとシノもネロに続き、ユーガとルインが残された。ユーガはルインに、ごめん、と俯く。
「・・・いえ、構いませんよ。それより、早くミナの情報を集めてきてください。ここで、待っていますから」
「・・・ああ、ありがとう。行ってくるよ」
ユーガはネロを追いかけながら、結局自分の力では一歩も進めていない事に苛立ちを覚えながら走った。ネロに追い付くと、全員がユーガを振り向いた。
「・・・ユーガ、ルインは?」
「街の外で待ってもらってるよ。早いとこ情報を集めよう」
「へいへい」
トビが頭を掻きながら呟いて息を吐いた。
「・・・お帰りなさい」
レイフォルスから出たユーガ達をルインが出迎えた。
「ああ、悪いな。待たせちまって」
ネロが謝りながら頭を掻く。いえ、とルインは首を振って、
「ところで、何かわかりましたか?」
と尋ねた。
「ああ、うん。白い龍はここよりももう少し南に行ったところに降りたって言ってたよ」
「ここよりさらに南、ですか・・・レイフォルス渓谷があるところですね・・・」
レイフォルス渓谷?とシノが首を傾げる。
「レイフォルス渓谷ってのは、その名の通りでっけぇ渓谷で・・・」
「・・・千年前の元素(フィーア)戦争にできた戦争の傷跡、と言われてる」
ネロの言葉をトビが引き継いだ。
「トビって詳しいんだな・・・」
ユーガがトビを見ると、トビがじろりとユーガを見た。
「・・・一般教養だぞ」
そうだっけ、と頭を掻くユーガにトビは溜め息を吐いた。
「・・・それで、行くんですか?そのレイフォルス渓谷というところに」
シノがユーガとトビを見ながら呟いた。
「ああ。今のところそれしか情報も無いし・・・レイフォルス渓谷に行こう」
ユーガの言葉に仲間達は頷き、歩き出したユーガの隣にネロが並んで歩いた。
「・・・レイフォルス渓谷、か・・・」
「・・・うん・・・そうだな。ネロ、大丈夫か?」
ユーガが尋ねると、ネロは、ああ、と頷いた。
「・・・ミナがそこにいるかもしれないんだからな、行くしかないだろ」
「・・・そう・・・だな」
ユーガは俯きながら頷いて、それきり口を閉ざした。
(・・・一番辛いのは、ネロだもんな・・・)
ユーガはそう腹を括り、重い足を前に踏み出した。しばらく歩き、ユーガ達は地面に空いた爪痕のような穴を見つけた。
「・・・あった、レイフォルス渓谷・・・」
ネロの呟きにトビが耳ざとく聞き付けた。
「・・・おい、ネロ。お前・・・」
トビはネロの顔を見て、眼を見張った。ネロは青い顔をして、渓谷をじっと見つめていた。
「・・・ユーガ、ネロの奴どうしたんだ?」
「ああ・・・ネロ、昔ここでお姉さんを亡くしてるんだ」
ユーガがそう答えると、
「あいつの姉貴を・・・」
と、トビは呟いた。
「昔」ユーガは記憶を掘り起こしながら話を続けた。「ネロと俺達はこの辺りに来てて・・・そんで、魔物に襲われてさ。その時、ネロがそこの崖に追い詰められちまったんだ。その時は、まだ俺もネロも剣を学んでなかったから・・・その時、ネロのお姉さんがネロを庇って・・・渓谷に落ちちまったんだ」
「それで・・・死んじまったのか・・・」
うん、とユーガは俯いて頷いた。
「・・・それ以来だったよ、ネロが剣の稽古を提案してきたの・・・」
「自分のために」とルインが腕を組んだ。「誰かの命を失いたくないからこそ・・・自分の力を高めようと思ったのでしょう」
ああ、とユーガが頷く。
「・・・自分の眼の前で肉親を亡くし、しかも自分を守るために死んだ・・・ネロ、辛いのは当然だよ・・・」
ユーガがそう呟くと、シノがユーガの肩を叩いた。
「ん?どうした、シノ?」
「・・・これ」
シノが指差したところには、微かにながら足跡があった。
「・・・つい最近のものだな」
トビがそれを調べて、呟いた。ユーガがそれを見て腰の剣が少し重くなるのを感じた。
「・・・ミナがここにいれば良いけどな・・・」
「・・・もしミナの奴がここにいるなら、あいつらもいるだろうな。できる事なら、あの・・・スウォーって野郎には会いたくはねぇがな・・・」
トビが顔を俯かせて腕を組んだ。シノが穴を覗き込んだまま固まるネロの横に座った。
「・・・ネロさん」
「・・・わかってる、行くよ」
ネロは立ち上がり、近くの渓谷を降りるための洞窟の中へ入った。ー腰の剣の重さが、次第に重くなるのを感じながらー
トビは踏み出すごとにブーツの音が響く洞窟を歩きながら、辺りを見渡した。
「・・・そうか・・・ここはケインシルヴァ屈指の鉱石渓谷だったな」
「・・・そう、だっけ?」
ユーガは頭をぽりぽりと掻いてトビを見る。お前なぁ、と呆れて頭を押さえる。
「自分の生まれ育った国だっつーのに覚えてねぇのかよ・・・」
「あ、あはは・・・そ、それで、ここで取れる鉱石って、どんな物があるんだっけ?」
その質問には、前を歩くネロが振り返らずに答えた。
「ここでは、基本的には真鉄が取れる。俺の武器も、ここで採れた物の筈だぜ。ま、ユーガは別だった筈だけどな」
「そう、なんですか?」
ルインがユーガの剣をまじまじと見た。ユーガは剣を引き抜き、ああ、と答える。
「この剣は、俺の父さんの形見なんだ。確か・・・結構貴重な鉱石を使ってるらしいけど・・・」
「少し、見せてもらえませんか?」
シノがユーガの剣に手を差し出した。ユーガは頷いて、シノに剣を渡す。
「・・・これは・・・この剣には、フィアスウェームが使われているようです」
フィアスウェーム?とユーガが首を傾げた。
「・・・稀有な鉱石の事だ。今のこの世界では、もう取れないと聞いてるな」
「そうなのか・・・⁉︎この剣が・・・」
ユーガが驚いて自身の剣をシノから受け取り、その刀身を見た。ほのかに赤く輝く刀身は、どこか焔を思い出す色をしている。
「・・・ま、せいぜい大事にしてやる事だ。今はもう手に入らない鉱石だ」
「あ、ああ・・・わかった」
ユーガは剣を腰の鞘に納め、剣の柄をそっと撫でた。
「ユーガの父さんって、あのテリー・サンエットだったよな?あの傭兵の・・・。っつーことは、その剣はテリーさんが使ってたものなんだよな」
その名を聞いたトビが眼を見張った。
(・・・テリー、だと?)
「ああ、そうみたいだ。父さんが傭兵の仕事をする時に使ってたみたいだけど、細かい事は覚えてないんだよな」
「おや、ユーガのお父様はあのテリーなのですか・・・」
ルインが珍しそうな顔をしてユーガに近付いた。
「ああ。やっぱ知ってるんだな、父さんの事」
「ええ、それはもう。テリー・サンエット、別名『瞬雷のテリー』の異名を持つほどなのですから」
それほど有名って事だ、とネロが頷く。トビは腕を組んで考え込んでいたが、ふん、と鼻を鳴らした。
「・・・そろそろ行くぞ」
「あ、ああ。そうだな」
ユーガは腰に差した剣をチラリと見て、下へ続く階段を降りた。
ユーガ達が最下層まで辿り着くと、そこには何かのケースに入れられたミナとスウォーがいた。
「スウォー・・・!ミナを返せ!」
「そうはいかない。こいつにはまだ大事な仕事があるからな」
「大事な仕事ねぇ」とトビが銃を引き抜いてスウォーに突きつけた。「なら、無理やり連れ去るのもどうかと思うがな」
トビの言葉にスウォーは鼻を鳴らした。
「お前らにはわからない事が世の中にはあるのさ。それの解決のためだ」
「ふざけんな!」
ユーガは言葉を断ち切るように腕を振った。
「ミナを勝手に連れ去っといて、何だよそれ!」
スウォーは、やれやれ、と首を振ってミナをーミナの入ったケースを見た。
「・・・絶対神、マキラ」
ぽつり、と呟いたスウォーに、ユーガ達は耳を澄ませた。
「お前らもこの世界に生きているなら知っているだろう?この世界を作った神だ、と」
「それがミナを連れ去る事と何の関係があるのですか」
ルインが魔法の準備をして尋ねる。スウォーは薄ら笑いーユーガにはありえないーを浮かべ、
「・・・話は最後まで聞くもんだ」
と答えてルインに手をかざした。その瞬間、ルインは後ろに吹き飛んで全身を打ちつけた。
「ルインッ⁉︎」
ユーガが咄嗟に駆け寄ってルインの横に座り込んでスウォーを睨んだ。
「・・・絶対神、マキラを呼び出す方法を知ってるか」
「よ、呼び出す方法だと・・・?」
ネロが剣に手をかけながらおうむ返しに尋ねる。スウォーは、ああ、と頷く。
「それは・・・この世界の精霊を全て呼び出し、誰かの生贄が必要なんだ」
「・・・ま、さか・・・!」
「ああ、そうだ。その生贄に、この女を使わせてもらう」
ユーガは握っていた剣の柄から手を離した。
「・・・んな」
「あ?」
「ふざけんな‼︎ミナを犠牲にして、マキラを呼び出すだと⁉︎それに、何でミナじゃなきゃダメなんだよ!」
ユーガは怒りに耐えきれずに吠えた。スウォーはそれでも顔を変えず、薄笑いを浮かべている。
「『復活の神子』を知ってるか?」
「『復活の神子』・・・?」
シノが首を傾げると、スウォーは微かに頷いた。
「その神子が、この女ーミナなんだよ」
「だから」とトビが銃でスウォーを捉えたまま言った。「その神子であるミナを、ねぇ・・・なら、質問を変える。お前はマキラを呼び出して、何をするんだ」
トビの質問に、スウォーは両手を広げて笑みを浮かべた。
「・・・歪められた者達への救済、そして・・・世界を作り直すのさ」
「・・・世界を・・・」
「作り、直す・・・?」
ユーガとネロが剣に手をかけた。
「・・・オリジナル。お前は知らないだろうな」
「え?」
ユーガはスウォーに指を指されて警戒を強めた。
「・・・お前の模造品として産まれ、模造品というだけで迫害され続けた俺の思いなんてな」
「!」
「模造品として・・・、産まれたくもねえ世界に生まれ、それでも生きるしかなかった俺の気持ちなんてお前にはわからねぇだろうな。だから俺は、世界に少なからずいる模造品の世界を作る。そうすれば、模造品に対しての差別は無くなるからな」
スウォーの血のような赤い瞳に睨まれ、ユーガは言葉をつぐんだ。ーが、すぐに剣を握り直す。
「そんな計画・・・ミナを犠牲にしてまでする事じゃない!」
「ふざけるな!・・・お前に何がわかる!」
「わっかんねぇよ!お前の気持ちなんて!世界を作り直そうとするやつの思いなんて、わかりたくもない!」
はっ、とトビが嘲笑った。スウォーの顔が憎々しそうに歪んだ。
「・・・何がおかしい」
「別に?ただ、そうやって諦めた奴にミナを渡すってのも面白くねぇなって思ったんだよ」
「なんだと・・・?」
そうですね、とルインも立ち上がりながら頷く。
「あなたは・・・自分を正当化し、自己満足を晴らそうとしているだけです」
「お前みたいに逃げた奴に助けてもらう模造品の奴らは可哀想なもんだな」
ネロも嫌味を込めて呟く。その言葉にシノも頷いた。
「・・・あなたは・・・自分の理想を押し付けているだけ」
ユーガは剣を振って、もう一度スウォーを見据えた。
「・・・ミナを、返せ!」
「・・・ここまで理解ができないとは・・・残念だ。なら・・・ここで消えろ!」
スウォーが左手で剣を抜くと同時に、後ろに立っていたネロが、うっ、と声を上げて倒れた。
「ネロ⁉︎」
「威勢がいいのは口だけか」
「な・・・⁉︎」
次の瞬間、スウォーが消えたと思ったその時、ユーガは目の前が暗くなるのを感じたが抗えずにその場に崩れ落ちた。ー冷たい床が、それはまるで死に向かっているようでー。
ー体が寒い。凍えるように冷たい。俺、死んだのかなー?まだ、元素の問題も、ミナも助けてない、スウォーも倒してないのにー。
「・・・さん」
「・・・・・・」
「ーガさん・・・」
「・・・?」
「ユーガさん!」
はっ、と目を覚ますと、ユーガはどこかの洞窟の中にいた。外は真っ白な白銀の世界。
「・・・ゆ、き・・・?」
「良かった・・・眼が覚めたみたいで・・・」
その声に顔を向けると、そこには紫の瞳がユーガをまじまじと覗き込んでいた。
「・・・ミナ・・・⁉︎」
「大丈夫ですか?どこか痛むところは・・・」
ユーガはミナの言葉を遮って、ミナの細い体を抱きしめた。
「きゃ⁉︎ち、ちょっとユーガさん⁉︎」
「良かった・・・無事で・・・」
ミナは顔を赤くして、ユーガから離れようとするが涙を浮かべてユーガはミナを離そうとしなかった。しばらくそうしていて、ユーガがミナを離すとミナの顔は茹で蛸のように真っ赤になっていた。
「ゆ、ユーガさん・・・」
「あ、ご、ごめん。苦しかったよな」
ユーガはぽりぽりと頭を掻いた。そういう事ではなくて、とミナは内心思ったが口をつぐんだ。
「・・・てか、ミナ・・・どうしてここに?あのケースに入れられてた筈じゃ・・・?」
「・・・ええ、そうだったんですが・・・誰かがケースを割ってくれて、それで脱出はできたのですが・・・その後の記憶が曖昧で、眼を覚ましたら隣にユーガさんが倒れてて・・・」
そっか、とユーガは首を傾げた。そういえば、と続ける。
「他の皆は・・・?」
「この近くにはいないみたいです・・・」
「そ、そうか・・・」
ユーガは洞窟の外の景色を見た。先程まで少し吹雪いていた景色も、今は晴れている。吹雪はもう既に止んでいるため、ユーガはゆっくりと立ち上がった。
「・・・皆を探しに行こう」
「・・・ユーガさん」
「ん?」
ユーガがミナに顔を向けると、ミナは両手を胸の前で組んで俯いていた。
「あの人は・・・スウォーさんは、自分の世界を作ろうとしてるんですよね・・・」
ユーガはミナの言葉を聞いて、ああ、と頷いた。
「あのケースの中に入れられた時に、スウォーさんの思いが少し伝わってきたんです・・・それに、他の模造品の思いも・・・」
「・・・うん」
「あの人達は、生きる場所が欲しいんです・・・自分達の、居場所が・・・」
「それでも」とユーガは自分の握りしめた拳を見た。「そんな世界は間違ってる。今あるこの世界を壊して、ミナを犠牲にしてまで作る世界じゃない」
「ユーガさん・・・」
「確かにこの世界は間違ってるかもしれない。けど、人は変われる。俺は今ある人を信じたいんだ。模造品も差別されない世界を、俺が・・・俺達が作る。それで、スウォーの計画を絶対に止めるんだ」
ユーガは今はいないトビの事を思い、ぐっ、と強く拳を握りしめた。決意を表す彼の瞳は、一瞬緋色に輝いたがそれはすぐに消え、それに気付く者は誰一人としていなかったー。
シノが魔物を蹴散らして息を吐きながら尋ねた。それに、ユーガが剣を鞘に収めながら答える。
「ここから南は、屈指の観光地、レイフォルスだよ。ルインの故郷なんだ」
「だが、ルインはレイフォルスから追放されてたろ?帰れんのかよ、お前」
トビの問いかけに、ルインは寂しそうな顔で笑う。
「・・・いえ、恐らく無理でしょう・・・ですが、ここでじっとしていても何も始まりませんから。行きましょう」
「・・・ああ、わかった」
「じゃあ、船だな。行こうぜ」
ネロの言葉にユーガは頷いて、遠くに見え始めた『フィアクルーズ』に向かって走り始めた。
「・・・ルイン⁉︎」
レイフォルスの街の門をくぐると、レイフォルスの街長がユーガ達を認め、その後ろを歩くルインを見て驚きの声を上げた。
「・・・なぜ貴様がここに・・・?」
「・・・街長・・・お久しぶりです。お伺いしたい事が・・・」
「・・・帰れ」
ルインが街長に声をかけると、街長は辛辣にも顔を背けた。
「・・・え」
「・・・貴様の顔など見たくもない。早々に立ち去れ!」
「街長⁉︎あなたは・・・!」
ユーガが拳を握り締め、街長に歩き出したのをネロが、待て、と服を掴んで止めた。
「・・・街長・・・」
ルインは驚きを隠せない顔で立ち尽くしていた。ユーガはそれを見てやりきれない思いを胸に抱いた。街長はもはや何も言わず、ユーガ達の前から立ち去った。すると、門番であろう兵士ーそれはケインシルヴァの兵ではなく、恐らく自衛団のようなものだろうーがユーガ達の前に二人、槍を交差させた。
「・・・っ、だったら、街に入れなくてもいい‼︎仲間を助けるためにー!」
ユーガは兵士の隙間から街長に向かって叫んだが、兵士によってユーガは弾き飛ばされ、尻もちをついた。
「うわっ⁉︎」
「ユーガ!」
ネロがユーガの隣に座り込んで、大丈夫か、と声をかける。
「街長のご命令です。あなた方はこの街にいかなる場合でも干渉しないでくれ、と」
兵士の声は驚くほど冷たく、冷酷だった。
「なら、教えてほしい事があるんです!お願いします、教えてください!」
ユーガがネロの手を借りて立ち上がって一歩前に踏み出すが、兵はそのまま首を振ってそれ以上の言及を避けた。
「・・・ふざけんな!ルインを追放するだけじゃなくて、ミナも・・・俺の仲間までも見捨てるのか‼︎俺の仲間を・・・二回も見捨てろって言うのか‼︎」
ユーガは激しい怒りに買われ、剣に手をかけた。肩に手が置かれる感触を感じ、ユーガはその方を見るとルインがユーガの肩を掴んでいた。
「・・・ユーガ。もうこの街で聞くのは諦めましょう・・・手がかりは何もここだけで手に入るわけではありませんよ」
「目先の怒りに囚われんな。だせぇ」
トビが呆れながら腕を組み、ユーガの服を掴んで引きずってレイフォルスから離れた。
「・・・くそっ‼︎」
ユーガ達は一度レイフォルスから少し離れた平原で野宿を起こしていた。その際に、ユーガが木を強く殴りつけて叫んでいた。
「・・・なんなんだ・・・!」
「ユーガさん、トビさんの言葉を忘れないでください。目先の怒りに囚われてはいけません」
シノがカレーを煮込みながら、ユーガを見る。トビもユーガに視線を向けると、ユーガは怒りに少し震えていた。
「・・・だが、どうすんだよ。ミナ・・・いや、スウォーがどこに行ったのかわかんねぇと探しようがねぇぞ」
ユーガはそのトビの言葉に、わかってる、とぶっきらぼうに答えた。
「・・・レイフォルスから離れましょう」
ルインの言葉に、全員の視線がルインに向いた。
「・・・ルイン・・・?」
「・・・これ以上、レイフォルスにいても意味がありませんから・・・」
俯いたルインに、ユーガが叫んだ。
「だけど、このままだったらルインは・・・故郷には帰れないんだぞ⁉︎そんなの・・・」
「ま」とトビがユーガの言葉を遮って呟いた。「レイフォルスを出る時に言ったと思うが、レイフォルスにいる価値はねぇと思うぜ。他者と違うからって差別すんだろ?」
「・・・けど、レイフォルスに行かないと今のところ手がかりがねぇのも事実だ」
ネロが腰に手を当てて頭を掻いて呟いた。
「・・・他の街に行って手がかりを探しましょう」
「・・・嫌だ」
ルインの言葉に、ユーガは俯いて拳を握り締めた。
「・・・ここで逃げたら・・・ルインは差別されたままだ!ルインが・・・仲間が差別され続けるのを指を咥えて見てるだけだなんて、俺は嫌だ!」
「・・・ユーガ。人は他者全員から好かれる事はできねぇんだぞ」
トビの指摘にユーガは頷いて、
「・・・ああ、わかってる!けど・・・一歩ずつでも進んでいかないと、変われないだろ⁉︎」
と胸の前で拳を握った。
「・・・進む、と言っても・・・どうやって進むんですか?」
シノがユーガに首を傾げて尋ねると、ユーガはまっすぐ前に拳を突き出した。
「・・・俺の思いをぶつける。それだけだ」
「・・・、お前なぁ・・・」
流石のネロも、やれやれ、と首を振る。トビも同様に首を振って、
「馬鹿が・・・わかってもらえるかわかんねぇんだぞ?」
と言った。しかし、ユーガは、けど、ともう一度拳を胸の前で握った。
「わかってもらえるかも、しれないだろ?可能性がゼロじゃない限り、俺は諦めない」
「ユーガ・・・あなたは・・・」
ルインがユーガに驚きを隠せない表情を向けた。ユーガはルインに手を差し出す。
「一緒に前に進もう、ルイン。俺達は、進まなきゃいけない。地震の調査も・・・スウォー達の事も歩み続けるために、ミナを助けよう。今、手がかりがあるのは、レイフォルスしかないんだ」
「・・・・・・わかりました」
「ルイン・・・本気かよ」
トビが腰に手を当てて尋ねる。ルインは、ええ、と頷いてユーガの手を取った。
「・・・逃げ続けていてはいけませんから、ね」
ユーガはルインの顔をまっすぐと見て、
「・・・一緒に行こう、ルイン」
と言った。
「ま、そうと決まれば・・・、明日はちっと俺に任せてくれないか?」
ネロがそう言ったので、ユーガ達は戸惑いながらも頷いた。
「・・・また貴様らか」
次の日、再びレイフォルスの門近くに街長はいた。ちょうどいい、とネロは剣を引き抜いてそれを天に向けて掲げた。
「・・・この剣が目に入らないか」
「・・・あ、あなた様はまさか・・・⁉︎」
街長が昨日とは打って変わりあたふたと慌て始める。ユーガ達は顔を見合わせると、ネロの方へ視線を向ける。街長が先程同様、焦った口調でネロの名を呼ぶ。
「ね、ネロ・ルーオス様・・・⁉︎」
「ああ、そうだ。ここにいる奴らは俺の旅の仲間。無礼な振る舞いをすれば、貴様らに我が祖父、カヴィスより鉄槌が振るわれるだろう」
ネロはいつもの口調とは変わり、まさしく貴族の振る舞いを街長に見せつけた。
「し、しかし」と街長が答える。「そこにいるルインという者以外でしたら街に入れる事はできますが、やはりルインは街に入れる事はできません!」
なんだと、とユーガが昨日同様に街長に掴みかかろうとしたのをネロが腕で制した。
「・・・そうか。わかった。俺達だけで街に入らせてもらう。・・・ルイン、ちょっとここで待っててもらうぞ」
「ネロ⁉︎」
ユーガがネロに向かって叫ぶが、ネロは動じずに門番の隙間を通ってレイフォルスに入って行った。
「・・・ちっ、しゃーねぇな・・・行くぞ」
「・・・わかりました」
トビとシノもネロに続き、ユーガとルインが残された。ユーガはルインに、ごめん、と俯く。
「・・・いえ、構いませんよ。それより、早くミナの情報を集めてきてください。ここで、待っていますから」
「・・・ああ、ありがとう。行ってくるよ」
ユーガはネロを追いかけながら、結局自分の力では一歩も進めていない事に苛立ちを覚えながら走った。ネロに追い付くと、全員がユーガを振り向いた。
「・・・ユーガ、ルインは?」
「街の外で待ってもらってるよ。早いとこ情報を集めよう」
「へいへい」
トビが頭を掻きながら呟いて息を吐いた。
「・・・お帰りなさい」
レイフォルスから出たユーガ達をルインが出迎えた。
「ああ、悪いな。待たせちまって」
ネロが謝りながら頭を掻く。いえ、とルインは首を振って、
「ところで、何かわかりましたか?」
と尋ねた。
「ああ、うん。白い龍はここよりももう少し南に行ったところに降りたって言ってたよ」
「ここよりさらに南、ですか・・・レイフォルス渓谷があるところですね・・・」
レイフォルス渓谷?とシノが首を傾げる。
「レイフォルス渓谷ってのは、その名の通りでっけぇ渓谷で・・・」
「・・・千年前の元素(フィーア)戦争にできた戦争の傷跡、と言われてる」
ネロの言葉をトビが引き継いだ。
「トビって詳しいんだな・・・」
ユーガがトビを見ると、トビがじろりとユーガを見た。
「・・・一般教養だぞ」
そうだっけ、と頭を掻くユーガにトビは溜め息を吐いた。
「・・・それで、行くんですか?そのレイフォルス渓谷というところに」
シノがユーガとトビを見ながら呟いた。
「ああ。今のところそれしか情報も無いし・・・レイフォルス渓谷に行こう」
ユーガの言葉に仲間達は頷き、歩き出したユーガの隣にネロが並んで歩いた。
「・・・レイフォルス渓谷、か・・・」
「・・・うん・・・そうだな。ネロ、大丈夫か?」
ユーガが尋ねると、ネロは、ああ、と頷いた。
「・・・ミナがそこにいるかもしれないんだからな、行くしかないだろ」
「・・・そう・・・だな」
ユーガは俯きながら頷いて、それきり口を閉ざした。
(・・・一番辛いのは、ネロだもんな・・・)
ユーガはそう腹を括り、重い足を前に踏み出した。しばらく歩き、ユーガ達は地面に空いた爪痕のような穴を見つけた。
「・・・あった、レイフォルス渓谷・・・」
ネロの呟きにトビが耳ざとく聞き付けた。
「・・・おい、ネロ。お前・・・」
トビはネロの顔を見て、眼を見張った。ネロは青い顔をして、渓谷をじっと見つめていた。
「・・・ユーガ、ネロの奴どうしたんだ?」
「ああ・・・ネロ、昔ここでお姉さんを亡くしてるんだ」
ユーガがそう答えると、
「あいつの姉貴を・・・」
と、トビは呟いた。
「昔」ユーガは記憶を掘り起こしながら話を続けた。「ネロと俺達はこの辺りに来てて・・・そんで、魔物に襲われてさ。その時、ネロがそこの崖に追い詰められちまったんだ。その時は、まだ俺もネロも剣を学んでなかったから・・・その時、ネロのお姉さんがネロを庇って・・・渓谷に落ちちまったんだ」
「それで・・・死んじまったのか・・・」
うん、とユーガは俯いて頷いた。
「・・・それ以来だったよ、ネロが剣の稽古を提案してきたの・・・」
「自分のために」とルインが腕を組んだ。「誰かの命を失いたくないからこそ・・・自分の力を高めようと思ったのでしょう」
ああ、とユーガが頷く。
「・・・自分の眼の前で肉親を亡くし、しかも自分を守るために死んだ・・・ネロ、辛いのは当然だよ・・・」
ユーガがそう呟くと、シノがユーガの肩を叩いた。
「ん?どうした、シノ?」
「・・・これ」
シノが指差したところには、微かにながら足跡があった。
「・・・つい最近のものだな」
トビがそれを調べて、呟いた。ユーガがそれを見て腰の剣が少し重くなるのを感じた。
「・・・ミナがここにいれば良いけどな・・・」
「・・・もしミナの奴がここにいるなら、あいつらもいるだろうな。できる事なら、あの・・・スウォーって野郎には会いたくはねぇがな・・・」
トビが顔を俯かせて腕を組んだ。シノが穴を覗き込んだまま固まるネロの横に座った。
「・・・ネロさん」
「・・・わかってる、行くよ」
ネロは立ち上がり、近くの渓谷を降りるための洞窟の中へ入った。ー腰の剣の重さが、次第に重くなるのを感じながらー
トビは踏み出すごとにブーツの音が響く洞窟を歩きながら、辺りを見渡した。
「・・・そうか・・・ここはケインシルヴァ屈指の鉱石渓谷だったな」
「・・・そう、だっけ?」
ユーガは頭をぽりぽりと掻いてトビを見る。お前なぁ、と呆れて頭を押さえる。
「自分の生まれ育った国だっつーのに覚えてねぇのかよ・・・」
「あ、あはは・・・そ、それで、ここで取れる鉱石って、どんな物があるんだっけ?」
その質問には、前を歩くネロが振り返らずに答えた。
「ここでは、基本的には真鉄が取れる。俺の武器も、ここで採れた物の筈だぜ。ま、ユーガは別だった筈だけどな」
「そう、なんですか?」
ルインがユーガの剣をまじまじと見た。ユーガは剣を引き抜き、ああ、と答える。
「この剣は、俺の父さんの形見なんだ。確か・・・結構貴重な鉱石を使ってるらしいけど・・・」
「少し、見せてもらえませんか?」
シノがユーガの剣に手を差し出した。ユーガは頷いて、シノに剣を渡す。
「・・・これは・・・この剣には、フィアスウェームが使われているようです」
フィアスウェーム?とユーガが首を傾げた。
「・・・稀有な鉱石の事だ。今のこの世界では、もう取れないと聞いてるな」
「そうなのか・・・⁉︎この剣が・・・」
ユーガが驚いて自身の剣をシノから受け取り、その刀身を見た。ほのかに赤く輝く刀身は、どこか焔を思い出す色をしている。
「・・・ま、せいぜい大事にしてやる事だ。今はもう手に入らない鉱石だ」
「あ、ああ・・・わかった」
ユーガは剣を腰の鞘に納め、剣の柄をそっと撫でた。
「ユーガの父さんって、あのテリー・サンエットだったよな?あの傭兵の・・・。っつーことは、その剣はテリーさんが使ってたものなんだよな」
その名を聞いたトビが眼を見張った。
(・・・テリー、だと?)
「ああ、そうみたいだ。父さんが傭兵の仕事をする時に使ってたみたいだけど、細かい事は覚えてないんだよな」
「おや、ユーガのお父様はあのテリーなのですか・・・」
ルインが珍しそうな顔をしてユーガに近付いた。
「ああ。やっぱ知ってるんだな、父さんの事」
「ええ、それはもう。テリー・サンエット、別名『瞬雷のテリー』の異名を持つほどなのですから」
それほど有名って事だ、とネロが頷く。トビは腕を組んで考え込んでいたが、ふん、と鼻を鳴らした。
「・・・そろそろ行くぞ」
「あ、ああ。そうだな」
ユーガは腰に差した剣をチラリと見て、下へ続く階段を降りた。
ユーガ達が最下層まで辿り着くと、そこには何かのケースに入れられたミナとスウォーがいた。
「スウォー・・・!ミナを返せ!」
「そうはいかない。こいつにはまだ大事な仕事があるからな」
「大事な仕事ねぇ」とトビが銃を引き抜いてスウォーに突きつけた。「なら、無理やり連れ去るのもどうかと思うがな」
トビの言葉にスウォーは鼻を鳴らした。
「お前らにはわからない事が世の中にはあるのさ。それの解決のためだ」
「ふざけんな!」
ユーガは言葉を断ち切るように腕を振った。
「ミナを勝手に連れ去っといて、何だよそれ!」
スウォーは、やれやれ、と首を振ってミナをーミナの入ったケースを見た。
「・・・絶対神、マキラ」
ぽつり、と呟いたスウォーに、ユーガ達は耳を澄ませた。
「お前らもこの世界に生きているなら知っているだろう?この世界を作った神だ、と」
「それがミナを連れ去る事と何の関係があるのですか」
ルインが魔法の準備をして尋ねる。スウォーは薄ら笑いーユーガにはありえないーを浮かべ、
「・・・話は最後まで聞くもんだ」
と答えてルインに手をかざした。その瞬間、ルインは後ろに吹き飛んで全身を打ちつけた。
「ルインッ⁉︎」
ユーガが咄嗟に駆け寄ってルインの横に座り込んでスウォーを睨んだ。
「・・・絶対神、マキラを呼び出す方法を知ってるか」
「よ、呼び出す方法だと・・・?」
ネロが剣に手をかけながらおうむ返しに尋ねる。スウォーは、ああ、と頷く。
「それは・・・この世界の精霊を全て呼び出し、誰かの生贄が必要なんだ」
「・・・ま、さか・・・!」
「ああ、そうだ。その生贄に、この女を使わせてもらう」
ユーガは握っていた剣の柄から手を離した。
「・・・んな」
「あ?」
「ふざけんな‼︎ミナを犠牲にして、マキラを呼び出すだと⁉︎それに、何でミナじゃなきゃダメなんだよ!」
ユーガは怒りに耐えきれずに吠えた。スウォーはそれでも顔を変えず、薄笑いを浮かべている。
「『復活の神子』を知ってるか?」
「『復活の神子』・・・?」
シノが首を傾げると、スウォーは微かに頷いた。
「その神子が、この女ーミナなんだよ」
「だから」とトビが銃でスウォーを捉えたまま言った。「その神子であるミナを、ねぇ・・・なら、質問を変える。お前はマキラを呼び出して、何をするんだ」
トビの質問に、スウォーは両手を広げて笑みを浮かべた。
「・・・歪められた者達への救済、そして・・・世界を作り直すのさ」
「・・・世界を・・・」
「作り、直す・・・?」
ユーガとネロが剣に手をかけた。
「・・・オリジナル。お前は知らないだろうな」
「え?」
ユーガはスウォーに指を指されて警戒を強めた。
「・・・お前の模造品として産まれ、模造品というだけで迫害され続けた俺の思いなんてな」
「!」
「模造品として・・・、産まれたくもねえ世界に生まれ、それでも生きるしかなかった俺の気持ちなんてお前にはわからねぇだろうな。だから俺は、世界に少なからずいる模造品の世界を作る。そうすれば、模造品に対しての差別は無くなるからな」
スウォーの血のような赤い瞳に睨まれ、ユーガは言葉をつぐんだ。ーが、すぐに剣を握り直す。
「そんな計画・・・ミナを犠牲にしてまでする事じゃない!」
「ふざけるな!・・・お前に何がわかる!」
「わっかんねぇよ!お前の気持ちなんて!世界を作り直そうとするやつの思いなんて、わかりたくもない!」
はっ、とトビが嘲笑った。スウォーの顔が憎々しそうに歪んだ。
「・・・何がおかしい」
「別に?ただ、そうやって諦めた奴にミナを渡すってのも面白くねぇなって思ったんだよ」
「なんだと・・・?」
そうですね、とルインも立ち上がりながら頷く。
「あなたは・・・自分を正当化し、自己満足を晴らそうとしているだけです」
「お前みたいに逃げた奴に助けてもらう模造品の奴らは可哀想なもんだな」
ネロも嫌味を込めて呟く。その言葉にシノも頷いた。
「・・・あなたは・・・自分の理想を押し付けているだけ」
ユーガは剣を振って、もう一度スウォーを見据えた。
「・・・ミナを、返せ!」
「・・・ここまで理解ができないとは・・・残念だ。なら・・・ここで消えろ!」
スウォーが左手で剣を抜くと同時に、後ろに立っていたネロが、うっ、と声を上げて倒れた。
「ネロ⁉︎」
「威勢がいいのは口だけか」
「な・・・⁉︎」
次の瞬間、スウォーが消えたと思ったその時、ユーガは目の前が暗くなるのを感じたが抗えずにその場に崩れ落ちた。ー冷たい床が、それはまるで死に向かっているようでー。
ー体が寒い。凍えるように冷たい。俺、死んだのかなー?まだ、元素の問題も、ミナも助けてない、スウォーも倒してないのにー。
「・・・さん」
「・・・・・・」
「ーガさん・・・」
「・・・?」
「ユーガさん!」
はっ、と目を覚ますと、ユーガはどこかの洞窟の中にいた。外は真っ白な白銀の世界。
「・・・ゆ、き・・・?」
「良かった・・・眼が覚めたみたいで・・・」
その声に顔を向けると、そこには紫の瞳がユーガをまじまじと覗き込んでいた。
「・・・ミナ・・・⁉︎」
「大丈夫ですか?どこか痛むところは・・・」
ユーガはミナの言葉を遮って、ミナの細い体を抱きしめた。
「きゃ⁉︎ち、ちょっとユーガさん⁉︎」
「良かった・・・無事で・・・」
ミナは顔を赤くして、ユーガから離れようとするが涙を浮かべてユーガはミナを離そうとしなかった。しばらくそうしていて、ユーガがミナを離すとミナの顔は茹で蛸のように真っ赤になっていた。
「ゆ、ユーガさん・・・」
「あ、ご、ごめん。苦しかったよな」
ユーガはぽりぽりと頭を掻いた。そういう事ではなくて、とミナは内心思ったが口をつぐんだ。
「・・・てか、ミナ・・・どうしてここに?あのケースに入れられてた筈じゃ・・・?」
「・・・ええ、そうだったんですが・・・誰かがケースを割ってくれて、それで脱出はできたのですが・・・その後の記憶が曖昧で、眼を覚ましたら隣にユーガさんが倒れてて・・・」
そっか、とユーガは首を傾げた。そういえば、と続ける。
「他の皆は・・・?」
「この近くにはいないみたいです・・・」
「そ、そうか・・・」
ユーガは洞窟の外の景色を見た。先程まで少し吹雪いていた景色も、今は晴れている。吹雪はもう既に止んでいるため、ユーガはゆっくりと立ち上がった。
「・・・皆を探しに行こう」
「・・・ユーガさん」
「ん?」
ユーガがミナに顔を向けると、ミナは両手を胸の前で組んで俯いていた。
「あの人は・・・スウォーさんは、自分の世界を作ろうとしてるんですよね・・・」
ユーガはミナの言葉を聞いて、ああ、と頷いた。
「あのケースの中に入れられた時に、スウォーさんの思いが少し伝わってきたんです・・・それに、他の模造品の思いも・・・」
「・・・うん」
「あの人達は、生きる場所が欲しいんです・・・自分達の、居場所が・・・」
「それでも」とユーガは自分の握りしめた拳を見た。「そんな世界は間違ってる。今あるこの世界を壊して、ミナを犠牲にしてまで作る世界じゃない」
「ユーガさん・・・」
「確かにこの世界は間違ってるかもしれない。けど、人は変われる。俺は今ある人を信じたいんだ。模造品も差別されない世界を、俺が・・・俺達が作る。それで、スウォーの計画を絶対に止めるんだ」
ユーガは今はいないトビの事を思い、ぐっ、と強く拳を握りしめた。決意を表す彼の瞳は、一瞬緋色に輝いたがそれはすぐに消え、それに気付く者は誰一人としていなかったー。
1
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる